いなばにあん 時々嘘つかない

いなばろぐ
「べんとーさん忘れてもかーさん忘れるな」の,雨と無知との遭遇いなばにあん日記。

2006年8月31日(木)バッド・タイム
 昨日に続き,今日も心にも体にもタイトな業務だった。
 ここのところダレ気味でロクなことがない。気合いをいれるため,今日は買いだめしてあるワイシャツの中で一番気に入っているタブカラーの封を切り,ネクタイを締めて出勤してみた。新品は気持ちが良い。
 しかし,クーラーのない場所で,終日長袖シャツにネクタイをしていたのは職場でボクだけだった。アホかも。
 おまけに,何の甲斐もなく,コミュニケーション能力が高いとは思えない外部の方によって問題がややこしくなったり,気分の悪くなる電話があったりで,疲れた。記憶に残るバッドな一日だった。世間にはボクと同じようなアホが結構いらっしゃるようだ。もっと,前頭葉を鍛えようね,お互いに。
 帰ったら,さらに過酷なミッションがあって,ボロボロである。
 明日は,ネクタイははずして出勤することにした。

2006年8月30日(水)サマータイム
 8月も終わりだ。そういえば,『サマータイム』を一度も聴かなかった夏だと思い未整理分を物色したら,ベーシストのレイ・ブラウンさんのアルバムが一番最初に見つかった。Ulf Wakeniusさんというギタリストと一緒に演奏しているカルテットのアルバムである。スローでブルージーな『サマータイム』だ。更けゆく夏のレイジーな夜によく合っている。
 NY暮らしなら生を見る機会はあるのかもしれないが,いなばではスタジオ収録のDVD作品を見るくらいしかできない。ガーシュインさんの『ポーギーとベス』の第1幕で歌われる子守歌だ。ロック小僧には,ジャニス・ジョプリンさんの絶叫も懐かしい。こんな歌詞だ。
Summertime
And the living is easy
Fish are jumping
And the cotton is high
Oh, your daddy is rich
And your ma's good lookin'
So hush little baby
Don't you cry
 暑苦しい夏の夜に,豊かな夏の生活を思いながら漁夫の妻が歌う子守歌である。夏は生育期なんだなあ。わが家の綿の木の背丈が伸びるだけでなく,ボクの体重も増え続けている。その他の雑種Aが液肥なのだった。困った。おまけに,ここのところ夕食は毎日9時過ぎである。『サマータイム』を聴きながら,就寝時間を遅くしているのだが,あまり効果はないかもしれない。そんなわけで夏でも朝はゆっくりしたい。サマータイム制には反対である。

2006年8月29日(火)ガソリン代
 20日締めのわが家のガソリン代請求額は前月の2倍らしい。消費したガソリン量はほぼ270リットル。高知などに出かけたせいもあるのでやむを得ないのだが,わが家の家計はかなりガソリンに圧迫されているようで,つれあいが無駄遣いしないようにとうるさい。
 現在は1リットル145円前後だ。安売りショップのお茶や水なら2リットル買える。ガソリンは少し割高である。が,ボクが車に乗り始めた頃は150円を超えたこともあった。韓国は200円前後らしい。それを思えば,ガソリンは比較的安定した価格で推移しているよい子なのかも知れない。
 それにしても,小学校時代に化石燃料はあと30年と教わったと思うのだが,それから40年経っても,相変わらず30年分しかないなどとアナウンスされることがある。あまり豊富にあると値崩れするから,メジャーなどが上手に埋蔵量の発表をコントロールされているのだろう。
 そんなわけだから,車を使わなければ良いのだが,いちど楽な生活をしてしまうとレベルを下げるのは難しい。走っている車の量も減っているようには見えない。
 どなたか早くリッター100kmくらいの自動車を早く開発していただけないだろうか。

2006年8月28日(月)戦い済んで
 土・日に,砂丘でサンド・ボードの第2回全国大会が行われていた。暑いので3時過ぎに家を出たら,大会はすでに終わっていて,表彰式だった。全国大会の割には,集まっている人の数は少ない。50人弱である。
 それにしても,この大会をもっとにぎやかくされる気持ちがあるのなら,もう少し涼しい時期にやっていただけないだろうか。熱い砂の上を歩く気がとても起きない。
 と地元民は思うのだけれど,意外に観光客は多く,動いているリフトの空席は少ない。砂丘入り口には,お店から借りた黒長靴を履いた方や,ボクにカメラのシャッターを切ってくれと頼まれる方も複数組あった。
 もっと,涼しいところの観光に行かれた方が良いのではないかと思うのは素人考えで,北海道は冬,砂丘は真夏,広島はあきというのが粋なのかもしれない。
 とはいえ,砂丘のお土産物屋さんなどは5時になると店じまいだ。太陽が海に沈む頃,駐車場には車がほとんどない。砂丘でこんな夕日を見ている人は,残念なことに少ない。
 まっ,どこへ行っても自分の目に見えるモノはその場所のホンの一部だけということなのであろう。砂丘は暑いだけだったというような想い出にならなければいいのだけれど。

2006年8月27日(日)117クーペ売り出し中
 1か月ほど前から,お友達や職場の皆さんに,117を売ったのかと4回尋ねられた。聞けば,ガリバーという中古自動車屋さんに,ボクが乗っていたのと同じ色で,しかもナンバーの数字が同じ117が置いてあるのだそうだ。今日は,近くを通ることがあったので,お店に寄らせてもらった。道路からもショー・ルームからもよく見える位置に117クーペが置いてあった。
 お客さんが複数いらっしゃったので心苦しかったが,厚かましくお店の方に車を見せていただいた。1978年登録の角目のMT車である。グレードはXG。わが家の117と違って,サビも見あたらずきれいだ。バッテリーは載せ換えが必要のようだが,聞き慣れた低音のエンジン音が心地よい。
 値段をお聞きしたら,60万円だとか。車検は2007年4月まで。交渉すればまだ安くなりそうな雰囲気だった。時々,関心を示されるお客さんもいるようだが,今のところ積極的な購入希望者は現れていないらしい。
 レストアに出していなかったら,この117がわが家に来ていたかも知れないなあ。誰がお買いあげになるのだろう。羨ましいことである。

2006年8月26日(土)Kind Of Blue In Green
 玄関先に置いている3鉢4本の今朝の朝顔である。深いブルーは,おなじみ米国産ノーリアンズブラック。美しい。大輪はオーシャン・ブルーの琉球朝顔。間にあるのが,ご近所からいただいた,国産と思われる朝顔2種である。今日は朝顔の観察を行った。
 一番早くしぼんだのが国産ピンクで,次がノーリアンズブラック。残りの2種は午後になっても開いていた。昼過ぎからの観察はつれあいにやってもらったが,5時を過ぎてもまだしぼんでいなかったのが琉球朝顔である。しかも色がブルーからピンク系へ変色する。不思議な朝顔だ。大体,宿根草というのも変わっている。つるは太いし,伸びる勢いもいちばんである。ゴーヤーも朝顔も,沖縄系はたくましくて育てやすい。その分,冬場の管理に手がかかるけれど。雪国育ちのボクは夏の方により手がかかるな。
 そんなことはさておき,3つの花のブルーの色合いがそれぞれ違う。夏はブルーがいいなあ。何種類も集め育て,ブルーのグラデーションを楽しむのも面白そうだ。
 ということで,今晩の音楽は,ブルーじゃない?というマイルスさんの『Kind Of Blue』である。いつもの『So What』からではなく,『Blue In Green』から聴いてみた。マイルスさんのミュートは,すべてを失ってしまったかのような寂しい響きである。ノーリアンズブラックのような。よほどのブルーな気分なのだろう。緑の中の青にどういうメタファーがあるのか知らないけれど。

2006年8月25日(金)不自由研究
 いなばの小中学校の中にはすでに夏休みの終わったところがあるようだが,わが校区など大半は今週末が最終日らしい。お父さんお母さんが自由研究に忙しい時期である。職場でも自由研究ネタで大いに盛り上がって,小さな子どもさんがいる同僚は忙しそうだ。
 いなばにある川の上流や下流から石を拾ってきて,石のコレクションを箱に入れディスプレイするとか,葉脈しおりを作ろうと思っているとか,カビの研究をさせるとか。皆さんごくろうさま。
 わが家もかつては3人分の自由研究で大変だった。親と同様,締め切りで動く子どもたちなので,コツコツ継続的に観察することより,最終日に「いっとき働き」で仕上げるという,まったく自由ではない研究ばかりだ。
 酸性雨研究と称し,いなば各地の川や砂丘のオアシスや湖山池などを車で回り,pH試験紙で酸性度を調べるのも夏休み最終日のいちにち仕事。海水で塩を作るとか豆腐を作るとかも同様である。定点観測や朝顔日記のような研究は誰もしたことがない。親と同様というより,親の生きる姿勢が自由研究によく現れているのである。次女の同級生には,6年間アリの観察を続けた男の子がいた。その子は,東大に合格したらしい。
 振り返ってみると,長い間の子育てのありようが,自由研究にダイレクトに反映していたようだ。もっと,真面目に関わっていたら,我が子の人生も変わっていたかも知れない。悪いことをした。反省している。

2006年8月24日(木)苦もある日
 珍しく,勤務時間後に夕方の空と雲を見る余裕があった。うろこ雲のようだったけれど,残念ながら特別に美しいというほどではなかった。まっ,雲を思い出した記念というか,秋が近づいているようだという記念にシャッターを切ってみた。しばらく眺めていると,当たり前だが変形してゆく。うろこがどんどんくずれていく時間帯だったようだ。
 写真に撮っても,小さくすると雲の形が分からないので面白くはなかったが,雲を見ているのは,結構飽きない。雲が常に変化を続けているからであろう。変化するものを人は面白がるのである。くずれていくものであっても面白い。というか,美しいものがくずれていく中の美しさというのもあるに違いない。
 同僚の祝賀会が始まるので,結局うろこがどこまでくずれていったのかを観察する時間はなかった。明日は,オールクリアでどんな形を見せてくれるのだろう。夏休みの自由研究に雲の研究をしているよい子もいるのだろうか。そのうち,好きなだけ空や雲を眺めて過ごす時間というのがボクにはやってくるんだろうな。
 雲は,万物は流転することや時の流れを自覚するのに最適の浮遊物である。

2006年8月23日(水)苦くないのがウリ
 少し遅れている感もあるが,わが家では今ゴーヤーが旬だ。これは,朝の陽光の中のゴーヤー・シルエット。ゴーヤー栽培4年目の今年は,窓の外に2本しか植えなかったのだが,ネット中に広がり,緑のカーテン状態である。
 太陽が遮られ,窓の内側にある廊下が涼しく感じられる。2本収穫してみたら,1本が約300gだった。果肉は結構厚い。種の周りのワタも何故かふかふか。細長いゴーヤーではなく,太くて丸めの「太れーし」系である。
 沖縄のゴーヤーは,紫外線の量や水分の少ない土壌ということもあって苦いらしいが,わが家産は日陰育ちもあるし,朝も夕方も水をやっているせいか,苦味が比較的少ない。生食にむいているような気がする。育て主に似て,食べやすい素直なゴーヤーである。
 そんなゴーヤーには,カリウムやビタミンCが多く含まれているらしい。イライラやストレスの防止,美肌効果が期待できるのだ。とはいえ,加齢力が勝っているようで,ボクはあまりそんなことを実感したことはないけれど。わが家のゴーヤは,まだウリになるところまでいっていないのかも知れない。

2006年8月22日(火)ポカフェイス
 早実の斎藤投手は,以前は気持ちが表情に現れるタイプだったらしい。「斎藤くん,表情を表に出して得なことがあるかい」と言われ,クールな投手に変身したのだとか。すごいなあ,あの若さで。
 ボクは,今もってつれあいから,あなたはすぐに顔に出るからわかりやすいと言われている。自分ではポーカー・フェイスだと思っているのだが,つれあいには簡単にわかるらしい。特に,ウソをついたりごまかそうとしている時の笑いはすぐわかるのだとか。晩ご飯が不味かった時にも顔にでるらしい。甲子園に行けないわけである。行ってもマウンドからホームベースまで球が届かないと思うけれど。
 という修行の足りない男だが,表情を表に出して得なことは,ボクがあまり関わりたくないと思っている方が近づかなくなるということである。ストレスを感じる機会が減るので,とてもありがたい。ボクは優しい人に囲まれて生活をしたいというわがままな人間なのである。残りの人生も少ない。どうせ高校野球には出場できないんだし。 

2006年8月21日(月)思えば遠くへ
 ビートルズ来日40周年を記念して制作されたNHKの番組があった。田舎の中学生には知らないことだらけだった。大体,当時のクラスでビートルズを聴いている生徒は多くなかったし,ボクにビートルズのドーナツ盤を貸してくれた同級生はひとりだけだった。
 三島由紀夫さんをはじめ,当時の彼らを受け容れなかった人も多かったようである。歳を取ると保守的になりがちだし,自分の枠を外すのはなかなか難しい。しかし,CMなどでTVから流れるロックをうるさいと感じる人は今となっては少ないのではないか。やっと時代の流れに追いついたり,慣らされてきたということなのだろう。
 同時代に存在したもののすごさや価値に気づかなかったり,自分の偏狭さで排除してしまうというのはちょっと悲しい。とはいえ,ボクも偏屈なので,いいモノに気づかない生活を送ってしまっているのだけれど。
 新しければいいというわけではないが,最近のジャズでクリエイティブな作品にあまり出あっていない。ボクの努力が足りないのか。それに対し,ロックは枠を壊していこうとするグループを簡単に発見することができる。「シヴァ神」に限らず,新しいものを作り出すためにはフォーマットの破壊が必要である。時々,自分の解体作業をした方がいいようだ。ちなみに,エバネッセンスの新譜がボクは楽しみである。
 ビートルズ来日40年とあるかと思うと,高校野球の引き分け再試合の見出しには38年ぶりとある。40年とか38年とか,分からない人が大半のはずだ。そんなに時間が経ったのかとか,滅多にないことという驚きを誘引するための数字でもあるのだろうが,ボクはそのどちらにも同時代性を感じることができる。つれあいは2つ年上の太田幸司さんを応援していたらしい。高校野球をやっているのはいつでも高校生で,いつの間にかみんな年下になってしまって,考えてみるとずいぶん年をとったんだなあなどと夫婦で笑い合った,というかちょっとしみじみとしたビートルズと高校野球だった。太田幸司さんなんてついこの間のことなのに。
 残念ながら,61年前はさすがにわからないけれど。

2006年8月20日(日)漁り火
 日中は外出する気の起こらない暑さだった。37度だったとか。そんな中で15回も攻防を続けた皆さんお疲れさま。
 ということで,少し涼しくなった夕方,車で8分の漁港へイカ釣り船の様子を見に行った。今日は,係留してある船が少ない。出漁のようだ。
 犬と散歩をしていた,3年前に引退したという元漁師さんにお聞きしたら,イカの水揚げは年々減っているけれど,早い船は3時頃からでも場所取りのために出港されるのだそうだ。7時頃に灯を入れ,夜中までイカ釣りをされるのだとか。そんな『ラウンド・ミッドナイト』もあるんだなあ。モンクさんの『ソロ・オン・ヴォーグ』を久しぶりに聴いた。残念ながらイカがたくさん釣れそうな演奏ではない。
 日没後,砂丘の向こうの海を撮ってみた。よく絞って30秒近く露光したが,シャッターを切っている間,蚊が飛んできて大変だった。漁り火撮影は,短パンでは行かない方が良いということがわかった。
 集魚灯は船内の発電機によって点く。船の燃料は重油だ。ボクが大好きなイカを食べるたびに,二酸化炭素が発生しているのである。申し訳ないことだ。原油が高騰中なので,最近はLEDによる集魚灯や,昼間のイカ漁もあるのだとか。夏の風物詩の漁り火であるが,いつまでも海の上で見ることができるとは限らないのである。まっ,イカが食べられればいっか。

2006年8月19日(土)なごり海
 夏も終わりだ。海の夕日を見に行った。倉吉から来たというカメラ持参のシニア女性がいらっしゃった。カメラを始めたら面白くなってしまい,コンテストなどにも出されるのだとか。生きることは表現をすることである。頑張っていただきたい。
 どう撮ればいいのかボクに尋ねられるから,その辺で将棋をしていらっしゃる漁師さんなんか面白そうですよと話したけれど,人間を撮るのは苦手なのだとか。風景がお得意のようだ。残念,ボクは風景写真も苦手なんです。
 いずれにせよ,下手なりにカメラで風景や人々の様子を切り取っていると,時々短歌のフレーズが浮かぶこともあって,一石二鳥三なすびである。
 今日の波は比較的穏やかだったが,沖は台風の影響があるのか,ほとんどの船が係留されたままだった。漁はお休みが多いようだ。あるいは,まだお盆の殺生禁止期間中なのかもしれない。
 そんなわけで,イカ釣り船の漁り火も日没時の賀露からは見ることができなかった。夕日もそんなにきれいではなかったけれど,海辺の皆さんはカメラをむけても嫌がらずに被写体になってくださり,とてもありがたい。海は人を開放的にするのだろうか。いなばの街なかでシャッターを切れば,不審者として通報されるかもしれないのに。

2006年8月18日(金)前頭葉を刺激せんとよお
 わが家に『脳を鍛える大人のドリル』という本がある。やさしいつれあいが以前買ってくれた。脳を鍛えた方が良いと思った場面がどこかであったのだろうか。覚えていない。それを覚えていないことが原因なのかもしれない。その著者の脳の話について勉強する機会があった。
 脳の前頭前野は,思考の場所だったり,情動をコントロールしたり,コミュニケーション力の場だったり,論理的理性的働きをする場所らしい。生まれた時の脳の重さは300gほどだそうだが,4〜5歳で成人の90%にまでになるのだとか。幼児教育は大切なのである。
 で,その前頭前野を鍛えることが重要なのだが,複雑な思考やテレビ・ゲームをやっている時の脳は,一部分だけの活動で,前頭前野を鍛えることにはならないようだ。効果的なのは,読み書き計算。これに経験値が加われば,コミュニケーション能力も完璧らしい。
 長時間継続してできるということは,原則的に脳を休ませている状態なのだとか。たとえば音楽を聴くことも脳の休憩中,つまり癒しだ。もちろん,テレビを見ていることも。多分,ネット・サーフィンも徹マンも。麻雀は結構頭を使っていると思っていたのだが,脳を休ませる癒しの時間だったようだ。
 長時間続けられることより,続けるのがしんどいことをするのが,前頭前野の活性化には良いのである。楽器を演奏するとか,音読とか,書くとか,計算するとか,息を止めるとか(ウソ)。
 という話が本当かどうかボクには確かめる術がないけれど,とりあえず百ます計算をしてみたりした。洗脳されてしまったのかもしれない。

2006年8月17日(木)ガソリン
 セルフは別だろうが,いなばのGSのレギュラー・ガソリン価格は概ね138円で横並びである。先日,徳島道SAのGSで入れたら137円だった。今月上旬の全国平均が143.7円だというのに,いなばのガソリン価格は高速道路並みの低価格である。
 元々,消費量が少ない地方だから,ガソリン価格の高さには定評のある土地だ。それが一体どうしたのか。原因は,県外資本のGSと地元の何とか産業さんとの仁義なき戦いのようである。
 そんな安いお店があるのに,全国並みの価格で売っていては客がこない。当然,この戦いに他のGSも巻き込まれる。しかし,いなばのGSにそんなに体力があるとは思えないので,長い戦いは無理だろう。と思っていたら,県外資本のGSのガソリン価格も138円だった。GSの組合か何かが調停したり,圧力でもおかけになったのだろうか。どこかで手打ちでも行われたのかもしれない。
 だとすれば,そろそろいなばのガソリン価格も全国並みの価格になるということである。今のうちに,満タンにしておいた方がいいかもしれない。心も財布も満タンにはならないぞ。

2006年8月16日(水)Flight To Heaven
 昨日の訃報欄にデューク・ジョーダンさんが8日にお亡くなりになったとあった。84歳。売れなくてタクシー・ドライバーをされたり,アメリカからデンマークへ移住されたピアニストである。1947年のチャーリー・パーカーさんやマイルス・デイビスさんとの共演を聴くと,口数が少なく地味なフレージングといった印象で,その後あまり売れなかったというのが何となく分かるような気がする。
 けれど,ジョーダンさんは哀愁を帯びたマイナー調メロディ作りがうまい。『Flight To Jordan』『No Problem』『Jordu』など,いずれもボク好みの印象的なメロディばかりである。
 ジョーダンさんは,1973年に復活され,ボクの「江戸時代」に来日されたことがある。公演は中野サンプラザだったと思うが,師匠の撮影したステージ写真の焼き付けをやったこともあって,アルバムが発売されれば買うというお気に入りピアニストのひとりになった。
 『No Problem』は,ロジェ・ヴァディム監督の『危険な関係』のテーマ曲で,映画にもジョーダンさんは登場する。ノー・プロブレムという曲なのに,別人に印税がいってしまいトラブルが発生したという有名曲だ。1973年録音の『FLIGHT TO DENMARK』には,『No Problem』,『Jordu』,『Glad I Met Pat』などのトリオ演奏が収められている。共演のベース奏者であるマッズ・ビンディングさんがとても若い。
 ジャズの新しい形式を生み出すようなピアニストではなかったかもしれないけれど,一度聴いたら忘れられないメロディを紡ぎ出したジョーダンさんのように,1首くらい他人様に覚えてもらえるような歌が詠みたいものである。と厚かましくも思ったりしたのだった。真面目タイプのジョーダンさんの天国へのフライトはノー・プロブレムだったに違いない。

2006年8月15日(火)ざんぱい記念日
 61年前に終わった戦争を「昭和戦争」とネーミングし,今日は終戦記念日という見出しの新聞もある。植民地生活から解放された朝鮮半島なら記念日でもいいのかもしれないが,何だかしっくりこない。改めて「昭和戦争」とネーミングされるのもよく分からないし。
 大体,8月15日はポツダム宣言の受諾を宣言してアメリカとの戦いが終わっただけで,ソ連とはまだ戦闘が続いていた。ポツダム宣言受諾の調印は9月2日だから,こちらの方が終戦の日っぽい。そういえば,沖縄の調印は9月7日だ。名実ともにということになると,サンフランシスコ平和条約発効日の4月28日かも知れない。まっ,そういう細かい歴史検証より,ちょうどお盆のさなかだから情緒的にしっくり来る,というのが日本的な落としどころなのだろう。
 そんな「終戦の日」は,首相の靖国参拝でにぎやかな一日だった。ざんぱいなのに参拝記念日だ。わが家の先人が不始末をしてご近所に迷惑をかけていたら,その子孫のボクはご近所にそれなりに気を使って生活すると思うのだけれど,強気で生きることのできる人というのはうらやましいことである。不始末はしていないと思っているのだが,ボクはご近所に土佐の饅頭を買って帰る小心者である。
 参拝には色々な主義主張や理屈や感情論がくっつけられるのだろうが,政治家は選挙に落ちればただの人だ。頭の大半は選挙のことである。靖国参拝が,自分や自分のパーティの選挙に有利に働くという側面があるに違いない。国民のことを考えた政治をやってほしいと思うのだが,自分達に投票しないマイノリティのことはあまり考えていただけないようだ。政治家は自分が行う政治効果のプライオリティを考えることが大切なのだと思うんだけどな。「神の国」の森一族の政治がまだこれから続くのかと思うと,気の滅入る話である。
 何はともあれ,戦争で亡くなられた人達(軍人さんに限らず)に敬意を表したり,亡くなった人を記憶に留めたり思い浮かべたりすることは大切なことだ。記念日というのはそういうものであろう。そして,それはもちろん神社に参らなくてもできることである。
 ということで,今朝の訃報欄のデューク・ジョーダンさんのことは明日になってしまった。

