いなばにあん 時々嘘つかないTOPへ

いなばろぐ「べんとーさん忘れてもかーさん忘れるな」の,雨と無知との遭遇いなばにあん日記。

2007年3月31日(土)カミナリさんだー
 岡山へ行く途中,津山に近い誕生寺辺りの鶏肉屋さんにいつも行列ができている。うどんは「かしわうどん」がいちばん好き。つまり,鶏肉も好きということである。よほど美味しい鶏肉が売られているのだろう。
 今日は,帰りに時間的余裕があったので,行列に加わってみた。地鶏や「かしわ」などが売ってあるのかと思ったら,調理したブロイラーの販売が中心だった。
 丸焼き1800円というのもあったが,少ない家族では食べきれない。1本60円の串焼きや,手羽先,手羽中などを買ってみた。晩ご飯は,鶏肉各種と,作り置きの自家製スジ肉の土手というコテコテの肉料理である。
 塩味の串焼きはムネ肉に皮が挟まれている。大ぶりのムネ肉なので食べ甲斐はあるけれど,ちょっともっさりした感じ。手羽先はちょっと塩がきついかも。手羽中が脂っぽくてちょうど良かったな,ボクには。
 岡山からはオープン・エアを味わいながら帰ってきたのに,夕方いなばにたどり着いたらカミナリさんである。車の中から稲妻がことのほか美しく見える。あまりにきれいだったので,帰宅後再び車で出かけ,砂丘付近に停めて稲妻見物をした。1分間に2度も3度も空が明るくなって,稲妻が地平線に水平に現れたり,垂直だったり。花見の前に稲妻を堪能したのだった。
 雨が激しくなると,空が明るくなるだけで稲妻はあまり見えなくなった。どなたさまも被害がありませんようにと帰宅したら,なぜかわが家だけブレーカーが落ちていた。留守の間,PCにDVDコピーの仕事をさせていたのに。危機管理意識が低すぎである。反省した。

2007年3月30日(金)就活
 昨夜は雷が鳴っていたらしい。雷が落ちて停電になり,PCの復旧が大変だったというような朝の会話があったが,ボクは何のことだかさっぱり分からなかった。防音設備のいい家に住んでいるんだか,熟睡していたのだか,鈍感なのか。
 そんな話をしていたら,道行く車がにぎやかである。県議選も本日告示だ。県職員の皆さんへ呼びかけたり,ご近所の病院に向かって「早く回復されることをお祈りしています」って,静かにしてあげた方が病気にはよろしいんじゃないんですの。
 月額報酬719,150円を目指しての就職活動ごくろうさま。何でもオープンにしないといけない時代である。就職の口利きもしにくくなったり,ちょっとしたことでも市民の皆さんから悪口雑言があったりするのに,議員になりたがる人がまだたくさんいらっしゃるというのは,月額報酬の他にもおいしいことがまだ多いのかね。
 今日のランチを食べさせてもらったお店のマスターは,福祉施設関係者が結構多いから,本業で儲かっているんだろうにねえとおっしゃる。年金受給者狙いは安定収入の王道である。お金のある人は益々豊かになるようだ。
 将来お世話になるかもしれない老健などの施設経営者と仲良くしておくと,入所順番待ちで苦労しなくてもよいのかもしれない。嫌なご時世だ。
 それとは関係なく,議員数削減とか議員報酬減額を主張される方に1票献上いたしますけど,ワタクシ。どなたでしたっけ,そのような公約の方は。そんな大事なことは大きな声でアナウンスしてね,鈍感なので。

2007年3月29日(木)何して遊ぼ
 寺井尚子さんのアルバムはもう買わないと決めていたのだが,『ジェラシー』という新譜をまた買ってしまった。『What Game Shall We Play Today』が収録されているんだもの。大好きな曲である。ずるいねえ。
 チック・コリアさんの「カモメ」のアルバムの中の,気持ちが浮き立つ美しいラテン・フレーバーな曲である。日産セフィーロのCMにも使われていた。オリジナルの演奏には,「人生はパラダイス,今日は何して遊ぼ」というフローラ・プリムさんのボーカルが入る。
 寺井さんの新譜はオリジナル曲が多い。失礼だが,『アフロ・ブルー』と『What Game Shall We Play Today』だけで良いつもりで買った。で,『What Game Shall We Play Today』ばかり繰り返し聴いている。バイオリンで聴くと,一段とわかりやすい美しいメロディである。
 この曲を聞くと思い出すフレーズがある。「遊びをせんとや生れけむ戯れせんとや生れけん遊ぶ子供の声きけば我が身さえこそ動(ゆる)がるれ」という,後白河法皇の『梁塵秘抄』中の今様歌だ。
 もちろん,人生を毎日遊んで過ごせるようなお金もないし,仕事はきつい。この3日間で,こなした会議は12本である。徳川家康さんの,重荷を負うて遠き道を行くが如しな日々である。
 それでも,公園や道ばたで子ども達が遊んでいる姿を見ると,自分がかつてやっていたようなことが繰り返されているのだと,懐かしい気持ちになる。そんな光景は,これからもあちこちで繰り返されていくのであろう。子ども達が遊んでいる光景は,何だか「リターン・トゥ・フォーエバー」である。遊ぶのが仕事だった時代が誰にもあって,子ども達の遊んでいる姿があるから大人は働くことができるのかもしれない。子どもは人類の両親である。
 ワシの人生は子どものころの遊びが続いていたようなもんじゃったよ,などと最後に語ることができたらきっと幸せなことなんだろうな。What Game Shall I Play Tomorrow。

2007年3月28日(水)憎まれっ子世にはばかり
 とりあえず,今年度最後の送別会である。男性7名だけという,ジェンダー・バランスの悪い集まりで,アルコールが良く出る。ビールだけで乗り切ろうと思ったけれど,甘い。やっぱり芋だねなどと,皆さん遠慮がないのである。
 アルコールが入れば,結構激論になる熱い人達だし,幹事は気をつかいましたよ。記念品代込みの会費設定も間違えたかもしれないと,ヒヤヒヤ。
 お送りする方はコーヒーがお好きなので,市内のギャラリーで作品展が行われていた,波賀焼の優しそうなカップをお贈りした。
 世の中,まだいてほしい人と,自分を客観視できるようになればいいのにねえという人がいることもあって,総じて,途中でお辞めになる人は惜しまれることが多いような気がする。気のせいだろうか。
 と言いつつ,自分も客観視できているかどうか自信がない。厚かましく脳天気に最後まで勤めていたりして。周りの皆さんにご迷惑をおかけしているのかも知れないと,珍しく我が身を振り返ってみたりした。はばかり,はばかり。

2007年3月27日(火)ハグハグ
 You Tubeビデオコンテスト結果発表というトピックがあったので,久しぶりにYou Tubeをのぞいてみた。OK Goという,シカゴの4人組の作品がトップに掲載されていた。マイナー4人組が,自分達で撮影したプロモーション・ビデオをネットで公開して,有名になったというバンドである。
 『Here It Goes Again』という曲のプロモでは,8台のランニング・マシーンを使った動きが美しいというかコミカルである。何度も練習したんだろうな。おつかれさま。ネット時代は,アイデアがあって,You Tubeを利用したりすればブレイクする可能性もあるのだ。
 その他に,Free Hugs Campain.という作品も入選のようだ。「Free Hugs」と書かれたボードを持って街頭に立ち,道行く人にハグを求めるというビデオ映像である。「探偵!ナイトスクープ」のネタ元の映像のようだ。「探偵!ナイトスクープ!」が実験した大阪では,なかなかハグをしてくれる人がいなかったけれど,さすが慣れている国はハグを楽しんでいる。もう,体当たり状態だったりして。
 お辞儀専門で,ハグ文化を育んでこなかった日本だが,誰かに抱きしめてもらったり,受け容れてもらうという行為は快感である。いなばで1時間ほどボードを持って立ったら,誰かハグしてくれる人が現れるだろうか。ちょっと実験してみたいな。立候補者が近づくくらいかもしれないけれど。
 大体,家の中でもハグをしていないのにね。

2007年3月26日(月)フラガール
 次年度の業務分担発表の前なので,今日は大変のんびり過ごすことができた。内示によると,次年度も今年と同じ業務らしい。仕事は楽しく,遊びは真面目に。
 勤務時間終了とともに帰宅し,今日も畑仕事である。日が長いというのは第四種兼業農家にとってはありがたいことだ。
 そういうわけで,明日からが新年度業務のはじまり。今日は平日だというのに,何も考えずに『フラガール』を鑑賞した。『スウィング・ガールズ』のフラダンス版である。ただし,時代が昭和40年ということと,舞台が炭坑の町というあたりが,『スウィング・ガールズ』との違いだ。
 お約束のベタな作りなので,ちょっとクサイ。しかし,昭和40年に子どもだった身には貧しかった地方の生活ぶりが共感できる。生きていくのに必死で,「仕事は楽しく」などとは言えなかった時代だ。炭坑の落盤事故が大きなニュースになっていたことも思い出した。いつの時代でも,消えていく仕事や,新しく生まれる仕事がある。仕事として受け容れられるのに時間のかかることも。人を喜ばせるということが良い仕事につながるのであろう。
 何はともあれ,つらさや厳しさを越えないと,仕事を楽しむことはできないのである。「女はつええな」という映画なのであった。

2007年3月25日(日)機種変更
 おもちゃの耕耘機を使って,畑を耕した。晴れていたので,耕耘機を動かしているだけで汗ばむ。鍬も使ったから,手と指の皮が2カ所むけた。役立たずの身体である。という,1年前と同じような弥生最終日曜日の過ごし方。
 道行く皆さんが,「精が出ますなあ」と声をかけてくださる。ついでに,アドバイスやご近所のうわさ話などもあって,「ジャガイモやったら,石灰はまかない方がいいよ」とか,「近所にローソンができるけれど,この地にできる店は長続きしないからなあ。いつまで続くかねえ。」「土地を貸している大家さんには,坪500円くらい毎月入ってくるらしいで」「500坪くらいあるから毎月25万円かあ」などと話がはずむ。ホントかどうか分からないようなネタが,家の外には溢れている。
 ドコモからメールがあって,ドコモのポイントのうち27000ポイントが今月末で無効になるらしい。movaの506iで何の支障もなかったのだが,同僚の若者によると,アンテナ部分が盲腸のように残っている機種は古いのだとか。機種変更くらいしかポイントの使い道が思い浮かばないので,ヤマダ電機に携帯電話を探しに行った。
 夫婦でそれぞれの機種を見ていると,若い男性店員が近寄りアドバイスしてくれる。それは薄いだけですとか,カメラの性能ならこっちとか,メール数の多い人はこっちがお薦めとか。ありがとうね,年寄りにもシンプルでよく分かる説明だよ。
 あれこれ比較した結果,ボクは903i。つれあいは濡れても大丈夫というF703iに決定。お兄さんに頼んだら,あっ,F703iは在庫がありませんだと。えっ,じゃあN703iにしてください。あっ,それも在庫切れです。N703iμは?それもありません。って,おいおい最初から言えよお。予約してこだわり機種の入荷を待つような夫婦には見えないだろ。この展示してあるのは?これは,大きさと重さが同じにしてあるだけのプラスチックなんです。フーン。
 つれあいが,あの子はわたし達で遊んでいたわよね,と店を出る時につぶやく。まっ,それくらいの楽しみがないとやってられないのだろう。
 オーディオでもカメラでもPCでも,大概のハード類は店員さんのアドバイスなんか関係なしで買っていたのに,若者のアドバイスで買い物をするようになったかと思うと,ちょっと年齢を感じたのだった。

2007年3月24日(土)EXCLUSIVE
 酔族館さんのジャズ・ラボでお近づきになった方のおうちにお邪魔した。オーディオが凄いらしい。弥生町から車を10分ほど走らせ,敷地面積500〜600坪はあろうかという邸宅に到着。急な階段をあがったロフトのような2階にそのオーディオ・ルームはあった。
 ALTECのボイス・オブ・シアターの手前に,38cmウーファー2個並列のパイオニアのEXCLUSIVE2402が鎮座している。1本100kgは超えるスピーカーだ。アンプは,マッキントッシュや,名古屋のプロがセッティングされたというマルチチャンネルアンプ。CDプレーヤーはワディアなど。
 エディ・ヒギンズさんや,マッズ・ビンディングさんや,山本剛さんなどを聴かせてもらった。3mの距離で聴くEXCLUSIVEは凄い。目をつむると,ベースの弦を押さえる指の動きが思い浮かぶ。次にどの弦を押さえようかと奏者が考えているのが伝わってくるような気がした。
 ボリューム・レベルは8時前後だとか。それなのに,一音一音が心臓にブンブンボコボコ届いてくる。ミュージック・シャワーというか,ミュージック・マッサージである。2時間聴かせてもらったが,心臓の弱い人はもしかすると途中で退席されるかもしれない。入り口から出口まで400万円ほどの音である。本物のスタジオ・モニターのひとつを聴かせていただいた一日だった。
 わが家にあるCDをこの装置で聴けば,ボクが聴いたことのない新しい作品のように響くことだろう。スピーカーにお金をかけることは大切なのだ。いいスピーカーだと下手な演奏は一発で分かるということが分かった。
 おかげで,今日は一気にスピーカーのスタンダードが上がった。10段くらい駆け上がったのではないか。どんな世界でも,いいものを知るということは大事なのである。
 と言いつつ,帰ってから聴いたわが家のスピーカーから出てくる音の何と線の細いこと。音楽を聴く気が少ししぼんでいる。いいものを知らない方がよいこともあるのかも知れない。

2007年3月23日(金)すいません
 来年度から,職場が全面禁煙になるらしい。現在,喫煙者は約10名。一部ご不満の声もあるようだが,組合として要求書に盛り込んでほしいというほどでもないようだ。愛煙家の皆さんから要請があれば,何らかの対応策や「激変緩和措置」のような要求もしないといけないのかと心の準備をしていたのだが,世間の流れには逆らえないというご判断だろうか。皆さん諦められたようだ。
 そんなわけで,全面禁煙という方針に対し,組合はノー・プロテストである。高額納税の皆さまなのに,もうしわけない。すいません。
 喫煙者の皆さんは,納税でお国に貢献しているだけでなく,周囲に対し肩身の狭い思いを抱きながら過ごしていらっしゃる。多分,弱者に対するシンパシーが強い善良な方々なのではないか。タバコのおかげで,マイノリティの気持ちがよく分かるんじゃないかな。それとも,隅へ隅へと追いやられているうちに,被害妄想の方が強くなってしまわれたのか。そんな皆さんが,春からどこでどうやって「タバコ」をされるのか心配である。
 ところで,若者の中には,マルボロなどのアメリカ煙草を吸っている人もいる。イギリスの植民地だった時代から,アメリカはタバコで稼いできたけれど,今やアメリカ男性の喫煙率はトップを走る日本男性に大きく差をつけられている。喫煙者が減って困っているアメリカを助けるのでなく,どうせなら国産煙草を吸おうね。

2007年3月22日(木)弥生は残酷な月
 さて,まだまだ続く送別会。今日は職場全体の会なので,定年の方や深かったり浅い事情のある方7名をお送りした。アーチを作って。春は残酷な季節だ。
 メインの皆さまをお送りした後,グループに別れ二次会である。ボクのような男を誘ってくださる上司がいらっしゃったのだが,若者が,今年度最後の麻雀名人戦をやりましょうというので,二次会をお断りして挑戦を受けた。すいません,つきあいが悪くて。若い男も好きなんです。
 ところが,行ったが最後,ボクより若くて元気な皆さんは自分からやめようとは絶対言わない。23日は代休である。ヘタをすると徹夜になりそうな気配もある。体力勝負では勝ち目がない。最初はプラスだった持ち点はずるずると減り,東場3局でハコテンKOになったのを潮時に解放してもらった。今日は参りました,勘弁してくださいお代官様。
 ということで,若者に弄ばれた。若者も残酷である。もっと年長者を大事にするようにね。
 帰宅してメールをチェックしたら,酔族館のマスターから,メールが届いていた。
 『MY FOOLISH HEART』に関してお店にあるものをチェックされたのだそうだ。その中で,あまり一般的でないものをリスト・アップしてくださっていた。ありがとうございました。せっかくの力作なので,無断コピペ。お好きな方は参考にどうぞ。 
上野尊子/GOOD MORNING HEARTACHE
佐藤允彦/AS IF
菅野邦彦/MUSIC
FRANK COLLETTE/A POSTCARD FROM BILL
HILDEBRANDS FINKO BRASIL JAZZ TRIO/A TRIBUTE TO BILL EVANS
EDDIE GOMZ TRIO/LIVE IN JAPAN
DAVID FRIESEN TRIO/ THE NAME OF A WOMAN
RAY BROWN TRIO/BASS FACE
THOMAS CLAUSEN/SHADOW OF BILL EVANS
MARC COPLAND/SOFTLY
ETHEL ENNIS/CHANGE OF SCENERY
LIN HOLLIDAY/AIRGIN
DAVID HAZELTINE/WORLD OF HER
THIERRY LANG TRIO/BLUE PEACH
JAN LUN/DGRENTRIO/PLAY THE MUSIC OF VICTOR YOUNG
SHELLY MANNE/GOODBYE FOR BILL EVANS
JANET SEIDEL/WAY YOU WERE YOUR HAT
CALOL SLOANE/AS TIME GOES BY
MADS VINDING/KINGDOM
GEORGE YOUNG/BURGUNDY
THOMAS FINK/MY ROMANCE
MONICA BORRFORS/CERTAIN SADNESS
JACQLUES PELZER/NEVER LET ME GO
CHRISTOF SANGER/BLUE TOPAZ
JOEY DEFRANCESCO/ORIGANIC VIBES
ANNE DUCROS/PIANO
LIZ FLETCHER/MELLOW MARIA
VIVIAN LORD/ROUTE 66
フールが多すぎである。

