いなばにあん 時々嘘つかないTOPへ

いなばろぐ「べんとーさん忘れてもかーさん忘れるな」の,雨と無知との遭遇いなばにあんいのの日記。

2008年6月30日(月)放置ページ
 今年も半分終わった。時間の経つのが大変早く感じられるこの頃である。
 トップページに書いてある日付によると,HPを作成したのは1998年の7月1日らしい。作ったころのことを詳しく覚えていないのだが,あのころ,地元のパソコン通信をされていたみなさんが次々とHPを公開された。そんな雰囲気につられてコンテンツもないのにはじめてみたというところだろう。
 何しろ,当時パソコン通信をされていた地元のみなさんは電脳的先鋭集団で,PCのハードやソフトに詳しいだけでなく,携帯電話の所有等も殊の外早かったのである。ボクはその集団の最後を遅れないようについていくのがやっとだった。チャットのスピードも遅かったし。せいぜい,自転車に乗ってランチの食べ歩きをする程度が専門分野だったのである。
 まっ,そんなわけで,明日は一応開店10周年記念日。とはいえ,ほとんど放置状態だったページである。訪問してくださる方がぽつりぽつりと現れ始めたのは,この3年ほどのことだ。お世話になりました。
 自分では,「食べたら書きなよ」ということにしているのだが,何だか無為徒食のような気もしてきて,ホントもういい加減にしたらどうかね。そのうち放置に戻ることだろう。

2008年6月29日(日)INDOOR GAMES
 労働者のみなさまのインドア・ゲームのお手伝いということで,日曜なのに会場に8時集合である。日曜というのは,ウィーク・デイの不足がちな睡眠をまとめてとる朝なのだ。そんな時間なのに,タクシーで病院へ向かっている人や,雨の中の土手をジョギングしていらっしゃる方もいて,イレギュラーな日曜の過ごし方もそれなりの発見があるのだった。
 会場でゲーム器具の準備をすればあとはやることがない。しばし,試合観戦。それにしても今年は参加チームが少ない。おまけに,参加されているのは公務員系のチームやいなばの大手企業の労働者のみなさんである。いいのかこれで。
 他産別のみなさんとの交流や親睦等が目的なのだと思うのだが,例年と同じゲームでは,囲碁や将棋大会と同様,参加されるのは固定化された余裕のある労働者のみなさんだけなってしまうのではないか。UNOや麻雀を取り入れてはどうかと囲碁将棋大会の時に支部長に話したけれど,今回は,各労組から5人ずつくらいを集め,未普及スポーツというかマイナースポーツの講習会をやってから競い合ってはどうかとご提言した。カーリングとかペタンクとか体育館雑巾掛けレースとか缶蹴りだとか。
 いつものことだが,真剣には取り合ってもらえないのが残念である。支部長をはじめいい人達なんだけどな。何しろ,今年で45回目の大会らしい。自分達の任期時はとりあえず伝統や現在の体制を守ってつないでおこうというのは,あちらこちらで散見される話ではある。
 キング・クリムゾンの『LIZARD』の中に『INDOOR GAMES』という曲があったのを思い出した。今夜も1970年の懐メロである。美しいメロディの詰まったアルバムだ。馴染んだものは気持ちよくて安楽である。来年も同じ種目にしたくなる気持ちが分かるな。来年も今年と同じでどうぞ,インドア・ゲームは。