2006年8月14日(月)とっさの高知
 午前中にお坊さんのヘルパーがいらっしゃり,3分間読経をしていただいた。お茶を飲まれて,滞在時間は6分弱である。そんなわけで,わが家の御経料はここのところデフレ価格にさせていただいている。そのうちバチがあたって,さすがのボクも死ぬことだろう。短い滞在時間なのに,総本山発行の新聞の購読や,講演会などを薦められる。生憎,そちら方面への信心を持ち合わせていないのでお断りした。
 何かを信じると楽になることもあるのだろうが,そこで思考も止まるということである。他人の考えたことをあんまり簡単に信じない方がいいと思うな。ボクが教祖のマルコ教は,「教祖を疑え」というのが第1条だ。第2条は「教祖を疑っている自分を疑え」である。献金も求めず,教祖が信者に食費などを払っているというのに,脱会者が相次いでいるのが不思議である。
 さて,そんなお盆はさておき,なおもしつこく四国のお話。
 大塚国際美術館を出てから,宿泊地とホテルを検討した。5時を過ぎているのでつれあいがうるさい。徳島は翌日から阿波踊りだから混んでいそう。道後はどうも遠い。『功名が辻』放送記念ということで,とっさに高知の駅前のホテルに電話をかけたら,部屋があった。そんなわけで高知へ向かったのであった。よさこい祭りが行われていることを知りもしないで。
 そんな「夜さ来い祭」第3日は10時に終わった。夜さ来いと言いながら真面目なお店は早々と閉店している。打ち上げ等で貸し切りになっているお店も多いようだ。ネオンを見ながら帯屋町界隈を歩いていたら,「鯨」という文字が使われている居酒屋があった。つれあいのニックネームがクジラだったので入ってみることにした。ふたつだけ空いていたカウンターに座ったおかげで,マスターとお話ができ,よくホテルが取れましたなあということになったのである。
 そのお店でいただいたのは,しわい食感でにおいがほのかなクジラのさえずりやクジラの生姜焼き,湯引きしてあるうつぼのたたき,コリコリしたマンボウのテンプラ,脂ののったとろカツオのハランボ塩焼き,どろめやりゅうきゅうなど。捕獲量が少ないからか,クジラの値段は結構高い。
 捕鯨に関する論議があるけれど,肉と言ったら鶏か鯨しか食べられなかった世代なので,鯨が食べられなくなるのは寂しい。日本人は縄文時代からクジラを食べていた。青森の三内丸山遺跡からクジラの骨が発見されているのである。すべての鯨が絶滅寸前というわけではないのだから,商業捕鯨モラトリアムを解除していただけないだろうか。
 というようなことを土佐で思ったのだが,『功名が辻』の千代さんは,一豊さん亡き後,高知を去って京都で暮らすようになる。クジラやカツオより,オシャレな京都の方がデザイナーの千代さんにはあっていたのかも知れない。クジラ好きで夜型のボクには,夜さ来いと言ってくれる地方は嫌いではないのだけれど。

2006年8月13日(日)あわはとくしまっす
 鳴門市のはずれにある大塚国際美術館は,堂々のコピー美術館だ。コピーやレプリカという言葉からはあまりありがた味が湧いてこないかもしれないが,何でも徹底すれば貴重な存在になるのである。大塚製薬グループが8年前に設立した,名作原画写真を陶板に転写して焼き付けた1000点以上の絵画が展示してあるという美術館だ。『最後の晩餐』とか『最後の審判』とか『モナリザ』とかを,濡れ手であわのように見ることができる。
 そんな世界初の陶板レプリカ美術館駐車場到着は午後3時30分だった。閉館は5時なので,1時間30分しか滞在できない。入館料は3150円。無計画というのはそういうことである。
 入館し,示された順路通りにB3から急ぎ足で見たのだが,B1を見終わったあたりで,駐車場までのシャトルバスの最終出発時間は5時というアナウンスが入る。パンフレットを調べてみると,美術館は2Fまであって,1F&2Fは『ゲルニカ』や『ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造』などの現代系美術があるらしい。2Fから降りてくれば良かったと思ったが,あとのよさこい祭りである。
 そんなわけで,地元の人などは一日中遊べる美術館だ。ボクには高いと思われた3150円は,リーズナブルなのかもしれない。自社製品のサンプル版ももらえるし。おとくしまかも。
 それはさておき,B3のショップで作品集でも買おうと思い,急いだ。さすが大塚製薬だ。美術館のショップにボンカレーが売ってあった。胸焼けがしそうなほど大量の絵を見たあとに,カレーを食べたいとは思わないな。あわをくわせてももらえる美術館のようだ。

2006年8月12日(土)ミッション・インポシブル
 今日は,いなばの「しゃんしゃん祭」である。その祭が行われているメイン・ストリートを,18時30分から21時までブラブラ歩くというクレージーなミッションをいただいていた。
 そんなわけで,午前中は高知で太平洋を見ていたのだが,早めに切り上げ,大歩危・小歩危経由で帰路についたのだった。
 南へ向かった昨日は,四国に入ってからガイドブックを購入し,大塚国際美術館を見た後,高知のホテルを予約。高松道・徳島道・高知道を通って土佐入りした。山内一豊氏は,自らが河内から高知と改称した地に,怖くてなかなか入ることができなかったらしい。現在の四国は交通の便もいいし,何の心配もなく簡単に入ることができるのにね。
 高知に着いて知ったのだが,高知は「よさこい祭」の最中だった。居酒屋のご主人に,踊り子でもないのに良くホテルが取れましたねえと感心された。全国から12000人がお集まりなのだそうだ。最初に電話をしたホテルですぐに部屋が確保できたので,高知の宿泊がそんなに大変なことだとはまったく知らなかった。無知は強いのである。
 夜10時を過ぎても街はにぎやかだ。何チームの参加があるのか知らないけれど,露出度の高いチームから伝統衣装チーム,練習をしっかりしているチームもあれば踊りがアバウトなチーム,自分達だけ楽しんでいるように見えるチームまで色々だ。
 高知大学の学生さんが北海道に持ち帰って「よさこいソーラン節」が生まれたと教えられたが,総じて音楽は無茶苦茶うるさいし,鳴子もうるさい。特大ボリュームの低音のせいで,身体が携帯電話のバイブ状態になる。元気が良くて,情熱的で,熱狂的。いかにも南国風である。土佐は,飲酒量や離婚率や殺人事件発生率が日本でもトップクラスだそうだが,祭りを見ていると分かるような気もする。
 いなばに帰って「しゃんしゃん祭」を見たら,「やるならどんとやれでかいこと」と煽っているのに,よさこいの皆さんに比べれば,踊りは静かで大人しくて上品である。この風土のおかげでボクは上品になれたんだなあと,改めていなばの傘踊りに感謝した。
 ミッションは,リーダーの判断で早く切り上げてもらった。おはよう,フェルブスくんにはとてもなれない。 

2006年8月11日(金)北米朝顔
 とてもよく働いたんだしということで,今日は特休にした。車に乗ってこれからどこかへ行くことになった。北へは車では向かえないので,東西南のどこかである。東は先週行った。西はよく行く。とりあえず南へ行ってみることにした。どこに着くのか楽しみである。
 ということで,今晩は帰らないかもしれないので,朝顔などにたっぷり水をやった。「ノーリアンズブラック」という,あらくれにほんかいさんからいただいた西洋というか北米朝顔にも。葉の大きさからも分かるとおり,アメリカ産の割には謙虚さを備えた可愛い花である。星条旗より,「朝顔よ永遠なれ」くらいでもよかったのかもしれない。歌詞の内容も国のありようも随分変わったことだろう。

2006年8月10日(木)要介護
 この夏珍しいことであるが,今日は一日中とてもよく働いた。おまけに,電気工事のため3時から職場はクーラーが効かない。汗まみれである。夕方から短歌会があるので,せめて身体だけでもきれいにしておこうと思い,家に帰りシャワーを浴びてから行くことにした。
 ということで,脱衣場でワイシャツを脱ぎ,丸首シャツを脱ごうとしたのだが,汗でシャツが身体に張り付き,五十肩の身ではシャツを脱ぐことができない。結局,つれあいに援助をしてもらって,何とか脱げた。いやあ,いい経験をした。結婚をしていると,時々いいこともあるのだ。五十肩になって初めてのことだけれど,どうも要介護のようである。
 何しろ,ズボンの右のおしりに入れている財布を右手で取り出すことができない。右のおしりの財布は,右手でサポートしながら左手で取り出す方が楽なのだ。右腕を後ろにまわすのはとても大変である。職場の先輩の中には,2年かかりますよとか,私は1年半かかりましたなどとありがたいご助言をくださる方がいらっしゃる。
 当分,手が後ろにまわらないような生き方をしなくてはいけないようである。

2006年8月9日(水)In The Cafe
 ランチでソバに誘われたが,ちょっと訳あってお断りした。そんなわけで,ひとりで寂しくお昼を食べるはめになった。食後に,コーヒーを飲んでゆっくりしていたら,ボクの食事中に入ってきた後ろの席のお客さんの会話が聞こえてきた。
 ハローワークが人であふれているという話の後,50歳を超えると仕事はないとか,傷害事件も起こしているからなあなどと続き,電話代を滞納していて電話が使えなくなったというように展開していった。借金の申し込みらしい。滅多にない場面なので聴くともあって聴いていたら,頼まれた方の昭和28年に結婚されたという男性は,結婚した頃の1000円は大金だったとか,電話がないと大変だねえ,いやあ喫茶店に入ったのは何年ぶりかなあなどと話を徐々に周辺へずらされる。頭ごなしに,ないと断る関係ではないのだろう。うまいなあ。あっ,ちなみにきれいないなば弁。以前同じ仕事をしていらっしゃった仲のようだ。何番目の借金の依頼なのだろう。かなり手強そうなおじいさんである。
 お金を貸す時は,何も言わずにこれを持っていきな。などと粋な貸し方をしてみたいけれど,財布の薄い人間はそうもいかない。返金の催促はさらに大変そうだし。
 ボクならどう対応するだろう,最後はどういう展開になるのだろうと思っていたのだが,4人がけのテーブルをいつまでもひとりで使っているのは気が引ける。まっ,ボクにお金を借りに来る人はいないので,参考になることもないだろうと思い席を立った。どちらも人の良さそうな方だった。金の切れ目が縁の切れ目にならなければいいのだけれど。

2006年8月8日(火)On The Rocks
 ということで,今日は,無理矢理「rockin' on」である。9月号の特集は,90年代ベスト・ディスク100だ。ソニック・ユース,ピクシーズから,KORN,リンプ・ビズキットまで。ベスト100と謳いながら,絞りきれないのかアルバム・ジャケットが200枚分並んでいる。30歳前後の皆さんの得意分野であろう。
 ジャズを聴きながら,一応ロックも有名どころはおさえるようにしていたのだが,紹介された作品の2割ほどしかわが家にはなかった。あっても印象が薄い。90年代は,そこそこの小遣いをCD購入に当てられるようになったので,アルバムを購入するのも聴くのもぞんざいになっていたのだろう。
 高校時代は,月に2枚のLPが買えれば幸せだった。買うのも慎重だったし,買ってからは何度も繰り返し聴いた。70年代のアルバムの方が,圧倒的に記憶に焼き付いている。そのころに比べると,月に7倍くらいの枚数を買うようになった最近は,一度聴いたらそれっきりというアルバムも多い。買っただけで封を切っていない「積ん聴くCD」もある。高校時代にそんな音楽生活をしていれば,長じて音楽は聴かなくなっていたことだろう。若いうちは,自由に遣えるお金が少ない方が幸せなのである。
 『NEVERMIND/NIRVANA』が90年代の代表作なのだろうが,rockin' on系でボクがいちばん聴いた90年代のアルバムは,『Second Coming/The Stone Roses』だ。90年代とは思えない,まっとうな昔のブリティッシュ・ハード・ロック進化系である。ボーカルはやや脱力だが,リズム陣もギターもホットだ。しかし,アマゾンだとUS盤が899円って,あんまりだと思うなあ。シングル・モルトを怒りのロックで飲むことにする。

2006年8月7日(月)On The Road
 歌集1冊の感想をそれぞれが披瀝するという集まりが5時からあった。歌集は何冊か買い求めているけれど,1冊のすべての歌を真面目に読み通したのは,『サラダ記念日』以来ではないかというくらい不勉強者である。歌集の中からお気に入りを10首ほど選び出す作業はとても勉強になった。お集まりの皆さんや発案者の師匠に感謝である。最初からビールを飲みながらの勉強会は,ボクには暑い夏の夜の酔生夢死だった。
 そんな集まりの開始時間に少し遅刻気味でいなばのメインストリートを歩いていたのだが,島根銀行から若桜橋の向こうまでの200メートルほどを見渡したら,誰も歩いていなかった。5時過ぎだというのに,こんな静かなメイン・ストリートが全国どこかの県庁所在地にあるのだろうか。
 そんなストリートの向こうからやってくるのは男性か女性かと思いながら急いでいたのだけれど,やって来たのはビジネスマン風の若者だった。背が高く,アゴを引き気味に歩いていらっしゃる。天下を睥睨している感じでカッコいい。真似をして,アゴを引いてみた。しかし,視界は前方2メートルくらいで,ちょっと危険だ。
 ボクにはアゴを出しながらの人生の方がむいているようである。メイン・ストリートもアゴが出ているようだけれど。

2006年8月6日(日)On The Beach
 今日は,岩美の海岸でバーベキュー・パーティだった。泳いでいた皆さんの足にくっついてきた貝などを,刺身や壺焼きでいただいた。どこに落ちていたんだか(事前に買って海にばらまいてあったのだろう),アワビの刺身はさすがにコリコリと美味しかった。ごちそうさま。サザエだしのうどんも,薄味ながら滅多に食べることのできないおいしいつゆだった。東京から参加された方がご持参の新島謹製極上くさやは,いなばの海水浴客に,この世には食べ物の香りとは思えないような香りをもつ食べ物があるということを気づかせてくれた。
 江戸出身のつれあいと同じ中学校の卒業生が参加されていたり,何故か職場の同僚も参加されていてビックリという海辺のパーティだったが,イスラエル出身28歳男性までいらっしゃった。
 パリ生まれだとかで,英語が分かりやすい。彫金グッズ販売で生計を立て,3ヶ月ほどいなばに滞在されるらしい。日本の歴史に興味があるのだとか。いなばの人はベリー・シャイとも。
 イスラエルのヘブライ人は全員熱心なユダヤ教徒なのかと思っていたのだが,ヤハウェに特別な信仰心があるわけではないようだった。宗教観は,賽銭は5円というボクと同じように,アバウトなレベルである。
 レバノンやパレスチナ情勢については,イスラエル人は対話によって互いにうまくやっていきたいと思っているんだけど,ムスリムの皆さんはそんな風には思ってくれないので困るよねえ,という程度の会話しかできなかった。18歳から3年間軍隊にいて,また何かあればコマンドーとして戦場へ行くかもしれないとのことだ。友人が2名亡くなったとも話していた。
 ヒロシマから61年目のいなばの海岸では,イスラエルの若者とレバノン情勢を語る人は他にいなかったようだが,平和に海水浴やバーベキューができることをみんな感謝した方がいいよね。レバノンでもイスラエルでも,爆撃などによる死者が15名あったと今日も報道されているのである。

2006年8月5日(土)謹製燻製
 暑中見舞いカードを作る気も起こらないような暑さである。とはいえ,一日中ゴロゴロしているわけにもいかず,夕方に蒸し豆腐竹輪の燻製を作った。
 貧しいいなばを象徴するような豆腐竹輪だが,何軒のちくわ屋さんが作っていらっしゃるのだろう。ボクは,7種類の蒸し豆腐竹輪しか知らない。とりあえず,わが家の近くで手に入る県内産蒸し豆腐竹輪6種を買ってきた。製造者は,「浦辺商店」「かろや商店」「ちむら」「浜下商店」「前田商店」「村上商店」である。雨滝の豆腐竹輪は今日は手に入らなかった。
 豆腐竹輪の重量を見て買う人は少ないと思うのだが,1本120g程度で,値段は100円前後。浜下商店だけは重量が表示されていなかった。計ってみたら1本107g。燻製は,ここのところリンゴのチップを使っていたのだけれど,今日は桜で燻してみた。時間は約15分間。
 少しさまして夫婦で食べた。太さも,豆腐や魚のすり身の加減もそれぞれ違うので,食感に差がある。「かろや」は柔らかくて甘い。「ちむら」も柔らかさではトップクラス。「前田」は腰があって噛みごたえがある。「村上」も噛みごたえがあり甘い。「浜下」は,小ぶりなので皮がややかたくなる。6本の中で平均的なのが「浦辺」,というのが食べたあとのわれわれの感想である。別に燻製にしなくても同じような特徴だとは思うけれど。
 最初のひとくちは美味しいと感じても,食べ続けているとそれぞれの特徴が重荷になったりする。一長一短である。サッカリンや卵白で他社商品との差別化を図っている商店もある。スーパーで7種類揃えているところは,多分ない。好みのブランドをすでに決めていらっしゃる方もおありだろうが,スーパー巡りをして食べ比べてみてはいかがだろう。豆腐竹輪の穴もそれなりにディープなのである。

2006年8月4日(金)京美人
 京都で見かけたおばあさん。80歳をかなり超えていると思うのだが,とてもオシャレで美しい。笑顔もキュートで,若い頃はさぞ可愛かったんだろうなあと思わされる顔立ちだった。カメラは嫌だとおっしゃるけれど,横を向かれた隙にシャッターを切らせていただいた。ごめんなさい。
 声をおかけした時,出窓のガラス・ケース内の「ムクゲ」の花を撮影したいのかと思われようで,暑さで少ししおれているから別の枝を切ってこようかとおっしゃる。そんなことを気にかけることができるというのは,経済的にも精神的にも余裕のある人生だったということなのだろう。人はお金で苦労しない方がいいな,きっと。
 生憎,お金と余裕のない人生を送っているボクは,写真に撮った美しい花より,美しい人間の方が好きだ。街を歩けば通行人を眺めた3日間,外国人や日本人の美しい人をたくさん見かけたけれど,総合的にいちばん印象に残ったのは,おばあさんあなたでした。そういえば,昔から年上が好きだったような気がする。
 オシャレで美しい老人になりたいなあと思ったのだった,ということを忘れないための記念の「ろぐ」。

2006年8月3日(木)ジャズ・バイオリン
 夕方,三条通を歩いた。おしゃれなカフェや工芸品のお店がたくさんある。せっかくなので、暑中見舞い用のポスト・カードの絵を撮る目的で,100枚ほどシャッターを切った。メガネをかけた出っ腹がカメラをぶら下げているという,完璧な日本人旅行者の風体だったので,にっこり笑えばどなたにも許してもらえたような気がする。恥の旅は清水寺のかき氷である。
 御幸町通近くにジャズ・ハウスがあった。バイオリン・クインテットのライブがあるらしい。夕食後の10時に入店したら,すでにセカンド・ステージが始まっていた。マイルスさんの『オール・ブルース』を演奏中。まとまりがよくない。ユニットという感じが今ひとつで,16名のお客さんのノリも悪い。演奏後にお聞きしたら,初めての顔合わせだそうだ。
 リーダーの入山ひとみさんは,元々クラシックのバイオリンを学ばれていたようだが,長じてロックやジャズにはまったのだとか。寺井尚子さんが売れたのを見て,あれだったら私でもと思われたのかもしれない。ラストに演奏されたフェイクたっぷりの『セント・トーマス』が一番良かった。
 セミプロですかとお聞きしたら,一応これだけで食っていますとのこと。失礼しました。まだ,ブルーノートに出演できそうなレベルではないと思うけれど,ライブを数多くこなして,はい上がっていただきたい。

2006年8月2日(水)涼しいじゃん
 京都までの「はくと」の車内温度は25.2度という表示だったけれど,ホントかあと思うくらい数字の割に暑い。視覚効果をねらっているわけではないよね。
 もちろん,太陽の下の京都はもっと暑かった。歩いていると,汗が目に入ってくる。チーム・マイナス6%が徹底されていて建物内も暑いのかと心配したのだが,これが,どこも冷房がよく効いている。
 ランチを食べた三条烏丸のお店で,設定温度は何度ですかとたずねたら,「25度ですけどもっと下げましょうか」とおっしゃる。いや十分ですわ。京都議定書が締結された地のわりには,目先の快適さ優先なのである。先斗町の懐石料理のお店に至っては,設定温度は20度だとか。京都産業会館シルクホールも,700人くらい入っているのに快適である。観光で食っていくためにはそれくらいしないといけないのであろう。ありがたいことだ。
 まっ,達成できなくても目標を設定することは大切である。目標を立てて近づこうとしなければ,目標が近づいてくれるわけもないし。夏休みには10時間は勉強しようと立てた昔の目標が達成されていたら違った人生だったんだろうなあ,残念。
 そんなわけで,エアコンをつけっぱなしの涼しい京都のホテルで余計なことを思い出した夜だった。普段は,エアコンなしで仕事をし,夜もエアコンのない部屋で寝ている。マイナス6%に協力していると思うので,今日のところはお許しいただきたい。

2006年8月1日(火)旅支度
 明日から京都へ行かなくてはいけない。わーい。きゃっほー。
 何がそんなにうれしいんだか。
 何をおいても,音楽が必要である。列車の中でもホテルでも。ボクのMP3プレイヤーの容量はたった512MBだ。1曲3分という演奏はほとんどないので,100曲ほどしか入らない。アルバムをピックアップし,夕食後にリッピング・編集・書き込みをしていたら,もう2時間も過ぎてしまった。「ろぐ」どころではないのである。とりあえず,ピアノ・トリオを中心に,封を切っていないロックのアルバムも2枚書き込んだ。
 ホテルでは,音を出して聴きたい。audio・technicaのコンパクト・スピーカーも準備完了。MP3プレイヤーとヘッドホン,コンパクトスピーカーで181グラムである。何と便利な時代になったものよのう,越後屋。ザウルスも,デジカメ2台の充電も完了。
 あとは本だ。読みかけのジェフリー・ディーヴァーさんの『クリスマス・プレゼント』と,トマス=クックさんの『緋色の記憶』で往復の車中は大丈夫だろう。
 ということで,準備完了。さあ寝よう。と思ったのだが,ところで,バッグはどこにあるんだっけ?洗面道具入れは?返事がない。つれあいはもう眠っているようだ。支度の手順を間違えたかも知れない。

2006年7月31日(月)昭和的洋風生活住宅
 売りに出される岡崎邸から東南へ300メートルほど歩くと,「グランドアパート」という建物がある。こちらも,かなり歴史を感じさせる和洋混在の変わった洋館だ。1931(昭和5)年の建築である。
 日中戦争時は国に接収され,太平洋戦争後は進駐軍の宿舎になり,その後ダンスホールとしても利用された。そして,現在の「グランドアパート」である。昭和の波瀾万丈の歴史が詰まっている建築物だ。
 このアパートには,今も人が住んでいらっしゃる。住み始めて20年以上経つという女性に部屋代をお聞きしたら,安すぎるので恥ずかしくて言えないとおっしゃる。相当安いようだ。
 現在,部屋を借りていらっしゃる方は2人だけ。空き部屋はあるのだけれど,高齢の大家さんは新規の賃貸契約を結ばれる気持ちがないらしい。もったいない。閑静な住宅街なので,ちょっとした書斎としても使えそうなのに。カフェにすると,横浜の山手十番館風の気分を味わえそう。
 建物内部には,美しい作りの螺旋階段や,レトロなお風呂場があって,昭和初期の雰囲気を感じることができる。螺旋階段は進駐軍のアメリカ人が国へ持って帰りたがったらしいですよと,間借りしていらっしゃる女性は話される。湿気にも耐える栗の木が床に使ってある岡崎邸などと同じように,かつての大工さんはいい仕事をされていたということがとてもよく分かる建物だ。
 ということで,不景気の折,今見ておかないといなばの建物はいつ消えてしまうかわからないのである。日傘でも差しながら,夏の散歩に山手界隈はいかがだろう。