2007年3月21日(水)春分の日記
 新聞を開いたら,鴨志田穣さんの訃報があった。42歳,腎臓ガン。誰やねん,という方もいらっしゃるだろうが,漫画家西原理恵子さんの元パートナーである。共著もあるし,西原さんの作品にたびたび登場するアルコール依存症だったカメラマンだ。愛を込めてボロクソに描かれていましたなあ。喪主は西原さんだそうだ。えらいねえ。もしかしたら,葬儀のようすもネタにされるのかも知れないけれど。合掌。
 積ん読状態だった東野さんの『手紙』を読んだつれあいが,『イマジン』も出てくるから早く読みなさいと薦める。午前中かかって読了。映画にもなっているような昔の作品だが,5回くらい涙がこぼれた。e-mailでは届かない世界もあるのだった。人とつながっているということは大事である。
 その後,買った種芋の1/3ほどのジャガイモを植え付け,墓参りに行って,夜はジャズの勉強会だった。
 ビール飲み放題で(といってもボクは3杯で十分。Islayのストレートもおいしゅうございました),お土産までいただくジャズ・ラボである。ありがとうございました。つながりは大事だ。ほどほどのアルコールも。
 さて,そんなジャズの会のお土産には,Dan Papiranyさんの『My Foolish Heart』などがあったのだが,話題の中に,大西順子さんはどうしていらっしゃるのだろうという話があった。その話からどんどん弾んで,いなばで大西さんの復活ライブのプロモートをしてはどうかということになった。赤字覚悟で。オヤジだって夢や目標をもつことは大事である。
 ということで,問題は,大西順子さんとどうやってコンタクトをとればいいのかわからないということである。
 探偵ナイトスクープに頼むのはどうだろう。
 もしかして,大西さんのライブをいなばでやることになったら,皆さん協力してね。

2007年3月20日(火)他言無用
 江戸情報を提供してくださるkaraさんから,DVDが届いていた。石倉直樹さんと松崎菊也さんとすわ親治さんのライブである。これが,「他言無用プロジェクト」の手作りDVD。レーベル面にはお三方のサインが入っている。怖ろしいほどのレアものである。
 中身は,時事や政治ネタなんでもありの世相パロディ満載だ。取り上げられた皆さまは,姉歯さんだったり,民主党の永田さんだったり,堀江さんだったり,荒川静香さんだったり。有名になるというのは大変なことである。お気の毒さま。
 箸休めの替え歌歌謡ショーもあって,「シャボン玉ほりえー」とか笑えるな。頭を叩きながら歌う「となりのトトロ」の替え歌(国を愛するこころ)は怖かったりする。
 さて,そんなライブのハイライトは,「さる高貴な一族」のお話である。週刊新潮が,皇室中傷芝居と噛みついた出し物である。ライトな方が見れば,言語道断風俗壊乱危急存亡亡国のイージスである。当意即妙抱腹絶倒の方もいらっしゃるだろう。とりあえず,内股膏薬右顧左眄呉越同舟。
 住井すゑさんが書かれた『橋のない川』に,奈良で天皇の糞を発見し,天皇も普通の人間だったと気づく箇所があったのを思い出した。皇室を笑いものにすることを憤られる人もいるのだろうが,御伽草子の昔から,庶民は権力者を風刺したりからかってストレスを発散させてきた。天皇も人である。かなり有名な。こんなステージがあるというのは,健全なことだと思うな。他言無用にしていただきたいけれど。

2007年3月19日(月)かぶ組織
 資本主義社会は,当たり前だが資本家の利益優先である。リムジン・バスに乗り込んでくる新参者は警戒される。先客の皆さんは,政治家などとつながってガードが固くしてあるから,あとから乗ってきた成り上がりは席がもらえなかったり,足を踏まれる。出る杭は打たれてキャッチャーフライドポテトである。
 一方,メディアは,急に浮上してくるドラマティックで得体の知れない人間が好きだ。そんな人間が高いところから転落していく姿をスローモーションで繰り返し映すことはもっと好きだ。
 堀江貴文さんは実刑判決らしい。裁判所が世間の空気を読んだ結果なのか,閨閥をもたない人間のつらい結果なのか。
 粉飾やら,インサイダーは確かにずるい。それでも日興コーディアルグループに対する甘い処置を考えると,公平性を欠くのではないか。擁護の声を挙げたところでどうにもならないし,別にする気もないけれど。
 それよりも,どうして株で損をした人がそんなに大事にされなくちゃあならないんですの。人生はギャンブルだという価値観のもと,儲けようと思ってお金を使ったら損をしたということだけなんじゃないの。
 株やファイナンスは,リスクや損を織り込み済みでやるものである。毎日,どきどきする人生を送りたい人が足を突っ込むところだ。安心して参加できる株式市場なんてのはどこにもない。情報収集の早い人もいれば,早いと思っているのは自分だけの人もいるだろう。損をしたことを世間様にアナウンスしたり,経営者をののしるのはやめたらどうかね。近寄らなければいいだけの話である。
 近寄ってはいけない場所を知っているということは,生きていく上で大事なことである。
 ああ,ボクはそんな危険な場所があることを昔はよく知らなかった。そんなわけで,バブルのころ,500万円になるまで待っていた某通信会社の株を抱えて困っている。おいおい,アナウンスするなよ。

2007年3月18日(日)ジャガタラこいしや
 ジャガイモの種芋を購入して植え付けようと思ったのだが,美味しいジャガイモの作り方を研究していらっしゃる方によると,種芋を切ってすぐ植え付けるのは切り口の傷が癒えていないから良くないのだとか。
 種芋の端を1cmほど残し包丁で切れ目を入れ,1週間ほどガラス越しの太陽の光に当てるのがいいらしい。表面が緑化するくらいに。その間に,切り口が回復するようだ。昨年までは,切り口に石灰をまぶして購入即日の植え付けだったのだが,今年は丁寧に作ってみることにした。
 品種は,従来はキタアカリだった。ただでさえ小粒のキタアカリを素人が作るのだからさらに小粒で,つれあいから不評である。今年は,メークインを買って包丁で切れ目を入れておいた。植え付けは来週だね。
 ジャワ島のジャカルタ経由でオランダ人が1610年ころに長崎に伝えたとかのジャガイモの原産地は,南米である。インカ帝国が栄えたペルー界隈のティティカカ湖畔だとか。アンデス界隈は,ジャガイモだけでなく,トマトやトウガラシやカボチャも原産地である。赤道付近とはいえ,アンデスの標高4000m付近だと,逓減率を考えると平地より20度以上低い。そんなことを考えれば,標高24mの春のわが家のジャガイモやカボチャ栽培は楽勝のはずである。
 ジャガタラへ渡り,「日本こいしや」と書いたお春さんが食べたような(知らんけど)美味しいジャガイモがわが家でも収穫できるといいのだけれど。

2007年3月17日(土)サギカモ
 少し時期が遅れたけれど,タマネギに肥料をやったり,ジャガイモ用地の開墾をした。今日はタマネギネタかねと思っていたら,夜の7時前に電話。つれあいがでたら,女性の声で,ボクの母の名前を告げ,息子さんが事故を起こしたのに治療費を払ってくれないので,母に代わってくれとのこと。サギかも。
 キャッホー,今ごろわが家に振り込め詐欺かい。ということで,ボクが電話を代わって話を聞いた。
 昨年4月3日に,お嬢さんが事故に遭われたのだとか。事故を起こした加害者の名前はご存じないのに,母の名前は知っている。わが家の電話番号は母の名前で掲載してある。女性名を狙った詐欺なのだろうと思い,職業や家族関係を詐称し,あれこれふざけながら楽しませていただいたのだった。
 で,関西辺りからの電話かと思ったら,いなばからだ。名前を聞いたら,「さ」行の珍しい苗字。わが家はナンバー・ディスプレイである。電話を切り,念のために電話帳を確認したら,その珍しい苗字のおうちが掲載されている。番号も同じである。
 詐欺で家電を使うんかい?よっぽどお間抜けな詐欺師なのかと思ったのだが,もしかしたら本当に事故があったのかもしれないと不安になった。念のため,着信記録に残っている番号にこちらからかけ,治療した病院を確認すると,奥さまをよく知っている医院名を告げられた。何だか気持ちが悪い。すぐに医院に連絡し,事故による治療があったかどうか確認してもらった。
 あった。
 えーっ,ボクは,去年の春に女の子を横断歩道ではねたらしい。
 ということで,再び電話をかけ,今度は虚心坦懐に事実確認に努めた。
 事故の際,加害者の男性は,自分の母の名前としてボクの母と同姓同名の名前を告げ,お母さんが使っているという携帯電話の番号を告げたのだとか。住所は津ノ井駅の近くである。治療費はすぐ払ってくれると思ったので,当時のメモを捨ててしまったのだそうだ。
 その後支払いが滞っているらしい。携帯電話もつながらなくなり,母親の名前を頼りに電話をかけたら,わが家だったというわけだ。あちらは,加害者の家だと思っているし,身に覚えのないボクは詐欺だと思ってふざけているのだから,話がかみ合うわけがない。電話をかけてきた女性も,人違いの相手に電話をかけたということがお分かりになったようだ。
 冷静になってみると,人の良さそうな声のようにも聞こえる。事故で怪我をさせた子どもの治療費を払わない人は世間にはいないだろうと思っていらっしゃる,善良な人なのかもしれない。加害者の名前くらいはきちんと確認して記録しておこうね。
 電話で結構遊ばせてもらった。世の中にはとんでもない奴がいるということを,ボクの電話からも学ばれたのではないかと思う。お役に立てたとすれば,望外の喜びである。失礼いたしました。

2007年3月16日(金)号泣の準備はできている
 卒業式シーズンである。いなばでは,高校も中学も終わって,今日は短大の卒業式や,幼稚園の多くが卒園式だった。職場の近くにある幼稚園へも,着飾った若いお母さんやお父さんが子どもの手を引いていく姿がたくさんあった。両親揃って参列されるおうちも多い。卒園式参列のために休暇を取るお父さんも増えているのだろう。ボクは,子ども達の幼稚園の入園式にも卒園式にも出たことがない。「男は仕事だ」という自衛隊勧誘のポスターのフレーズが刷り込まれていたのかも知れない。もったいないことをしたものである。こぼれたミルクはもう飲めない。
 卒園生が20名ちょっとという市内のある幼稚園では,『みんなみんなありがとう』という曲の合唱の途中で男の子が泣き始め,それにつられて園児全員がワンワンオンオンエーンエーンの号泣としゃくり上げながらの大合唱になったらしい。大声で全員が泣きながら歌っている光景は壮観。つられて,出席の皆さんの多くがもらい泣きをされていたとか。
 育てた側が涙ぐむというのは分かるけれど,号泣ができるという子ども達はすごいな。幼稚園児のころのボクは,別れのつらさなんて知らなかったような気がする。というより,卒園式の記憶さえない。大体,卒園しても地域の小学校でまた会えるし,寂しさなんて感じていなかったに違いない。号泣という言葉も,号泣の仕方も知らなかった。
 今の子ども達は,言葉の量や情報や感情も昔の子ども達より豊かなのだろう。幼稚園児も携帯電話を持たせてもらう時代である。そのうち,ブログを書いている幼稚園児なんていうのが登場してくるかもしれんな。今日は,彼女と別れるのがつらくて卒園式で号泣しちゃったぜ,とか。未来はキミ達のものでもある。

2007年3月15日(木)無為徒食
 今年2度目の送別会である。送別会がめでたいわけもないのだけれど,ご本人の収入の道は別におありなので,お気楽なメンバーとの和やかで楽しい宴会だった。「寿」もあるかもという声もあるし。思いの外盛り上がってしまい,連日の翌日帰宅である。眠い。
 桜吹雪の舞う中,酔っぱらったあなたと歩いた夜がいちばんの思い出かもしれない。5年間だけのお付き合いだったけれど,ありがとうござました。
 そんなわけで,毎日遅くまで起きているのと,声をかけたメンバーが少ないのでひとり当たりの負担金が大きいのがちょっときつかったりした送別会であった。
 ご飯は毎日食べているんだから,食べた分だけはろぐも毎日書いてみようと思ってろぐを書いているのだが,アルコールが入ると,書くことが思い浮かばない。食べるのと書くのは,同じ次元のことではないらしい。食べるように書くには,まだまだ修行が足りないようだ。
 今日は食事抜きにして,書くのも抜けばよかった。

2007年3月14日(水)たどりついたらみずたまり
 62回目の短歌会だった。師匠にところどころ反論を述べたりするメンバーの集まりは結構怖ろしいと思うのだが,誰だって怖いモノ見たさはあって,そんなところがつき合っていて面白いのだろうと勝手に思うことにした。これからもよろしくお願いいたしまする。
 そんな刺激的な短歌会から帰ったら,鈴木ヒロミツさんご逝去のニュースがあった。まだ60歳だとか。鈴木さんと言ったら,モップスである。モップス時代の,『朝まで待てない』と『たどりついたらいつも雨降り』はよく聴いた。後者はよしだたくろうさんの作品だが,ボクはモップスのGSバージョンというか,ロケンロール・バージョンが好き。
 マイクをまわされて断れなかった若いころ,カラオケで時々歌わせていただいたのを思い出す。ブリッジ部分の高いキーは声が出にくかったけれど。
 歌詞にあるほど若い日々が疲れ果てていたわけでもないし,いつもどしゃぶりの日々だったわけではない。それでも,「心の置き場をさがす」とか,「心の中に傘をさして裸足で歩いてる自分が見える」などというフレーズに共感を覚えていたころがあったのだなあと思い出した。若いころは,カッコつけたがっていたのだ。
 あいにくわが家にはたくろうさんのCDしかない。深夜に,『たどりついたらいつも雨降り』を聴きながら,モップスに黙祷した。考えてみれば,自分達のネーミングに,自虐的なモップスなどとつけるところにも共感する部分があったのかもしれない。
 「みずたまり」はどこまでいけるのだろう。

2007年3月13日(火)どうだい着陸
 高いところも飛行機も苦手なので,陸続きの国内の移動手段は,基本的に道路か線路である。JR利用でも,いなばを朝出発すれば,東京には午前中に着く。学生のころは,7時間以上かかったのだから,便利になったものだ。そんなに急いでどこへやらである。
 そんなわけで,ボクは大阪から高知へ飛行機で行くことがないので,今日の胴体着陸のような経験はできない。
 ネットでニュースを読んだ時は,同僚とよかったねえくらいしか話さなかったのだが,帰宅後のニュースを見て,ちょっと感動した。いい仕事をされていますなあ。タッチ・アンド・ゴーで前輪を出そうと試みられたり,胴体着陸時も,後輪だけで結構踏ん張って走られたり。
 緊急時対応のマニュアルはもちろん,トラブル対応を想定した日常の経験も積まれているのだろうが,映像を見ると,着陸までの流れがとても美しい。いざという時に当たり前の仕事ができる人というのは,普段からいい仕事をしていらっしゃるということである。素晴らしい着陸だった。
 飛行中に,客室乗務員を操縦席に座らせデジカメで記念撮影をしたというJALの機長さんと違い,無事に生還された皆さんがコックピットで記念写真を撮らせてくださいと申し込んでも,断られる機長さんなのだろう。
 何はともあれ,皆さんご無事でなによりである。

2007年3月12日(月)どなたのソナタ
 karaさんから,映画のお薦めがあった。『善き人のためのソナタ』というドイツ映画である。2007年アカデミー外国語映画賞受賞作品だ。渋谷まで見に行かれたらしい。東京でも上映館がひとつしかない映画である。いなばの映画館での上映はまず無理であろう。岡山へ行くか,DVDが発売されるまで待つしかない。いなかはつらいよ。
 冷戦下の旧東ドイツが舞台。反体制的思想をもつ疑いのある劇作家を監視したり盗聴する国家保安省の局員を通して,自由や愛を求める姿が描かれているようだ。
 内容は見てのお楽しみだが,善き人のためのソナタというのはどのような調べであるらん。わが家にある,数少ないソナタを聴いてみた。
 マリア・ジョアオ・ピリスさんが演奏されるモーツァルト・ソナタ全集は,キラキラコロコロと美しい。ブーニンさんのショパン・ピアノ・ソナタ第3番ロ短調は,力強く美しい。ヴァイオリンだって,庄司紗矢香さんのプロコフィエフのソナタも力強くてしなやかで美しい。ボクのような不善の輩でも,ソナタを聴くと気持ちが安らぐ。世の中に紡ぎ出された美しいメロディのおかげで,善がわずかに勝っている世界になっているのかもしれんな。音楽は偉大である。
 さて,今日の最後は,ピアノ・ソロということで,マッコイ・タイナーさんの『ECHOES OF A FRIEND』にしてみた。いやあ,重たくうるさい。落ち着くな。これで,元の不善な自分に戻ることができそうだ。