2006年7月30日(日)武士的生活住宅
 週末になると,マンション見学会の案内板を持ったアルバイトが交差点付近にいらっしゃる。暑い中,ヘッドホンで音楽を聴きながら,携帯電話の操作で時間を潰しているようだ。何だかなあという仕事だが,時給はいいのだろうか。
 いなばでは,そんなサーパスなどのマンションに押され,経営が大変な不動産屋さんもあるらしい。その余波が,古い建物を残そうという運動にも及んでいる。
 馬場町に岡崎邸という中級武士の武家屋敷がある。NPOのひとつが発行されたパンフによると,鳥取城下には1867年に4420世帯の武家屋敷があったらしい。しかし,その多くが明治に取り壊され,さらにその後の地震・大火・ビル建設などで減少,当時の様子を伝える武家屋敷は,現在岡崎邸を含む2棟だけなのだとか。
 岡崎邸には,最近まで日本初の女性弁護士中田正子さんが住んでいらっしゃった。けれど,4年前に亡くなられ,現在は草ぼうぼうの空き家である。その岡崎邸を管理している不動産屋さんは,積極的に買い手を探していらっしゃるようだ。マンションに押されているのかも知れない。8月には売り出しをアナウンスしたいご意向なのだとか。
 もちろん,財政難の県や市に,購入したり保存する資金があるわけもない。岡崎邸はもうじき取り壊され,現存するいなばの武家屋敷は,地方裁判所前の福田丹波邸だけになるのだろう。萱葺き屋根に限らず,古いモノを保存するためにはお金が必要である。
 ということで,武士の生活をしてみたいとか,武士になりたいとか,葉隠的生活が理想だという方は,取り壊される前に買い取りを検討されてはいかがだろう。売値は予価4500万円なのだそうだ。残念ながら,武士に搾取されていた小作人の子孫には買えない。

2006年7月29日(土)ものくるる人
 江戸などとは少し遅れて,いなばでは今がお中元の時期だ。個人的にまったくの縁のないいなばの某社からハムが届いていた。部署の異動によって,ボクに何かの動きをご期待されてのお届けなのだろうか。モノをもらうのは嫌いではないし(上限なし),モノをもらってもらうことも嫌いではない(高価なモノはないけれど)。
 しかし,今までほとんど面識もなく,かといってメル友でもなく,もちろん何かお世話をしたわけでもないのにモノをいただくのはちょっと心苦しい。そのまま返そうと思ったが,職場の今までのお付き合いもあるのだろうから,同等額のクッキーの詰め合わせをお届けした。気持ちも受け取っていただければいいのだが。
 そういえば,10年ほど前の部署の時には,某消費者金融のたけい何とかさんから「稲庭うどん」をいただいたことがある。住所が新宿だったから,お返しに行くのも面倒。人にお金を貸すほどのお金持ちに何を送ったって面白くないだろうと思い,半ば冗談で,つれあいが作ったブランデー・ケーキを2本お返しに送った。たけい何とかさん宛に。ゴミ箱直行だったのかも知れないが,ナント,数日後にご丁寧な礼状をいただいてビックリした。冗談はしてみるものである。
 いなばの某社が,電話帳にも名前の載っていないボクの住所をどうやってお調べになったのか知らないが,今もって企業の総務部などのお仕事にはこんな業務がおありなのだろうか。おやめになれば,お互い余計な時間を使わなくて済むのに。
 とはいえ,たとえばフジテレビからお台場グッズが届いたりしたら,よろこんでいただくんですけどね。

2006年7月28日(金)素晴らしきカナ
 弥生町でランチを食べていたら,TSKのニュース・キャスターとしてご活躍中の竹下佳奈さんご家族がいらっしゃって,ボクの隣にお座りになる。彼女は今年TSK入社2年目である。昨年は訳もわからずがむしゃらに頑張られていたようだが,1年間の経験は大きくて,今年は客観的に業務を見つめることができているようだ。
 そんな彼女は,来週1週間,フジテレビの『FNNスーパー・ニュース』のキャスターである安藤優子さんの休暇中の代役スタッフのひとりに任命されたのだそうだ。お台場へ行く前に,休暇をもらってご家族でくつろいでいらっしゃったのだった。
 どういう経緯で白羽の矢が立った(良い意味で)のか知らないが,いなばのような地方局のまだ2年目の女子アナが,1週間だけでもキー局のニュース番組に出演するというのはちょっと珍しいのではないか。明るく素直,チャレンジングな性格で華もある。見ている人は見ていたということなのだろう。滅多に経験できないチャンスである。1週間,緊張を楽しんできてくださいとお伝えして失礼した。
 番組は夕方4時55分から始まるらしい。ニュースは,それぞれお好みの局があったり,TVは見ないという方もいらっしゃるだろうが,いなば出身の女の子の全国デビューを見守っていただけるとうれしい。

2006年7月27日(木)肉離れ
 アメリカ産牛肉の輸入が再開されるとか。何かとアメリカのお世話になってきたし,これからもお世話になるけれど,半年前にミスったばかりなのにどうしてそんなに急いでご機嫌とりをするんだろう。MSのOSを使い,『キング・コング』を見たり,エアロスミスやジャズを聴いたりするくらいではお付き合いしてもらえないのだろうか。
 アメリカは農業国である。オーガニック栽培もあるのだろうが,農薬散布で効率重視の農業が中心だ。肉牛の生産は,成長ホルモンを与え飼育期間を短くして経費を安くあげるという飼育法らしい。広い牧草地も不要だし,脂ののった肉質になる。美味しいわけである。
 わが国でも,人工霜降り肉などというステーキ用の肉を作っていらっしゃる会社もある。世の中に完全に安全な食品というのは,多分そう多くない。アメリカの牛肉だけが問題ではないのだろう。とはいえ,輸入を認めない食肉処理施設があったり,認めた施設の中にも前回の再開時にルール違反をしたところもあるのだとか。
 日本人向けの牛肉を作っているアメリカの農家は,日本に買ってもらわないと困るというのも分からないでもない。けれど,安全性の基準がまったく不明確である。拙速な再開で再び問題が発生すれば,ますます牛肉消費が減るんじゃないかな。
 タバコを吸う人が奇特な存在になったように,そのうち牛肉を食べる人も珍しがられる時代が来たりして。そうなれば,困るのは肉牛生産農家の皆さんだと思うのだけれど。急な動きで肉離れがおきないようにね。まっ,別に牛肉が憎いというわけではないんです。当分,食べますけどね。

2006年7月26日(水)117クーペnet
 117クーペのメーリング・リストであるPAnetに紛れ込ませていただいているのだが,ここは,半年に1回は必ず発言をしないといけないというしばりがある。7月中にメールを書かなくてはいけない。通勤に使っていらっしゃる方や,ご自分でレストアされる方には,ネタはいくらでもあるだろうが,工場に預けてそのうち1年が来るような男には,残念ながら書くネタがない。せめて117で高速をぶっ飛ばしているという短歌でも詠もうと思うのだが,何しろ現物が目の前にないので,止まっている117の歌さえ詠めない。
 そこで,久しぶりに工場へ行ってみた。4〜5人いらっしゃるスタッフの皆さんは,いつ行ってもボクの車以外の車にへばりついていたり,もぐり込んでいたり,またがっていたりである。ボクが可愛いと思っているほどには,どなたも可愛く思っていらっしゃらないのだろう。すべての人は中華思想である。
 とはいえ,入院ももうじき1年である。今日は強気に,117の退院はいつ頃ですかねえと迫ってみた。夏が終わるまでにはナントか,だそうだ。本当ですかい。見たところ,秋の終わる頃になりそうな気もするのだが,借金取りをとりあえず追い払うための言い訳だったりしないよね。もう少しお待ち下さいと言われ,缶コーヒーをもらって帰ったけれど,ボクは取り立て屋さんにはむいていないようだ。PAnetのメールにはこんなことを書けばいいのだろうか。

2006年7月25日(火)FUNKY MONKY BASS
 さて,たまにはジャズである。最近,ジャズでもロックでもCDが安くなった。ロクなCD屋さんのないいなばでも,ジャズやロックの旧譜名盤が,1000円ほどで入手可能である。
 とはいえ,新譜は基本的に新譜価格だ。そんな最近の新譜の中で,マジかよという値段の作品がある。ベーシストのクリスチャン・マクブライドさんの『LIVE AT TONIC』である。値段は2625円。「ふつうジャン」と思われるかも知れないが,3枚組なのだ。演奏時間のトータルは4時間に近い。
 ボクは,『ブギ・ウギ・ワルツ』が収録されていたから購入した。15分間の『ブギ・ウギ・ワルツ』は少し抑えめだが,リズムをキープする乾いたドラムをバックに,ベース・ソロもたっぷり楽しむことができる,ファンクでクールな演奏である。テンポが少し速いのがボクの体には少し合わないけれど。
 という演奏曲からも分かるように,マクブライドさんはアコースティックにこだわらず,エレクトリックな演奏を繰り広げていらっしゃる。「ボクは何でも好きで,何でもやりたい。良い音楽を作りたい」というマクブライドさんの,奔放なジャム・セッションである。ジャズの即興性やカオスが伝わってくるアルバムである。
 枠にとらわれず,新たなフォーマットを探し出そうとチャレンジングにやっている様子は,かつてのマイルスさんの電化時代に通じるモノがあるようだ。ファンク・ビートでファンキーに,暑い夜をさらに熱く過ごすことのできるアルバムである。

2006年7月24日(月)Who'll Stop The Rain
 毎日雨がよく降る。ご近所や職場での挨拶は,「よく降りますねえ」である。しかし,雨の大量生産地いなばなのに,ここのところの豪雨の被害がとても少ない。河川敷駐車場のアスファルトが盛り上がったり,福部で川の氾濫などがあったようで,復旧にエネルギーの必要なところはあるのだろうが,他地域の被害の様子をお聞きするにつけ,申し訳ないけれどありがたいことだなあと思ったりしている。
 こんな雨が続く夜にはどんな曲が似合うのだろうと考えたのだが,そういえば,ボクが10代だったころの洋楽のタイトルには「雨」のつく曲が多かった。『雨に消えた初恋』・『悲しき雨音』・『雨のささやき』・『雨にぬれても』・『雨』・『雨の日と月曜日は』・『雨に微笑みを』・『雨を見たかい』・『フール・ストップ・ザ・レイン』など,良い曲が多い。もちろん,水色だったり,やどったり,御堂筋だったり,邦楽にもたくさんある。みなさん,ほどほどの雨は嫌いではないのだろう。
 個人的には,「牛も知ってるカウシルズ」の曲が好きなのだが,最後の『雨を見たかい』と『Who'll Stop The Rain』の2曲は,CCRの曲である。CCRというと,ノー天気なロケンロール・バンドと思っている人もいるかも知れないが,誰が雨をストップさせるのかと歌われた雨は,発売された年の1970年という時代背景を考えると,ベトナムに落とされていたナパーム弾のことであろう。ボブ・ディランさん以来,ロックは愛だけでなく政治も歌うようになっていたのである。CCRのようなロケンロール・バンドでも。
 爆弾は誰かやみんなでストップさせることはできるかもしれないが,空は気まぐれである。今も雨に悩まされている地域の皆さんは,ホント誰か雨を止めてよ,と思われているのかも知れない。CCRを聴きながら,ティッシュ2枚でてるてる坊主を作ってみた。You'll Stop The Rain。

2006年7月23日(日)箱廻し
 今日は讃岐でうどんを食べた。ぶっかけうどんである。最近はもっぱら備中のぶっかけうどんだったけれど,腰のしっかりしたさぬきうどんも美味しゅうございました。
 さぬきでは,「草葺き民家オーナーズクラブ会長」さんにお会いしたり,阿波の「箱廻し」を見せてもらったりした。色んなオーナーズクラブがあるものだ。「草葺き民家」の維持コストは,117オーナーズクラブよりさらに大変ではないかと思われる。かなり贅沢なクラブかも。ボクは,「五十肩オーナーズクラブ」会長だったらなれそう。維持コストもかからないし。脱会できる日がくるのを楽しみにする会長である。
 さて,「箱廻し」というのは,皿の代わりに箱を廻す芸ではない。昔,人形を入れた箱を天秤棒で担ぎ家々を廻ったことから採られたネーミングである。「でこまわし」とも言われるらしい阿波の大道芸の一種である。その伝統芸能を復活させた,お二人の女性の気合いの入った人形芝居を見せてもらった。
 お祭りや正月の獅子舞のように,かつては家々を廻って厄除けをした行事のようだが,その人形のあることが被差別地区の証明のようになってしまい,多くの人形は捨てられてしまったのだとか。それを1995年に復活されたらしい。「萱葺き屋根」も「箱廻し」も,見る側にとっては昔の文化や伝統を感じることができて貴重なのだが,現代に伝えるための費用やそれにかけるエネルギーのすごさは半端ではないようだった。何でも情熱は大事である。
 10時前に帰ったら,徳島産ウナギのどんぶりが待っていた。今日は四国な一日だった。

2006年7月22日(土)結婚協力隊
 今日は元同僚の結婚式だった。ボクはいつものように二次会専門である。結婚したおふたりとも,海外青年協力隊のメンバーだ。新郎はジンバブエ,新婦はカンボジア生活経験者だ。ジンバブエへ行かれた方に支給される生活費は1ヶ月約300米ドルで,カンボジアはそれよりいいらしい。
 協力隊の経験で良かったところは,「当たり前でないのが当たり前のところ」だとか。世の中,何でもありということである。新婦から教えてもらったカンボジアの言葉でボクが最初に覚えたのは,『オッパニャハー』だ。「なるようになる」というニュアンスである。わが家に置き換えると,「妻が幸せなら夫も幸せ」ということである。
 協力隊のもうひとつのいいところは,帰国してから交流会があるので,恋の相手を探しやすいということのようだ。ただし,最近は女性の協力隊員が多いらしい。割合は男性3割,女性7割なのだとか。男性がモテモテなのである。結婚したいと思っている男性は,とりあえず海外青年協力隊に参加するのがいいようだ。ただし,青年とは39歳までである。ボクはもうダメだ。がんばれ,青年。
 お二人の結婚記念品には,『キリング・フィールド』のDVDで良いのではないかと思ったのだが,日本人画家の描かれた田園風景の絵画になった。大事にしていただけるとうれしい。いつまでもお幸せに。

2006年7月21日(金)逃亡中
 大伴家持賞の締め切り4時間前なのに,歌を作るより,今日の「ろぐ」を片付けておこうとPCに向かう。何という性であろうか。銭にもならないことなのに。
 お金のもらえる仕事も,これくらい規則正しく意思をもって取り組めば,今以上に良い仕事ができるかもしれないと思うのだが,お金を稼ぐための業務が苦痛なので,そこのストレスを発散するために,というか苦痛から逃げるためにPCに向かっているのかもしれない。逃亡者生活である。
 一日の一番の楽しみが「ろぐ」を書くことなのか?どうみてもこれはマズイ。そんな人生で良いわけがないだろう。そんなわけで,今日のPCライフはこれくらいにして,短歌を作ることと,明後日が締め切りの業務に取りかかることにした。
 でも,その前に頼まれているCDを一枚焼いておかなくっちゃ。人との関係を維持することは大切だしね。渡すのは,来週月曜なのだけれど。

2006年7月20日(木)歌っちゃダメなのは
 今日のヤフーのニュースに,「『イマジン』歌っちゃ駄目 反宗教的と英の小学校」という見出しがあった。イギリス国教会系の小学生が学期末コンサート曲として「イマジン」を練習していたらしいが,「宗教がない世界を想像してごらん」という歌詞がふさわしくないと,別の曲に差し替えられたらしい。
 ちなみに,その部分の歌詞の無断転載は次の通り。
 Imagine there's no countries
 It isn't hard to do
 Nothing to kill or die for
 And no religion too
 Imagine all the people
 Living life in peace
 イギリス国教会といえば,ヘンリー8世だ。彼は王妃カザリンと別れたいのである。カザリンの侍女のアン=ブーリンを好きになってしまったからだ。彼はローマ教会に離婚申請をする。しかし,わけあってローマ教会は許さない。で,王妃と別れるためにローマ教会を抜け,その結果成立したのがイギリス国教会だ。ヘンリー8世は,その後また目移りして,アン=ブーリンは処刑される。結局,彼は6回結婚した。イギリス国教会嫌いのブラディ・メアリーや,国教会を復活させるエリザベス1世が登場する時代のお話である。
 いいなあ,こんな自分に都合のいい宗教。ボクもほしい。もちろん,歌う歌まで制限される信者ではなく,最高指導者として。誰か信者になってください。仮称イノマジン教です。
 というようなことはさておき,ジョン・レノンさんもそんな方々に歌ってもらわなくても別にいいんじゃないの。オレの歌を勝手に歌うなよ,こっちからお断りだぜとか。『イマジン』を否定するような想像力の貧困な人達は手がつけられないね。

2006年7月19日(水)ももだろう
 胡桃だけでなく,夏は桃の季節だ。個人的には,果物の中で桃がいちばん好きだ。ここのところ朝食は,毎朝桃1個と牛乳1杯である。万一,病室や畳の上で死を迎えることができた時は,冷やしすぎない程度に冷やした最高級のジューシーな桃をむいて,ボクの口に持ってきてくれるということになっているはずだ,多分。まさか胡桃を口に含ませたりはしないだろうな。そんなわけで,桃のことを考えれば,そんな日が来ることも,まっ,しょうがないかと諦めることができる。父の日の娘のプレゼントも山梨の桃だった。この点だけは子育てに成功しているようだ。
 そんな桃だが,何でも早いことが商品価値になる時代なので,6月頃からでも出回る。その時期の桃はハズレのことがある。桃がハズレた時のショックは,購入価格の3倍くらい大きい。大雨続きでは桃の甘さが育たないだろう。雨のシーズンが早く終わって欲しいものである。
 かつて織田信長は初冬に手に入った桃を徳川家康に届けたことがあったらしい。家康は「奇異なることは奇異なる作用」と,見るだけにしたのだとか。さすが天下を取る人間は違うな。ボクは一年中O.K.である。
 つれあいに,冬場に病に倒れたらどうする?と聞いたら,『森は生きている』のように,森に探しに行ってくれるらしい。で,ホントはどうするとさらに聞いたら,「紀伊國屋で買って来たげるわよ」だった。千疋屋じゃないのか?桃太郎の絵本でも読んでくれるのかも知れない。当てにならんな。
 桃の時期にお迎えが来てくれること祈っておいた方が良さそうである。

2006年7月18日(火)胡桃も桃も桃のうち?
 今日も雨がよく降った。京都行きのチケットを購入するため夕方の鳥取駅へ行ったら,高校生でごった返していた。上りは2時間遅れ,下りは1時間遅れだそうだ。青谷の辺りや御来屋の辺りで徐行運転をしているとか,福部は川の水が溢れているようだとか,改札に立っていた女性駅員さんはとても丁寧に説明してくださる。彼女は昨日改札にいた女性駅員さんとは違うので,JR鳥取駅には女性駅員さんが複数いらっしゃるらしい。これからは,最初にこの女性駅員さんに尋ねようと思ったのだった。
 帰りに近所の川を通ったら,いつもより3メートルくらい水かさが増えているように見えた。わが家は海抜25メートルの高さの砂地なので,家に水が流れ込んでくることはないと思うが,砂丘の向こうの福部では浸水家屋もあるとか。いなばの皆さま,浸水や土砂崩れなどにどうぞご注意ください。
 さて,その川のそばに胡桃の木が何本もある。実の付いている姿を見ると,ちょっと大ぶりのマスカットだ。桃には見えない。
 小学生の頃,2個の胡桃を手の中でこすり合わせ黒光りさせることが流行ったことがある。時々,顔の油を胡桃にこすりつけたりしながら。人が持っているのより大きな胡桃が欲しかったボクは,所有者が誰かなどと知る由もない山に友人と入り,高さ10メートル以上,直径30センチくらいの胡桃の大木を切り倒したことがある。倒れた木の周りに散乱した胡桃を拾い,学校の皆さんに提供して得意になっていたのだった。とんだ胡桃切り小僧である。
 そんな胡桃は縄文遺跡からも発見されているようだが,「胡」の字は中国でペルシャ方面を指すことがある。胡桃は,胡瓜や胡椒や胡麻などと同じように西アジアに多いのだろう。胡乱とか胡散臭いとも親戚だとすると,「中華思想」の方々は,自分以外は信用できないということを文字で表明しているのかも知れない。
 何はともあれ,水かさの増えた川の縁で胡桃はまだそれぞれが仲良くくっついていた。別れはすぐそこである。

2006年7月17日(月)Rainy Days And Mondays Always Get Me Down
 各地で大雨の被害が出ているようだ。お見舞い申し上げます。
 午前中に,泊まりがけで米子の郊外へ行っている同僚から,大雨のため列車が動いていないらしいので調べてほしいという電話があった。10時30分頃のわが家近辺は雨は降っていなかったけれど,JR鳥取駅へ行ってみた。改札横にボードが立てかけてあって,兵庫県浜坂方面は不通。倉吉までは「除行」。倉吉・米子間は不通とある。
 改札口には若い女性駅員さんが立っていて,その横に若い男性駅員さんがマイクで放送をしている。改札を出た辺りでハンドマイクを持っていらっしゃった,ボクと同年配の駅員の方に状況を尋ねた。
 とりあえず,「米子から帰って来れないようだけれど,どの辺りの雨が激しいんですか」と聞いたら,「山陰線ということになっています」というお答えだった。はあ?サービス業の方ですよねえ。虫の居所でも悪いんですの。何度も同じような事を聞かれて,真面目に答える気持ちが薄れていたのだろうか。それとも「除行」などと同じような,JRの特別なマニュアルに従ったお答えなのだろうか。あるいは仕事ができない人なのか。
 そりゃあそうだろうが,そんな答えで満足する人は少ないだろう。分からないなら分からないでいいし,仮によく分からなくても,たとえば,松江の辺りが激しいようですとでも言われれば大概満足するはずだ。お昼時に遭った人に,ご家族の皆さんはお元気ですかと聞かれ,「朝出る時は元気でしたが,その後は無事かどうかよく分かりません」と答える人って,多分いい仕事のできない人なんじゃないかなあ。質問に対する適切な答えを短時間で判断する力は,仕事をする上でとても大事だ。
 ボクの顔に何か出ていたのだろうか,駅員さんはあわてて,今は降っていなくても線路の確認などで時間がかかるんですなどと説明をされはじめた。話す気も失せてボクはその場を離れた。
 考えてみれば,質問にどう答えるかも大事だが,誰に尋ねれば目的を達することができるかを判断することも大事だ。相手を見誤ったボクが一番の間抜けだったようだ。最初から若者に尋ねればよかった。米子からボクに電話で調査を依頼してきたあなたもボクと同類かも知れない。反省するようにね。

2006年7月16日(日)トリビュート
 CDラックからシド・バレットさんの作品を引っぱり出した時に,ピンク・フロイドのコーナーを見ていたら,いつの間にかトリビュート作品が結構集まっていた。『WALL』のトリビュート盤も含め,わが家には11枚あった。オリジナルを超えるトリビュート盤というのもあるのだろうが,インストゥルメンタルのピンク・フロイド・トリビュートの場合は,ジャケットの多くがプリズムや時計を使うといった『狂気』の発展系で芸がないのと同じで,どの作品もオリジナルのもつ深みというか,立体感に欠ける作品が多いような気がする。
 「Vitamin Records」というアメリカの会社は,ロックのトリビュート作品製作にとりわけ熱心のようで,ZEPやアイアン・メイデンなどのハード・ロックのストリングス盤がたくさんある。HPを見ると,ピンク・フロイドも4種類ほどあった。わが家にはそのうちの3枚があったけれど,ストリングス盤2枚は多分1回聴いたきりだ。弦がうるさかった。フロイドの曲はストリングスにむいていないのかも知れない。「賛辞」の上に成り立っているというより,そこそこ売れるモチーフとして曲を使わせてもらいましたというように聴こえる。
 もう1枚のピアノ・ソロ盤は,何の芸もアドリブもない原曲のメロディをなぞった演奏だ。演奏者はDavid Ari Leonさん。知らない人だ。潔いくらいクセがないので,フロイドのメロディの良さがとてもよく分かる。夜の読書のBGMなどに最適である。
 この作品の,Googleの翻訳曲名表示は,『楽に無感覚』・『願いここにいた』・『あなたの輝き狂気のダイヤモンド』・『お金』・『さようなら青空』・『翼のブタ』・『シガーを持ちなさい』・『ちょっと』・『私達及びそれから』など12曲。元のタイトルが全部分かる人は相当のフロイド・フリークである。「賛辞」を呈します。