2007年3月11日(日)Don’t Look Bac
 今年2回目の告別式参列だった。開始5分前にホールに到着したのだけれど,駐車場が満車である。隣のパチンコ屋さんの駐車場に案内された。しかし,1階にも2階にも駐車できず,3階の駐車スペースにやっと駐めることが出来た。10時になるところだというのに,世の中には,「人生はギャンブルだ」という方が多いようである。
 受付を済ませ式場へ入ろうとしたら,すでに式場も一杯で,式場両サイドの和室控え室が開放されていた。結局,畳の上に正座で式に臨んだのだった。焼香も,数が多くて時間がかかるからだろう,香炉が回ってきて自分の席で済ませた。何にでも適正規模があると思うのだが,今日はちょっとオーバー・フロー気味の告別式である。おかげで,涙のオーバー・フローはなかった。
 訃報といえば,ボストンのボーカリストがお亡くなりになっていた。ボストンと聞いてまず思い浮かぶのが,ロック・バンドである。ティー・パーティやレッド・ソックスの松坂くんや美術館はそのあとだ。
 「ボストン」は,MIT卒業のトム・ショルツさんのバンドである。オーバー・ダビング等によるギター・オーケストレーションがその特徴だ。ギターでハモったりバトルがあったりの,聴きやすいプログレ風ポップ・ロックである。そんなわけで,ボーカリストのお名前がボクの引き出しにはインプットされていなかった。
 とりあえず,『Don't Look Back』というアルバムを聴いた。タイトル曲は,「振り返るな,新しい一日がはじまる」というフレーズでスタートする。とはいえ,告別式にすることは振り返ることしかないんだよね。ろぐを書くのも振り返ることだし。そういえば,一昨日に職場のことで相談を受けた若い同僚への発言もちょっと後悔している。
 ボクの場合は,振り返ることの多い人生である。

2007年3月10日(土)冬と春の間に
 東京大空襲のあった日だ。日が変わったすぐから32万発の焼夷弾がばらまかれ,2時間30分ほどの爆撃で10万人の被害者がでたというホロコーストである。平和を最優先する都知事が当選してほしいものだ。
 そんな3月10日の,日当たりの悪いわが家の庭のフキノトウである。花が咲いてしまっているので,食べ頃のものは,山の高いところへ上がらないといけないようだ。氷ノ山のスキー場辺りはどうだろうか。
 今年は,2月中旬から,テンプラやフキノトウ味噌で早い春を食べていたのだが,カニのシーズンがそろそろ終わるので,カニとフキノトウの入ったご飯をつれあいが食べさせてくれた。テレビの料理番組で仕入れたらしい。
 バターとサラダオイルで焼き付けたカニの身に塩を少々ふって取り出し,今度はフキノトウやネギのみじん切りを同じように炒め,ご飯に混ぜるだけ。バターを使っている割には,意外にさっぱりした冬と春のミックスご飯である。自己主張の強いフキノトウが入っているので,やや春が勝っている感じ。ごちそうさま。
 こんな贅沢のできる日がいつまでも続きますように。

2007年3月9日(金)茶々
 今日は中学校の卒業式だった。控え室で,久しぶりに昆布茶をいただいた。卒業をよろこんぶである。湯飲み茶碗の底に「寿」という文字があるので,底に書かれた文字かと思ったら,コンブで作られた「寿」の文字だった。形状記憶昆布というのがあるらしい。ボクは初体験だった。世の中には,色んな商品をお考えになる方がいらっしゃるようだ。
 そんなわけで,卒業生の歌う元気な合唱も良かったのだが,振り返ってみて,いちばん印象に残っているのが形状記憶昆布という一日だった。
 漢字1文字だけでなく,単語やメッセージが浮かび上がったりするものもあるのだろうか。「好き」とか,「つきあってください」とかがあれば,内気な人にはお助けグッズになるかも。「パス」とか「ごめん」というのも必要になりそうだけれど。
 そんな面白いお茶を考える人もいるというのに,ボクは,茶々をいれたりお茶を濁すくらいしかできない。ちょっとかなしい。

2007年3月8日(木)スペインで緑茶
 テレビからストリングスの『スペイン』が流れてきた。キリンのお茶のCMのBGMだ。いつ聴いてもどこで聴いても,誰が演奏しても良いメロディである。お茶のBGMに使われるというのは,何だかなあという気がしないでもないが,紹介されているお茶が良質そうなイメージになってしまうのは,曲に対するボクの思い込みが強いせいだろう。
 あの曲は何という曲ですか?というような問い合わせが局にあって,コリアさんの曲がよりポピュラーになっていくに違いない。うれしいような,寂しいような。まっ,ジャズの世界ではすでにスタンダード曲だと思うけれど。そういえば,以前,ニッサンもRTFの『What Game Shall We Play Today』を使っていらっしゃった。センスの良い企業は多い。
 リターン・トゥ・フォーエバーという,意味がよく分からなかったバンド名のレコードを買ったのは,大学生になったころである。江戸へ行ったロック小僧がジャズにのめり込めなくて,ちょうどロックとジャズのマージナル時代のころだった。プログレ育ちだったので,チック・コリアさんのエレピに抵抗がなく,1枚目の『ラ・フィエスタ』と,2枚目の『スペイン』がすっかり愛聴曲になった。
 今聴いても,古くささをまったく感じさせないアルバムだが,その当時,アコースティック・ジャズにはまっていたら,聴かず嫌いになっていたかもしれない作品である。危なかった。
 コリアさんは,今までに,エレピだけでなく,アコースティック・トリオはもちろん,ソロ・ピアノやオーケストラでも『スペイン』を演奏していらっしゃる。コンチェルトにするくらいだから,ご本人もお気に入りの1曲なのだろう。
 今晩は,淹れたての玄米茶を飲みながら,大胆なアレンジのコンチェルト・バージョンの『スペイン』を聴いている。
 しかし,お茶や水を買って飲む人がいるんだから,豊かで美しい国になったものである。所得の低いわが家のお茶は,昔から葉っぱで淹れることに決まっているのだった。

2007年3月7日(水)県民所得
 1人当たりの県民所得で,トップの東京と最下位の沖縄の差は257万円というニュースがあった。2004(H16)年度分の内閣府経済社会総合研究所の報告である。
 いなば界隈も沖縄とそう変わらないだろうと調べてみたら,東京は456万円で,沖縄は199万円。わが県は237万円だった。東京の半分ちょっとである。下から数えて11番目辺り。全国平均は298万円だ。県内総生産を見ると,ぶっちぎりの最下位である。もっと三洋電機の炊飯器を使おうね,皆さん。
 大体,企業の活動と人口とは密接な関わりがあるから,人口の少ない県が都市部に対抗できるわけもない。人も企業も少ないので地方税収入が減少し,生活が不便になって,人口はさらに流出するという負の連鎖の世界である。
 格差是正のためにどんな方策があるのか,今こそ経済学を学んでいる皆さんが活躍する時代であろう。オーウェンさんやマルクスさんやエンゲルスさんを超える方の登場を期待したい。
 さて,そんな経済的には弱者のいなばだが,都会にはない楽しいことやお金で買えないモノもあるに違いない。雪かきができるとか,軽自動車に乗れるとか,スタバがないとか,電車ではないので停電でも大丈夫とか,本屋さんに本が少ないので余計な出費がないとか,酒を飲んだら代行が使えるので終電を気にしなくてもいいとか,デートスポットが少ないのでラブホに行きやすいとか(知らんけど),新鮮な豆腐竹輪だって食べられる。いいところである。
 そんなわけで,いちばんの売りは不便であるということか。不便であるという贅沢の国いなば。贅沢は敵である。

2007年3月6日(火)啓蟄
 啓蟄だそうだが,珍しく終日の降雪だった。先週末にタイヤ交換をしたという同僚の若い女性が帰りの道路を心配していらっしゃったけれど,無事に帰られただろうか。タイミングを判断したり選択する力は大切ですなあ。慌てるとロクなことにならない質屋,ということを学習されたことだろう。
 昼過ぎに津ノ井あたりで見えた,雪で白くなった山は,八甲田山のような雰囲気が漂っていた。今期の営業を終えられたスキー場にはもうどうでもいい雪かも知れないが,春の川には豊かな雪解け水が相応しいし,水不足になっても困るので,明日も降っていいよ。このまま冬が終わってしまっては,スタッドレス・タイヤにした甲斐がないというものである。
 さて,浅野教授が立候補された。民主党が支援するとか。巨人ゴリアテをダビデが倒したという話があるが,現実的に考えると,巨人に勝てるのは中日や阪神やヤクルトくらいで,弱肉強食社会においては一般的に巨人は強い。どうせなら,女性が立候補された方が面白いと思うんだけどなあ。
 ところで,都知事といったら,ボクは美濃部さんからしか記憶にないのだが,その後,鈴木さんと青島さんと石原さんだから,意外に都知事は長期政権傾向のようだ。アメリカの大統領は最長8年までなのに。
 そういえば,昔,都知事選で敗退したNHKの磯村さんを担ぎ出したのは小沢さんだった。民主党の支援を受けて不安にならないだろうか,啓蟄の出馬表明浅野さん。
 か弱き虫のようなもの,などと巨人石原さんは思ったりしていないだろうな。何はともあれ,都民の皆さんの選択が楽しみである。ご健闘をどうぞ。

2007年3月5日(月)ひしひし
 湖山池のほとりで食べたのは鮒だけではなかった。箸休め?として湖山池産の「ひしの実」が出されていたのだった。つれあいは,見たのも食べたのも初めてらしい。
 ボクは昔,校舎の周りに堀がある中学校へ通っていて,帰りに堀のひしの実を採集しては生や塩茹でして食べていたので,すごく久しぶりのひしの実体験だった。
 栗に似た味や食感である。つれあいだけでなく,石がま漁見学に来ていた30代から40代あたりの女性はどなたもご存じなかった。何しろ,ボクが子どもの頃,コークはまだ売られていなくて,「渡辺のジュースの素」を飲んで大きくなったのである。学校帰りに自然のものを採集して食べていたなんて,戦後食糧難時代の端っこ育ちだったことを,ひしひしと感じた。
 形は,まきびしだ。というか,忍者は乾燥させたものを持ち歩き,逃げるときに撒いたのだから,まきびしそのものである。踏んでみると,靴下を履いていても結構痛い。ただし,車をパンクさせるだけの威力はなさそうだ。追っ手が履いていた藁草履などには効果があったのだろうか。
 万葉集には,「君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも」という柿本人麻呂さんの歌もあるらしい。ホワイト・デーのお返しに,ひしの実をプレゼントしたら喜んでもらえる時代がいつかくるといいのだけれど。

2007年3月4日(日)石がま漁
 春のような暖かさに誘われ,ふらふらとオープン・エアで湖山池をほぼ1周。三津の石がま漁を見に行った。
 味噌汁や刺身が振る舞われるというイベントに集まっていた人々は約70名である。多くのメディアが取材に来ていらっしゃったが,関心があまりないんだか,取材力が低いんだか,ポイントをおさえた主催者への質問が少ない。テレビで流されたり,活字になるとそれらしくなってしまうけれど,結構いい加減な取材なのであった。やまびこ館のOさんが可愛い,などというネタで盛り上がってちゃあだめだよ。
 そんなわけで,独自取材。地元の方にお聞きしたら,湖山池のまわりには,北岸を中心に80基ほどの石がまがあったそうだ。現在操業しているのは4基。それぞれ個人の所有である。鮒をさばいていたおばさんが,「今作ると,1つ1億円はかかるらしいでえ」などとアバウト情報を教えてくださる。
 寒い時期に,石がまで暖をとっている真鮒を追い込んで捕まえる,元禄の頃から行われてきたという漁法だ。全国でもこの辺りだけの珍しい漁法である。
 岸から数メートルのところに,大小の石を組み立てた石がまが設置されている。石がまの所々に空けられた「突き穴」に,長い松の棒を沖合側から皆で順に突き立て,岸側に作られた「胴函」というスペースに真鮒を追い込むという漁法である。突き穴に「かやり網」を差し込んで鮒を捕まえ,その動きを確認しながら追い込んでいくのであった。5時間前後棒を突き立て続けるらしい。時間もかかるし,腕が筋肉痛になりそうな漁法である。根性のないボクには無理。
 お昼前に刺身と味噌汁をいただいた。ナマズは,このフナまずっと言うとか。味噌汁は少し煮詰まっていたけれど,新鮮な材料だからだろう,バーナーで皮をあぶった子まぶしの刺身は,スーパーで買ったものより柔らかくてボクにはとても美味だった。ごちそうさま。
 ワナに追い込まれないよう,冬眠なんかせずに,あちこちにアジールを持っていた方が良さそうだ。フットワークは冬でも軽く。

2007年3月3日(土)買い物にでも
 先月いただいたチョコレートのお返しの準備をそろそろしておいた方がいいわよということで,それらしきお店に連れて行ってもらった。女性客が圧倒的に多い店だが,二人連れやひとりで物色している男性もいて,いよっご同業,勇気があるねえという感じである。
 実用的にするか,外すのを覚悟で受け狙いにいくか判断に迷うところだ。去年は,岡山まで行って買ったのに外したし。毎年おちゃらけるのもどうかと思い,今年は業務上のお役立ちツールにしてみた。楽しみにしていただきたい。
 その後,ついでにトイザらスにも寄った。おもちゃ屋さんへ行ったのはマーチのラジコン・プラモ購入以来だったが,豊富な商品に目移りしてしまい,購入する品物が決まらない。孫もいないのに,夫婦で1時間近く楽しんでしまったのだった。ドラムスのセットだって売ってあるんだもの。2980円。そんなものは,昔は子どものおもちゃにできなかっただろう。いいなあ,今の子ども達は。まっ,若いうちに才能のないことがわかるということでもあるが。
 店内にはアレンジされた『バードランド』が流れているというオシャレさである。子どもはもちろんだが,大人も楽しそうだった。桃の節句が国民の祝日になればもっと楽しいと思うけれど。

2007年3月2日(金)デモにでも
 昼過ぎに倉吉へ行く仕事があった。あまりにいい陽気なので,カブリオのトップを外して走ってみた。今年初めてのオープン・エア走行である。どれだけの道を走れば男として認めてもらえるだろう,などと今日は車で風に吹かれてみたのだった。温度は15度という表示だったけれど,トンネルで音楽が聴けなくなること以外は快適なドライブだった。さすがに帰りは開けないで走ったけれど。
 夕方は春闘の集会とデモ行進だった。1200人くらいは集まったのではないかという声があった。しかし,野外ステージで声明文などを読み上げる人達があまりに普通の読み上げ方なので,ボクのまわりにいた自治労の若者のおしゃべりの方がよく聞こえてきた。もっと盛り上がるようにすればいいと思うのだけれど,主催者に芸というか戦略がない感じ。選挙も大変だね,あれじゃあ。
 その後7時過ぎに,メインストリートを駅から県庁方面へ長いデモ行進をしたのだが,歩道を通るのは部活帰りの自転車の高校生がほとんどである。車を運転されていた方は迷惑に感じられたかもしれないし,デモの効果は薄そうである。歩く時間や方向なども考えた方がいいんじゃないのかな。
 風もないので,産別の旗は垂れ下がったままだった。デモでもやるかというような姿勢でたくさんの道を歩いても男になれないよ,とディランさんなら怒るかも。 

2007年3月1日(木)Blowin' in the wind
 マーティン・スコセッシ監督の最近の音楽映画は,2005年作品のボブ・ディランさんの『NO DIRECTION HOME』だ。DVDは2枚組で,本編208分,特典ライブ映像46分つきである。
 ディランさんの,デビューから1966年のバイク事故と復活コンサートまでが,アーカイブ映像や現在の本人へのインタビューなどを盛り込んで制作されている。メディアのくだらなさや,聴衆の我が儘さも描かれる。何しろ,音楽を聴いたことのない記者が質問をするのだ。「Tシャツの柄の意味は」とか,「メッセージがある歌と,ない歌は?」とか,「なぜ歌を歌うのか」などという問いは,どんな答えを期待しているのだろう。
 アコースティックからエレキ・ギターに持ち替えたディランさんは,聴衆からブーイングを浴びる。「インチキ」「くわせもの」「ゴミ」。ブーイングに耐えられないこともあれば,「優しさが人を殺すこともある」と前向きに考えることもある。ザ・バンドは,ディランさんを守る騎士団なのだ。
 気づいた時にはロック小僧だったボクは,フォーク・ミュージックにあまり興味がなく,ディランさんのレコードを高校時代に買うことがなかった。けれど,ジミ・ヘンさんやバーズなどの演奏によって,メッセージやメロディに馴染むようになったのだった。
 そんな遅れて来たディラン・ファンには,エレキ・ギターはまったく問題ないのだが,表現者が自分達の期待を裏切って新しいことをすると,アコースティックを期待しているフォーク・ファンは受容できなかったのだろう。カテゴライズによって世界を狭くしているのは,ジャズ・ファンに限ったことではないのである。
 新しいモノや異質なモノを受け容れようとしなければ世界は広がらない。「受容」は大切である。誰でも人は受容されたがっている,多分。ディランさんに縁がなかったり,食わず嫌いの方がご覧になれば世界が広がるはずである。映画では,チベットの僧の「自分を超える弟子のいない者は師ではない」という言葉も紹介されていた。チベット世界も深そうだ。
 今日は日の明るいうちから酔っぱらってあちこちの道を歩いた。♪どれだけの道を歩けば男として認めてもらえるのだろう。風に聞いてみよう。というようなフレーズを思い浮かべたスコセッシ監督の映画なのだった。何はともあれ,酔っぱらっても帰るおうちがあるのはありがたい。 

2007年2月28日(水)祝ご受賞
 アカデミー賞を受賞されたマーティン・スコセッシ監督や,その作品『タクシー・ドライバー』について天声人語が扱っていらっしゃったが,スコセッシさんといえば,ボクにはまず『ラスト・ワルツ』である。
 『ラスト・ワルツ』は,ザ・バンドの1776年の解散コンサートの映像化である。ドキュメンタリー系ライブ映画だ。ちょうど,アメリカへ行った年なので,親近感がある作品なのだった。
 スコセッシさんは,『ウッドストック』の撮影や編集にも関係していらっしゃったようで,ロケンロールの発展とともに成長された世代なのであろう。音楽関係の作品も多い。
 ザ・バンドというのは,ボブ・ディランさん等のバック・バンドをやっていたグループが独り立ちしたものである。そのバンドのラスト・ライブの撮影だから,誰が監督でも同じような映像かと思うのだが,映画の最初に,「THIS FILM SHOULD BE PLAYED LOUD!」という文字がでたり,演奏者のアップが多かったり,監督みずからがメンバーにインタビューをしたりで,ロック好きのスコセッシさんだから生まれた作品なのかもと思ったりもする。
 このライブには,ボブ・ディランさん等の超豪華ゲストが数多出演している。中でも,繰り返し見た演奏は,クラプトンさんの『Further On Up The Road』である。ザ・バンドのリーダーであるロビー・ロバートソンさんとのギター・バトルが凄い。顔は笑っているけれど,互いの自尊心をかけ目一杯のテクニックを相手にぶつけている様子が伝わってくる。この緊張感のある映像を見るだけでも『ラスト・ワルツ』は貴重だと思うのだが,DVDには,ジャム・セッションの特典映像(途中で音だけになる)があって,これもおいしい。
 ジョニ・ミッチェルさんもゲスト出演されているので,樹村みのりさんもきっとご愛聴DVDであろう。いい仕事をされていますなあ,スコセッシさん。ということで,多分,明日に続く。

2007年2月27日(火)アンチエイジング
 何の便りもない117のところに久しぶりに面会に行ってみた。家族だったら,「薄情者」とののしられるところである。雪が降らないので,ノーマルタイヤのカブリオにうつつを抜かしていた。ゴメンね。そんな117は,ドアも座席も窓ガラスも外され,やつれていた。それでもラインは美しいけれど。早く若返ってくれることを期待している。
 病院等の場合は,入院期間に応じて1日あたり算定できる診療報酬点数を減らす制度があって,長期入院は嫌われたと思うのだが,車の場合はないらしい。宿泊費用だけでも大変なことになりそうで怖い。歳を重ねると回復力も落ちるのである。社長によると,花見の頃までには何とか間に合うようにしますというお話なので,期待することにした。今年の開花が早くなっても間に合うだろうか。もしかして,朝顔の花見ではないよね。
 ところで,今日は全労済の方のお話をお聞きする機会があった。1軒の家に車が複数台ある場合の契約は,掛け金が5%前後割引になるらしい。わが家の車の任意保険は,お付き合いもあって,それぞれバラバラの損保会社との契約である。
 車は色々と見直せば経費を抑えることができそうだ。ちょっと反省。義理を欠いてでも,無駄な出費を抑えることを優先しようと思ったのだった。

2007年2月26日(月)消しゴム
 夕方,スーパー・マーケットに勤務していらっしゃる女性と話をしていたら,万引きが結構あって大変という話題になった。閉店間際に,高校生の男の子5人が空のスーパーの袋を持ってきてあれこれ詰めて逃げたとか,認知症らしきお年寄りは堂々と袋へ入れるのが習慣になってしまっているとか。大型店には万引きGメンが入っていらっしゃるが,地元資本のスーパーは対策が遅れているようだ。
 そういえば,今日のニュースにピック病で失職する人が増えているという記事があった。脳の前頭葉等の萎縮で感情のコントロールができなくなるのだとか。万引きも症状のひとつとして現れるのだそうだ。
 場の空気を読めなかったり,意欲が減退する。軽犯罪などの逸脱行為や,同じものを食べたり,同じ言葉を繰り返す。無口になったり語彙が少なくなったり等の症状が現れるらしい。平均発症年齢は49歳等とネットにある。年齢はもちろん,上げられている項目についての心当たりがいくつもある。
 最近,部屋を移動した時に,ここに何をしにきたんだっけ?ということも多くなった。フォルダの階層を移動している内に,何というファイルを探しているのだか分からなくなったりとか。もう一度部屋に入り直したり,フォルダを戻ったりして思い出すのであるが,何だか不安である。
 自分ではまだ大丈夫だと思っているのだけれど,頭の中の消しゴムは少しずつ大きくなってきているのだろう。ろぐに変なことや同じようなことを書くようになったり,掲示板の空気を読めないような書き込みをするようになったら,どなたか教えていただきたいものである。って,すでに変だろうか。
 歳を取るのが楽しみ,などという人間はウソつきだと思うな。

2007年2月25日(日)老後苦
 東京拘置所内の元暴力団組長の上申書によって発覚した保険金殺人で,被害者の妻や長女が起訴されたという報道が,10日ほど前にあった。ウオツカをラッパ飲みさせて殺したという事件だ。世の中,お年寄りを邪魔者扱いにしたり,お金を掠め取ろうと思っている人も多いのである。
 「新潮45」が数年前に火をつけ,明るみにでた事件のひとつだ。最近発売された,『凶悪』という読み捨て本に詳しい。死刑判決で上告中なのに,警察が把握していない新たな殺人事件に関与していたと上申するのだから,なかなか凄まじい。死刑まっしぐらに軌道修正してでも,道連れにしたい人がいるのである。
 告発された件の中心人物は,茨城県の某不動産ブローカーである。この不動産ブローカーの手口は,土地を持っていたり身寄りのないお年寄り等に接近し,土地をだまし売ったり,たとえば保険に加入させアルコール漬けで殺害するというような方法だ。『凶悪』では,12のケースの疑惑が報告されていたけれど,実際何人殺されたのかもよくわからないらしい。
 ここのところ減少傾向の離婚件数は,今年4月からの年金分割制度で増えるという予測もある。4月からひとり暮らしの老人が増えるということだ。介護施設等の順番待ちも多い。個人が介護ニッチのような仕事をはじめやすい状況になっているのではないだろうか。そのうち,老人情報収集を主な業務にするような怪しげな介護グループや組織ができるかもしれんなと思ったりした。
 土地があったり,高額保険に入っているお年寄りの,ひとり暮らしや音信不通やアルコール漬けは要注意の時代ということである。お年寄りの介護施設選びや個人情報の提供は慎重にした方がいいようだ。
 老後も気を抜けない鬱苦しい日本である。

2007年2月24日(土)Conversation
 高校時代の同級生が,家を新築したので遊びにおいでと誘ってくれた。古い家から,歩いて5分もかからないところに建てられた家だ。古い家は,レコードやCDや本でお客さんを部屋へ上げることができなくなったらしい。わが家と似たような状況である。ボクは別荘を建てることができないけれど。
 彼は,ご幼少の頃からバイオリンを弾いていたという,いいところのボンボンである。何しろ,趣味はクラシックである。今日はたっぷりクラシックを聴かせてもらった。
 5時間の滞在中に聴いた中では,モーツァルトのクラリネット5重奏曲が大変良かった。クラシックの中にもジャズがあった。インタープレイというか,コラボである。クラシックも,予定調和ばかりではなく,聴き手を裏切り切なさを表現するものもあるのだった。食わず嫌いはダメだね。
 彼は,クラシックばかりではなく,ジャズやポップスも聴いていて,ポール・サイモンさんの『LOVE』という曲も聴かせてくれた。知らない曲だったけれど,とても美しい曲だった。0時を過ぎて帰ってから,急いでアマゾンに注文しておいた。
 自分の言葉とは違う言葉をしゃべる友人は大切である,とあらためて感じたのだった。ああ,別荘がほしい。

2007年2月23日(金)so long
 本格的送別会シーズンにはまだ早いけれど,暖冬で気温も高いしということで早めの送別会を開いた。というのは冗談。来週からは出勤されない方なので,今日しかできなかったのである。今年度第1号の,季節はずれの送別会である。
 そんなわけで,通常の送別会ではない。定年退職ではないから,ちょっとつらい別れである。幹事長をさせてもらったのだが,テーブル数は5つになって,思いの外たくさんの方に集まっていただいた。ありがとうございました。
 今までの例に違わず,勤続10数年で辞める人は,大概挨拶でつまる。最初から10年くらいで転職しようと考えている人や,よっぽど職場の空気が悪いのでなければ,10年くらいの勤務というのは中途半端な年数で,満足感や達成感が足りないのであろう。本人の涙に誘われ,参加者の皆さんがもらい泣きをする送別会だった。
 幸い,次の職場が決まっているのであるが,最初に出会ったメンバーのことを時々は思い出してもらえるとうれしい。ボク達はあなたにとても感謝しているよ。お疲れさまでした。
 30年近く勤務しているボクなら,もっとあっさりお別れできると思うけれど。

2007年2月22日(木)Welcome
 黒川紀章さんが立候補されるとか。まだご健在だったんですねえ。ボクが学生だった頃,黒川さんの建築都市設計事務所は青山にあった。当時,オールナイトでやれば24000円になるというような東名高速の交通量調査や,設計図の青焼きを届けるというようなバイトに顔を出していたような記憶がある。すでにそのころから有名な方だったが,文系のボクはほとんど関心がなくて,ただの通りすがりだったけれど。
 石原さんと似たような偏りの方だと思っていたのに,思うことがおありのようだ。選挙に大きな変化はないような気もするけれど,立候補者が乱立して面白い選挙になることを期待している。今の東京って,怖いと思うんだけどな。東京都から懲戒処分を受けた,君が代伴奏拒否の先生の処分取り消し訴訟は敗訴の方向だとか。東京だけでなく,司法のバランス加減も心配した方がいいかも知れない。
 さてそんな今日,お友達に2番目の赤ちゃんが誕生した。女の子だそうだ。ようこそ,ようこそ。ウェルカム・アワ・ワールドである。お兄ちゃんが,育休を取っているパパに甘えて大変らしい。だよね。今まで一人っ子だったのにね。家族の形が少しずつ変わっていくのである,つらいけれど。もちろん,楽しいことも増える。
 わが家は,そんなキミのために,お兄さんになったお祝いを届けに行くからね。
 わが家の子どもと同じ誕生日に生まれた女の子が幸せになりますように。

2007年2月21日(水)求む救援
 そんなわけで,今日は,同僚から借りた『LOST』のDVD12枚の内,一気に4話まで見た。遭難4日目である。『24』よりテンポは遅くて,『チャングム』より速い。ちょうどよいスピード感覚である。
 シドニーからLAへ向かった飛行機が,わけのわからない島に墜落し,そこでサバイバルが繰り広げられるという筋立てである。熊が出たり,イノシシが死体を食べに来たりする島のようだ。
 生存した人達の,島での協力や対立とともに,それぞれの過去が描かれるという仕組みである。細かい突っ込みどころはあるけれど,見始めると,『24』などのTVシリーズと同じように,止めどころが難しい。
 優しそうな人もいる。しかし,『24』のように騙しが盛り込まれているかも知れない。気が抜けない。性格の悪い人も多いというのが,アメリカ・ドラマで学んだことのひとつである。
 ところで,今回借りたのは「シーズン1」の12枚である。すでに「シーズン3」も放映されているらしい。12枚全部を見ても,結末が分からないということである。生存者48名の過去を,全部紹介するんじゃないだろうな。
 自分の時間をLOSTしているのかもしれない。遭難しているのは,テレビの前の自分のような気がしてきた。

2007年2月20日(火)強化月間
 karaさんに紹介してもらった映画,『イノセント・ボイス”12歳の戦場”』を見た。1980年に始まったエルサルバドルの内戦を,子ども達の視点で描いた作品である。
 エルサルバドルでは,12歳になると男の子は政府軍の兵士として徴兵されたらしい。イラクやナチスの少年兵に限らず,十字軍やオスマントルコのイェニチェリなど,いつでもどこでも子ども達が戦争に組み込まれていく例はすぐに思い浮かぶが,日本の小6や中1が銃を持つのかと思うと,ちょっと怖い。
 子ども達が主役なので,戦闘シーンばかりではなく,自動車の運転をまねて遊んだり,屋根の上でキスをしたりと,子どもの日常も普通に描かれる。兵士が村に来れば,隠れる場所は屋根の上だ。
 11歳の主人公は,世の中の不条理を理解するには幼すぎるし,ものごとがよく分かっていないところもあって,危なっかしい。とはいえ,演技をしているのか素なのかよくわからないくらい,上手なスクリーン・プレイだ。不条理な死が日常にある場所では,生きているというのは本当に奇跡的な存在である。現在のエルサルバドルに平和が訪れていることを願うばかりだ。
 ところで,今日は『LOST』を貸してくださる同僚がいた。『ラブレター』はまだ1巻目しか見ていない。8巻目で挫折した第二のチャングムになりそうである。アマゾンからは本とCDが届いていて,本とCDとDVDがかなり溜まってきている。気合いを入れてそれらを楽しむ強化月間を作った方がよさそうだ。

2007年2月19日(月)シャバダバダ
 昼休憩に窓の外を見ていた同僚が,「あいつ出てきたんだあ」と声を挙げた。何かと思えば,お勤め帰りの方がメインストリートの歩道を歩かれているのだそうだ。あやめたりおくすりご使用による特別勤務が数回というような独り言が聞こえてきたような気がするが,聞き間違いだったかもしれない。最近,目も耳も性能が劣化している。
 外見で人を判断してはいけないが,ボクは外見で判断することも多々ある。窓ガラスの向こうを歩いていらっしゃる方とは,できたら深い関係はスルーするようにというのがボクの小さな脳の命令だった。目が怖そう。君子危うきこと山のごとし。
 同僚は,豊かな職業経験がおありだ。拳銃を撃ったりとか。豊かすぎて,ボクよりはるかに人から恨みを買っていることもあるらしく,街で遭遇したくない方も数名いらっしゃるのだとか。街を歩くときはそれなりに注意されているようだ。豊かだから危ないこともあるらしい。まったく,危険な関係のブルース・リーであるね,キミは。
 そんなわけで,当たり前の話であるが,歩道を歩いている人の中には,危ない過去があったり,これから危ない物語を作っていく方もいらっしゃるのであった。歩いていて注意しなくてはいけないのは車だけではないのである。
 歩道を風切って歩くのはほどほどに。

2007年2月18日(日)平和な時代の諍い
 ご近所の皆さんがお集まりになって,ゴミについての会議が開かれた。ゴミ・ステーションの清掃について,ステーション提供家庭も輪番制の清掃をすべきだというご提案があったらしい。業務は平等にということのようだ。他の地域の皆さんはどのようにされているのだろう。
 委任状を提出して欠席されている,可燃ゴミと不燃ゴミの2軒のステーションの方の事前調査では,清掃の輪番に加わってもいいですよということだったようだ。ご近所の空気を読まれたのだろうか。そんなわけで,提案通りになりそうだった。そんな時に,右手が勝手に手を挙げてしまい,あえて反対意見を出すことになってしまった。硫黄島の映像を見た影響が身体のどこかに残っていたのかもしれない。
 わが家はステーションではないけれど,自分の家の角がゴミ・ステーションという方には,それなりの思いがおありだろう。平等性や公平性を主張されるよりも,そんな言いにくい思いへの共感も必要である。
 ステーションだけど清掃はやりますよという方がいて,そのお気持ちはありがたいですが,置かせてもらっているのだから清掃はわたし達がやりますよという地域のメンバーがいてもいいのではないか。そんなことを考えながら暮らした方が,地域の皆さんの関係性がよくなると思うのである。もちろん,高齢だったり,仕事の事情でゴミ・ステーションの清掃ができないご家庭もはずしてあげればよい。
 深く考えずに思いつきで発言していたら,決まりそうだった「ご提案」がひっくり返って,廃案になった。ボクのせいではないんです。恨むんだったら,右手を恨んでください。
 地域の平和につながったのだろうか。

2007年2月17日(土)平和への手紙
 『硫黄島からの手紙』を見た。土曜の午後の館内は50人ほどの入りである。年配の方が多い。例外的に,ボクの前の席に,学生服2名とセーラー服1名。グループ交際かい。
 戦争を経験された方は,戦争はあんなもんじゃないと言われそうだが,もったいをつけたスローモーションやセンチメンタルに泣かせようとしたりせず,抑えめの色遣いでクールな表現に若干のリアリティを感じた。
 しかし,全編ほぼ日本語の映画がアメリカ製って,どうよ。昨今の邦画の興行収入はいいらしいし,面白いものもある。けれど,TV局とタイアップの娯楽作も多かったりする。こんな戦争映画こそ,日本人が作っておかないといけないんじゃないのかな。
 前の席の学生服は,終わってから聞いたら高校生だった。高校生は,3名一緒に入ると,「友情プライス」でひとり1000円になるらしい。女の子は,終盤はほとんど頭が下向きで,視野に入っていたのは自分の膝だったのではないかと思われる。「戦争」が少し具体的になったのだろう。上映前は,おれらちょっと場違いだったかもと言っていたけれど,キミ達こそ見る映画だよね。
 『明日に向かって撃て』や『イージー・ライダー』や『おさな妻』を見ていたボクの高校時代と変わらないくらい,豊かな一日だったと思うな。アメリカ人に太平洋戦争を教えてもらうというのは,ちょっと悲しいような気もするけれど。
 それにしても,マカロニ・ウエスタンから,『ダーティー・ハリー』や『バード』や『許されざる者』などを経て,クリント・イーストウッドさんは人間の描き方が上手になられましたなあ。平和を作ったり維持するというのは,たとえば家族に手紙を書いたり,こんな映画を作ったり見たりするということなんだろうなと思ったのだった。