2006年7月15日(土)しばり首な日々
 大伴家持賞の締め切りが近い。その2日後には,別のプレゼンの締め切りがある。今日,新たに短歌の例会の締め切り日の連絡があった。落とせばアウトだ。締め切りに縛られて首が回らない日々が続く。もちろん,趣味の締め切りだけでなく,業務上の締め切りもたくさん控えている。雁字搦めの日々である。
 誰にも縛られたくないなどと言う若者がいる。というか,昔はボクも言っていたような気がする。浅はかなことだ。誰かを好きになるだけで,金縛りにあうということが分かっていなかったのである。
 一体に,しばりのある方が楽で,気持ちがよい。何しろ,もっと真剣に考えなくてはいけないことを脇におき,締め切りやしばりに没頭すれば良いのであるから。って,すべて寿命という大きなしばりの中で,人はそれぞれの小さな締め切りの渡り歩きをしているのかも知れない。
 何はともあれ,他者が決めた締め切りや枠や定型があるから,それぞれの分野で次々と新しいものが生まれるのである。締め切りは必要の母だ。発明の母だっけ。美人発明。いや表現の母だったかも知れない。
 とはいえ,締め切りを知っていながら何もせずに過ごす時間というのも,それはそれで得難い芳醇な時間だ。今日も,短歌のことを考えることなく,雪が降ると小学校まで2時間以上かかったという国府町の82歳のおばあさんの話をお聴きし,汗を流しながら楽しく過ごした。
 帰り道,家持さんの歌碑の側を通った。家持さんがこの暑さを体験したら,「今日出る汗のいや重け吉事」だろうか,などとくだらないことを考えたりしながら,締め切りのこともまた思い出してしまったのだった。

2006年7月14日(金)暑中お見舞いです
 毎日暑い。今日は,暑さでお亡くなりになった方もいらっしゃったらしい。わが職場は,全館完全冷房ではなく,一部に停滞性亜熱帯部屋もある。そんな部屋にあるボクの席の隣には,LANのサーバーと共用レーザー・プリンターが置いてあるので,さらに暑い。
 おまけに,わが家には半袖Yシャツがない。長袖Yシャツの袖をまくって過ごしている。1枚で冬にも夏にも使えるので便利である。汗をかくのが夏,男は我慢して男になる,というわけで長袖シャツには当然ネクタイが必要である。世間のクールビズに逆行したプアでフールでホットなBIZである。まわりの皆さんからも暑苦しい奴と思われているかもしれない。
 そんな暑かった日の勤務時間後に,市役所へお邪魔した。勤務時間を過ぎているのに,市役所の皆さんはお忙しそうで,たくさんの方が残っていらっしゃる。6時ころまで30分ほど滞在し大変お世話になったのだけれど,しかし暑い。冷房温度は28度の設定のようだが,PCの放熱などもあってか,冷房が効いていてありがたいという感じがまったくなかった。滞在時間が短かったからわからなかったのだろうか。1日いれば涼しいのかも知れない。
 炎天下の工事現場でお働きの方に限らず,冷房には縁のないお仕事の方も世の中にはたくさんいらっしゃる。市役所の冷房は贅沢だとおっしゃるかもしれないが,暑い中でのデスク・ワークというのも過酷な業務である。能率が上がらない。暑さで能力が出せないというのももったいない話ではないか。不祥事があったりするから世間の皆さまは厳しいのだろうが,温度を下げればミスも減るかも,である。市役所の皆さんが今以上にやる気になれば,市民はもっと快適に生活できるようになるのではないだろうか。
 もちろん,他人様のところより自分のところを改善してもらいたい。暑過ぎて,ミスをしたかどうかさえボクには分からないのである。ということで,梅雨が明けたのかどうかしらないが,暑中お見舞い申し上げます。皆さまお身体ご自愛でお過ごし下さい。

2006年7月13日(木)wish you were here
 シド・バレットさんの訃報記事があった。知る人の少ない超マイナーなミュージシャンだと思うのだが,朝日・毎日・読売さんはもちろん,産経さんにも日経さんにも掲載されていてビックリ。シド・バレットさんの音楽活動の功績によって掲載されたというわけではなく,怪物「ピンク・フロイド」のデビュー・アルバムのメンバーだったという故のことであろう。
 バンドで一番もてたシドさんは,メンバーを外されてからは髪の少ない肥満体になってしまい,シドさんに捧げたアルバム『炎』のレコーディング時,スタジオにいたシドさんにメンバーが気づかなかったらしい。みんなその変わり果てた姿に涙したというエピソードがある。30歳で,すでに60歳のジャック・ニコルソンさん風だった。
 久しぶりに『The Madcap Laughs』というシドさんのソロ・アルバムを聴いたけれど,アコースティックなフォーク・ブルース・アルバムにしか聞こえない。もう二度と聴くことがないだろう。
 ソロではなく,ピンク・フロイドの『夜明けの口笛吹き』というアルバムにした。キラキラと輝いて美しい。『サージャント・ペパーズ』を隣のスタジオで録音していたビートルズが,フロイドのこのデビュー・アルバムの製作現場を覗いて「ノックアウトされた」という,いわくつきアルバムである。
 ついでに,『LONDON’66−’67』も鳴らしてみた。こんなことでもなければ聴かないデビュー・アルバム製作前の演奏だが,これが一番良かった。まだLSD漬けになる前のシドさんのギターは,コズミックでサイケでとんがっている。このころは,クレージーではないダイヤモンドだったのだ。クスリさえやらなければ,である。どんなクスリも毒だ。クスリはほどほどに。
 シドさんが去った後,バンドのリーダーになったロジャー・ウォーターズさんは,「彼がいないとフロイドはなかったけれど,彼がいると前へ進めなかった」と言いつつ,のちにシドさんを想定して『あなたがここにいてほしい』という名曲を作る。別れて楽になったと思ったのに,心をかき回された人ほど気になるものなのだろう。
 誰かから,「あなたがここにいてほしい」と言われるために我々は生きているのかもしれない。ボクにそう言ってくれる人はどこかにいるのだろうか。ボクがそう思う人は多いような気がするけれど。
 人生の半分はあまりいいことがなかったと思われるシドさんだが,あなたが存在してくれたおかげでボクはとても豊かなミュージック・ライフだった。感謝。

2006年7月12日(水)ラ・フィエスタ
 収録されていれば原則的にCDを購入するという曲がいくつかある。『ラ・フィエスタ』もその1曲だ。最近のアルバムでは,ドミニカ共和国出身のミシェル・カミロさん&スパニッシュ系ギターのトマティートさんの『スペイン・アゲイン』がある。
 ピアノとギターのデュオだ。タイトル通り,タンゴなどのラテン系ミュージックが集められている。ラテン系なのに,パーカッションが入っていない。ピアノが時にパーカス代わりだ。カミロさんのピアノは少し控えめ。メロディ部分ではギターの方が全面に出ている感が強い。
 ヨーヨー・マさんでおなじみの『リベル・タンゴ』を中心とするピアソラさんあってこそのアルバムなのだろうが,ボクにはチック・コリアさんの『ラ・フィエスタ』さえあれば十分ご馳走である。二人とは思えない音の洪水というか重なりで,とても豊かな演奏だ。五穀豊饒を祝って朝まで踊ろう秋祭りである。夜中に聴いていると,疲れた心身が急激に回復してくるような気がしてきた。クーラーが効いているからのような気もするけれど。

2006年7月11日(火)ゲッツ!
 『意味がなければスイングはない』のあとは,スタン・ゲッツさんを続けようと思っていたのだが,ミサイルのおかげで脇道生活になってしまった。中国さんにお任せしておけば大丈夫なのだろうか。『On A Slow Boat To China』という曲を思い出したけれど,船では遅いかも。
 さて,村上さんは若い頃のゲッツさんがお気に入りのようだが,ボクの愛聴盤2枚は,70年代と90年代の作品である。
 一枚は,お亡くなりになる3ヶ月前である1991年3月の演奏だ。コペンハーゲンのカフェ・モンマルトルでのライブ盤で,ピアノのケニー・バロンさんとのデュエットの『people time』という2枚組。2枚目の冒頭曲,チャーリー・ヘイデンさんの『ファースト・ソング』の比類なき美しいテナーサックスを聴くと,しんみりしてくる。確かにジャズは夜の音楽である。癌に冒されていたゲッツさんは,ソロを終えるたびに息を切らしていたらしい。力を振り絞って吹いている様子を思い浮かべると,切なくなる。
 もう一枚は,『キャプテン・マーベル』。ゲッツさんらしくないハードな一枚である。よって,ファンからは評判は悪いらしい。けれど,ボクの大好きな『ラ・フィエスタ』が,チック・コリアさんやスタンリー・クラークさんやトニー・ウィリアムスさん達に煽られ,スピード感たっぷりに演奏される。ゲッツさんには珍しく,午前中に聴いても気力が湧いてくる演奏だ。かなりハイな状態だったのだろう。
 ゲッツさんがお亡くなりになってもう15年。ゲッツとは名ばかり,ゲッツさんの新作はもう手に入らない。

2006年7月10日(月)あなたのおそば
 ソバのハチミツを買ったけれど,麺のなかで特別ソバが好きというわけではない。ソバのスタンダードは低い方である。そんなボクをソバ屋さんに誘ってくれる同僚がいて,のれんをくぐった。「どうだうまいだろう」と自信のお店のようだが,幼少のころからうどんっ子のボクにはよく分からない。信州や出雲で食べたときは美味しいと思ったけれど。
 ボクが子どもだったころ,いなばにはおいしいソバ屋さんやラーメン屋さんやスパゲティ屋さんはなかったと思うのだが,知らなかっただけだろうか。それに比べ,大概のうどん屋さんのダシはボクの舌にフィットした。高校生相手のような「武蔵なんとか」屋さんという大衆食堂でさえ。いなばはうどん文化圏のはずである。
 そんなわけで,いなばではソバ好きは少ないだろうという仮説を立証すべく,昼休みと勤務時間終了後に,緊急職場アンケートを行った。うどん・ソバ・ラーメン・スパゲティの中でどれが一番好きかという調査である。22歳から53歳までの男性14名,女性9名から回答をもらうことができた。
 予想に反し,ラーメンが9名で1位,ソバが8名,うどんとスパゲティは3名という結果だった。うどんは惨敗である。うどんは太いから嫌いなどと,喧嘩を売るんかいという隣の席の男もいる。ソバに票を投じた人の中には,ざるソバのおつゆの味が好きなのかもという冷静な分析をされる方もいらっしゃったけれど,いなばにこんなにソバ好きがいると知ってビックリである。皆さん,どこでソバの味を覚えてきたのだろう。そんなわけで,麺文化の中でもボクはマイノリティだったのである。
 ちなみに,つれあいにも聞いてみた。幼少のころ過ごした群馬もうどんを食べることが多かったので,うどんという回答だった。珍しく意見が一致した。夫婦でマイノリティだったようだ。

2006年7月9日(日)ハチミツと苦労話
 いなばに養蜂場がある。近くを通りかかったので立ち寄らせてもらったのだけれど,ご主人はいらっしゃらなかった。箱の中を見せていただくのはご遠慮し,箱から蜂がこぼれている様子を撮影。ひと箱に2万匹くらい働き蜂がいるのだとか。もちろん,どの箱にもローヤルゼリーが主食の女王蜂がいる。
 働き蜂は半径1kmくらいの行動範囲で花から蜜を集めてくるらしい。春先は「レンゲ」,その次は砂丘界隈の「ニセアカシア」,その後,雨滝方面の「トチ」の花である。今の時期は,栗とかもろもろの花のブレンドで,「百花」というハチミツの時期なのだそうだ。
 ストレートものでは,レンゲ畑がめっきり減ったので「レンゲ」の値段が一番高い。「レンゲ」と「トチ」ハチミツを食べさせてもらったが,トチはレンゲより柔らかな感じである。地産地消にご協力いただける方は,ぜひ「福田」さんのハチミツをどうぞ。「リバーサイド」4丁目のお店でも扱っていらっしゃる。
 ところで,江戸や上方のように人口の多いところならいざしらず,ナントこのいなばにはちみつ専門店ができている。せっかく養蜂を見てきたので,そのお店にも寄ってみた。5月にオープンされたらしい。50種類ほどのハチミツがあって,いずれもテイスティングさせてもらえる。とりあえず,国産の「ネギ」「菜の花」「山椒」「ソバ」などを買った。「ソバ」は,色も味も濃くて,後をひく香りである。
 インターネットで何でも手に入る時代だが,味を確かめることができるのはありがたい。まだお客さんは少なくて,ご苦労話も多そう。厳しい商売だとは思うが,末永く頑張っていただきたい。定着しなかったストリート名,「ロマンチック街道」の中程にある。

2006年7月8日(土)らんちき騒ぎ
 今日は,偶然,某A調長官にお会いした。長官は,某Aはもちろん,某Pも某Cもお得意である。お話をしている内に,ボクはHPで大きなミスをしていることに気づかされた。最近,トップページから入られている方には関係ない話だけれど。ということで,今日はランチ騒ぎのお詫びである。
 昔HPを作った時に,「ランチでデート」とか「弁当箱」という,いなばのお店のランチの紹介ページを作ったことがある。いなばのお店は結構「折りたたみ」があり,とてもカバーできなくなったので,トップ・ページからのリンクを外させてもらった。サーバーのフォルダの中を整理しないで。
 リンクを外しておけば,フォルダに残しておいてもアクセスできないと思っていたのだが,某A調長官によると,そのページは生きていて,今でもアクセスがそこそこあるのだそうだ。当該ページをお気に入りにされていた方などが今でもアクセスされているらしい。そんなことが分かるなんて,恐るべし某A調長官。
 紹介しているお店の中にはとっくに店をたたまれてしまったところもある。もちろん,ランチ料金も改定されていることだろう。更新をしていないページを見られて,つぶれてしまったお店を訪ねられたり,料金の違いで気分を害された方もいらっしゃったのではないか。ご迷惑をおかけしていたのである。お詫びいたします。
 この夏,もう一度ランチのお店をリサーチし,トップ・ページからのリンクをはるようにしようと思ったのだった。

2006年7月7日(金)戦中
 地元スーパーの「S−mart」さんが,津山資本の「マルイ」さんに身売りされたとか。S−martの前身はシバタフードセンターである。いなばのスーパーの中でも古参のひとつで,若い頃から結構お世話になった。湖山がまだ静かだった頃も,お気に入りのドレッシングを買いによく通ったものである。鳥大の近くにあったから,惣菜コーナーをいち早く充実させたスーパーでもあった。
 一方,マルイさんがいなばに進出したのは10年ほど前だ。そのマルイさんに「素適生活」というオリジナル・ブランドがあった。「すてき」の当て字に何を使おうが勝手だけれど,あえてこの字を選ぶ感覚はボクのツボにはまらなかった。という個人の思いこみに対してマルイさんが痛痒を感じるわけもなく,スーパーの戦いは県外資本の方が強かったのであった。
 日ノ丸さんが倒れ,日光さんも倒れ,次々といなば資本が負けていくのを見るのは忍びない。ジャスコさんが増床すれば,若桜街道をはじめ,いなばのお店がますます窮地に追い込まれることだろう。とりあえず,サンマートさんを応援することにした。
 ところで,最近いなばのガソリン価格が下がっている。128円前後だ。いなばのGSと県外資本GSとの激しいバトルの影響らしい。2社が疲弊するだけでなく,お付き合いで価格を下げなくていけない地元のGSの中にも経営が悪化する店が出てくるのではないか。安くても行列してまでは面倒だ。ジャスコだってジャスコ・レーンの渋滞を考えると億劫になる時間帯もある。いなばの資本には限界があるだろう。無理をされず引き分けも大事な決着方法だと思うな。
 そんなわけで,掲示板も含め,あちこち戦いだらけだったようである。

2006年7月6日(木)戦前
 政府筋や防衛庁の皆さまは不眠不休のお勤めをされているのだろう。お世話さま。頼りになるのはあなた方だけだとか,ミサイルはボクが眠っている間に砂丘に飛んできたりしないだろうかというようなおちゃらけをノー天気に書いているのであるが,もしかすると「パール・ハーバー」の前のパール・ハーバーの皆さんも似たような状況だったのかもしれない。
 今より遙かに情報統制がしやすかった65年前のことである。ハワイの皆さんも,ボクと同じように大事なことは知らされず,いつもと変わらないアロハ・ライフを送っていたに違いない。それは満州事変の前のわが先祖もきっと同じようなものだ。縄を編むとか,梅酒を造るとか。それぞれが,のちに大事な人を失うことになるなんて思いもせずに,いつもと同じ日常生活を送っていたのだろう。時々おちゃらけたりしながら。
 「戦後」はわかりやすいけれど,「戦前」を争いが始まる前に自覚するのは難しい。そんなことができるのは,鮮度の高い情報を知ることのできる,ごく一部の限られた人だけである。庶民は,ある日どこかに爆弾が落ちて,やっと昨日までが「戦前」だったと気づくのかもしれない。かつてのパール・ハーバーの皆さんがそうであったように。
 わが地は今日もまだ「戦後」なのだろうか。
 とりあえず,畑から笹を切ってきて,「ミサイルが発射されませんように」と短冊をぶら下げておいた。つれあいは,「117が帰ってきませんように」と書こうかなとつぶやいていたけれど。「戦前」じゃあないだろうな,わが家は。

2006年7月5日(水)夜がなければジャズはない
 村上春樹さんに,『意味がなければスイングはない』という,デューク・エリントンさんの有名な曲をもじった作品がある。よっぽどの村上ファンか,音楽ファンしか買わなさそうな本である。タイトルだけならジャズ好きが買うだろうが,かつてジャズ喫茶のマスターだった村上さんは,一度ジャズから離れてロックやクラシックばかり聴いていた時期があるらしい。音楽の幅がとても広い。帯にある,「月が消え,恋人に去られ,犬に笑われても,なにがあろうと音楽だけはなくすわけにはいかない」という言葉にボクも1票である。
 ちなみに,取り上げられているミュージシャンは次の通り。「シダー・ウォルトン」「ブライアン・ウィルソン」「シューベルト」「スタン・ゲッツ」「ブルース・スプリングスティーン」「ゼルキンとルービンシュタイン」「ウィントン・マルサリス」「スガシカオ」「フランシス・プーランク」「ウディー・ガスリー」である。
 スガシカオさんのユニークさは分からないでもないが,「江戸」時代に撮影させてもらったことのあるシダー・ウォルトンさんは相当渋い。知らない人の方が多いだろう。プーランクさんもウディー・ガスリーさんも,ボクはCDを一枚も持っていない。
 そんなわけで,スタン・ゲッツさんのお話を一番最初に読んだ。ゲッツさんがクスリ漬けだったというのは有名だ。クスリのために強盗をしたくらいだ。日本での数回のライブもクスリが手に入らないので散々だったらしい。というゲッツさんが,ボサノバで有名になる前の,身も心もボロボロ状態の演奏に村上さんは温かなまなざしをおくる。
 15歳でアル中,17歳でクスリに手を出す人生ってすごいな。残されている作品もほとんどクスリ漬けの演奏らしい。行き当たりばったりで吹いて美しいメロディが生まれるのは,「集中力が希薄になった状態」からなのだそうだ。クスリやアルコールでそういう状態を作り出していたのだ。「ジャズというのはね,夜の音楽なんだ」とゲッツさんがおっしゃったとか。夜は偉大である。ボクはいつでも集中力を希薄にできるのだが,何も生まれてこない。悲しい。

2006年7月4日(火)亀の手取り足取り
 よくもまあ毎日食べ物のネタであるが,ボクが毎日きちんと続けているのは,食べることくらいなので仕方がない。こんな継続は何かの力になっているのだろうか。
 さて,今回は,念願の「亀の手ご飯」を作ってもらおうと思い,殻むきを担当した。亀の手だか足だかを開くのにちょっとだけ力がいるし,開こうとすると汁が顔に飛んでくることもあって,かなりリスキーで孤独な業務である。80個ばかりむいた。お皿に並べると,貝殻の量の1/5くらいしか身がなくて,ちょっと悲しい。
 ゆで汁でご飯を炊き,炊きあがる5分前くらいに,殻をむいてつけ汁にいれておいた亀の手を入れてできあがり。昆布だしと酒やうすくち醤油やみりんも少々。イガイ以上に岩場の香りが強烈である。「亀の手ご飯」という上品さではなく,「亀の手メシ」とか,「亀の手まんま」とか,おにぎりにすれば,「亀の手に汗をにぎりめし」といった感じだ。
 ボクは,貝類はほぼ何でも大丈夫なので大変美味しかったのだけれど,人によっては好き嫌いが分かれるかも知れない。身は小さいけれど,少し腰の強さもあるので,噛みごたえもある。噛め噛めエブリバデイである。

2006年7月3日(月)いなば揚げ
 わが家から車で5分ほど走ったところにかまぼこ屋さんがある。もちろん,ちくわやさつま揚げも売っていらっしゃるのだが,そんな練り物屋さんにお願いすると,かまぼこやちくわになる前のタラなどのすり身を分けてもらえる。練り物屋さんによっては予約が必要なところもあるけれど,砂丘近くのこのかまぼこ屋さんはとてもサービスがよいので,午後遅くに飛び込んでも嫌な顔をされずに分けてくださる。わが家愛用のかまぼこ屋さんである。
 とはいえ,本来は卸用らしい。小売りはほとんどないようで,100g200円のモノをもらっているけれど,卸価格に比べるとやや割高かも知れない。
 ボクは練り製品が好きだ。かまぼこでもちくわでもさつま揚げでも。自分で揚げたてを食べるようになってからは,プレーンだけでなく,イカやエビやホタテをすり身の中に入れ,あれこれ試してみている。買ってきたすり身は,すり鉢で少し水を入れながらしっかりつぶすことが肝要。
 すり身なんて自分で作ればいいという方もいらっしゃるだろうが,たびたびだと面倒である。せっかく近くにかまぼこ屋さんがあるんだから,利用させてもらわないとね。こんなモノを食べている人は,何でもある江戸だって少ないよねえというような食事もたまには楽しい。ということで,お近くにちくわ屋さんやかまぼこ屋さんがおありの方は,ぜひすり身の唐揚げをどうぞ。って,今晩食べたという方がいらっしゃるかもしれないけれど。

2006年7月2日(日)いもオヤジ
 ジャガイモを掘った。品種はキタアカリである。元々小粒系なのだが,貧乏性の欲張りのため芽欠きが甘い。したがって,一段と小さいジャガイモだ。ボクは大きいつづらを選ぶおばあさんである。とはいえ,次にジャガイモを植える機会があれば,絶対1本仕立てにしようと誓った。とりあえず,小さなものは箸休め用にバター醤油で煮つけてもらった。
 6月に雨があまり降らなかったから大半の茎は枯れていたのだけれど,最近の雨のおかげで一部に元気な茎もあって,よく見るとジャガイモに実がなっている。まるで,赤くなる前のミニトマトである。
 中を割ってみても,トマトのように種がたくさんつまっている。トマトはナス科だ。ジャガイモもナス科だというのが納得できた。
 さらに,トマトとジャガイモの茎をつなげ,地上にはトマトが,地下にはジャガイモができるというポマトの話を思い出した。しかし,1本の苗木で上と下に養分を供給するとなると,相当の肥料が必要であろう。ジャガイモだけでも,粒が小さいのだから,とてもわが家では実用的ポマトは栽培できそうにない。