2007年2月16日(金)酔生虫
 1月26日の労福協と27日の旗開きで飲んで以来,毎週末に業務的酒飲み会が続いている。帰りが遅くなるので「ろぐ」の大敵である。今日はたった7名の会合だったのだが,女性が5名で男は2名なので,男2人は押され気味の時間を過ごした。
 皆さんご結婚されている,戦後昭和ふたけた生まれである。ボクと同世代じゃん,と思いこんでいるのはボクだけで,女性はもう少し細かい分類をしてよとおっしゃる。そんなボクより若い皆さんのおうちの今晩のご飯は,パートナーにお任せらしい。男は料理くらいできないと,おうちにおいてもらえないのである。「新婚さんいらっしゃい」だけでなく,現代日本社会の変化の状況をこんなところからもうかがい知ることができた。
 残念ながら,われわれ男二人は料理が得意分野ではない。隣の男性は,趣味がアイロンかけということで勘弁してもらい,ボクは皿洗いが趣味ということで笑って許していただいた。男もつらいよ。
 ところで,二次会に行こうと思い「酔族館」さんの前を通ったのだが,表の看板が暗い。マスターはお元気なのだろうか。そんなわけで,別のお店に寄らせていただきました。失礼しました。
 来週の金曜日もお酒を飲む会が入っている。こんな酔生な虫けら状態で今年の冬が過ぎていくらしい。

2007年2月15日(木)よっこらショコラ
 こってりまったりのベイクド・チーズケーキが好きなオヤジのために,娘が,「楽天市場グルメランキング1位」というお店の「ワイルドチーズケーキ」を送ってきてくれた。使っているチーズがすごい。ブルーチーズである。ゴルゴンゾーラの辛口ピカンテをブレンドしてあるのだとか。香りとあと口は,今まで経験したことがないような風味である。何しろ,食べた後にコーヒーをすすると,青カビの香りが口の中に広がる美味しさである。どれくらいかというと,40mm×100mm×15mmの大きさなのに,ひとりでは1個が食べきれないくらいの凄さである。楽天というのは,なかなか奥が深そうだ。君子危うきに近寄り難し学成り難し。
 口直しのチョコを食べたついでに,久しぶりに『ショコラ』を見ることにした。ジプシー・ギターも聴きたかったし。「カカオは人の心を開ける」というようなフレーズが出てきて,チョコで人を変えるというか,受け容れたり認めることによって人が変わっていくという映画である,と思われる。
 ストレスが溜まり心が狭小になっているかもという時とか,ちょっと新しいことをやってみようかよっこらしょというような時に見ると,弾みがつきそうだ。
 美しい音楽と美味しい食べ物があって,面白い話をしてくれる人が近くにいると,人生はきっと楽しいに違いない。

2007年2月14日(水)チョコっと
 ことしもそんな日がやってきていた。去年,「いかチョコレッドペッパー」と,「いかチョコカレー」でホワイティにはずしたと思っているので,今年はないだろうと安心していたのである。しかし,皆さんホント義理堅い。そんなに今年も「いかチョコカレー」が食べたいのだろうか。ル・コルドン・ブルーやロイヤル・ホテルのチョコを用意されなくても,ボクは不二家のミルキーチョコレートで十分である。
 ということで,こんな時にしか聴かないチェット・ベイカーさんのアルバムをかけた。トランペットはさておき,根性のないボーカルである。あまりの腰の弱さにうっとり惚れてしまいそうだ。若かりし頃であれば,本命のお返しに,チェットさんの『シングス』とか,『まいふぁにばれんたいん』でも付け合わせにして贈りたいところである。
 ラブ・ハラスメントだとか,チョコレート会社に乗せられてというようなご批判もおありの昨今だ。何で女が先やねん,男の方が先に持っておいで,という女性もいらっしゃることだろう。大体,「新婚さんいらっしゃい」を見ていると,最近は女性の方が狙った男を落としているぞ。今更,女性が告白する日なんていらないんじゃないかな。
 そのうち形が変わったり,なくなるかも知れない習慣である。けれど,せっかく準備してくださった女性に,「チョコ会社に踊らされちゃあダメだよ」とか,「もらえない人のことを考え,受け取りを拒否します」とか,「そんな大きな箱じゃなくて,ちょこっとでいいです」などと,明日からの勤務がしんどくなるようなことを言うのもフーリッシュ・ハートだ。
 明後日と来年があるかどうか分からない我が身である。満面の笑みで「ありがとう」と言い,ありがたくいただいたのだった。ホント,ありがとね。

2007年2月13日(火)おせっかい
 若田さんという宇宙飛行士さんが,また宇宙へ行くのだそうだ。ボクは高いところが苦手で,歩道橋から下を見るのも嫌いである。それに加え,宇宙では,車も運転できないし,うどんも食べられないし,皿洗いだってできない。そんな不自由な生活を3か月も送って何が楽しいのか,凡人にはまったく理解できない。せめて音楽くらいは聴くことができるのだろうか。
 ということで,つらい宇宙船に音楽CDを持っていくとするとどのアルバムを持っていくだろうと考えてみた。ネタのない日は,宇宙船ジャズ&ロックである。って,まっiPodなんだろうけれど。
 とりあえず外せないのが『MEDDLE』である。最初見たときは,何が何だかさっぱり分からないジャケットだったが,多分,人生でいちばん数多く聴いた愛着のある最高のアルバムだ。といっても,聴いたのはほとんどB面ばかりである。CDだと6曲目。『ECHOES』という曲だ。ピンク・フロイドの1971年の作品である。
 「誰もボクに子守歌を歌ってくれない」という抽象的な歌詞が最初と最後にはいるだけで,23分間の大半は,コズミックな鳥肌の立つ演奏である。闇夜というか宇宙を貫いていくようなギルモアさんのギターは鋭くて切ない。目をつむって聴くと涙が流れることもある。音楽で小宇宙を作り出すこともできるのだ。
 宇宙船にはとても乗ることができないので,ボクはこの曲で宇宙にいるような気分を感じさせてもらうことにする。

2007年2月12日(月)いつか奇跡が
 今日は久しぶりの短歌会だった。たくさんの参加者が集まりましたなあ。
 そんな会が始まる前に,ボクは伊坂幸太郎さんの『フィッシュストーリー』を読んで時間をつぶしていた。伊坂さんの作品に出てくる脇役の皆さんが活躍する作品だ。妄想が詰まっている。
 伊坂さんは1971年生まれである。若い。その割に作品数は多い。最初の出会いは,『ラッシュライフ』だ。『ラッシュライフ』というタイトルを目にして,素通りするわけにはいかないのである。『ワルツ・フォー・デビー』という小説があったら無視できないのと同じように。だって,ジョン・コルトレーンさんのプレスティッジ時代の作品のタイトルなのである。
 そんな伊坂さんの『フィッシュストーリー』という短編集のタイトル作は,つながりとか関係性をテーマにした作品だ。誰かの作品や行動が他者へ影響を与えていたり,奇跡を起こすかもしれないというお話である。『チルドレン』という作品の中では,「子供のことを英語でチャイルドと言うけれど,複数になるとチャイルズじゃなくて,チルドレンだろ。別物になるんだよ」というようなフレーズもあった。関わりによって,人は本人が思いもしない段階へ行くのだ。たとえば,今日の短歌に誰かが勇気づけられたり,本人が考えていた以上の新たな作品が生まれてきたり。
 ということで,今日参加された皆さんの一首一首が他者へ何らかの影響を与え,それが奇蹟への序章になるといいなあ,などと思ったりしたのだった。

2007年2月11日(日)宝探し
 サイモン&ガーファンクルの,1964年のデビュー・アルバムをタイトルにした小説がある。蓮見圭一さんの『水曜の朝、午前三時』である。1970年に開催された万博のコンパニオンになった,「人生は宝探し」という女性が語り部の恋愛小説である。万博会場そばの駅のベンチで一晩を過ごしたこともあるので懐かしく読んだけれど,当時のボクは,そんな(どんなんやねん)恋に落ちた時に毅然とできたかどうか少し自信がない。
 というようなことはさておき,主人公は,ボブ・ディランやフランク・ザッパやジャニス・ジョプリンを聴くのであるが,タイトル曲を歌っているS&Gについては一切触れられない。タイトルがつけられた理由も,そんなことかよという理由である。
 S&Gの『水曜の朝、午前三時』は,強盗をしてしまった男が,眠っている恋人を見つめながら別れの朝を迎えようとしている歌である。小説の内容とはあまり関係ないけれど,ことのほかふたりのハーモニーは美しい。歌詞とともに切なさが伝わってくる。そんなところは小説と通底しているのかもしれない。
 1970年頃は,電気で増幅されたり歪められた音楽を好んでいたのだが,アコースティック・ギターでもロックになるということを学んだのは,S&Gの『サウンド・オブ・サイレンス』だった。当時は,ドーナツ盤しか買うことが出来なかったので,デビュー・アルバムを聴いたのは随分あとになってからだった。あのころの音楽は宝の山だった。
 さて,まだボクには探す宝が残っているのだろうか。

2007年2月10日(土)マントラ
 今日もお酒を飲む会だった。たとえば,県会議員選挙立候補予定者の方とか。今春の県議立候補予定者は,定員プラス1名か2名くらいという予想のようである。選挙はすでに本番らしい。少数激戦というか,面白味は薄そうである。知事選も出来レースで,面白そうなのは参議院選挙くらいか。
 ということで,今日は弥生町をあちこちフラフラ歩いていたのであった。久しぶりに酔族館さんにも寄らせてもらった。新譜情報チェック。さすが酔族館のマスターは,最新のアルバムも昔のアルバムにもお詳しい。
 Austin peraltaの2枚目のアルバム『Mantra』などを聴かせてもらった。サックスとバイブ入りのクインテットである。ペラルタくんのピアノだけでなく,バイブやドラムスなどがとても元気がよい。15歳デビューで,今年17歳である。怖ろしいことである。
 お借りして帰った1970年代の福居良さんのピアノ・バラードは,やや堅めのピアノの音だけれど,まろやかで,ぬくい。今日は,そんなピアノを聴きながら眠ることにしました。

2007年2月9日(金)サムライカアサン
 わが家で最近ヒットしたコミックに,板羽皆さんの『サムライカアサン』がある。まったりこってり熱くてクサイお母さん(名前はよい子)と,タバコくさくてベッド下にエロい雑誌があって,「ババアうざい」と母親に言う,とても優しい高校生の息子たけしくんのお話だ。
 家族のきずなを味わうため,お母さんは家で冷たい弁当を食べる。たけしくんの弁当のおかずを忘れることもあるけれど。そんなお母さんは,何が食べたいとたけしくんに聞き,ステーキと答えたたけしくんのために肉屋へ走る。そして出来たのは野菜炒めのようなものだったりする。聞いてもそれが出てくるとは限らないのだ。人生は何が起こるかわからないということを教えるために,たけしくんにストラップをかけるのである。パワフルだ。吊り橋をたたいて渡るサムライである。
 「存在」や「認める」ということも若い時には考えていたお母さんの,ベタな愛情や優しさが溢れているお話だ。そんなわかりやすい愛の方が他者へ伝染しやすいのかも知れない。お母さんの弁当を食べて大きくなったたけしくんは反抗期なのにとても優しい。
 いなばの学校では,ノロウィルスの影響で,給食の代わりに弁当持参の日があったようだ。作る側食べる側それぞれに,物語が生まれたことだろう。他人が作った昼食ばかりでなく,家族の作ってくれた弁当を食べることも人生には大事である。

2007年2月8日(木)あとはおぼろ
 PC用の椅子に座って首筋指圧グッズを使っていたら,「顔がどよんとして輪郭がおぼろになったわよ」と言われた。顔にしまりがなくなったそうだ。指圧グッズがあまりに気持ちが良かったので,油断していた。よだれを垂らす寸前であった。それにしても,おぼろ豆腐と一緒かよ。ひどいな。
 そんなに変わっていないだろと言いつつ,PCに入っている30年前の証明写真を出してみたら,鏡の中の今の自分と比べると,昔は結構シャープである。お腹の脂肪のことばかり考えていたけれど,顔の運動もした方がいいようだ。
 そういえば,入院中の同僚のお見舞いに行かないとねと話していたら,20代女性が,「職場の人に見舞いに来られるって嫌ですよねえ。」とおっしゃる。「だって,ノーメイクですよ。で,お風呂にだって毎日入っていないんですよ。」だそうだ。とりわけ,ライバルだと思っている同僚なんかには見られたくないのかも知れない。
 考えてみると,病室でさえない状態になっている時に,見舞いに来てほしいと思う人こそが,その人にとってのいちばん大切な人ということなのだろう。弱みを見せることのできる人がいることは幸せなことに違いない。
 弱みを握られすぎているのはつらいけれど。

2007年2月7日(水)まんじゅうとすしを
 こんなDVDを買っていいのかどうかよくわからないのだが,買ってしまった。溝口健二監督の映画8本セットである。黒澤さんや小津さんの作品はレンタルで簡単に見ることができるけれど,溝口監督の作品はなかなかDVD化されなかったし,されても高価である。行きつけのレンタル屋さんには置いてないし。
 ということで,オークションで購入である。8本セットなのに2000円でお釣りのくる安さ。ただし,中国製である。黒澤さんなどの中国版も以前から売られていた。画質が悪いという評判だったので避けていたのだが,溝口作品のあまりの安さに手を出してしまったのである。何も知らない善意の第三者ですので,そこのところよろしく。
 落札後に届いた出品者からのメールは,何という言葉に反応したのか,わが家のソフトではスパムに分類されるという怪しさだ。それでも,振り込み後,5日で中国から到着した。元々,現地では90元(1350円程度)前後で売られているセットらしい。
 『祇園囃子』と『山椒大夫』を立て続けに見た。思ったより画質はよくて,音声もはっきりしている。溝口さんの作品は,徹底したワンシーン・ワンカット手法である。長まわしや,クレーン・ショットをたっぷり楽しむことができる。モノクロの画面は水墨画のように美しい。女性の献身によって,男や兄が助けられるという,溝口さんの男女観が現れている映画だ。
 『己を責めても人には情けをかけよ。人は等しくこの世に生まれてきたものだ。幸せに隔てがあっていいはずはない』という,厨子王のお父さんのフレーズを忘れずに生きていると,世間の皆さんから責められたり,姉弟喧嘩で殺し合うような人生にはならないのにな。50年以上前の作品とは思えない,とてもいい映画だ。とりあえず,ボクにとっては中国あればこそである。

2007年2月6日(火)あ,あむすめろん
 いなばの本屋さんも頑張っていらっしゃった。昨日注文した,『ああ娘』がもう届いていた。1500円以下の商品1冊だけなのに。アマゾンより速くて,サービスがよい。おせわさま。
 表紙がむき出しで置いてあったので,同僚女性に,机の上に西原さんがありましたねえなどとおちょくられたのが残念である。
 何日もかかって牛乳パックにおしっこをため,つまずいて部屋にぶちまけるという男の子の途方もないアホさ加減に比べると,女の子は賢い。字が読めないのに場の空気を読むのは速いらしい。塾の模擬面接で,お父さまのどんなところが好きと聞かれて,「おちんちんのあるところ」と答えたり,首がすわった頃からイケメン好きだったりというネタがつまっているけれど,『ああ息子』の方が笑えた。女の子はちいさい頃からちょっと賢すぎるのかも。
 残念ながら,紹介できるような面白い娘ネタがわが家にはない。ということにしておく。

2007年2月5日(月)ほんのきもち
 いつもの本屋さんが,定期購読の「rockin'on」などの雑誌とともに,伊坂さんなどのお薦めの単行本を持ってきてくださった。さすがボクの好みを押さえていらっしゃるのだが,残念,どれも最近アマゾンで入手済みなのでしたよ。ごめんね。
 最近,外商部さんにメールで注文するのが面倒なので,ついついアマゾンやビーケーワンでチェックしたり注文してしまうことが多い。
 アマゾンは月間1万円利用だと500円のギフト券をくれるし,ビーケーワンは一度に1万円の買い物だと1000円分のギフト券をくれる。
 自宅まで重たい本を届けてもらい,お次の買い物にこれを使ってねということになると,ずるずると,腐れ縁の下の金なし力なしである。交通費だってかからないし。地方の本屋さんやCD屋さんは,今までのやり方では利益を上げるのは大変だろうなあ。ビレッジ・バンガードのような本屋さんがいなばにもできると面白そうだけれど。
 ということで,せっかくの心配りに対し申し訳ないので,おわびに西原さんの『ああ娘』を届けてもらうことにした。わが家の娘達用に。

2007年2月4日(日)USA晴らし
 本田竹広さんの9社合同一周忌追悼キャンペーンで,30枚近いアルバムが発売されている。その中に,『ライブ・アット鹿児島USA』という,1974年録音の未発表音源2枚が含まれていて,vol.2には大好きな『サラーム・サラーム』が収録されている。聴いてみたい。注文しようとしたのだが,発売元はインディーズである。悪い予感。
 とりあえず,いなばのCD屋さん2軒に問い合わせしたら,予想通り,お取り寄せできませんという回答である。なんで,国内で発売されるCDがいなばでは入手できないんですの。
 仕方がないので,発売元へアクセスした。西荻のアケタズディスクさんである。送料は300円。「お振り込み後、郵便局から小社へ通知がきます(通常2〜3日)。振込を確認後、7日以内に郵便小包でお届けできるよう発送いたします」というメールが来て,お言葉通り1週間後に到着した。冷凍物を待たせてサービスするファミレスもあるやに聞いたことがあるが,音楽も待つことによって,美味しさが増幅するのかもしれない。どうでもいいけど,アマゾンはえらいね。
 お値段は,1枚2500円である。このライブは同日の録音なので,2枚とも買う人が多いのではないかと思うのだけれど,2枚組で4000円などとしないところが,お上手な商売である。
 などと,ぼやきの連続であるが,なぜかというと,『サラーム・サラーム』が11分ほどで突然フェイド・アウトだったからである。バラードならいざ知らず,打製石器ジャズですぜ。雑誌もHPもライナーも,マイナス情報はアナウンスしない。33年前のライブは,とても力強くて貴重な演奏だと思うが,曲としては中途半端である。
 結局,イースト・ウィンド盤『サラーム・サラーム』を聴かないと気分が晴れないのだった。