2006年7月1日(土)こんにちまきなおみ
 京都から若いゲストをお招きしての短歌会は,やや緊張気味というか遠慮気味というか,大人の対応の歌会であった。何はともあれ,短歌を詠む世界が広がったような気がする。
 さて,今日はつれあいがちまきをたくさん作った。お友達にあげたら,何でこんな時期にちまきを作るのかと不思議がられたようだが,何のことはない笹の葉がたくさん採れる時期だからである。
 つれあいは関東文化圏育ちなので端午の節句は柏餅だ。いなばに来るまで,ちまきを食べたことがなかったらしいが,結婚した翌月にはお隣のおじいさんがわが家でちまき作り講習会を強引にされたのだとか。ありがたいことである。辣韮の切り離し方や縄の編み方や竹とんぼや注連飾りの作り方や犬のしっぽの形についてなど,おじいさんは何でもわが家に伝えてくれようとした。残念ながら,伝統文化保存に熱心でないお隣で申し訳ないことである。結局わが家に伝わったのは,ちまきの作り方くらいかもしれない。
 茹でる前の画像だが,笹の葉の中は,まきの粉(餅米&うるち米),砂糖,塩だけ。もちろん,粉をよく捏ねるためにお湯も使っているけれど。粉が耳たぶくらいの柔らかさになるまでこね,笹の葉にくるむ。それを15分蒸したら完成である。こんにちは,ちまきなおみです,のできあがり。
 ところで,笹をむいたらちまきが葉にべっとりくっついていることがある。くっついているちまきを食べるため笹を口に持っていって食べたり。多分,粉のせいだ。わが家が使う粉は,いなばで作られている絶品の粉である。簡単に笹からちまきが離れる。良質のちまきの粉を希望される方はどうぞ。「リバーサイド」4丁目にあるお店だ。

2006年6月30日(金)うちのカメさん
 兵庫県浜坂港直送の亀の手である。100グラム88円。イガイと同じ値段だ。同じ値段ならもちろんイガイを食べたい。けれど,亀の手も同じように波打ち際の岩場の香りを楽しむことができる。
 とはいえ,見た感じは,どこをどうやって食べればいいのかと思うようなお姿である。ちょっと怖そうだが,もちろん本当の「亀」の手ではなく,フジツボの仲間だ。わが家の食卓に上がったのは,今年2回目。塩茹でにしてむいて食べるか,みそ汁に入れるかくらいの食べ方しか知らないので,今度は亀の手ご飯というのを試してみたいと思っている。
 一般のスーパーで見かけることは少ないと思うのだが,仕事帰りに立ち寄るお店には午後7時前に6パック残っていた。都市部だと珍しいモノを食べたい人は多いのだろうけれど,岩場にいけばいくらでも獲れるこんなジャンクな食材は,地元の人もあまり買わないのかもしれない。
 もちろん,わがつれあいも形が苦手らしく,自分からは絶対に買ってこない。カメカメエブリバデイというわけにはいかないようだ。

2006年6月29日(木)そうだ県会に
 みずたまりほどの浅い事情があって,午後から県議会の傍聴に行った。午前中の質問の中には,「イノシシ被害対策について」というお話もあったようだ。
 午後の質問に対する知事答弁は,相変わらずスマートでそつなく論理的である。しかし,ミッションは県民のためとおっしゃりながら,方向は弱肉強食性が強いように感じられる。結局,政治はお金の分配である。薄い財布だから,使い道に厳しくなるのは分かるが,お金をかけなくてはいけない大事なところの見極めは慎重にやっていただきたいものである。ちょっとボクには残念な答弁であった。
 そんな県議会場の時計の目盛りや針が壁の色にとけ込んで見えないと数年前に書いたけれど,今日はよく見えるようになっていた。そのかわりというわけではないだろうが,配付される資料は随分シンプルだ。以前は,質問内容が細かく書かれていて,質問の前に読めば内容が分かったのだが,今回は質問を真剣に聴いていないといけなかったから,疲れた。
 そんな県議会場を出たら,これまたレトロなボンネット・バスが2台並べられ,県庁職員の皆さまが見学していらっしゃる。1965年製のバスをレストアしてもらい岩美町さんが購入されたらしい。40歳を過ぎている。それに比べればわが家の117は小娘のようなものだ。観光の起爆剤になればとのことらしいが,そんなことでお客さんが集まってくれるのかね。イノシシの県議会に,ボンネット・バスの町議会。いなばは平和である。

2006年6月28日(水)そうだ村上さんに
 昔,ソニー・クリスさんというアルト奏者がいらっしゃった。ピストル自殺をされたということになっている方である。アルト奏者の中では通常は5番目くらいに好きな人なのだが,時々1・2番を争うような演奏があったりもする。そのソニー・クリスさんの作品を含むプレスティッジ等の作品が,紙ジャケで1800円で売られている。LPを持っているのだが,安価な紙ジャケにつられてソニー・クリスさんの『アップ・アップ・アンド・アウェイ』を買ってみた。
 しかし,残念。ライナー・ノートは岡崎正通さんの1999年ものの再利用だった。実は,LPのこの作品のライナーは,ナントあの村上春樹さんが26年前に書かれたものである。しかもこれが,チャーリー・パーカーさん亡き後のアルト・シーンを描きながら,滅茶苦茶で大変よくできた面白いライナーなのである。ご本人は,朝日堂で大したことを書いてないと書かれていたけれど。不謹慎な言葉もあるし,「キャバレーならやはり東上線と叫ぶエリック・ドルフィーやオーネット・コールマン」って,何ですの。それでも嫌らしく感じさせないところが村上さんの良さである。
 村上さんによると,ジャズ史的な価値のないレコードがある日ふと僕たちの心を捉える。このアルバムはそんな1枚なのだとか。タイトル曲や『サニー』なんていうポップな曲はいかにも商業主義だが,演奏は例によってストレートな激情の演歌ジャズ。3曲目の『This is for Benny』等のように哀愁漂うフレーズもあって,しんみりもする。とはいえ,ボクは『サタデイ・モーニング』や『クリスクラフト』の方が好きだけれど。ザナドゥ盤の『サタデイ・モーニング』は,アマゾンのマーケット・プレイスで10229円だった。再発希望である。
 村上さんのライナーは中古屋さんを探すしかないんだろうなあ。『アップ・アップ・アンド・アウェイ』の国産LPは如何ほどの値段がついているのだろう。

2006年6月27日(火)18歳未満禁止
  職場のフィルタリングで,当ホームページに規制がかかるようになったというご連絡をいただいた。理由は「アダルト画像¥ヌード写真」なのだそうだ。
 最近アップした画像は,おかあさんコーラスの皆さまの美しいドレス姿しか覚えがない。僕の目には厚手の生地で作られたドレスのように見えるのだが,高度なフィルタリング・ソフトだと,透けて見えるのだろうか。そういえば,裸のままのタマネギの画像をアップしたこともあった。何か着せておいた方が良かったのかも知れない。せめて網タイツに入れておくとか。
 とりあえず,プロバイダの方からは当HPに「問題なし」というお返事をいただいたので,ちょっと安心した。
 フィルタリング・ソフトは,言葉にヒットする場合もある。かなり書き散らしたから,中にはアダルトな言葉使いもあったことだろう。遵法精神に欠ける書き込みもした。あるいは,ひらがなの並び加減で不適切表現が生まれた可能性もある。アダルトな言葉を使わないで書くようにした方がいいのかも知れない。こんにちわんこそば。
 不適切な言葉があったり,表現方法も未熟。だからこそ,毎日ろぐを書いている。苦しんで書くから楽しいのである。簡単に上手に文が書けるようだったら,「ろぐ」なんて多分書かない。もっと苦しくて面白くて楽しいことをする。短歌を詠むとか。
 そんなわけで,こんなアダルトでレアな「ろぐ」に無事たどり着かれた方はとても貴重なようだ。ありがとうございます。今日から,当HPは18歳未満は禁止としますので,ご了承ください。

2006年6月26日(月)こりぁ難しい
 今日は韓国の方のお話を聞いた。江原道ご出身で,日本語はまったく話せない。映画などはさておき,生であんなにたくさん韓国語を聴き続けたのは初めての体験だった。さっぱりわからない。しかも,予定していた韓国人通訳の方の体調が悪いとかで,急遽,中国出身者が通訳されることになったが,二人羽織で食べるアイスクリーム,あるいは五十肩のシャツ脱ぎといった状態である。ローファーの上からつねるでもいいけれど。何しろ,韓国の方が2分喋ると,通訳は10秒という感じで,超意訳というか,分かったところだけ訳されているというか,まあ,そんな固いことはなしのアジアン・テイストな午後だった。
 終わるころに,韓国の人とは思えないほど日本語の上手な方がいらっしゃり,終盤になってやっと痒いところに手が後ろにまわる状態になったのであった。
 そんな今日の話題の中に,日本語を学んでいる人の多い国はどこかという話があった。人口の多い中国かと思ったのだが,中国は4番目だそうだ。その方の情報によると,台湾が3番目で,第2位がオーストラリア。一番多いのは韓国らしい。さすが隣国。とはいえ,わが国で韓国語学習者はそんなに多いようには思えない。わが国は,まだ「脱亜論」中なのだろうか。
 韓国では,学校で第二外国語として日本語を選択する以外に,民間の私塾のようなところで日本語を教えているのだとか。かつての同化政策で日本語を身に付けられたお年寄りの方が教えていらっしゃるようなケースもあるのかも知れない。思い出したくない言語でお金を稼ぐというのは何だかお気の毒な気もするのだが,昔のような無理強いではなく,自主的に学びたい方が多いのでということであれば幸いである。
 日本語は文法などがよく似ているから簡単だと通訳の方はおっしゃる。エーッ,ボクにはどこに似ているところがあったのかさっぱりわからなかった。韓国語は十分難しい。
 日本語の使い方だって間違えることがあるし,ボクには日本語教室は開けそうにない。

2006年6月25日(日)わがママコーラス
 深い事情があって,全日本おかあさんコーラス県大会へ行った。歌会用の短歌締め切り前日だというのに余裕の行動である。「ろぐ」を書いているのもどうかと思うが。
 出場団体は19もある。1団体の制限時間は12分とか。開始時間の12時30分から半日つぶしてお付き合いするのはとても無理。上手そうなところをピンポイントで狙って行った。ナント,ちょうど10分間の休憩時間に入るところだった。時間を無駄にしながら生きているという日常を象徴するようなカンの悪さである。
 多いグループは37名もいらっしゃるし,少ないのは9名というグループもあった。ママさん方を合計すると450名。1グループの平均メンバー数は約24名である。休憩直後のグループと,その次の一番人数の少ないグループのコーラスを聴いたのだが,とても9名とは思えないほど声が出ていて,ハモりもお上手。ドレス姿も美しいし。これ以上うまいグループはないだろうと思い,会場を後にした。審査結果は違うかもしれないが。まっ,わがママな事情ということで。
 昨日の男性カルテットは荘厳で心が洗われたのだが,今日はおかあさん方のきれいな透き通った歌声で清々しい気持ちになった。2日も続けてこんなに心がきれいだと落ち着かない。心清ければ歌済まず。帰宅後,ジャズとロックを聴いて身体の中をかき回しておいた。おかげで大分濁ってきたようだ。さて,締め切りまで残り12時間。

2006年6月24日(土)他力本願
 今日は,大学の先輩のお父様の葬儀だった。宗派は曹洞宗。導師の他に,式衆が3名。お坊さん4名の葬儀は久しぶりだ。焼香までのお経もたっぷり30分。木魚や鉦や太鼓やシンバルの伴奏付きで,お経もハモっている。とりわけ,低音部を支えたお坊さんの声がいい声で,とても身体に気持ちよく響いた。まるで,ボーカリーズ・ライブだ。永平寺を思い出した。
 ボクは,福井県の永平寺にのべ3泊したことがある。若気のいったきりである。解脱を目指したのだが,物欲を初めとする欲望が増すばかりで,道元さんに近づくことは諦めた。夜は9時に寝て,朝は4時頃起床。私語は一切禁止で,歩く時は自我のシンボルの左手をお腹の辺りで右手に包む。トイレに入る前には合掌し,食事は正座で精進料理をいただくのだが,お皿の料理を箸で取るのではなく,ひと皿ずつをいちいち左手で持ち上げて食べる。時間がかかるから足がしびれて大変だった。もちろん,新聞もTVもない。
 そんな永平寺だが,起床後に,約400畳の広さの法堂で行われる勤行はちょっと感動ものである。まだ暗い内から,修行僧である雲水さんを含めた皆さんが集まり,堂内を歩きながらお経を唱える。木魚は巨大。すごい低音でお腹に心地よく響く。木魚の音と読経の声を聴いていると,1時間のライブを体験したようなカタルシスを覚える。そのころ,周囲は次第に明るくなってくるのであった。おそらく,現在もこんな光景が毎日続けられているのだろう。
 もちろん,曹洞宗といえば「只管打坐」だ。ひたすらな坐禅の自力の世界である。クーラーのよく効いた葬祭センターの椅子の背にもたれかかって永平寺の想い出に浸っているボクは,道元さんのお友達にはしてもらえそうにない。毎朝4時に起きるなんてとても無理だし,欲しいものだらけのボクには自力の宗教はむいていないようである。皆さんの温かい愛に包まれて生きるしか方法はなさそうだ。

2006年6月23日(金)マーボナス
 ボーナスが近いので,地方銀行のお姉さまが職場までやってこられ,熱心に投資信託をお薦めになる。以前,外貨建ての投資信託をついつい買ってしまったのだが,円高で困っている。早く130円台になってほしいものだ。いつかそんな日がくるのだろうか。外国為替レートを気にするようになったことだけが成果である。
 今回のお薦めは,日経平均株価に連動する商品のご案内だ。1年6ヶ月後に,平均株価が25%以上下落していなければ,利息が5.73%だそうだ。いろんな商品を考え出されるものである。
 低金利時代なので,投資信託がよく売れているようだが,もちろん元本割れの可能性のある商品だ。今日の日経平均は15124円。この平均株価の75%は11343円である。よっぽどのことがなければ,ここまで下がらないような気はするが,一寸先は闇鍋である。世界経済のことは誰にも分からない。5.73%のために毎日日経平均を気にするのも何だか面白くないな。「人生はギャンブルだ」主義なので,ハイリスク・ハイリターンを狙いますとお応えしつつ留保した。ギャンブルに負け続けているのに懲りないことである。
 ここのところ荒稼ぎしているらしい銀行さんには,日経平均の上下に関係なく手数料が入る。おっとあぶないデリンジャー,ではなくデインジャラス。セールスのお姉さまは,売ってなんぼだったのである。ボクに稼がせてやろうなんてお考えがあるはずもない。ご自分でもお買いになっているのかどうかを聞いておけばよかった。
 それにしても,日本には億万長者が141万人もいらっしゃるのだとか。5.73%をバカにしたが,1億円分の投資信託でうまくいけば500万円以上入るんだなあ。持っている人は働かなくても増えるのである。141万人の外にいるのかと思うと,ちょっと悲しい。まー,ボーナスがあるだけでもありがたいことだと思うことにする。

2006年6月22日(木)そんなめくじら
 今日の新聞各紙地方版に,GW中の5月4日,鳥取砂丘付近で運行したシャトルバスの一部が,「はみ禁」区間で対向車線にはみ出して走行したことについて,関係者を処分したという報道があった。バスの運転手さんにはみ出し走行を指示された公務員のお二人は,書類送検されて,役所内部での処分も検討されるそうな。お気の毒なことである。
 お役所仕事というと,縦割りでの仕事だったり,融通がきかず規則内でしか動かないことで定評があった。そんなお役所の方が,サービス業であることを自覚され,公共のために良かれと判断されたことは,渋滞緩和のためにマイカーを置いてシャトルバスを利用された方々にとってありがたい措置だったはずだ。警備員まで立てて安全にも配慮されているのである。シャトルバスがなければ,マイカーの渋滞はもっと長くて,多くの皆さんが無駄な時間を過ごしただろう。マイカーと同じような流れだったら,シャトルバスを利用した意味もないし。観光客の皆さんには,いなばの悪い印象しか残らなかったかもしれないではないか。
 警察のコメントには「常識では考えられない」とあった。ボクの常識もずれているようだ。法治国家だから,法律違反と言われればそれまでである。それに逆らってあれこれ言ってもどうにもならないけれど,人の値打ちはどれだけ人に喜ばれることをしたかだと思っている。少なくともシャトルバスを利用された県外の皆さんは,お二人の公務員さんの判断を喜ばれたのではないか。5月4日に砂丘にいらっしゃった方々が今日のニュースを見たら,そんなめくじらを立てなくてもとおっしゃらないだろうか。残念なことに,こんな地方のニュースはご存じないのだろうが。
 これからは「お役所仕事」が増えそうである。

2006年6月21日(水)なめくじら
 ナメクジのことなどどなたも関心がないと思うが,まれに,可愛いのでペットとしているという方もいらっしゃるだろうか。暖かくて湿度の高いこの時期はナメクジを楽しむ絶好の季節である。希望される方には砂丘産ナメクジのお裾分けをしたい。自由研究などにも使えそうである。食べると身体に悪いらしいけれど。
 砂地ベースとはいえ,ベランダにたくさんの鉢を並べているので,いくら攻撃を加えてもあとからあとからなめくじ部隊が出没する。シンビジュームの花にもデンドロの葉にもナスにもトマトにもアシタバにも葉ネギにもシクラメンにもしがみついている。夜行性なので,寝る前にサーチライトでナメクジを探し,トングでつまんで成仏していただくというのが,ここのところの日課だ。鉢の裏に透き通ったきれいな大量の卵を発見した時などは,めくじらが立ってクラクラするほどである,と言葉の使い方が分からなくなるくらいうろたえる。
 ビールで誘引する方法もあるが,残念なことに「その他の雑酒A」のプルトップをあけても,わが家では一滴たりともナメクジのためには残らない。「ナメトックス」などの誘引剤もよく効くけれど,もちろん農薬である。シンビジュームの鉢にばらまくことができても,ナスなどの食べ物には使いたくない。とりあえず,原始的な一騎打ち戦法なので,一網打尽というわけにいかなくて困っている。どなたかいい方法を伝授していただけるとありがたい。
 そんなめくじらを立てんでもと言われそうだが,本当にナメクジは迷惑な奴なのである。

2006年6月20日(火)ホタルのひとよ
 今日付で送らなくてはいけない郵便物が完成したのが夜10時だったので,中央郵便局へ行くついでにホタルの見物に行った。10時を過ぎているというのに,樗谿公園は若者グループでにぎやかである。
 どなたがお数えになったんだか,1837匹を確認したという新聞報道があったけれど,ホタルは思った以上に飛びかっていて,幻想的である。美しい。花なら満開状態であろう。若者達もスゴイスゴイと興奮しながら,「明日もくっぞー」などと騒いでいる。10日ほどしか生きることのできないホタルの鑑賞は今月末くらいまでらしい。今のうちにどうぞお出かけを。
 同僚の皆さまのご近所ホタル情報によると,最近は,樗谿公園に限らず,吉岡温泉や国府町や伏野などでも見られるようになったらしい。
 40年前は,ホタルは用水路のそばや田んぼの上を飛んでいて,一回竹箒ではたけば何匹でも採れた。しかし,ボクより10歳年下の同僚によると,子どもの時にはすでにホタルは珍しい存在だったとか。40年前頃から,田んぼや畑や川には農薬や家庭排水等がたくさん流れ込むようになったということなのだろう。
 光でコミュニケーションを図るというホタルは,光通信の先輩である。幽玄幻想な彼らの姿を見ていると,何だか歌でも生まれてきそうな気がするのだが,例によってもちろん気がしただけである。とりあえず,人生には暗闇も必要だし光も大切だと感じる貴重な時間を過ごすことができるであろう。いなばロマンチカだ。
 皆さんがホタル見物でその美しさを知り,ホタルが生育する環境を大事にしようと思えば,いなばの自然はまだまだ大丈夫である。一匹のホタルの明かりは小さく寿命も短かいけれど,自然環境維持のための大きな存在になっているのかもしれない。

2006年6月19日(月)停電は困る
 ありがたいことに,TVがつまらないので『空中庭園』やら『大停電の夜に』やらDVD鑑賞の夜が続いている。
 男ってかわいいと言ったとか何とか,KAT−TUNファンを敵にまわしているらしいキョンキョンの『空中庭園』は,「秘密を持たないというルールの家族」の秘密がそれぞれ明らかになるという,シュールな家庭再生ホラー?話。実生活で20歳年下の男の子とつき合うくらいだから,キョンキョンは怖いものなしだろう。
 『大停電の夜に』は,いきなりビル・エバンスさんの『マイ・フーリッシュ・ハート』が流れてくる。わが家のTVからこの曲が流れてきたのは初めてのことだ。TVから流れてくるのを聴いてもいい曲である。つれあいも,この世の別れの曲にして欲しいらしい。
 わが家には,一日の終わりに聴く2種類の『マイ・フーリッシュ・ハート』コンピCDがある。ピアノやテナーやボーカルと,さまざまなヴァージョン入りだ。そのコンピCDのどちらにも,エバンスさんの『ワルツ・フォー・デビー』の『マイ・フーリッシュ・ハート』は収録していない。時々,エバンスさんの演奏も聴きたくなるのだが,1961年のヴィレッジ・バンガード盤は,『マイ・フーリッシュ・ハート』の次に『ワルツ・フォー・デビー』が流れないとダメだ。長年聴き馴染んだ予定調和の美の世界なので,1曲だけのつまみ食いは許されないのである。そんなわけで,わが家の『マイ・フーリッシュ・ハート』アルバムは,3種類ということになるのかもしれない。この3枚を適当に入れ替えながら,ほぼ毎晩,ベッドに入ると同時に子守歌として流している。停電だと困るな。
 この程度の『マイ・フーリッシュ・ハート』ファンはどこにでもいるのだろう。店の名前にしようと考えたり,聴いたり演奏するだけでなく,この曲をモチーフにして映画を作る人もいるんだから,すごい曲である。ということで,暗くなることも時には大事なことであるということに気づいたり,『マイ・フーリッシュ・ハート』をLPで何度も聴きたくなる映画だった。映画の2回目を見る気はしないけれど。

2006年6月18日(日)梨の話
 わが家の裏の砂丘の向こう側では梨の袋掛けがたけなわである。梨は,害虫や病原菌がつくのを防ぐため袋掛けが必要だ。2回も。5月に小袋を掛け,今回は大袋掛けである。現在の梨の大きさは直径4センチ程度。写真は「新高」という梨の木だ。25年目くらいの木で,1本から250個くらいの収穫があるそうだが,20世紀梨と違って大ぶりの実がつくので袋掛けも大変のようだ。この女性は,今日1日で約2000個の袋掛けをされたらしい。
 秋になるとスーパーなどで安く買えるから,梨は簡単にできると思っている方もいらっしゃるだろうが,元肥やりから交配から摘果から袋掛けから消毒から剪定から草取りまで,梨作りはとても大変である。1年中手がかかる。八十八回手のかかるらしい米作りの方が遙かに楽だと,この梨園の方はおっしゃる。趣味の不揃いのタマネギ作りはもっと楽である。
 昨日は消毒もされたらしい。消毒は年間18回前後もされるのだとか。そんなに消毒をするのかとちょっとビックリ。消毒用の服やマスク着用だから,暑い時期はきつい仕事だ。ヤブ蚊も多かったし。腰にぶら下げたラジオから流れる音楽が作業のお友達である。歌謡曲を聴きながら,夕方の5時40分を過ぎても作業を続けていらっしゃった。
 そんなわけで,いなばだから梨が簡単に収穫できるわけではないのである。梨農家の皆さんの地道な作業のおかげだ。誰かから梨をもらうようなことがあったら心から感謝しなくていけないのであると,この歳になってやっとわかった。

2006年6月17日(土)お経より余興
 今日は法事だった。お世話になったという言葉では表しきれないほど大変お世話になった方の七回忌である。10年近く前に大西順子さんがライブをされたという山間部の浄土真宗寺院での読経から一日が始まった。寺院用?の「BOSE」901のスピーカーが金堂に置いてあるのだが,ご住職はあまりJAZZにはご興味はないらしい。
 長いお経もあった。お経のいいところは,わけが分からないから亡くなった人のことを考える時間ができるということと,正座を体験できるということくらいしか思いつかない。久しぶりの正座なのでどこまでいけるか頑張ってみたら,最後までしびれることなくいけた。ちょっと自信がついた。
 お経中には,会食時に故人の生前の話をしようと思っていたのだが,何だか生きている人達の生活や悩みや苦労話の方が多くて,ゆっくり想い出を語ることができなかった。輪をかけて皆の耳目を集めたのが,故人のお孫さんになる2歳の「りょうくん」。途中からは,マイクを独占してカラオケがはじまった。ワンマン・ショー状態である。『こいのぼり』を歌うのは分かるが,次の曲が『もしもピアノが弾けたなら』って,どういう音楽生活を送っているのかね,きみは。画像掲載の許可をもらっていないけれど,アップしてみたぞ。
 7年前に亡くなったのだから,2歳のお孫さんのことを知るよしもない故人なのだが,命は確かにつながっているのだ。故人と同じように,周りの人から可愛がられたり,周りの人を喜ばす大人になって欲しいものである。頑張ってピアノを弾けるようになろう。って,多分この「ろぐ」を見ることはないと思うけれど。
 小さな子どもを見ているのは楽しい。法事に必要なのは,長いお経より幼児かもしれない。

2006年6月16日(金)どうかなにゆえ嫌われ松子
 レイト・ショーで『嫌われ松子の一生』を観た。シニアはひとり1000円。ありがたいことだ。500円でもいいけれど。お客さんは10名ほど。終わって場内が明るくなると,ちょっとはずかしい。つれあいは,幼少時に松子さんご臨終の日ノ出町に住んでいて,荒川がすぐ側だったらしい。近所にゴム工場があったので,ゴムの匂いが懐かしいのだとか。
 原作は,これでもかというくらい不幸の連続である。ダメンズ・ウォーカーの方々のお気持ちというのはボクはよく分からない。暴力があっても愛を求める人達はたくさんいるのだろう。失敗した際のカバーの下手な人もいる。それでも,ちょっと共感しがたい。映画として作っても暗いばかりでろくなものにはならないのではないかと思うのだが,そこはそれ『下妻物語』の中島哲也監督である。暗いお話を,ミュージカル風やお笑いや原色多用のカラフル映像で味付け,何だかポップな映画になっている。
 最初はそのポップさに違和感を覚えたのだけれど,馴染んでくると挿入歌が時代を思い出させてくれて,懐かしい。何しろ天地真理さんは,ボクの「江戸」時代のアイドルである。つれあいは,『まげてのばして』(ロンパールーム!)を歌って育ったらしい。使われている音楽がとてもクールでかっこいい。音楽は,映画も人生も豊かにしてくれるのである。そんなわけで,映画館を出た後サントラのCDまで買って帰ってしまったのであった。恐るべし嫌われ松子,というか中島監督。
 人は愛や帰っていく場所が必要であるとか,人の値打ちは何をしたかであるといいいつつ,人は結局ひとりであるというメッセージは,「どうかなにゆえ地獄に墓場」の『下妻物語』に通底している。人の幸不幸はご本人が判断するしかないということであろう。

2006年6月15日(木)武勇伝
 強風でベランダの鉢物がたくさん倒れた。畑のキュウリもトマトも地面にくっついていたが,幸い茎は折れていないようだ。皆さまのおうちはいかがだったでしょうか。
 さて,ここのところ毎日新聞のことを何回か書いたけれど,利害関係はまったくない。しかし,毎日新聞はほとんどの記事に記者の署名が書かれているところが他紙と違ってすごいところだと思っている。最終責任は新聞社やデスクが取るしかないが,記事を書いた人間も責任を持ちますよというスタンスは悪いことではない。というようなことを,匿名のHP管理人が言っても詮無いことだけれど。
 そんな毎日新聞の今日の地方版トップは,【松本杏】さんという記者が書かれた記事である。
 隣保館勤務の男性職員が,自分が管理・運営する部落解放同盟青年部向けのHPの掲示板に,「同和事業で道広げる すごい!いまじゃああっちの方が道狭い!!武勇伝 武勇伝」などと書き込んだのだそうだ。どういう意図だったのだろう。受けねらいだけが目的だったのか。
 隣保館内で書き込まれたのかどうか記事では判別しがたいけれど,よく書かれましたなあ,隣保館勤務の方が。そんなことがあるかもしれないと思っている人はいても,あるいは仮に匿名のHPやブログであったとしても,そんな武勇伝はなかなか書かないだろう。読み手の気持ちも少し考えないとね。
 とはいえ,ボクが垂れ流した文の中にも不適切なものがあってご気分を害された方もいらっしゃるかもしれない。というか,どんなことを書いたって気分を害される人は必ずいる。あいつが存在するだけで気にくわないと考える人だっているはずだし。ということで,善意に解釈してくださいねという甘えの「ろぐ」なのでそこのところよろしくである。
 何はともあれ,誰かの気分を害することなく笑いをとることはとても大変なことだ。武勇伝はほどほどに。

2006年6月14日(水)道での遭遇
 勤務時間中に国府町をドライブしていて,土石を積んだ岡山のダンプカーの横転事故に遭遇。お集まりのドライバーの皆さんが,どうしてこんな事故になるのか原因がよく分からないと話されていた。
 下り坂で,長いブレーキ痕があるから,よほどのスピードが出ていたのかもしれない。カーブを曲がりきれずに反対車線に横転したようだ。
 ボクは,この反対車線を上ってきていたのだが,聞けば通りかかった10分前くらいに発生した事故である。手際よく業務をこなしていれば巻き込まれていたかも知れないなあと思ったりして,ちょっとビックリ。自分の仕事の遅さに感謝した。仕事が早くて20分前に通過していれば,今日の「ろぐ」は別の話になっていたのだけれど。
 ダンプカーを運転されていた方に大きな怪我はなかったようだが,巻き込まれていれば,ボクの車はとても勝てない。半端な怪我では済まなかっただろう。制限速度で走っていても,ルールを守っていても,とりわけカーブの多い道は向こうから何が飛びだしてくるか分からないということである。カーブの多い道はスピードを出さないようにしようと,とりあえず今日のところは思った。
 今日もボクはラッキーに恵まれて生き続けることができた。ありがたいことである。そのこと以外は,いいことがひとつもなかったけれど。

2006年6月13日(火)ふぞろいのタマネギ達
 昨年11月に苗を植えたタマネギの一部を収穫した。12月の雪が深かったから,例年より少し遅れた1月と3月に肥料をやって,あとは時々成長を見に行き,よく育っているなあと独りごちたり心の中で成長を励ましたくらいしか関わっていない。途中で掘ってみたいのを我慢し,半年気長に待ったのが一番の苦労である。
 どの苗にも同じように肥料とボクの愛情をやったつもりだが,大きなものもあれば,ラッキョウの5倍程度のかわいいのもあって,大きさは不揃いである。玉になれなくて,雪の中で枯れてしまった苗も数本あった。
 タマネギに限らず,育ちには個体差がある。小さなものや育ちきらないものだってある。みんな同じだったら面白くないし,怖い。自然にあるものは一律ではないところが自然なのだろう。他と同じになりたくないという「意志」をもったタマネギはなかったとは思うけれど。
 小さなタマネギも使い道はある。丸ごと煮込めば,短時間でトロリとした甘いタマネギを味わうことができるし,秋にまた植えれば葉っぱを美味しく食べることもできる。そんなタマネギに比べ,ボクの使い道って何なんだろう。血液をさらさらにしたり,料理に甘みを加えるような誰かの役に立つ存在になれればいいのだけれど。

2006年6月12日(月)大蹴球戦の夜に
 月曜日に加えW杯である。ビデオ屋さんが空いているだろうと思い,仕事の帰りに寄った。DVD新作の,『キングコング』も『三丁目の夕日』も『大停電の夜に』も軒並み借り手募集中だった。顔見知りのお店の女性に,今日は暇そうですねえと声をかけたら,何でですかねえと不思議がっていらっしゃる。サッカーに関心のない方なのだろう。
 とりあえず,サッカーの時間は『三丁目の夕日』を見ることにした。西岸良平さんの『夕焼けの詩』は,30年以上前から読んでいるビッグコミックの長期連載作品だ。いつの間にか『三丁目の夕日』というタイトルになったこの作品は,12ページほどの昭和うんちく人情短編読み切りコミック的要素が強いので,映画にはなりにくいのではないかと思われる。
 それぞれのキャラクターも長い間にできあがったイメージがあったのだけれど,何故か映画の鈴木オートの社長は怒りっぽいし,六さんは女の子で,茶川さんは若い。ちょっと違う。
 というようなことはさておき,集団就職の皆さんの上京光景を子どもの頃に見たことがあるらしいつれあいは,当時の上野駅やセーラー服の女の子達の様子を懐かしがっていた。やっぱりサンタクロースのエピソードがよかったようだ。お母さんの手紙も。
 貧しい時代の話である。指輪が買えないとか,口減らしとか。わが家の子ども達や今の若者にはリアリティがなさそうだが,例によって随所に泣かせどころを散りばめたベタな作りなので,団塊の皆さんだけでなく若い人達も楽しめたのかもしれない。
 そんなわけで,明日の職場でボクは皆さんと楽しい会話ができそうにない。寡黙な一日になりそうである。

2006年6月11日(日)慶応の家
 子どもの頃は当たり前にあった茅葺きの屋根が,いなばでは急激に減っている。3年前から智頭町や国府町の茅葺きハウスを訪ねているのだが,那岐駅そばの家は屋根に大きな穴があいているし,奥本にあった民家も今は空き家である。板井原のおうちも,季節限定の住居なのだとか。
 数年前まで,国府町の某村には6軒ほど茅葺き屋根があったけれど,ダム建設のため大半の家が移転したり瓦葺きになってしまっている。現在,この村で人が住んでいる茅葺き屋根の家は,写真のおうちだけである。
 このおうちに住んでいらっしゃるおばあさんによると,慶応3年に建てられた家なのだそうだ。大政奉還の年である。すごい。生きている間は住み続けたいが,茅を新しく差してもらうと年金がなくなってしまうので,もうこれ以上手を加える予定はないとおっしゃる。人夫さんを頼むと1日25000円仕事だとか。茅葺き屋根も,今となっては維持費が大変な高級住宅だ。勝手なノスタルジーだけで語られても迷惑な話だと思うけれど,これからもおばあさんが元気で長生きされることを願った。ロハス生活とやらが流行らしい。環境に優しい生活というのは,人間には不便で厳しい生活になるということである。いなばの空き家を手に入れ,本物の田舎生活を楽しまれることを強くお薦めしたい。ボクは時々眺めに行くくらいしかできない根性なしである。
 ところで,茅葺き屋根を見せてもらおうと思うと,いなば中心部から車で少し走らないといけないことが多いのだが,実は砂丘側のわが家から500メートルくらいのところにも,現役茅葺き屋根のおうちがある。しかし,あまりにも広大で鬱蒼とした森に囲まれたおうちなので,広い道路からは見えない。近くの道路へ寄っても気づきにくい。大きな門が各方位にあって,中には入りにくいし。何しろ,苗字の上に「大(おお)」という字を付けられて近所の皆さんから呼ばれているおうちだ。庄屋さんだったのだろう。ボクは「超小いの」。ヒルズにも茅葺き屋根にも無縁で,ただいま住宅ローン返済中である。

2006年6月10日(土)修理完了
 あらくれにほんかいさんから,ウィスコンシン産の朝顔をいただいた。砂丘の砂地での成長やいかに,である。琉球朝顔と交配できたりすれば面白そうだが,無理だろうか。
 今日は,プラドのシャフトの交換をしてもらった。リコールの発表から1ヶ月ほど日にちを空けて3日前に予約をしたのだが,ホワイトボードの今日の一般整備欄には15台の整備予定が書かれている。10万台のプラドのリコールの後にも,さらに56万台のリコールが発表されたので,まだまだお忙しいらしい。
 担当の方はとても丁寧。修理が完了するのに3時間ほどかかるので,その間の代車もありますとおっしゃる。最初から言ってよね。時の記念日にショールームで3時間も潰すわけにいかないから,つれあいに迎えに来てもらいましたよ。借りが増えるばかりなんだけどなあ。
 3時間後に再びつれあいに送ってもらい受け取りにいくと,少し営業話になった。幸い,営業担当の方はボクの117クーペ愛好癖をご存じだし,修理費でカローラが買えるかもと話したらしつこくされずに済んだ。整備担当の方にもショールームへ呼ばれたので,お土産でももらえるのかと浅ましいことを考えたのだが,車の整備状況を登録したカードを強制配布されただけだった。残念。リコール車の修理にはお土産は付いてこないらしい。

2006年6月9日(金)とてもいい話
 久しぶりの短歌会である。やっぱりホームは落ち着く。熱があったり,ヘルペスだったりと体調不良の方も参加してくださっていた。皆さんお大事に。
 伯耆から片道1時間かけていなばまで来られる人だけでなく,出雲から3時間30分もかけて会に参加してくださる方もいらっしゃる。会を終えた10時に,再び出雲に向けて車を運転されるのである。すごいことだ。そうまでして参加してくださるのは,それなりにこの短歌会が面白いと感じてくださっているからだろう。
 元は,酒を飲みながら始めた会であった。そんな,短歌を学ぶ集まりが50回以上にもなり,いなばの「国外」だけでなく,県外から参加してくださる方もいらっしゃるようになったことに,今日は改めてありがたいことだと感じた。ホント,いい人達の集まりである。会を終えてからお酒を飲むようになっただけでも,すごい成長だ。
 ということか,ボクが成長したのはそのことくらいで,歌を詠む力はあまり伸びていないかもしれないとも思ったりもしたのだった。作品は堂々のC狙いだったし。少し反省している。

2006年6月8日(木)どうでもいい話
 やっと雨が降った。梅雨入りだそうだ,どうでもいいけど。ボクの記録だと,わが家近辺の本格的な雨は5月23日以来である。16日ぶりだ。太平洋側では雨が多かったようだが,「弁当を忘れても傘を忘れるな」という雨の本場は,日照り続きだったのである。
 砂地の高台にあるわが家の畑は水の確保が大変。ジャガイモ等にたっぷり水をやることができない。枯れない程度の水しかやっていなかったので,ジャガイモはここのところすっかりやる気をなくし,ふて腐れている。ジャガイモの収穫時期は6月の終わりから7月の初めだ。ここでやる気をなくされると粒が小さい。もう少し頑張ってもらわないといけないのである。そんなわけで,ここのところひたすら雨の降るのを待っていたのであった。
 「毎日いい天気が続きますねえ」という挨拶を皆さんからされるのだが,何がいい天気やねん,わが家はジャガイモもボクも雨がいい天気ねんやで,と心でつぶやいたりする日々だったのだ。当たり前だが,天気に限らず「いい」はそれぞれ人によって違うこともある。いい男,いい音楽,いい歌,いい映画,いいなおすけ,どうでもいいけど。
 いやあ,いい天気でした。そんなわけで,明日からもいい天気が続いてくれることを期待している。

2006年6月7日(水)田んぼへ行こう
 田植えの時期だ。農家で育ったせいか,田植えが終わり整然と稲の苗が並んでいる風景を見ると何だか落ち着く。いなばではそこらじゅうにあるが,浜松町や銀座では見ることができない。農家の方は眺めてもらうために植えていらしゃるわけではないけれど,ボクはここのところ毎年田植えの終わった田んぼを何カ所か眺めに行っている。有名な観光地に行かなくても,十分に美しい日本の風景を楽しむことができる。都市部の方を対象に,田植えツアーや田んぼを眺めるツアーなんてのを計画されてはどうだろう。
 さて,田んぼの写真を撮り終えて反対側を見たら,草むらに腰をおろしていらっしゃる制服公務員さんを発見した。ごくろうさま。道路左側100メートル付近には仲間の皆さんもいらっしゃる。度々こんな業務をやらされるというのは,精神衛生上よくないような気がするのだが,慣れれば楽しいのだろうか。あるいは,こんな業務もそのうち下請けにだされるのかもしれない。田植えあとの美しい田んぼに比べると,自然の中では少しミスマッチの光景なのが残念である。
 田植えをしていらっしゃる人の近くでしゃがみこむのが仕事の人もいて,それを写真にとっている暇人もいる。まっこと人の営みは面白い。ちなみに午後2時過ぎのR53で見かけた光景である。

2006年6月6日(火)『大阪ハムレット』
 『毎日かあさん』の西原さんだけでなく,毎日新聞は森下裕美さんの作品も掲載していて,コミックに関しては実にセンスがいいというか,他の追随を許さない怖ろしい品揃えの新聞社である。
 『少年アシベ』などで有名なその森下裕美さんに,『大阪ハムレット』(双葉社)という作品がある。デフォルメされた登場人物の顔が怖い。血が流れているのかねこの人達はというくらいボクには体温が伝わってこない。可愛くない顔が溢れている作品だ。大阪のおばちゃんやおっさんの顔はメチャクチャである。
 しかし,このデフォルメされた個性的な顔を見るだけでもこのコミックを手にする値打ちがある。美しく描くのは簡単だ。って,ボクは描けないけれど。この作品は,この変な顔の人達が繰り広げるドラマだから共感できるのかもしれない。性格の悪そうな,リアリティの薄い顔を並べながら,登場人物の思考や行動は,意外に不器用で小心で真剣で優しい。そこにリアリティが感じられたりするのである。物語を伝える際の記号としての絵は,きれいではない方がかえってメッセージを伝えやすいのかもしれない。
 ボクはこの変な顔の人達にはまってしまいそうだ。それが問題である。

2006年6月5日(月)『back to bedlam』
 先日,イギリスの放送局がジェイムス・ブラントさんの曲の放送を禁止したというニュースがあった。例の『You’re Beautiful』や『Goodbye My Lover』である。ラジオで流されすぎて,リスナーからもう聴き飽きたという要望があったのだとか。セールスのためのレコード会社からの圧力に抵抗された措置のようでもある。
 2005年に550万枚の売り上げのあったアルバムだ。今更放送禁止にしてもそう大きな影響はないと思うのだが,コソボにも行っていたという元軍人のブラントさんなので,表向きの理由以外にも何かあるのかも知れない。やっかみもあるだろうし。
 曲はミディアム以下のテンポが多い。若いロック小僧は聴きそうにないアルバムだ。エルトン・ジョンさんは,『You’re Beautiful』は『Your Song』を受け継ぐ秀作だと話したとか。アコースティック・ギターやピアノにかぶせたハスキーなロッド・スチュワート系の声や気持ちいいリズムが,仕事や上司や恋やPCライフに疲れた皆さまの身体に心地よいのだろう。ボクの身体にも気持ちよく入り込んでくる曲が多い。『You’re Beautiful』は『Your Song』と同じように,これからも聴かれ続けるだろう。
 聴きたくなければチューニングをかえるとかラジオをオフにすればいいのに,局に頼まなくても。W杯の放送をもう少し自粛してもっと大事なニュースも報道してねと日本のTV局に要望しても無駄だ。ああ,これからにわかサッカーファンも巻き込み,「騒がしく」なるんだろうな。まっ,見たくなければTVをつけなければいいだけのことである。

2006年6月4日(日)野菜好きになるには
 土・日も勤務だった。ゆっくりお店に行く時間がないので,ここのところ買い物はアマゾンとヤフオクくらいである。買い物はカタルシスだ。現金を使う行為がボクには時々必要である。花苗を買うことにして,帰りにホームセンターへ寄ってみた。毎年この時期は安物のインパチエンスやベゴニアを買うのだが,今回は奮発してカリフォルニア・ローズも買ってみた。苗の大きさの割に高い。1ポット398円という高級品もあったが,298円の小ぶりのものにした。庶民である。
 花苗の隣には,売れ残り野菜苗の投げ売りがあった。1ヶ月前に178円で買った接ぎ木のナスやトマトの苗が50円。安売りを見るとついつい買ってしまう。庶民である。
 今日のNHKの夜の番組で,好きなものだけを食べる肥満傾向の子ども達が取り上げられていた。野菜が嫌いな子ども達には,自分たちで野菜を育てたり,自分で料理を作らせることが良いようだ。自分で育てれば,サニーレタスの葉っぱ1枚でももったいなく感じるものだ。子ども達に,手をかけただけの努力が「ハーベスト」につながることを体験させることも大切である。
 畑地がなくても,プラスティックのコンテナで,ナスやキュウリやトマトやピーマンやゴーヤは栽培できる。もちろん,土の量が少ないのでこまめな水やりや肥料やりが必要であるが。1苗50円なら,失敗してもそうもったいないという感じはしない。ゴーヤも自分が作ったと思えばきっと苦味も少なく感じるだろう。コイン数枚の支払いでは大きなカタルシスにはならないような気もするけれど。

2006年6月3日(土)27歳の老車
 任意保険料も払ったし,自動車税も払った。けれど,わが家の117クーペはまだ退院できない。めくって内部を治療すればするほど,悪い細胞の増殖が発見され,完治にはほど遠い状況である。
 サビが表面をもっこり浮かび上がらせるようになると,内部はその大きさの10倍くらいが浸食されているらしい。おまけに,前オーナーのお医者さんは錆の根本治療をされず,目先の手抜き錆止め板金しかしていらっしゃらなかったようだ。リヤピラーやルーフの隅は錆でボロボロ。外見の美しさだけにごまかされてはいけないのは,人間だけではないのである。とりあえず,錆部分を切り落とし,新たな鉄板を作成して張り付ける作業をしてもらっているが,入院生活は1年間になりそうな気配だ。
 酸化するのは,鉄のかたまりやリンゴだけでなく,人間の身体も同様である。ここのところ,業務や117のない生活のストレスがたまっていて,運動も不足がちだ。車も持ち主も錆だらけになってしまいそう。幸い,新タマネギや辣韮の季節である。血液サラサラの食生活を心がけ酸化を遅らせるようにしようと,117の面会に行って思ったのだった。

2006年6月2日(金)リカちゃんは39歳
 以前から探していた1986年発行の『リカの想い出』が届いた。1967年に生まれたリカちゃん人形の20周年記念アンソロジーだ。樹村みのりさんと岡崎京子さんの両方の作品が1冊の中に収録されているという世にもまれな書籍である。
 オークション締切の3日前くらいから入札があったので,値段のつり上がりを覚悟していたのだが,なぜか相手の方はボクが入札した後何の反応もなく,思ったより安く手に入った。
 このアンソロジーの参加メンバーがすごい。大島弓子,群ようこ,いがらしゆみこ,木原敏江,土田よしこ,矢代まさこ,倉多江美,玖保キリコ,内田春菊,杉浦日向子,高橋源一郎,野田秀樹(以上敬称略)など,30名以上の方がリカちゃんの想い出等をコミック作品にしたり,文章にされている。リカちゃんの生みの親らしい牧美也子さんの誕生秘話も収められている。
 そんな中,たった10ページの樹村さんの作品には,リカちゃんの想い出というより,カール人形の想い出や,女の子達の人形遊びは将来母親となるための学習だったのかもしれないという考察が描かれていて,ひと味違う。
 つれあいもカール人形のお世話になったようだ。子育ての練習を人形でやったのは分かったとしても,夫のあしらいはどこで学習したのだろう。不思議である。