2007年2月3日(土)ジャズ楽
 メディアが片目をつぶる業界はたくさんあると思うのだが,社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)というところにも,何だか甘いような気がする。
 昨年,ビートルズの曲を演奏していた73歳のスナック経営者が著作権法違反で捕まったという事件があったけれど,そんなことで手錠までかけられるんですかい。催促への対応がよくなかったり,あまりにもメジャーなビートルズの曲というところもいけなかったのかもしれない。判決は執行猶予付きの懲役10か月である。楽譜で著作権料を取って,生演奏でもさらにお金を取り立てるというのは阿漕な商売のように思えるんだけどな。
 先月,大阪地裁で判決の出た和歌山のレストランの場合は,「将来的にも著作権侵害行為を続ける恐れがある」とかで,ピアノの撤去や190万円の支払いが命じられていた。横浜のジャス喫茶「エアジン」のマスターなどとご一緒にJASRACに抵抗していらっしゃる方だから,潰しておこうということだろうか。「将来的にへたを打つ恐れ」はボクにも色々ありそうで,怖い。将来を占って,刑を重くしないでほしいな。
 JASRACの2005年度の徴収額は1135億円だとか。文科省系などの皆さんの天下り先になっているらしい。組織図を見ると,理事や評議員がたくさんいて,部や課も多い。本来の著作権者へ分配されるべきお金が,大量に人件費としてピンハネされているのだろう。
 ジャズの流れるお店に憧れている者には,年間80万円超の著作権料は途方もない高額である。根本解決にはならないけれど,とりあえず,JASRACに登録されていない曲や,JASRACと管理契約を結んでいない輸入盤を集めておいた方がいいようだ。

2007年2月2日(金)ストック
 もう2月なのだが,業務が一区切りついたので,今日は反省会兼慰労会兼新年会だった。で,パソコン話。これまでで最も安全なWindowsだというVistaのセキュリティや使い勝手はどうなのだろう。世界のお金持ちはビル・ゲイツさんだが,日本はどうなっているのかという話題になった。
 調べてみたら,2006年のフォーブス誌による資産上位は,武富士,SANKYO,サントリー,森トラスト,新日本観光,ファーストリテイリングの関係者の方という順番だった。アイフルとかプロミスとかアコムなどの関係者の皆さんもお金持ちだ。
 武富士関係者の方の資産は54億ドル。
 残りの人生,毎日1億円使えば何とか使い切れそうだ。パチンコで,一日1億円損をするのは簡単だろうか。カジノに行った方がいいんだろうなあ。使っても使い切れないお金があるのに,まだお金を稼ぐ人生というのは何なんだろう。
 亡くなった時に,稼いだお金を丁度使い切ったということはまれだ。ストックがマイナスだとつらい老後になりそうだ。亡くなった後にも,少しお金が余っているくらいが丁度いいのだろう。という話になって,もう少し働かないといけないらしい。そんな,酔えない夜だった。

2007年2月1日(木)Today
 今日は団体交渉だった。勤務時間が過ぎてから交渉に入り,2時間後に1階に降りたら,地面は真っ白。5センチほどの積雪だ。雪は,深々と音を立てずにというか,黙々と積もるのであるなあと,改めて感じたのだった。
 雪が降らないことぐらいしか良いことがなかった最近だが,それにも見放されたようだ。
 大伴家持さんの「今日降る雪のいや重け吉事」を思い出した。というくらい,ロクな交渉ではなかったということである。今日は凶なのだ。今まで通り労使協調路線をお望みらしいが,そのためには,もっとよいお話を次回は期待したいものである。
 初雪の時は恋人に会うというのは「冬ソナ」だったか。雪が降った時の美しい物語のひとつやふたつは持ちたいと思うけれど,今日の雪にはそんなロマンティックなできごとがひとつもなかったな。
 とりあえず,除雪車を運転したかった方や,スキー場関係者の皆さん,スキー合宿などを予定されていた皆さん,よろしゅうございましたなあ。いや重け吉事。
 聞くところによると,明日からいなばで中国大会が開催されたりもするらしい。山陽方面の方は,スタッドレスをはいていない車も多そうだ。いなばまで来てスリップした物語を作らないようにどうぞ。
 明日は「きょう」ではありませんように。

2007年1月31日(水)辞めたらどうでしょう
 テレビの悪口を書くことが多いのに,テレビ・ネタを書くんかいであるが,書くのである。「水曜どうでしょう」。DVDやネットでしか見ることのできなかった北海道のローカル番組が,いつの間にかいなばでも見ることができるようになっていた。といっても,現在オンエアされているのは,6年前の制作である。「水曜どうでしょう Classic」。
 ありがたいことに,今年から始まった新シリーズも,3月から見ることができるようだ。低予算・低姿勢・低カロリーという,ゆるゆるでさむい旅のバラエティ番組である。四国でお遍路さんをやったり,京都へ行ったり,名古屋へ行ったり,カレンダーを作ったり。どこがおもしろいねんと怒る人もいるかもしれないという,グズグズのゆるさである。が,大がかりなセットやロケで,下手に世間をだまくらかしたり操作しようとしていないところがよい。何しろハンディ・カメラでの撮影である。
 そんな水曜日の朝は,つれあいは生協のお友達と1週間に一度の会話を楽しむ日だ。今日は,産婦人科へ行かれた方のお話が恥ずかしくも楽しい爆笑ものだったのだが,ここには書けない。残念。女性の集まりでは,産む機械発言に対する怒りの会話が飛び交っているのかと思ったら,わが家のご近所の皆さんはそれどころではないのである。
 ということで,柳沢さんのような豊かな比喩力を持っていないけれど,女性が機械だったら,オトコは打製石器だと思うな。オトコは,女性に受け容れてもらってナンボの,ほとんど役立たずだ。女性を敵にまわしたらアウトなのである。これ以上,レベルの低いネタをメディアに提供し続けないでいただきたいな。
 もうお辞めになったらどうでしょう。

2007年1月30日(火)アリゲーター迷惑
 職場のメインのメール・アドレスを管理している先輩が,最近の迷惑メールは横文字が多いねえとおっしゃる。朝の業務は,迷惑メールの削除でお忙しそうだ。月曜はことのほかである。
 確かに,ここのところ横文字のメールが多い。今日の,ボクの受信トレイの迷惑メールは41通だ。そのうち,件名が横文字のものは21件。日本語のものが20件だった。
 時間別にカウントしてみたら,横文字のメールは,0時から午前11時までに19件が集中していて,日本語タイトルのメールは,午前4時から午前9時の間には1件も入っていない。中心時間帯は午前10時から24時までである。誰だって,眠る時間は必要だ。
 いつもはすぐに削除してしまうのだが,横文字のメールをよく見れば,ロレックスの画像があったり,バイアグラなどのお薬の紹介や,お金貸したげまっせといったありがたいメールが多い。世の中には,意外に親切な人が多いようだ。今のところ,いずれも必要ではないのが残念である。
 メアドを変えればいいのだろうが,馴染んだものは変えたくないので,これからも削除生活である。ボクは,横文字メールは無条件で削除するけれど,外国の友人がいる人は,いちいちタイトルなどを確認しないといけないから大変なんだろうな。

2007年1月29日(月)しゅみません
 合コンに行った同僚が,「趣味は何ですか」と聞かれ,真剣に考えていたら何故か答えがすぐに出ず,相手から,「趣味は持った方がいいですよ」とアドバイスされたと,へこんでいた。
 同僚は,実はスポーツが得意である。中学駅伝の選手だったり,インターハイにだって出場している。ボクの知らない映画も教えてくれるし,絵も上手だ。いくらでも答えはありそうだと思うのだが,そういうことは使いたくなかったらしい。
 質問にどう答えるかは,関係性がベースだ。というか,「関係」というのは,質問と答えを重ねることによって作られたり深まっていくものである。関係を深めたくない相手なら,答えは適当に流す。「趣味は悪趣味です」とか,「拳銃をぶっぱなすのが得意です。頭の中だけですが」とか。
 逆に,特色を出そうとか,気の利いた答え方をしようとか,誠実に答えようという相手もいることだろう。真剣に答えを考えていたというのはまんざらでもなかったのだと思うが,大人に向かって「趣味を持った方がいいですよ」と言えば,せっかく出来かかった関係はストップしそうだ。まっ,相手の方が関係をつくろうと思わなかったのかもしれないけれど。
 考えてみれば,趣味という言葉の定義は結構幅が広い。嗜好もあれば,能動的だったり受動的な活動が含まれることもある。高じれば,社会や文化へ影響を与える趣味もあるかもしれない。取り組むのに,苦が伴ったり,楽しいことばかりだったり。
 ボクならどう答えるか尋ねられたので,「ボクの趣味はあなたです」なんてのはどう。って,初対面だと退かれるよね。「別の趣味を持った方がいいですよ」とアドバイスされそうである。すみません。
 幸い,今のところ合コンに行かなくてもいいのでよかった。

2007年1月28日(日)春待ち車
 三朝温泉から三仏寺投入堂経由で帰っていたら,峠の三朝町俵原辺りは,太陽が昇っている午前9時前だというのに路面が白くなっていた。もちろん,村は真っ白である。しっかり冬のところもあるのだった。雪に日が差してきれいだったので,車を降り,久しぶりの雪景色を眺めたのだが,路面が凍っていて滑る。ノーマル・タイヤの車で行っていたら,来た道を引き返さなくていけないところだった。
 117が帰ってこないし,雪も降らないので,ここのところ,ノーマル・タイヤの「カブリオ」に乗ることが多い。古いので,ガソリンが漏れていた車だが,劣化していたフューエル・ホースやフィルターなどを交換してもらったので,結構,軽快に走ってくれる。時々,ヒーターを効かせ,屋根を開けて走ってみるけれど,これはさすがにさぶい。ちょっとというか,かなりおまぬけである。
 そんなわけで,本格的な春の到来を人一倍楽しみにしている今年の冬なのであった。

2007年1月27日(土)ハタ坊だジョー
 今日は,本来休日なのだが,特別勤務である。仕事があるというのはありがたいことだ。
 朝方,雷が鳴っていたので雪でも降るのかと思ったけれど,雨で済んだ。ボクの業務は助かったが,スキー場の皆さんにはこの天気はどうなのだろう。お仕事があるだろうか。
 夕方からは,昨日に続き,産別の旗開きである。今日の会場は三朝温泉だ。
 「旗開き」というのは,仕舞っていた旗を今年初めて開き,新年の仕事始めというか,団結を互いに誓いあう行事である。労働組合に入っていない人には馴染みのない言葉かも知れない。まっ,挨拶を黙って聴いて,酒を注いでまわり,タバコの副流煙を吸うというのが団結の儀式のおもな業務である。
 2次会は,ホテルの1室にたくさんの人が集まって来るので,煙で目が痛いのを耐えながら過ごすという,さらに過酷でレベルの高い集会になる。紫煙による一味同心である。これで結束が深まるのだろうか。
 という「旗開き」にこれから参加してきます。タフな身体に成長して帰ってくると思うな。

2007年1月26日(金)アジャパー
 昨年,京都には3泊した。うち1回が駅前のアパホテルだった。周囲に食事のできるお店が少ないけれど,一応ホテル内にレストランがあるし,フロントの皆さんの愛想も良かった。駅に近いので便利だと思っていたのだが,耐震強度偽装をしていらっしゃったそうな。
 社長さんは豪邸住まいだったよねえ。成功の秘訣は,前向き,他人のせいにしない,目標を立てる,というようなお話をしていらっしゃった記憶がある。いい人生訓である。さて,失敗の際の対応の秘訣も教えていただけるとありがたいな。涙も効果的なのだろうが。
 建築基準法として鉄筋コンクリートの基礎が法制化されたのは,2000年頃のことらしい。1980年ころまでに建てられた建物の耐震性は大変脆弱なもののようだ。
 わが家は,1960年代後半に建てたものである。その後,2度リフォームしている。職場の一部もほぼその時代の建築らしい。どちらも,耐震性は極めて弱そうだ。家でも職場でも,地震があった場合,ボクはとても危険な状態で生活しているのである。いずれ起こるのであれば,自動車に乗っている時か,平屋部分にあるトイレに入っている時に地震が起きてほしいものである。
 とはいえ,残念ながら車には1日20分ほどしか乗らない。トイレは出勤前に5分ほどで済ます生活である。これからは,夜1時間くらいトイレに入っている生活に切り替えた方が安全かも知れない。便秘でないのが残念である。

2007年1月25日(木)レッチリ通勤
 「rockin’on」のベスト・アルバムには,レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『STADIUM ARCADIUM』が選ばれていた。『デスノート』の主題歌に採用された曲も収録されているアルバムである。
 レッチリの結成は1983年だそうだから,ベテランである。ディランさんやクラプトンさんも歳を感じさせないアルバムを発売された年だったが,40代半ばのレッチリのメンバーは,連日新しい曲が生まれるとかで,このアルバムは2枚組である。すごいな。短歌の1つも詠めない我が身にはうらやましいことであるよ。28曲を一度に聴くのはおじさんは少し疲れるけれど,ポップな曲が多いので,CD2枚を1枚に縮小コピーして通勤の車で聴いているのだった。
 とはいえ,ギターのジョン・フルシアンテさんによると,「アイディアが枯渇したり,自信を喪失したりする時期を通ってここまで辿り着けた」のだそうだ。潜伏期というか,ジャンプするためにしゃがんだりする時期も必要なのかもしれないと勇気づけられたりするのだった。しゃがみっぱなしだったら悲しいな。
 さて,レッチリというと,ボクはフリーさんのベース・ラインを聞き取ろうとしてしまうのだけれど,今度のアルバムは,ベースラインの楽しみだけでなく,ギターが,ハードだったりワウワウを効かせたりメロディアスだったりと,とても変化に富んでいる。にぎやかな曲もあるけれど,全体的にボクにはソフトなロック・アルバムである。
 「rockin’on」の2006年のベスト・アルバムを,痛痒なく聴くことができる自分が少しうれしかったりしたのだった。

2007年1月24日(水)センター・リサーチ
 お隣の同僚は,お嬢さんのセンター試験結果が大変気になるようだ。各予備校の予想平均点などをチェックしていらっしゃる。最近は,ネットに「大学入試難易ランク一覧」などというのもあって,学部学科別の難易が簡単にわかる。25日には,予備校各社が,受験生の自己採点結果集計を分厚い冊子にされるらしいので,ここ数日は徹夜の作業だったことだろう。
 勤務時間終了後に代ゼミのサイトへいってみたら,すでに今年度の「合格判定サービス」が公開されていた。仕事が早い。職場では落ち着かないので,件のお父さんは早めに帰宅して,父娘でご検討されるようだ。志望学部にこだわりがあり,ストライク・ゾーンが狭いので苦労しているのだとか。
 18歳で学部志望にこだわりがあるというのはすごいな。ボクはほとんどこだわりがなくて,条件は,「東京」と「大学」だった。「東京大学」でなかったのが残念である。そんなわけで,文学部や法学部など,文系3種類の学部7つに出願したのだった。節操のないことである。泊まったところに同級生がたくさんいたので,試験前日に麻雀をしていた夜もあったし。
 そんないい加減な受験生だったが,合格した夜に不合格になった夢を見た。節操はなかったけれど,それなりに受験にしばられていたということなのだろう。
 今ごろ,センター試験各教科の得点を入力し,親子で出願先を検討していらっしゃるご家庭がたくさんあるに違いない。頑張れ受験生。人生はギャンブルだ,多分。失敗もあるけれど,まっ,リセット・ボタンをまた押せばいいんじゃないのかな。

2007年1月23日(火)ジャズ・ディスク大賞
 スイング・ジャーナルの「2006ジャズ・ディスク大賞」は,チック・コリアさんの『スーパー・トリオ』が金賞で,リッチー・バイラークさんの『マンハッタンの幻想』が銀賞だった。いずれもピアノ・トリオである。どちらの奏者も好きなのだが,コリアさんは65歳だし,バイラークさんは59歳だ。若手はどうした,という結果である。
 『スーパー・トリオ』は,すべてコリアさんのオリジナルである。『マトリックス』や『スペイン』という有名曲が収録されているライブだ。細かくリズムを刻むスティーブ・ガッドさんのドラムは元気が良いし,マクブライドのベースは,ウォーキングにアルコと多彩である。コリアさんのピアノは軽やかで,全体的にとても工夫が凝らしてある演奏だ。その分,ちょっと疲れる。期待の『スペイン』は,なぜかフェイド・アウトだし。がっかりだよ。
 一方のバイラークさんのアルバムは,ヴィーナス製である。ヴィーナスにしては落ち着いたジャケットである。メンデルスゾーン音楽大学教授のバイラークさんのご意向がおありなのだろうか。ジャケットはさておき,録音がとても良い。クラシカルで叙情的な演奏のイメージの強いバイラークさんのピアノが,1曲目からとても力強く聞こえる。かつての激情アルバム『恋とは何でしょう』と同じくらいのはりきり加減である。
 曲目は,『あなたは恋を知らない』とか,『オン・グリーン・ドルフィン・ストリート』,『星影のステラ』など,馴染みのメロディが多く,親しみやすい。ピアノがよく歌っていると思うな。
 そんなわけで,大好きな『スペイン』が入っているアルバムだというのに,個人的にはコリアさんの作品よりバイラークさんのアルバムの方が好き。コリアさんの演奏は玄人受けするのかもしれないけれど,素人のボクの金賞は,『マンハッタンの幻想』ということにしておきたい。 