2006年6月1日(木)駐車いやん
 今日から,駐車監視員という資格を持った方々も駐車違反車両チェックの巡回をするらしい。警備会社等が請け負って駐車違反の車両に違反のステッカーを貼り付けるのだとか。
 いなばでは,鳥取駅から県庁までの若桜街道,県庁から鳥取署や産業道路方面,智頭街道・末広通りなどが活動の重点地域のようだ。
 若桜街道に面したわが家のメインバンクのみずほ銀行さんは駐車スペースが少ない。時々銀行の前に止めさせてもらっている。駅前の高橋カメラさんや加藤紙店さんの前もよく止めさせてもらう。それらの場所に,先日の給料日後にお金を引き出しに寄ったし,全紙の写真パネルを車で受け取りに行った。銀行でお金を引き出したら即刻罰金納付とか,全紙パネル代10500円に罰金18000円をプラスって,途方もなく迷惑な話だ。
 都市部では駐停車が交通の邪魔になっていることも多いだろうし,交差点付近で迷惑な車両も確かにある。しかし,車がそう多いとも思えないいなばのメインストリートは,これでますますお客さんが寄りつかなくなり,ストリートの死期を早めるのではないか。街の様相が違うのだから,全国一律の対応にする必要はない。違法駐車がなくなって助かりますと商店街の皆さんはおっしゃるのだろうか。だったら,若桜街道いってよしである。ボクは,若桜街道の歩道側車線は駐車場にしてもいいくらいだと思っていたのに。
 何はともあれ,ボクのような小心者はそんな場所には近づかないようにするし,かりにステッカーを貼られてもしぶしぶ納付するけれど,世の中には,みなし公務員とはいえピストルを持たない丸腰の民間人なんて怖くないという方もきっといらっしゃる。口論だけですめばよいが,そのうち傷害や殺人事件が起こるのではないか。そんな危険な下請けはされない方がいいと思うんだけどな,いなばでは。

2006年5月31日(水)まさっかー見ないなんて
 FIFAワールドカップ2006ドイツ大会が近づいている。ネットのニュースに,開催国のドイツ人がワールドカップを観戦するかどうかというアンケート結果があって,25%の人がTVも含めた観戦の予定はないという結果だった。
 そんなわけで,今日の職場の世間話のテーマは,無理矢理サッカー・ワールドカップである。22歳から53歳まで,ボクの周りの男性9名,女性9名にアンケート調査を実施した。日本戦を見るかどうかという質問である。
 野球より好きだから見る。夫がTVをつけるので一緒に見ると思う。今朝の最終強化試合も見たけど,ドイツの監督が男前よ(何だ,そりゃあ)。1試合全部ではないかもしれないけれど,部分的にでも見ていると思う等,観戦すると答えた方が18名中12名だった。
 観戦するという人の中には,ドイツのサッカーが好きなので日本戦よりドイツの試合が見たいという,ボクにはよくわからないディープなサッカー・ファンもいらっしゃる。逆に,ルールがよく分からないから見ないという若い女性も3名ほどいた。
 観戦予定率67%である。意外に少ない。けれど,見ないと答えた人がその通り見ないかというと,これからのメディアの煽りでどうなるか分からない。メディアはベッカムさんのような男を作りだすことだろう。手を使わないというしばりはあまり趣味ではないし,100%の皆さんが観戦したということになるのも面白くない。裏道で時々出遭える花や金というわけで,念のためにボクは見ないことにしておく。

2006年5月30日(火)愛吾愚心
 この春,娘の友人のお兄さんが心筋梗塞で亡くなられた。26歳だった。結婚式の日取りも決まっていて,披露宴の準備も進んでいたようだ。ご家族の悲しみはもちろんだが,婚約者の女性も随分な悲しみだったらしい。葬儀のあとどんな日々をお過ごしだったのか知る由もないのだが,その女性が,先日自殺されたのだそうだ。年間自殺者3万人の中にはそんな方も含まれているのだなあ。
 島村抱月さんを追った松井須磨子さんくらいしかボクは思い浮かばないが,世の中には結構そんなお話があるのかもしれない。誰かが亡くなった後,とりわけ身近な人のケアは全力でやらなくてはいけないということである。いずれにせよ,そういう手段を選ばれた方について,何と言えばいいのか語る言葉がボクにはわからない。
 後を追いたくなるような喪失感を抱くほど誰かを愛したことがあっただろうかと考えてみたのだけれど,何だか自信がない。過去も現在も。愛国心や愛人心?が人並みにあると思っているのは本人だけで,世間の皆さまに比べるとボクのそれはあまり多くないのかも知れない。誰にも負けないのは,自己愛だけかも。受け取る愛は他者に与えた愛と同量ということになると,ボクのような人間の後を追おうという人間はどこにもいないということである。もちろんわが家にも。

2006年5月29日(月)パトリ夫っと
 今は昔の受験勉強で,森一郎さんの「試験に出る英単語」にとてもお世話になった。その「しけたん」の最初のページにある名詞は今でもよく覚えている。知性と良心と伝統と宗教と,そしてpatriotismである。森さんの何らかの意図が最初のページにはこめられていたのだろうか。
 愛国心や国や国家の定義は難しい。法的には,領域・人民・権力が国家の三要素だが,愛国心という時の国とか国家は,人によってそのイメージする内容が違うのではないか。国といえば政府を思い浮かべる人もいるだろうし,美しい湖山池や大山をイメージして,日本国が好きという人もいるに違いない。
 ちなみに新明解さんの愛国心は,「自分の生まれた国を誇りに思い、国のためを思って行動すること」である。家永さんの教科書を出版された割には,三省堂さんは国思いのようだ。毎年自殺される方は3万人以上いらっしゃる。国どころか自分への愛もお忘れなんだろうなあ。当たり前だが,国より自分である。
 大体,WBCやオリンピックや各種ワールドカップなどが始まれば,大概の人は所属している国を応援するだろう。放っておいても,愛国心はわが国に溢れていると思うのだが,さらに学校で教育したり評価しなくてはいけないことなのだろうか。結局,政治家の皆さんが自分達に投票してくれる「愛国者」をたくさん育てたいということなのかも知れない。
 ビートルズの最後のメッセージは,愛したほどしか愛は受け取れないという『アビーロード』の中の『THE END』である(最後の録音ではないけれど)。生まれてから今まで平和を提供してくれたわが国に,ボクは愛と感謝を込めて税金をたっぷり(という自信はないが)払い続けたつもりである。これからもボクは国に愛を捧げなくてはいけないのだろうか。もう勘弁していただきたいな。
 つれあいへの愛が十分だったかどうかは心許ないけれど。

2006年5月28日(日)ホーム&アウェー
 塔とっとりの短歌会が砂丘で開催されるとのことで,お誘いをいただいた。裏庭での歌会なので,小砂も砂丘のにぎわいにでもなればと思い,数少ない春の新作2首とともに参加させてもらった。山形や京都や広島などからいらっしゃった方もおありだ。うーん,申し訳ないことである。ボクはわが家から車で2分だった。参加者は総勢17名。アウェーなホームグラウンドである。
 同じ作者の歌が2首ずつ並べられ,参加者のうちの1名がその2首の講評をするという,わが歌会とは少し異なった進行である。講評を割り当てられた2首は何とか解釈できそうな歌だったので,とりあえず与えられた仕事をこなし,いつも通り寡黙に過ごした。当たり前だが,読み手によって解釈も違うし,ボクがいいと思う歌を,これは歌ではないとおっしゃる方もあって,短歌の間口は広くて奥は深山幽谷である。
 会は4時間で終わり,京都へ帰られる永田さんを駅までお送りした。永田さんも締め切りのおかげで歌ができるとか。安心した。皆さん自然にわき出てくる言葉があるのかと思ったのだが,やはり締め切りは偉大なようだ。さて,次回の締め切りはいつだったっけ?

2006年5月27日(土)ダンシングライオン
 第9回全国獅子舞フェスティバルという催しがあった。獅子舞に関心があるわけではないけれど,市中パレード部分のお手伝いに出ることになった。「全国」といっても,大半はいなば地方の麒麟獅子で,他県からの参加は4団体だけである。
 歩行者天国になったいなばのメインストリートは獅子舞一色だったのだが,さすがに遠くからやって来た獅子は目をひく。とりわけ,岩手の「梁川金津流鹿踊」は,頭に鹿の角をつけ,衣装もカラフル。さらに,3メートルはありそうな「ササラ」を背負って踊るから,とても見栄えがいい。歩道にいたほとんどの観客が,岩手の皆さんの周りにお集まりだった。バブルの頃はハワイなどにも行かれたとのこと。小さかった太鼓は,バブルの頃に大きくしたので体力的にもきついようだ。伝統芸能にもバブルの影響があったのだ。
 岩手からいなばまでは12時間がかりらしい。最近はイベントも少なくなって,主催者経費負担の地方公演は随分減ったのだとか。いなばの夜をお楽しみいただけただろうか。
 麒麟獅子は江戸初期からの伝統芸能だ。獅子に噛みついてもらうと,病気が治ったり賢くなったりするのだとか。大森神社の麒麟獅子に噛みついてもらったのだが,夜になっても肩は相変わらず痛む。文章の進みが遅いのもいつもの通りだ。どうも即効性はないようである。

2006年5月26日(金)UNTITLED
 樹村みのりさんの新作は滅多に読むことができないが,10年前に交通事故に遭われてリハビリ中の岡崎京子さんの新作も,残念ながら読むことができない。とはいえ,岡崎さんの作品はよく売れるのだろう。増刷や再発刊されることが多いので,一部の作品を除き昔のものが比較的簡単に手に入る。
 職場の女性にお聞きしてみたら,シンプルな線だけで描かれている感じが苦手という声もあって,あまりお好きな方が見あたらなかった。都会が舞台だし,予定調和的ではないし,壊れた人も多いし,セックスや暴力や死の匂いもするから,いなばの善良な女性には抵抗感が強いのだろうか。
 中学生デビューの樹村さんの才能にも舌をまいたのだが,コミックでありながら文学性を感じさせる岡崎さんの作品にもボクは驚いたことがあって,樹村さんと西原さんと同じようにほとんどの作品を集めてきた。お金や欲望をテーマにしたり,愛することや傷つけることを巧みな構成力で描かれていた岡崎さんが事故に遭わずにご健在なら,どんな作品を描かれたのだろうと樹村さんの文庫本を読み返しながら思ったのだった。コミックはいつかサブカルチャーから抜け出るかもしれない,と思わされた作家の復活を心から期待している。

2006年5月25日(木)カッコーの娘たち
 樹村みのりさんの文庫版『カッコーの娘たち』をアマゾンに予約していたら,今日届いていた。値段は600円。1979年に発行された講談社版のオリジナルと違って,扉絵のスペースに目次が書いてあるなどということはない。収録作品も異なっていて,タイトル作以外には,単行本『Flight<飛行>』からの作品も収められている。ニール・ヤングさん?などの特別出演もある,「愛とあこがれ」というコンセプトで編集されたらしい6作品プラス樹村さんのあとがきマンガが付いているというお買い得のコミックだ。
 『カッコーの娘たち』の舞台はアメリカである。登場人物もアメリカ人3姉妹。ジョーンとビリーとベッキー。父親は死に,母親は心労のため病院で療養中。3姉妹がそれぞれ別の家庭に引き取られるところから物語は始まる。
 どこかで鳴いている「閑古鳥」もカッコーのようだが,一般的にカッコーをメタファーで使う場合,「托卵」が包含されていることが多い。カッコーは別の鳥の巣に卵を産み付けるという習性である。10〜12日ほどで孵化するカッコーのヒナは,他の鳥の卵を巣から落とし自分だけを育てさせるらしい。
 娘達が預けられたのは,母親の病気が原因である。カッコーのように意図的に子どもたちを「托卵」させているわけではないから,メタファーとしてはややズレがあるような気はするのだが,子どもの側から見れば,生みの親から愛されていないと感じるという点では大差がないのかもしれない。「愛されない子どもはいつまでもさみしい小さな子どもを心にもつことになる」と,次女ビリーはギターを弾きながら歌う。現代の大人や子どもの中にも,さみしい小さな子どもを心にもっている人は多いのではないか。
 愛を求めるそんな姉妹が,それぞれ成長し,お互いの生き方を受け容れていったり母親を抱きしめるようになるまでのお話である。3人の顔と名前が一致するまで読み返してほしい。ボクは,何度読んでも最後のシーンまでくると涙がこぼれそうになる。朝日ソノラマさんに重ねて感謝である。

2006年5月24日(水)不遵威勢行為
 今日は会議日。新規取り組み提案項目を抱えていたのだが,わが所属部の議案は勤務時間を過ぎてからになってしまい,結論がでるわけもなく,結局,継続検討項目で終わった。早く片付けたかったのだけれど。
 普段から遵法精神の薄いらしいボクに対し,決められたことは守るべきだと発言される方もあって,世の中には大変真面目な方もいらっしゃるのである。
 誰かが決めたことに従って判断をつけるのは楽だ。けれど,ふた昔も前に決まったルールに盲目的に従うのもどうか。積極的に法律違反をしようとは思わないが,ボクはルールを守るために生きているわけではない。ルールは,集団の構成員の福利につながるものであってほしい。自分たちで作ったルールのマージナルな部分はその時の雰囲気で多少揺れたってかまわないのではないか。その都度検証することが大切だと思うのだ。悪法であっても受け容れるソクラテスさんのようにはとてもなれない。
 車が通っていない夜中でも,点滅している信号機のボタンを押し,歩行者用信号が青になってから渡る人っているのかなあ。いらっしゃるんだろうなあ。ボクはできない。

2006年5月23日(火)まあいわしったら
 築地市場で真イワシが1kg当たり5500円だったとか。1匹が1000円相当。昔は干鰯にされて畑の肥料に使われていたイワシが,よくぞここまで出世魚である。
 帰りにスーパーに寄ってみた。三重産の真イワシは100g100円で売られていた。1匹60gに満たない大きさなので,築地に運ばれたものとは違うのだろうが,それでも高いといえば高い。ハタハタは100g50円だ。ちなみに境港産のすり身も,100gほぼ100円で売られていた。
 ところで,わが家で食べるイワシは,真イワシではなくウルメイワシのことが多い。灰色っぽい薄い青というか,魚の中でもとりわけメタリックっぽさを感じるイワシである。身体つきがずんぐりしていて,イワシの割には存在感がある。肉厚なので塩焼きにしても美味しい。そんなウルメイワシは鮮度落ちが早くて人気は今ひとつのようだ。干物にされることが多いのだとか。もったいないことである。ボクは,活きのいいうるるんイワシの酢みそおろしが大好きである。
 それにしても,かつてはイワシの水揚げの多かった境港はどうしてしまったのだろう。漁船に乗って麻薬をすくってくるのではなく,イワシをもっと獲ってきて欲しいものである。

2006年5月22日(月)生活不安課
 今日は暑かった。肩が痛いので,ここのところ職場ではジャケットをカーディガンに着替えて仕事をしていたのだが,今年初めてジャケットを脱ぎ,ワイシャツだけで一日過ごした。軽くて楽。中には,ジャケットも着て来ないで,朝から半袖シャツだけの同僚もいる。寒がりのボクとは体感気温にかなり差があるようだ。
 そんな一日の最後の仕事は,生活安全課へお届け物をするというホットな業務だった。生活安全課というネーミングは地方役場の窓口にもありそうだが,ボクの寄った生活安全課は警察署にある。かつては防犯課と呼ばれていた場所だ。
 昔,わが家が空き巣被害に遭った時にお世話になった防犯課は,入ったとたん鋭い視線を浴びせる皆さまがいらっしゃるお部屋だったような印象がある。ネーミングが柔らかくなっても,あまり行きたくない部屋である。とはいえ業務なので,署の奥の2階にある生活安全課のドアをノックした。時間は夜8時をまわっている。緊張するなあ。
 と思いつつ中に入ったら,広い部屋にいらっしゃったのは優しい笑顔の女性だけ。たったおひとりである。麻薬騒ぎの境港方面へ応援に行かれている方も多いのだろうか。届け物をお渡ししたら,こんな遅い時間にと優しく労ってくださる。地方検察庁にも地方警察署にもクールな女性がいらっしゃる時代になったんだなあとびっくり。ボクが取り調べをされたら,あることないことなんでも喋ってしまいそうである。
 ジャケットを着て行ったから,生活安全課を出る時は汗ばんでいた。寒がりの方だと思っていたのだが,場所によってはボクの体感気温に差がでるようだ。警察署では汗っかきだということがわかった。今度お世話になるようなことがあったら半袖にした方が良さそうである。

2006年5月21日(日)滅入る話
 届けられているはずのメールが何故かPCで読むことができない。光通信の設定以来,どうもメールの調子が悪いようだ。オークションに参加したいのだが,メールの送受信に信用がおけないので参加できないし。他の方が落としてしまうかも。焦るなあ。
 セキュリティは,McAfeeのウィルススキャンやファイヤーウォ−ル,スパムキラーを使っている。とりあえずスパムキラーをはずして再起動してみた。
 怖ろしいことに,延々とメールが入り続けた。昨年スパムキラーを設定した時からの分だったのか,その数6032通。先月のトラブル時よりすごい。今月のアマゾンギフト券送付のお知らせとか,お友達からのご連絡とか,元上司からのご依頼とか。初めて目にするものが何通かある。もちろん,スパムメールも大量だ。とりあえず3000通分ほど削除したが,疲れた。
 1ヶ月ほど前にも同じことを書いたけれど,メールの返事の遅延や不達によるトラブルが再びどこかで起こっているかもしれない。気分のメールことである。喧嘩のバーゲンをしているわけではありませんので,お許し下さい。
 ということで,とりあえずヤフオクへ。

2006年5月20日(土)恐怖のひじりさん
 今日は王監督の誕生日だ。成田空港の開港日でもある。市内は「聖さん」のお祭りだ。実はわが家の結婚記念日だったりする。そんな日に結婚された若者もいらっしゃって,ご結婚パーティの二次会に夫婦でおよばれしてから,弥生町で飲み直した。
 街には山車が出ていて,「えらいやっちゃ。前だよ前だよ。」などとにぎやか。結婚した日は,丁度成田空港が開港した年だったのだが,ケーブルの切断事件のため羽田からの飛行機が遅れ,終了予定時間を過ぎても延々と披露宴をやらせてもらっていた。何しろ,新婦の母親と弟がいなばの披露宴会場まで来ないんだから。などと出席してくださった方を思い出しながら話していたら,もう6人もお亡くなりになっていて,ホント,思えば遠くへきたものである。
 そんな「聖さん」の日は,夜の弥生町のお店の皆さんも楽しんでいらっしゃるのかと思ったら,花代を払うのが大変なので休むお店もあるらしい。山車の数は15台前後あるのだとか。花代3000円を包むと,売り上げより多くなるお店も多いのだろう。タクシーの運転手さんは,昨日の方が忙しかったとおっしゃる。
 我々にとっては懐かしいのだが,「聖さん」を怖いと思う方もいらっしゃるのだった。何はともあれ,同じ5月20日の土曜日の聖さんの日に結婚されたお二人がいつまでも幸せでありますように。

2006年5月19日(金)パジャマでお邪魔
 今日は風の強い一日だった。どこからやってきたのか,職場の裏庭に,お年寄りのものと思われるパジャマが飛んできた。隣のマンションやご近所の居酒屋さんや民家に,ハンガーに掛かったままのパジャマを持って訪ね歩いたのだけれど,持ち主がわからない。「お母さん今日洗濯されました?」などと尋ねる若奥様もいらっしゃって,ご家庭の生活ぶりがかいま見える一日だった。
 ご近所には該当されるおうちがなかったので,かなり遠くから飛んできたようだ。結局,町内会の方にパジャマを預けてあとはお任せしたのだけれど,ハンガーのパジャマを持って歩き回った怪しげなオヤジは,すれ違った皆さまには不審人物に見えたかもしれない。
 今日は,パジャマに限らずあちこちでそんなことがあったのだろうか。もしかすると,誰かが取って行ったと思われている方があるのかもしれないが,風は結構力持ちなんですよ。勘違いされませんように。

2006年5月18日(木)電柱
 今日は中国電力さんから封筒が届いていた。電気を止めますという案内ではなく,「電柱敷地料お支払い内容等の確認票」という書類である。お金をあげるから,所有者や口座に変更があったら連絡してね,という問い合わせである。ありがたいことだ。
 わが家の畑は角地にある。周囲は民家なので角地の畑には電柱が建てやすいのだろう。道路に本柱が1本と,隣家に本柱が1本あって,支線や支柱がわが畑に延びているというわけである。電気のお世話になっているのに,電柱を建てられるのは嫌だとごねるのも大人げないので土地を提供している。
 さて,その敷地料である。書類には,支線1500円,支柱1500円とある。合計3000円だ。すごい。しかも1ヶ月ではなく1年間の代金である。毎月だと250円である。地価が安いから,敷地料も安いのだろうか。ちょっと悲しい料金である。
 とはいえ,お向かいの家にも本柱と支柱があるし,その50メートル先の家の角にも本柱や支柱がある。道路に建てられている電柱が多いとは思うが,わが家と同じように,本日,「電柱敷地料お支払い内容等の確認票」が届いたご家庭は多いのだろう。中国電力さんも余計な出費が多そうだ。
 電柱が地下ケーブルになるのがお互いにとって一番いいと思うのだが,電柱が地下に埋まったらスズメさん達はどこに集合するのだろう。犬さんはどこで用を足すのだろう。凧が疲れて休みたくなったらどこで休めばいいのだろう。それが心配である。

2006年5月17日(水)リコール
 今朝の読売新聞に「トヨタ車7000台リコール」という小さな見出しがあった。ランクルプラドの後輪部分の耐久性が不足しているのだとか。1996年から1999年に製造された車体とあるので,わが家の車も該当している。ニコンD70の燃えるバッテリーに次ぐ,ボクがゲットした欠陥商品である。
 帰宅したら,販売店から表に「重要」と書かれたハガキが届いていた。早い。問題箇所が図入りで説明してある。詳しいことはよくわからないけれど,リコールの車に当たったのは初めてのことだ。何だかうれしい。よく読むと,最悪の場合は車輪が外れて走行できなくなるおそれがあるらしい。それはちょっと困るな。
 販売店へ持ち込めば,無料で「リアアクスルシャフト」を交換してくれるようだ。ただし,作業時間は3時間かかるのだとか。販売店に車を持ち込んでどうやって3時間をつぶせばいいのだろう。ショールームで車を眺めているのだろうか。まさか待っている間に新車のご紹介をしてくださるというご計画ではないだろうなあ。新トヨタ方式か?面倒くさいのでまだ交換していないニコンのバッテリーのようなことにならなければいいけれど。
 ところで,読売新聞の見出しは「7000台」なのに,記事の中では10万7000台とある。どちらが本当なのだろう。3年間で7000台というのは少ないから,10万7000台の10万が抜けたのかもしれない。新聞屋さんのリコールというのはないのかな。日本で一番たくさん車や新聞を作っているところもミスをするのだ。人間にミスはつきものということである。ミスの後をどうするかが大切である。
 何はともあれ,新聞もカメラも車も肩の壊れかけているそれらの持ち主も欠陥だらけ。血管は大丈夫だろうか。

2006年5月16日(火)お手上げ
 体力はさておき,健康には自信があったのだが,最近右肩のつけ根あたりに時々痛みが走る。寝ている時に少し離れたテーブルのものを取ろうと手を伸ばしたり,風呂桶にお湯をくんだりしても痛む。手を上げるのがつらいので,朝の着替えにちょっと気合いが必要なこともある。
 つれあいに話すと,うれしそうに「おめでとう,五十肩よ」とよろこんでくれる。彼女は,ここ数年四十肩だか五十肩だかで苦み,やっと近年楽になったところである。お友達との集まりで,「うちのもとうとう五十肩になって」と皆さんに報告し,良かったわねえと言ってもらっているらしい。肩こりとも縁のなかった健康的なボクは随分妬まれていたようだ。
 職場の同僚がボクの肩胛骨の下辺りを押さえて,「こりゃあひどい」とおっしゃるのだが,どうひどいのか本人には良くわからないので,何だか不安である。とりあえず肩を回すなどのストレッチをした方がいいですよと言われた。右腕を回してみるのだが,左腕の半分くらいの大きさでしか回せない。直径60センチくらいの円を描くのがやっとである。
 これではピストルを向けられても降参の手を素早く挙げられないから撃たれる。何とかかんとか「万歳!」もできないし。困った。お手上げなのに手も上げられない。