2007年1月22日(月)四権分立
 ここのところ,納豆や不二家や「あるある」などをおちょくった書き方をしているので,読みようによっては,心から不二家や「あるある」制作者の皆さんを擁護しているのではないかと思っている方がいらっしゃるかもしれない。多分いないと思うけれど。
 念のために書いておくと,食べ物や情報を提供する人間が,世間の信頼にたる存在でなければならないのは当たり前のことだ。
 けれど,世の中そんな理屈通りにはいかないよねという話である。弱肉強食社会を生き残るために,ムダは省きたいし,経費は少なく上げたい。これくらいなら大丈夫だろうと,世間のルールを自分に都合の良いように拡大解釈することは,どんな組織でも起こりうることではないか。もちろん,自分に都合の悪いことを積極的にアナウンスしないのも一般的だ。ボクも,砂で作った小山ほどある暗い過去をここで告白しようとも思わないし,テレビはいつだって自分達の問題点は積極的に報道しない。
 メディアの権力は三権以上である。テレビで叩かれたら,生身の人間は,裁判を受けなくても,大概,実質死刑なんだから。そういうことをすっ飛ばして,メディアの論調に乗せられ正論を振りかざしても何だかなあ,と思うのである。正義がメディアの中に存在しているかのように錯覚し,メディアと一緒になって,非のあった誰かや組織を打ちのめそうとする姿勢がちょっと嫌なだけなのだった。
 強者のコメントに,「ほんとうかあ」と疑問を持ったり,弱者に共感するスタンスの保持は,今後ますます必要になるはずである。
 ということで,「教祖を疑え」「教祖を疑っている自分を疑え」という非宗教法人宗教団体の教祖である。信者は,信号が緑の時だって疑わなくてはいけないのだ。国家が定めた信号を信じ,緑だからと渡っても,トラックが突っ込んで来るかも知れないのだから。大事なことは,車が来ていないことを自分で確認することだ。はねられてから,国家が信用できないとか,国家を絶対許せないと怒っても,死んでしまったら手遅れなのである。テレビも同様であろう。 

2007年1月21日(日)あれあれ?!
 「発掘!あるある大事典U」の中で捏造が行われていたと怒っていらっしゃる方があるらしい。朝日新聞には,「ショック。お金を返してほしいくらい」とか,「もう信用できない」とか,「絶対許せない」などという市民の声が集められている。読売新聞には,番組の打ち切りも含めた厳しい処分の検討もはじめたとも。
 「あるある」は消えるかもしれないのかあ。その存亡をかけて慎重に制作していた番組だったんだなあ。すばらしい。視聴率のとれる長寿化番組になって生活の安定を図ろうとすることの多いテレビ業界では珍しい,良心的で信用できる番組ではないか。記憶に残しておくべき番組なのである。そんな番組を,信用できないとか,許せないなどと悪く言ってはいけないと思うな。「テレビとのつきあい方がよくわかりました。少ないですが感謝の気持ちです」と,「関西テレビ」にカンパしてあげたらどうだろう。
 ニュースだって,カメラマンの恣意や編集者のつなぎ具合でどうにでもなる。スポンサーのご機嫌を損ねてはいけないし,ジャニーズ事務所のような力のあるらしい事務所のタレントの不祥事報道は控えるに決まっているのだ。同じ事務所のタレントの異性交際を記者にリークして,本命からは目を逸らさせるテクニック使用とか。
 「あるある」に対して怒っていらっしゃる皆さんは,バラエティやテレビに何を求めていたのだろう。自分のリテラシーを披瀝しているだけだと思うな。
 信じて良いのは,1時間に1回以上,「あなたの健康を害するおそれがありますので,テレビの見過ぎに注意しましょう」というようなCMを流すテレビ局や番組だけである。
 テレビ局より,パッケージに,発ガン性物質ですよというような表明をしているタバコ会社の方が,よっぽど良心的かも知れない。

2007年1月20日(土)柴刈りに
 センター試験日和である。というのは,会場に着くまでの話で,こんないい天気に室内にこもって受験というのは気の毒なことである。いっそひと思いに雨でも降っていた方が,テストに専念できるかもしれない。
 そんな今日のわが家は,つれあいは新年会で川のある村へ心の洗濯に,ボクは,精神病理学者で関西学院大の教授である野田正彰さんの講演会で柴刈りに,というか枝打ちだった。歳を重ねてきたので,保守化しているかもと思い,左右バランス調整のために。少し右側の枝が伸びてきているような気がするのである。
 開始10分頃に聴衆を数えたら52名だった。駐車場が満車だった割に,参加者は少ない。お風邪気味なのか,元々の特徴なのだか,メリハリにやや欠けるお話ぶりで,何だか大学の講義を受けている気分である。原稿を見ていらっしゃることが多くて,顔の上がっている時間が少ない。写真を撮る人も苦労していらっしゃった。ちょっと,ボクのタイプではない方かも。時々,ボクの集中力は欠けることがあったのだった。
 そんなわけで,質問者へ語りかけられた質疑応答の時間の方が,ちょっとは面白かったような気がする。若者は語ることを怖れているのではないか,討論や討議をもっとやろうねとか,「させる」・「させられる」教育論ではなく,意欲を持たせる組織作りが大切とか。統一協(教)会寄りの山谷さんがどうして教育再生担当なのかねといった話題もあった。Wikipediaの経歴削除も疑われている山谷さんは,世界基督教統一神霊協会の唱える純潔運動思想の影響などもおありなのだろう,ジェンダー・フリー教育などには否定的な方である。
 ボクよりはるかに右傾化されたそんな方々の作られた来週発表予定の教育再生会議第一次報告書は,ゆとりの見直しと授業時間増,いじめ生徒の出席停止や体罰見直し,社会人教員の採用,学校の外部評価などが盛り込まれるらしい。センター試験で格差がつくだけでなく,学校の中も,大人社会と同じような競争・自己責任・弱肉強食格差社会になっていくのだろう。子どもをやっていくのも大変なことである。ボクはいい時代に子どもをやっていたのかもしれない。
 それにしても,少し枝打ちをしたほうがいいんじゃないかな,あべさん。しすぎてもいけないのかも知れないとも思ったけれど。

2007年1月19日(金)明日はテストですと
 明日はセンター試験だそうだ。隣席の同僚の2番目のお嬢さんが受験されるらしい。朝から,明日はボクが送ろうかなあ,それとも嫁さんに送らせようかなあとか,最近寝付きが悪いらしいから今晩大丈夫かなあとか,学校では世界史をあまり習っていないのに,結構世界史が得意なんだよねえなどと,何か喋っていないと落ち着かないらしい。
 夫婦で送りなよ。若者は一晩くらい寝なくても大丈夫だぜ。寝付かれなかったら,ガバッと起きて机に向かい,徹夜で受験会場へ行けばいいジャン。布団の中で「眠れない眠れない」と思っているよりよっぽど得点につながるぜなどと,わが家に受験生のいなくなったボクは他人事である。
 とはいえ,かつては受験会場まで子ども達を送ったり,夫婦でテストの出来を心配したこともあったので,ご家族の皆さんのお気持ちはよく分かる。まっ,期待はほどほどに。
 ところで,LOOKチョコレートを職場へ持っていたら,ひどくビックリされた。入手困難商品らしい。「いちばん好きなチョコなんですう」などと若い女性に言われたもんだから,帰りに再び買い出しに行った。商品の追加はないらしく,ミルキーは1箱,LOOKは5つしか残っていなかった。全部買ったら,顔なじみのレジのお姉さんに,「不二家ばかりどうされたんですか」と尋ねられた。不二家の社員の皆さんにもご家族はあるだろうしねえ,などと答えておいたが,センター試験を受ける子どもさんもいるかも知れないな。がんばれ。
 大体,他社にだって似たようなことをやっているところはあるのではないか。不二家ばかりではなく,全国徹底的にやりまっしょい。美味しいと食べていたところの食材が,実は賞味期間切れだったりしてね。家族でやっているお店なんか,関係者が黙ってりゃあわからないぞ。
 銀座の不二家でデートをしたこともあるので,不二家が傾いていくのは忍びない。ちょっとだけ応援してみた。

2007年1月18日(木)どうなっとう?
 粉寒天が品不足になったのはいつのことだったか。ココアとか,ブルーベリーとか,ブロッコリーのこともあった。今度は納豆が品薄らしい。
 そこで,職場の女性に緊急アンケートを行った。24歳から40歳くらいまでの10人である。って,上の方の詳細な年齢は不明。皆さんお若い。ボクよりもだけれど。ああ,世の中の大半の女性は若い。
 さて,その結果だが,何があっても食べないという2名を含め,6人は納豆の臭いが嫌いという回答だった。多くは,東日本では生活したことのない健全ないなば娘である。残り4人は納豆を食べることができるらしい。うち1名が納豆ダイエット番組の影響で,ほぼ毎日納豆娘状態。あなたはダイエットするほどじゃないと思うよ。
 そんなわけで,いなばは納豆文化圏ではないのである。というか,わが職場の女性の大半はダイエットにご関心がなさそうだ。納豆を食べるくらいだったら,太ったままでいいという30代もいらっしゃる。健全である。ボクと同じだ。
 いなばのスーパーで売り切れになることはないだろうと思い,仕事帰りに地元スーパーのサンマートへ寄ってみた。ナント,納豆売り場だけ完売の空っぽだった。時刻は7時45分。おそるべし「あるある」。リテラシーは大丈夫か,などと口を挟むのは野暮というものだ。「テレビ」を信じる人は救われるのである。いなばでも,今晩は納豆を食べているおうちが相当あるようだ。
 便乗値上げもあるだろうし,価格上昇にもつながるのだろうが,元々が安い商品だから高くなっても知れている。これを機会にしっかりお稼ぎになるとよいであろう,関係者の皆さん。「テレビ」は,景気回復にも協力しているのである。真偽のほどはさておき。
 納豆が良いということは,「豆腐竹輪」もダイエットや健康に良さそうだ。「あるある」に取り上げてもらうと,いなばの「豆腐竹輪」もブレイクするんだろうにな。まっ,ボクは納豆は遠慮して豆腐竹輪でダイエットに励んでみたい。
 寄ったついでに,不二家のLOOKチョコレートとミルキーを買ってみた。たっぷりと。食べられなくなると寂しいし。イオンやマルイにはないという話だったが,サンマートは優しいのだ。
 不二家さんに限らず,ヘタを打つ可能性はどの業界でもある。時々は,精神を身体から幽体離脱させ,我が身を点検してみることが大切なのであろう。したくないけど。ことのほか,自分には甘い方なのである。
 ミルキーを食べると,ママを思い出してマザコンの優しい性格になれるとか,LOOKチョコレートを食べると視野が広がる,というような情報が「テレビ」から流れるといいのにね,不二家さん。

2007年1月17日(水)新年会
 新年会シーズンである。今日は労働組合の某統轄グループの新年会だった。来週も,組合関係の新年会が2つあるのだが,タクシーの運転手さんによると,新年会の開催は減っているらしい。昨年の忘年会シーズンもお客さんが少なかったのだとか。そんなわけで,新年会が続くというのはありがたいことのようである。
 さて,そんな新年会は夕方6時30分に始まった。参議院議員選挙の立候補予定者や,県議会議員選挙立候補予定者などが次々と挨拶に立たれるので,7時を過ぎても食事はお預けである。おまけに,紫煙はあちこちで流れてくるし。
 結局,来賓16名の皆さんの紹介などもあって,乾杯になったのは7時10分である。まったく。そんなことで,選挙に勝てるのかね。待たされてうれしいのは,デートの時くらいだぞ。紫煙漂う労働組合の前途は大変そうである。

2007年1月16日(火)60代があれば
 今日はアリス・コルトレーンさんの訃報だった。69歳だそうだ。ジョン・コルトレーンさんがお亡くなりになったのは1967年だから,40年ぶりのご対面をされているのだろう。残念ながら,わが家にはアリスさんのリーダー・アルバムがない。エイズ撲滅キャンペーンのアシッド系アルバムのおまけに,アリスさんの『至上の愛』があるくらいだ。
 ハープなども演奏されているが,メインはオルガン演奏である。ジョン・コルトレーンさんの,精神性の高そうな息づかいが伝わる演奏に慣れている身にはちょっとつらい。結局,ジョンさんのプレスティッジ時代の『I Want To Talk About You』を流して,追悼ということにさせてもらった。
 その後は,昨年発売されたボブ・ディランさんの『MODERN TIMES』を聴いた。ディランさんは,今年66歳である。ロックンロールやブルースやカントリーやロカビリーやバラードありの,びっくり箱アルバムである。
 相変わらずのしゃがれ声だ。しかし,ノリの良い曲が多く,軽快で優しくて若い。つぶれた声なのに,穏やかな気分になり,気持ちよく聞こえてしまうというのはどういうわけなのだろう。
 それにしても,ディランさんはいくつになっても安住や社会との同調へ向かうのでなく,社会の中の居心地の悪さのようなものを意識しながら生きていらっしゃるような気がする。お手本にしたい60代である。60代があればだけれど。

2007年1月15日(月)BYE MICHAEL
 テナー奏者のマイケル・ブレッカーさんの訃報記事があった。朝日新聞は顔写真入り。まだ57歳である。骨髄異形成症候群で休業中というニュースがあったけれど,新聞によると白血病のため死去とある。とりあえず,出勤前に,村上春樹プロジェクトとして2005年に録音された,「中国行きのスロウ・ボート」を2回聴いて家を出た。この演奏を収録した2か月後の病名発表だったらしいから,身体の不調を隠して,オファーに応えられたのかもしれない。
 今日は,早く帰ってブレッカーさんを聴きまくろうと思っていたので,7時前には帰宅した。
 お兄さんと組んだブレッカー・ブラザーズは,兄のランディ・ブレッカーさんがBlood,Sweat&Tears育ちだったことなどもあってか,1970年代や80年代はジャズ雑誌では冷遇されていたような気がする。まっ,彼らも変なヘルメットをかぶってジャケットに収まっていたし,タイトルが『ヘヴィ・メタル・ビ・バップ』だから,お堅いジャズ業界の皆さんからは相手にされなかったのも当然かも知れない。幸いボクはロック育ちで, BS&Tも好きだったので,気分がダークな時には,ファンクなブラザーズにお世話になることが時々あった。
 けれど,8枚あるマイケルさんのリーダー作中,いちばん良く聴いたのは,1996年録音の『Tales from the Hudson』だ。4枚目のリーダー作品で,初の全曲アコースティック・アルバムである。メセニーさんや,カルデラッツォさんやマッコイ・タイナーさんなど,メンバーも豪華。スピード感があって,うねりのある演奏だ。コルトレーンさんを研究されたということが伝わってくる。とはいえ,改めて聴いてみると,スタンダード曲が含まれていないから,何となく真面目で抑制された地味な印象を受ける。
 1975年のブラザース時代のエレキでファンクな演奏に切り替えてみた。兄弟仲良くのびのびと熱くパワフルだ。青春の演奏である。江戸のアパートで聴いていたころが思い出される。同じような世代に属している人の訃報を聞くと切ないけれど,同時代的にあなたが変化していく姿を楽しませてもらいましたよ。感謝。

2007年1月14日(日)肥料
 昨年のうちにタマネギに肥料をやらなかったので,小雨になったころを見計らって肥料やりをした。結局,今年も昨シーズンと同じ時期になってしまった。苗の大きさが,ご近所のものと比べて少し負けているようだったので,たっぷり肥料を与えておいた。
 傘をさしながらという,兼業農家の仲間には入れてもらえないような作業ぶりなので,1時間以上もかかってしまい,結構身体が冷えた。風邪が治っていないというのに。寒さへの耐性がついて,強靱な身体になるだろうか。
 苗の周りには,例年になく雑草も多い。暖冬のせいであろう。背丈が短い割には,根が広く張っていて,指だけでは抜き取りにくい。隣のスナップエンドウには赤紫の花が咲いている。この時期に花をつけても,そのうちやってくる寒さで結実までには至らないだろうに。
 朝のテレビで,沖縄と夕張の成人式を放映していたけれど,警官出動の沖縄と成人手作りの夕張とでは様子が随分違っていたようだ。春の暖かさや豊かさに気づくためには,寒さや貧乏というのもそう悪いものでもないのかもしれない。寒さや貧乏が人の肥やしになることもあるのだろう。この歳になるときついけれど。

2007年1月13日(土)高年差障害
 つれあいは,連日のように新年会である。昨日の帰宅も11時だったが,今日も午後4時に出かけ,帰ってきたのは11時45分である。飲酒の量は少ないのに,話だけで7時間以上持つらしい。恐るべし,超更年期障害軍団。
 息子夫婦と暮らしていたり,独身夜遊び娘と暮らしていたり,結婚で娘が家を出て行きそうだったり,すでに3人の子どもたちが家から出て行ってしまったりしている女性の会話は,「ろぐ」ネタ1週間分くらいはありそうだ。
 大阪出身のおねえさんもいらっしゃるから,えぐい会話で盛り上がっていそうでもある。夫なんぞは何を言われているかわからんな。
 とりわけ今夜は,息子さんご夫婦と暮らしていらっしゃるその大阪ご出身の女性が家に早く帰りたくないらしい。経験がないからわからないが,息子のパートナーと息子の母親や父親とは,一緒に暮らしているとそれなりの葛藤があるようだ。子どもが39度超の発熱でも仕事を休まないとか,部屋が汚いとか,洗濯を自分達でしないとか。言わないと分からないらしい。言うと,2・3日2階の部屋から降りてこないらしいけれど。今時の25年の歳の差というのは,情報量が違っていたり,楽しみや我慢に対する意識の違いなど,昔の嫁姑以上に溝が大きいのだろう。
 まっ,そのご子息の結婚相手がわが家の娘だったら,2階に籠もるのではなくわが家へ帰ってくるかもしれない。とても一緒には暮らせないと思うので,今のお嫁さんと仲良くした方がいいと思うな。