2006年5月15日(月)毎日かあさん
 樹村みのりさんの文庫本が発売された頃,西原理恵子さんの新刊も発売された。『毎日かあさん3』である。新聞連載中に離婚話が進み,そのことさえネタにするというえぐいコミックも,毎年この時期に発行されてもう3巻目である。『毎日かあさんカニ母編』の,「子供は絶対自分で発熱できると思う」というサイバラさんの発見は,樹村さんの『病気の日』に通底するものがあるような気がする。
 そのサイバラさんもすっかり毎日かあさんになってしまっているようだ。8歳と6歳になった手のかかるふたりに添い寝するのが「ぜーたくな悩みですいません」とか,学校や遊びから帰ってくる時間は「おかあさんはずかしいけど仕事が手につかないんだ」とか,新宿のミニスカパブで働いていた女の子が「たくさんの仕事とよい子供を二人もいただきました」とか,最後のコマが妙に優しすぎるフレーズだったりする。丸さが目につく感じ。波瀾万丈のサイバラさんも今年42歳とか。いつまでも周りに突っ込みを入れてばかりというわけにはいかないのだろう。毒の中にホッとする優しい救いのあるのがサイバラさんの良いところなんだけどなあ。
 ところで,『毎日かあさん』にはいつも書き下ろしの作品がある。今回は40代の兄妹が実家を訪ねる話だ。40歳を過ぎるまで父親の名前をしらなかった兄妹が,廃屋となった実家で発見する自分たちが知らなかったお祖母さんやおかあさん。帰りの車の中のお兄さんのフレーズも優しい。サイバラさんのブルーを多用した作品は,ホロッとするものが多い。
 それにしても連載が毎日新聞でよかった。他の新聞社の連載では,『毎日かあさん』が誕生することはなかっただろう。せいぜい『時々かあさん』くらいだろうか。毎日新聞さんありがとう,である。

2006年5月14日(日)アニー
 makimakiさんご出演のミュージカル,『アニー』を見に行った。開演直前に会場に入ったのだが,かろうじて席がふたつ空いていて座ることができた。ステージが始まって見回すと,508人収容の文化ホールは満員で,通路階段に座っている人や立ちっぱなしの方もいらっしゃった。1000人以上収容できる市民会館でも良かったかもしれない。
 アニー役の女の子は,高音の伸びのよい透明感のある声で,『メイビー』や『トゥモロー』もとても上手。モリーもかわいかったし,アニーズのおチビさん達はみんなうまかった。身体全体を使い一生懸命演じている子ども達の前には,プロの役者さんもかすむほどである。
 途中の休憩では,うじゃうじゃ子ども達が席を立ってきてビックリ。高齢化社会いなばとは思えない光景である。観客の半分はお子さまだったようだ。前半の舞台中に,むずかっている子どもの声や通路をうろつく少年がいたけれど,全体的に静かだったので,こんなに子どもがいるとは思わなかった。これだけの子ども達がいながら鑑賞の邪魔にならなかったというのは,舞台の子役達の一生懸命さが観客の子ども達にも伝わったということなのであろう。ミュージカルの舞台に接する機会の少ないいなばの子ども達には,よい刺激になったに違いない。来年は,自分で演じてみたいという子どもが増えるかも。
 歌って踊る女優makimakiさんは,市民役,メイド役,ダンサー役と,早変わりのご活躍である。バックステージでの大変さが思い浮かぶ。踊りの身のこなしも軽やかで,楽しんでいらっしゃる様子が伝わってきた。女優経験ができるなんて,いなばではまれである。終わってから,「ビア!ビア!ビア!」と叫ばれたかどうか知らないけれど,今夜はことのほか幸せで美味しいビールを飲まれたことだろう。お疲れ様でした。

2006年5月13日(土)年々歳々魚介相似たり
 さすがにお金を稼ぐのはきつい。GW明けの1週間は疲れた。ゆっくり起きて朝からダラダラとタビー・ヘイズさんというイギリスの今は亡きサックス奏者の演奏を聴きながら,岡崎京子さんの旧作を読み,ジャガイモに追肥をしたら午前中が終わった。
 そんな一日の終わりの食事はハタハタの塩焼きという変わりばえのしないメニューなのだが,ご飯はナント今シーズン初めてのイガイご飯である。兵庫の海岸でとれたらしい,小ぶりのイガイである。60個ほど入っていて,1個あたり10円程度になる価格だった。
 つれあいのイガイご飯作りは,原則的に身だけ取り出してあるイガイ使用なので,こんな小さなイガイを茹でて身を取り出すのはボクの担当である。とはいえ,まったく苦にならない。イガイご飯を食べるためなら多分何でもする,ような気がしたけれど,もちろん気がしただけである。
 炊きあがったご飯の中にあるイガイは小さいけれど,初物のせいもあるのか,ことのほか豊かな岩場の香りがする。春もいいが,夏もやっぱりいいのである。今日手にした本に,1年が5月と10月だけだったらいいのにというフレーズがあったけれど,それじゃあやっぱり寂しいと思うな。
 そういえば,作っただけだったHPにログを書き始めた最初の方にイガイご飯のことを書いた。息を吹き返してそろそろ1年経つということである。毎年同じようなモノを食べていても,「歳々年々ログ同じからず」の書き散らしになるといいのだけれど。

2006年5月12日(金)飛魚の子
 秋田ではハタハタの子のブリ子が人気のようだが,いなばではこれから「あごの子」(トビウオの子)の美味しい季節である。これも,かつてはタダみたいなものだった。それが最近は高級品扱いである。出始めのこの時期はちょっといい値段だ。
 煮すぎるとパサパサになるし,火が強いと卵が壊れたりするので,わが家の場合は煮付けるのに少し集中力の必要な食材である。といっても作るのはボクではないけれど。コラーゲンも含まれているようで,お肌にもよさそうだ。
 何はともあれ,今年も夏を迎えることができたことを舌で感じることのできる一品である。安く買えるようになったら,タラコ・スパゲッティのように,アゴの子を使ったパスタを作ってもらえないだろうかとつれあいに頼んでいるのだが,ミスマッチだろうか。

2006年5月11日(木)
 タイトルがつぶれてしまって読みにくいけれど,魚偏に神。ハタハタである。神の魚とは思えない小ささで名前の由来はわからないが,英語名はサンド・フィッシュだから,海底の砂の中にもぐったりする魚なのだろう。冬の魚なので旬は過ぎている。けれど,好きな魚のひとつなのでお店に並んでいる間はついつい買ってしまう。今週もすでに2回食べた。
 1970年前後はタダ同然の値段だったと思うのだが,賀露の魚屋さんでは今年は100g70円くらいで売られていた。わが家は,兵庫県の水産業者さんがいなばで経営していらっしゃるスーパーマーケットで買うことが多い。大ぶりで安い。100g50円程度である。太宰治さんは鮎のようなものと紹介されていたけれど,似ているのは鱗のないツルンとした肌や大きさで,鮎のような臭みはない。身離れもよくて淡泊なのに脂ものっていて,ボクは鮎より好き。
 水戸から秋田へ転封された佐竹氏は好物のブリが食べられなくなってハタハタをブリの代わりに食べたらしい。ブリもおいしいけれど,わが家の場合は刺身かブリ大根だ。飽きる。毎日食べるんだったらハタハタの方がいいと思うな。秋田から水戸へ転封された人よりよかったんじゃないかな,佐竹さん。栄転じゃん。
 という外見も美しくて身も食べやすい魚なのに,内臓を取りだすと何故か腹黒い。寝込みを襲ってイカの子などを食べるという一面もあるようだ。性格が悪いのだろうか。生きている時にお付き合いするのは結構大変な方かもしれない。って,ボクのお腹も白いわけではないけれど。

2006年5月10日(水)You gotta Quintet
 NHK教育TVの平日の夕方4時から放送される「あつまれ!わんパーク」の中に,5時30分から始まる「クインテット」というミニ番組がある(朝もある)。もちろん,わが家の住人はその時間帯に番組を見ることができないので,タイマー録画をするしかない。
 人形のアーチストが「演奏」したり「雑唱」するというお子さま向けと思われる番組である。演奏や雑唱曲はどれも短い。しかし,これが侮れないのだ。実際の演奏レベルは高いし,チェロ・トランペット・バイオリン・クラリネットなどの楽器を「演奏」する人形の動きもとても雰囲気がよくでている。人形達がしゃべる台詞の中には,「コンセントレーションの邪魔をしないでよ」などとあって,何だか幼児向けとは思えないところもある。大人も十分楽しめる内容だ。というか,これだけ情報が溢れている時代だから,子どもだましの番組では子どもだって見ないのかもしれない。
 演奏レベルの高さや人形の動きのリアルさだけでなく,クインテットのメンバーの中で唯一の人間である宮川彬良さんの編曲がとても面白い。CDを聴いたり,DVDを繰り返し見ていても,新たな発見があって感心する編曲である。小さなお子さまがいらっしゃるご家庭で,音楽の楽しさを体験させてやりたいと思っていらっしゃる方は,ぜひどうぞである。皆さんすでにご存じかもしれないけれど。
 ボクは,鉄道唱歌のメロディに合わせて東京駅から内回りに駅名を順に歌う曲とか,『幸せなら手を叩こう』とか,『クリスマスメドレー』の斬新さに脱帽である。クリスマスにこのメドレーをピアノで演奏できたら,ボクもあなたも世界が少し変わるだろうなあ。夕方チャンス。

2006年5月9日(火)コシアブラ
 わが家の庭の「コシアブラ」である。申し訳ないが,変な名前の木だ。アラブもコブラもブラシもあって,木とは思えないネーミングである。樹脂を漉してさび止め油を採ったのが名前の由来だそうだ。タラの木やウドと親戚らしい。
 とりあえず,採取時期を確認するために2本植えているのだが,まだ3年目くらいの若木なのでかわいい芽である。
 コシアブラの若芽をわが家は天ぷらで食べる。苦みがあって少しきつめの香りがタラの芽にはない良さだと思っている。もちろん,そこが嫌いという人もいることだろう。誰からも愛される人間がいないようなものである。
 若葉を日に干して煎じて飲むと血圧を下げる効果があるのだとか。高血圧に悩んでいらっしゃる方は試されてはどうだろう。ただし,TBSの白インゲン豆ダイエット法のように下痢や嘔吐の症状を訴えられても責任はもてないけれど。

2006年5月8日(月)ちょい悪オジヤ
 休みすぎで社会復帰ができていないのではないかとメールでご心配いただいた方もあったけれど,これが自分でも意外なほど,休む前と変わらない仕事ができた。ノーヒットノーランや完封というわけではなかったが,とりあえず延長7時30分まで快調に11時間完投勤務である。明日は肩に張りがくるかも。どうも中9日くらいの登板がちょうどいいのかも知れない。困ったものである。
 そんな夕方,40代のためのヘア講習会に参加してきたという美容師のお姉さんにお会いした。ボクの頭を見て,パーマをかけてちょい悪オヤジ風はどうかと薦めてくださる。生憎,ボクは高校生の頃から自手散髪で生きてきたので,散髪にお金を払うことはないのだよ,残念。それに,ちょい悪オヤジという中途半端なネーミングは田舎には向いてないというか,センス悪いと思うな。どうせなら,チョイチョイ悪オヤジとか,極悪オヤジとか,ギャグオヤジで十分だぜえ。といいつつ,パーマをかけると頭にボリュームを持たせることができるなどと言われると心が揺れたりするのだった。ダメオジヤである。
 「たまさか奇跡は信ずる者に」が座後の銘のひとつだったのだが,ボクの頭の上には奇跡はやってきそうにない。とりあえず,パーマっていくらですの?

2006年5月7日(日)都市生活気分
 GW中の原宿界隈は大にぎわいだったらしい。知り合いの女の子も夜行バスで往復してきたのだとか。ボクが学生だったころ,電車に乗って原宿まで汚れものを運び,当時は数少なかったコインランドリーを利用したものである。そのころ原宿は落ち着いた大人の街に見えた。というような都市生活とは今はほとんど縁がない。GW終盤は,karaさんお薦めのイッセー尾形さんの『都市生活カタログ』というひとり芝居で都市生活を楽しむことにした。
 人間観察の鋭い方である。時代のつかみもお上手。何気ない日常のある瞬間や,会社での一場面,市井によくある事件を切り取って,虚構の世界を作り出す。
 虚構は唐突に始まり,時にオチの加減が少ないのではという終わり方もある。怪しげというか,うさんくさそうな台詞や動作。それなのにリアリティを感じてしまうところが,イッセー尾形さんの虚構の作り方のうまさなのだろう。サラリーマンネタなど,たっぷり笑わせていただき,カタログにもならないような田舎のボクの長期休暇が終わった。ありがとうございました。
 目的意識を持って対象をしっかり観察すること。観察した場面を切り取り,じっくりと調理すること。笑いに限らず,表現をする際の基本なのだろう。GWを振り返って田舎暮らしの歌でも詠めるといいのだけれど。

2006年5月6日(土)手前車ですが
 加山雄三さんと言ったら「若大将」である。とはいえ,いつも同じパターンではやっているご本人もつまらなくなるのだろう。若大将シリーズも後半に入った1969年に,『弾痕』という渋いスパイもの映画がある。もちろん,加山さんのファンでもないので,当時も今もそんな映画を見るはずもなかったのだが,117オーナーズクラブの戸川さんから映画のビデオを貸していただいた。
 BGMはスイングしないヨーロッパっぽいジャズで,暗い雰囲気はフィルム・ノワール,なのにラストはアメリカン・ニューシネマ風,白いジャケットに赤い血糊という香港ムービーっぽさもあるという映画だ。ヘリコプターからの狙撃がそう簡単に成功するわけもないし,作品中の芸術論などの台詞もちょっとクサイ。が,この映画のいいところは,全編に117クーペが登場するところである。よくぞ117クーペを主人公の愛車として使われましたなあ,森谷司郎監督。作品中に何種類かの車が登場するが,1968年に初めて市販された117クーペの美しさが断然際だっている映画である。
 映画作りに携わった皆さんも一生懸命だったのだろうが,板金技術レベルの高さが感じられる滑らかな曲線の美しい117クーペを見ていると,この当時,いすゞの皆さんの方が新しいものを作り出すことに対して上をいっていたように思える。加山さんもニコリともしないで若大将のイメージを壊そうとしていらっしゃった。しかし,暗さの創出には少し無理がある。かろうじて最後に見せ場が作ってあるけれど。新しいものを作り出そうとする時は,自分の中の何かを激しく壊すことが大切なのであろう。
 今となっては,生産中止までの13年間フルモデルチェンジを行わなかったという車だけが色褪せていない映画のようであった。本物にあいたくなった。

2006年5月5日(金)人の行く裏に道あり砂の紋
 砂丘やわが家の近所の「子どもの国」へ行かれる方が多いようで,町内の車の通行量がとても多い。砂丘界隈も渋滞がひどく,夕方4時を過ぎても砂丘方面へ向かう車はノロノロ運転である。この時間は「子どもの国」から人が帰り始めるから,渋滞にさらなる車が加わられることだろう。お疲れ様。
 そんなわけで,車には乗らず砂丘を横断して砂丘入り口まで行ってみた。途中,砂丘の中にバーベキューで使った皿や炭の箱などがそのまま捨ててある。わが家の庭続きの場所にゴミは捨てないでね。パトロール隊からのお願い。
 砂丘入り口や馬の背はたくさんの人でにぎわっていた。ラクダが4頭つながれている辺りには行列ができている。その数30名ほど。ラクダと一緒に撮影してもらうための行列らしい。すごいな。そんな行列も世間にはあるのだ。
 そのラクダをボクの隣にいた女性が撮影したら,係の男性が,「ラクダだけの撮影も有料です。列に並んでください。」とハンドマイクでおっしゃる。「えっえっえーーー。」世の中驚くことが多いな。ラクダだけを撮影するのにお金をお取りになるんですの。お隣の女性もビックリされていた。書き入れ時なんだろうし,ラクダはあなた方のものなんでしょうけど,鳥取砂丘のイメージを落としていると思うな。ケチで野暮なアナウンスはしないでよ。ボクは砂丘のにぎわいを撮ろうと思ったのに,ラクダが勝手に写って邪魔だったぞ。
 足跡だらけの場所から少し方向を変えて歩けば,一面の風紋である。お金を払ってラクダと一緒の写真を撮らなくても,きれいな風紋を背景に貴重な写真を撮ることができるのになあ。裏道にきれいな花の山があるのは,何も株の世界だけではないのである。

2006年5月4日(木)昔来た道
 ボクに1ヶ月遅れて,昨日つれあいが『三たびの海峡』を読み終えたらしい。そんなわけで,今日はホームパーティで楽しく酔っぱらって帰ったというのに,二度目の深夜映画を見せられている。
 省略が多すぎるので,本を読んでから見ないとダメねというのが映画を見ながらのつれあいの感想である。濃密な作品を,2時間の映像にまとめるというのは難しいことだ。当たり前のことだけれど,行間を読む面白さが映画からは伝わってこない。千鶴さんとの逢瀬シーンなんてのは,まったくその切なさが伝わってこないとつれあいが怒っている。
 何はともあれ,テーマのひとつと思われる,人を好きになると身体が熱くなって力がわいてくるという感覚は,戦争に反対する時の力にもつながっていくのではないか。女性が戦いに反対するパワーはきっと強力である。万にひとつ憲法を変えるようなことになりそうな時は,ぜひ女性に活躍していただきたいと思った。
 ということで,長期休暇のちょっと酔っぱらった夜のお話である。

2006年5月3日(水)行きたくない道
 風が強い一日だった。鳥取砂丘界隈は,黄砂というより砂丘が砂をまき散らしている感じである。そんな風の中を砂丘のキャンプ場まで歩いて行ったら,キャンプ・サイトには50を超えるテントが張られていた。テントの脇でゲームボーイに夢中の男の子がいたり,ハンモックの上で読書をしている女の子もいる。若いお父さんはうちわで炭火起こしに懸命である。
 そんな皆さまの側で,焼き肉用ガスコンロを出して焼き肉をした。キャンプ場でガスコンロなんか邪道だよねなどと,火起こしお父さんはお子さま方に話されていたかもしれない。一緒に食べる子どものいない夫婦は,キャンプのプロセスよりまずビールである。昼間からビールを飲み,焼き肉を食べ,コーヒーを淹れた。すこぶる平和な,草原の昼食状態である。
 そんな日の朝日新聞によると,憲法9条を変えることに賛成される方の割合は43%で,「変えない」の42%より多いらしい。高校生の頃は,自衛隊の存在と9条との矛盾が不思議だった。実態に合わせたらどうやねんと思ったりもしたこともある。けれど,核兵器を持たない国の軍隊が,それを持っている国に対して無力であるのは明らかだ。自衛隊が戦って勝てる相手はご近所にはほとんどいないだろう。半世紀にわたってボクが平和で脳天気に過ごすことができたのは,自衛隊のおかげではなく,9条の交戦権の否定や,アメリカのおかげであるということが少しは分かるようになった。人は矛盾の中で生きるということも。改憲派の皆さまは,核兵器を開発し,安保も捨て「完全独立」を目指していらっしゃるということなのだろうか。自衛隊が核兵器を持ち,国民が完全独立を目指し再びアメリカと戦おうという気力や実力や自信がついたと感じた時に,9条を変えればいいんじゃないの。というか,その時に変えてください。お願いします。そんな日がくるとはボクにはとても思えないのだけれど。
 我々がのんびりコーヒーを飲んでいる頃,やっと火が起こせたお父さんが肉を焼く準備をされはじめた。戦争になると,足が遅かったり仕事が遅いと生き残るのは大変らしい。手抜きのボクもうちわ火起こしのお父さんも戦場にはむいてなさそうである。平和でよかったねえ。お父さんもゆっくりビールをどうぞ。 

2006年5月2日(火)わが行く道?
 普段は静かなわが家の近くの道路も,多分明日から渋滞が始まる。出掛けるなら今日のうちと思い,午後は食材採取も兼ねてあちこちドライブをした。
 砂丘界隈から米子方面へ向かって走っていたのだが,鳥取空港を過ぎた片側2車線の道路の流れが少し悪い。軽自動車がノロノロというか,停まったりしながら走っているようで,片側3車線状態で車が流れていた。スピードに自信のない方が,道路脇へ寄って他の車を先に行かせようとしているようだ。予想通り,集団の最後尾についていたボクが追い越したら,軽自動車は動き始めた。「おじいさんとおばあさんだったわね」と,助手席から軽自動車をのぞき込んだつれあい。70歳前後といったところか。
 後ろをゆっくりついてくるのだろうと思いミラーで確認したら,「えっえっえーーー」。何と軽自動車は左折された。左折して行き着くところはモーテルしかない。スピードに自信がないのではなく,モーテルに入るためにゆっくり走っていらっしゃったようである。つれあいも後ろを振り返ってビックリ。「モーテルの管理人さんかしら」って,何で管理人さんが仕事場に入るのに躊躇するんだよ。
 おうちには何か事情があるのだろうかとか,歳を取ると男性はホテルへ行きたがり女性はデパートへ行きたがるとか言うねえとか,「わたしゃ嫌ですよ,そんなところ。」というおばあさんをおじいさんが強引に連れて行こうとされたのかもしれないなあなどと,車の中であれこれ下世話な会話が弾んだ。慣れている人ならさりげに左折し,他の車の人たちの会話のネタになるようなことはないと思うのだが,グズグズというか,ためらっていらっしゃると目立つのである。潔く堂々とするのが良いね,長い間税金を払ってきた人は特に。モーテルへ入る場合も特に。考えてみれば,驚く方の感覚がおかしいのだ。いつかは行く道高齢者である。高齢化社会というのははそんなことが日常化するということなのかもしれない。
 今日の昼過ぎ,いなばの「空港」へ入られたお二人のおかげで,ボクも老後の楽しみができた。ような気がする。

2006年5月1日(月)タケノコは流転する
 タケノコを掘りに行ってビックリ。タケノコが生えていたと思われる大半の場所がイノシシにやられていた。ほぼ全滅状態である。かつては毎年50本は掘っていたのに。今日は結局2本だけ掘ることができた。白兎海岸から車で5分ほど走ったところにある山なのだが,農作業中のご近所のおじさんにお聞きしたら,タケノコに限らずイノシシの被害に困っているとのことだった。
 わが家の場合は,ここ4〜5年イノシシにやられるようになった。それでも昨年まではタケノコの「皮」がまだ穴の周りに結構残っていた。それが,今年は皮さえ残っていない。雪の多いシーズンだったから,よほど食べ物に困っていたのだろうか。豚と親戚のイノシシは頭を使って生きるのに必死のようだ。豚になれば人様からエサを与えられる安定した生活を送ることができるのに。
 とりあえず,貴重な2本を若竹煮にしてもらって食べた。子どもの頃,タケノコは先っぽの柔らかいところしか食べられなかった。歳を取るとともにどんどん好みの部分が下がっていって,今では一番下の紫のイボイボのある辺りを美味しいと感じるようになった。嗜好は変わる。人の世に不易のものはないのである。多分。
 恋をしている人は,私の愛はいつまでも変わらないと思っているのだろうが,変わりたくないと思っても,人は悲しいほど変わる生きものなのだ。そのことをボクはタケノコから学んだ。結婚からも少し学んだけれど。
 すべてのイノシシが早く豚に進化してくれることを期待している。

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