2007年1月12日(金)イソフラボンカレー
 今年は立ち上がりからよく働いているのだが,今日もことのほかよく働いた。勤務時間前の8時過ぎから業務が入って,勤務時間後の組合会議終了までノンストップ・ワーキングだった。
 昼食の弁当を食べ終えたのは,6時30分過ぎである。それがボクだけのことではなく,同じような男が二人いるという忙しさだ。ひとりは,愛のない妻弁当もなくて,パン1個だけだったけれど。何はともあれ,仕事があるというのはありがたいことである。
 そんな「昼食」を食べて帰宅したら,すぐに晩ご飯である。シーフード・カレーができていた。気が弱いので,用意されたものを食べさせていただく。せめて,よく噛んでゆっくり食べることにした。皆さんは,大豆イソフラボンでダイエットに励んでいらっしゃるというのに,世間と逆行した食生活である。
 週末は,納豆サンドとか,納豆カレーとか,納豆ハンバーグを食べた方がいいかもしれない。
 納豆売り切れのスーパーが続出だそうだが,いなばのスーパーに納豆は残っているのだろうか。

2007年1月11日(木)住宅ローン・レンジャー
 駅まで徒歩3分というマンションの予約販売のDMが届いていた。豊かな人生を歩んでこられた大人にこそ相応しい最高のロケーションを提供してくださるらしい。タヌキの出るような不便なところに住んでいないで,もっと便利な所で生活するようにとのご案内だろうか。ありがたいことである。
 しかし,電話帳にも名前を掲載せずひっそりと暮らしているボクに,駅前一等地の3LDKのマンションを買うお金のあることがどうしてわかったのだろう。ボクの人生の豊かさをどこで眺めていらっしゃったのか。毎日の「ろぐ」をお読みになれば,貧弱さが一目瞭然である。「ろぐ」の読者でないのが,残念だよ!A工務店さん。
 大体,どこが豊かやねん,髪の毛は日毎に薄くなっているぞ。圧倒的に豊かなのは,身体の脂肪だけである。現在住んでいる家の住宅ローンさえ終わっていないのだ,ボクは。ああ,豊かなローン生活者。ハイヨー・シルバーである。
 通勤路でも高層マンションが建設されているし,この駅前のマンションは市内で15棟目の記念物件なのだそうだ。戦後最長の景気が続いているというのは,本当のようである。ただし,ボクの周り以外のことのようだけれど。

2007年1月10日(水)スタビライザー
 CATVのチューナーを経由して録画した映像をDVDに焼こうとすると,「この映像は,ディスクでは録画できません」という表示がでる。コピー・プロテクトのノイズが入っているようだ。BSやデジタル放送の場合は,録画が1回だけ可能というコピー・ワンスで放送されているから諦めもつくが,地上波もCATVを通すとダビングできないというのは困る。いなばでは,CATVを利用しないと受信できない地上波もある。その映像を,受信できない人に焼いてあげようと思ってもできないのだ。
 そんなわけで,スタビライザーを物色した。ヤフオクには5000円を切っている新品の商品があって,注文したら,翌日には届いた。アマゾン並みの早さである。
 商品名は「画像安定装置」である。コピー・プロテクト解除などに関する記述はどこにもない。取扱説明書には,色の濃淡や明度,彩度などの調整機能の説明があるだけだ。けれど,スタビライザーを通してDVDにダビングしたら,何の問題もなく録画できた。素晴らしい。ノイズ除去装置などと呼ばずに,画像安定装置というところが,奥ゆかしい。
 風邪やら業務多忙でやや不安定である,人間用のスタビライザーというのも,どこかに安く売ってないだろうか。

2007年1月9日(火)暖冬だい
 朝方はみぞれ混じりの天気で,山間部から出勤される方の車の屋根は真っ白だった。少しは雪が積もるのかと思ったのだが,今日も積雪なしである。この時期まで,わが家は一度も雪かきをしていない。こんな冬も珍しい。ずいぶん儲かった気分である。
 雪かきをしなくてもいいので,つれあいは久しぶりに美容室へ行ったらしい。担当した女性は,最近結婚して和歌山からいらっしゃり,寒い寒いと震えているのだとか。今年は暖かいんですけどね。カニがスーパーに普通に売ってあるのが珍しいようだ。しかも1匹200円で。
 お客さんの中には,この冬に埼玉から移って来られたおばあさんもいらっしゃって,思っていたよりいなばは都会だったとか。よっぽど寂れたところだと思われていたらしい。
 それぞれ,いなばで暮らさないといけない事情がおありなんだなあ。このまま雪が降らず,いなばのイメージがこれ以上悪くならないよう祈るだけである。雪だるま作りや雪合戦を楽しみにしている元気なこども達には申し訳ないけれど。おっと,スキー場の皆さんからも責められて,首が飛びそう。

2007年1月8日(月)はじめてのおつかい
 「はじめてのおつかい」というTV番組をやっている。この番組を見ると,つれあいは大概涙ぐむ。わが家にも,『初めてのお使い』のビデオがあって,その光景を思い浮かべるからのようだ。
 長女が生まれた年に,ビデオレコーダーを秋葉原で買った。展示品をしつこく値切り,無理をして何とか買うことができた。お金を残すことより,子どもたちの動く姿を残すことの方が貴重だと思ったのだった。買ったのは,SONYのベータ・マックス・ポータブルSL−3100で,もちろんレコーダーとカメラは別々である。レコーダー部分はとても重いし,室内ではライトを点けないと画像は暗い。残っている当時の映像は,重いデンスケのおかげで,もっぱら室内か庭で撮影したものばかりである。
 それから4年後に,ベータ・ムービーが発売された。感動の一体型ビデオカメラである。レンズは現在とは比べるべくもない暗さだし,本体も重いけれど,外での撮影がとても楽になった。
 ボクは,そのころ,いなばのNHKの1室を借りて,お医者さんや病院の事務長さん達とビデオクラブを作った。顧問はNHKのディレクターである。互いにNHKのコンクール用や「マイビデオ」という素人投稿用コーナーのための作品を競って作ったのだった。国体で民泊していた山梨の女子高生の追っかけを流してもらったり,初期のローカル・ビデオ・コンテストで,2年連続ファミリー部門の1位に選んでもらった。
 その3回目のコンテスト・ネタに考えたのが,4歳と2歳の姉弟に近所のスーパーに買い物に行かせた「初めてのお使い」である。テレビではまだやっていなかったネタだ。道草を食って猫と遊ぶし,引きずって歩いた買い物袋の底に穴があくしで,結構面白い絵が撮れたのである。けれど,家の中に入ってから撮った映像が暗くて結局ボツにしてしまった。今の明るいレンズだったら,いい作品になったと思うのだけれど。
 ということで,TVのおつかいを見た後,われわれはわが家の子ども達の昔の映像で笑うのだった。映像が残っていることを子ども達が喜ぶかどうかわからないけれど。

2007年1月7日(日)お迎えの作法
 業務を行っているそばの会館で,成人式が行われていた。3時を過ぎた辺りから,路上にたくさんの車が停まっていて,ボディーに何とかLINEと書かれた大型トラックまで並んでいる。晴れ着のお姉さんが乗られたように見えた。オシャレである。
 そんな場面に登場するのは,いつもの正義のパトカーさんだ。ナンバーを読み上げながら,路上駐車をやめて移動しなさいと命令されている。3連休の中日に仕事をしているのはボクだけでないと思うと元気がでるな。ごくろうさま。
 それにしても,あの会館へのお迎えの場合はどうすればいいのだろう。会館のサイドに小さな車寄せはあるが,こんなにたくさんの人が利用する場合は混んでいそうで,使う気にならない。一度,駐車場に入ってからお目当ての人をひろうのだろうか。それも満車だと入れないし。車に乗る場所までに大きな庇などがあまりないから,雨や雪の日は大変である。
 公共交通機関が発達していないいなばは,車社会だ。会館や郵便局などの公共施設は,自家用車でやって来た人のことをもっと考えていただきたいものである。移動を命令するばかりでなく。
 中央郵便局は,ドライブスルー・ポストを設置したり,駐車場を一方通行にしていらっしゃるけれど,この正月は,車の流れが悪くて駐車場に入る気にもならなかった。もっと使う人のことを考えて設計してもらいたいなあ。作ってしまった後で不便なことに気づいたら,何とか改善しようと思っていただけないだろうか。成人式に出席するわが子はもういないので,お迎えには縁がないけれど。
 そんなことより,自分がお迎えに来てもらうことの方を心配した方がいいのかもしれない。

2007年1月6日(土)旅する葉書
 2階から1階に降り,別棟の4階へ上がって再び2階へ帰ってくるという業務を8セット行った。1回分は忘れ物をした自分が悪いのだけれど。その後,重い段ボール箱を抱えて4階へ上がるセットを3回。もちろん,メインの業務はそんなことではないのだけれど,体力がまだ回復していないので結構疲れた。
 そんな今日,風邪仲間をもう一人発見。ボクよりはるかに若い女性である。業務がつらそうで,午後は早退された。早退の前に,仲間が3人いるから頑張ってねと声をかけたら,「ありがとうございます」と喜んでくれた。風邪ひきも人の役にたつのである。ただの思い込みだが。
 さて,まだ年賀状が届く。こちらが出した人からの返事ならいいのだが,出していない人から何枚か届いていて,いつ投函されたんだろうと不思議。郵便屋さんがお忙しかったからだろうか。
 というようなことはさておき,とても不思議な賀状が1枚わが家に届いた。郵便番号は,7桁のうち,最初の数字だけが違って,残りの6数字は同一である。ハガキに書かれている住所は,市内北町○−○−3。北町でもなければ,○の中にわが家の番地と共通する数字はない。宛先は「高橋ふみ」様とある。完全な誤配だ。
 しかし,ナントわがつれあいの旧姓は「高橋」である。しかも,名前の一部に「ふみ」がつく。つれあいの不思議がること尋常ならずである。という他人様宛の賀状でわが家は楽しませていただいたのだった。ただの営業賀状なのに。
 差出人は,受取人住所と同じで,○−○−4と最後の数字だけ違っているビューティサロン。明日,ポストに投函するけれど,受け取られた高橋さんは,ご近所の賀状がどうしてこんなに遅くなったか不思議がるだろうなあ。いなばまで旅をした葉書なんですよ。
 せっかくのご案内なので,つれあいもこのお店に行ってみたいようだが,何しろ中央線沿線武蔵野界隈のサロンである。ちょっと遠い。ふみさんにもお会いしたがっていたんですけどね。
 民営化になったら,こんな楽しいことはなくなるのだろうか。

2007年1月5日(金)Misery Loves Company
 今日が勤務初日なのだが,起きたら,風邪のせいかすこぶる体調が悪い。熱があって身体がだるいし,節々と胃も痛む。おまけに,寝たのが2時だったから眠い。愛想笑いをするのも面倒な感じの朝である。
 初日からボクだけが暗いのかよと思いながら出勤したら,隣の同僚も風邪をひいていた。10時に医院に予約を入れているらしい。ラッキー。さらに,隣の島の若者も声が風邪声である。聞けば,年末に風邪をひき,完全回復をしないままずるずる抱えているんですよねえということだった。昨日が最悪だったらしい。良かった。今日の勤務が嫌だと思いながら出勤したのはボクだけではなかったのである。
 仲間がいるというのはうれしいことなんだなあと,改めて身に染みた。同病相憐れむことのできる人間がいるというのは大切なことなのだ。今日の無口なボクは,キミ達と恋に落ちてしまいそうでしたよ。女性でなかったのが残念。恋は同病からも芽生えるものなのかもしれない。病気が治ったら,冷めてしまいそうだけれど。
 とはいえ,明日も明後日も業務だ。土・日だというのに,朝も早い。そんなわけで,ゴメンね,ボクは自力で早く治すからね。ということで,今日は早く休むことにする。まっこと,自己中心のわがままな男なのである。

2007年1月4日(木)わが来た道
 会社が始まり,今日は迎えに来てくれる友人がいないので飲み会の会場まで送ってくれと,まだ滞在している娘その2に頼まれる。夜中に迎えに行かされたり。ボク達のペースが乱されるので,そろそろ自分達の生活圏へ帰った方がよい頃であるよ。そんなわけで,ボクは風邪をひいてしまったようだ。
 そんな今日は,『春夏秋冬そして春』という韓国映画を見た。随分以前に,karaさんから紹介していただいた映画である。
 どんな生きものも重りをつけて生きているのだというか,手に入れたものはいつか失うというか,生死は繰り返されるという映画だ。
 池の中に浮かぶお寺という変わったシチュエーションで,後半はほとんど台詞がない不思議な映画である。言葉より,映像で寓話を伝えようとされているようだ。
 それにしても,叱るときはきちんと叱る和尚さんが素敵である。わが家の子ども達にとっては,今はノー天気な夏なのかも知れない。毎日遅くまで遊んでいる子ども達にも厳しい罰を与えていただきたい。来るべき冬のためにも。
 まっ,自分もやってきたことかもしれないのだけれど。

2007年1月3日(水)美作国物語
 Uターン・ラッシュ日に東京へ帰るという,娘その1を岡山まで送ることにした。車ならとりあえず岡山までは座って帰れるしという,甘くて暇な親である。
 峠を越えた辺りで,そういえば美作の旅館の若旦那と結婚した元同業者の女の子がいるという話になって,せっかくだから寄ってみようかということになった。迷惑を省みず。お土産は,娘が自分用に持っていた打吹団子と豆腐竹輪である。
 旅館名は「季譜の里」。場所はすぐに見つかった。落ち着いた和風の旅館だ。若女将は赤ちゃんが生まれ,旅館近くのご自宅にいらっしゃった。東京時代の知り合いが尋ねて来ることはなかったようで,ずいぶん喜んでくださっていた。お土産までいただき,若夫婦と赤ちゃんに送ってもらって美作を後にした。ありがとうございました。
 立ち寄らないでまっすぐ岡山に行っていれば,もっと早い新幹線に乗れたのだろうが,美作での物語はもちろん生まれない。生きている間にどれだけ豊かな物語を紡ぎ続けることができるかだよね,とボクは子どもたちに語り続けてきた。娘その1が,そのことを実感してくれるとうれしい。
 3時過ぎの「ひかり」には空席があって,娘は座ることができたらしい。そんなメールを読みながら,つれあいと帰路のドライブをした。われわれの物語にも,ちょっとだけ豊かさが加わったような気がしたのだった。

2007年1月2日(火)ミッション・インポッシブル
 年末年始休暇5日目である。子ども達の食べたいというモノにつき合い,大した運動もせずに食べるばかりだから,何だかお腹が出てきた気がする。身体の切れも悪い。体脂肪率が測定できる体重計を買って乗ってみた。13.6%で普通という表示だったが,体重は1.5キロほど増えている。
 どこやらの大学の学食の入り口には,「食欲(欲望)は理性に従うべし」というラテン語が書かれているが,この休暇中は,食欲のおもむくままというか,やることがない時は食べるという生活を送っているから当然の結果であろう。これは大変まずい。
 買ってすぐに飽きてしまったスウィング・ステッパーというウォーキング・マシンを引っぱり出し,運動することにした。これがなかなか退屈である。歩くだけというのはもったいないので,DVDを見ながら歩くことにした。『M:I−3』。室温は17度で,13分ほど続けたら身体が温かくなってきた。とりあえず週末までに2キロ落とすために,1時間は歩こうと思ったけれど,30分で汗ばんできてダウンしてしまった。
 40歳を過ぎているのに,すごいスピードで走り続けミッションを成功させるトム・クルーズさんと違い,ボクの場合は本当にミッション・インポッシブルかもしれない。

2007年1月1日(月)点子ちゃんとアントン
 新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 遅くまで起きていたらしいつれあいや子ども達が起きてこないので,読書をしたりDVDを見ながら起床を待った。つれあいが,ボクの起床1時間後に自力で起き,子どもたちは,それからさらに1時間後に強制起床という元日である。
 そんなわけで,待っている間に読んだ本は天城一さんで,初めて聴いた音楽は,キース・ジャレットさんの韓国製格安DVD『Solo Tribute』の中の,『There Is No Greater Love』だった。これが今年初めての読書と音楽である。豊かな一年になるだろうか。今年初めて詠んだ歌というのがまだないのが残念なのだけれど。
 夜は,娘が見たいというので,ケストナーさん原作の『点子ちゃんとアントン』につきあわされた。今年の初映画鑑賞だというのに2度目の映画である。お金持ちの家に生まれてもお母さんの愛情に飢えている点子ちゃん,お母さんは優しいのに家が貧乏なアントン。何でも揃っている家庭というのは,ドイツでも日本でもそうはないのだろう。どんな家にも,それぞれ抱えている問題というのはあるのだ,きっと。場の空気を読むことも大事だが,点子ちゃんのように場の空気をかき回すことも時に必要なのだろうし。
 点子ちゃんのおかげで,今日のところは,わが家は平穏な部類なのかもしれないと喜ぶことにした。新しい年の365分の1はそんなことで終わっていったのだった。

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