2008年6月28日(土)THEN PLAY ON
 雨も降っているし,二日酔いだったりで,外出もせずに一日が終わった。おかげで,CDに画像を焼き付けたりする業務がはかどり,とりあえず締切分がひとつ完了。大変楽になった。
 ほとんど音楽をかけっぱなしだったので,アンプもプレーヤーもかなり熱をもっている。お疲れだったね。
 数えてみたら,10枚のCDを聴いていた。
 ピアノ・トリオばかり流していたので,夜は馴染んだロックのアルバムにした。どうしてそれらのアルバムを選んだのか分からないが,サンタナの『CARAVANSERAI』の次に,フリートウッド・マックの地味な『THEN PLAY ON』を流して本日は終了である。『ブラック・マジック・ウーマン』でつながっているバンド同士という意識があったのだろうか。いずれにせよ,どちらもアナログ時代にとてもよく聴いたアルバムだ。
 CD盤『THEN PLAY ON』には,1970年発売のLPには収録されていなかった9分近い『OH WELL』が加えられている。そんなおまけはさておき,小品でのピーター・グリーンさんの孤独で哀しいシンプルなギターは,真夜中に聴いてもそれほどうるさくなくて身体に染みてくるのだった。
 ジョン・メイオールさんの門下生で,クラプトンさんも同じようにクスリに溺れていたらしいのに,歩んだ道は随分違ってしまっているのがお気の毒である。

2008年6月27日(金)理屈と膏薬は
 県民室の最近の書き込みはちょっとひどいのではないかと思ったりする。高校教員が携帯電話を使用しながら車を運転しているとか,教育長のリコールの方法を教えろとか,1か月後に回答をして自慢げにNEWマークをつけているとか。リコールしたいんだったら,自分で調べたらどうですの。
 攻撃しやすい人をいたぶった先に何が待っているかって,結局いいわけが上手になるだけなんじゃないの,相手は。誰だって,批判されれば自己防衛が先に立つような気がするのである。県民室は,いずれローカルな2ちゃんねるになっていくのではないだろうか。
 などと,日付が変わるまで某公務員の方と飲んでいた人間の感想である。
 帰宅したら,CDがたくさん届いていた。。といっても1枚1100円のCDである。プレスティッジやリバーサイドの再発売ものだ。2500円や1800円では買わない作品をついつい買ってしまっている。
 そんなわけで,ここのところすっかりご無沙汰だった,レッド・ガーランドさんやマル・ウォルドロンさんやフィニアス・ニューボーン・ジュニアさんやハンプトン・ホーズさんのピアノをだらだらと流している。価格の割には音質も悪くないと思うのだが,まっ,それでも文句を言う人はいることだろう。そのうち500円で売られる時代がくるのかも知れない,などと思ったりしているのだった。

2008年6月26日(木)立ち仕事
 ミスが多くて仕事が滞るので,今後2日間の仕事ぶりを見て前向きの姿勢があるか評価すると告げられた大手の塾勤務の方がいらっしゃるらしい。「仕事ができないから使えない」と言われたとか,一日中職場の隅に立たされていたとか。リストラ候補として目を付けられている方のようだ。
 仕事が滞るほどのミスというのはかなりのことだと思うのだが,ボクもミスはあるので,周りのみなさんに迷惑をかけていることだろう。すまないねえ。余裕のない塾に勤めていたら,一日中立たされているかも知れない。まっ,立ち仕事は苦にならない方なんだけどね。
 ところで,今日のボクの仕事ぶりは相当前向きだった。通常業務以外に,職場のクーラーのフィルター掃除をやったのである。高所恐怖症なのに,脚立を3段も上がって作業をしたのだ。すごい上向き。経営者に見てもらいたいね。給料を上げていただけないだろうか。自宅のクーラーはいつもつれあいがやってくれるので,やったことがないんですぜ。自慢にならないが。
 他人に厳しく自分に甘いボクは,「仕事ができないからもう使えない」というような上司の仕事のできなさを探すのは割合得意分野なので,何だか闘ってみたい職場だねえと思ってみたりするのだった。以前,他所様の職場の組合支援活動で,日付が変わっても経営者とやりあった団交を思い出したのである。
 まっ,それぞれ言い分があるわけで本当のところは分からないけれど,うちの団交とは違い,激しいやりとりが行われているに違いない。大学への入り方だけでなく,リストラのやり方とか,団交の乗り切り方という講座もそのうち開設されるのだろうか。

2008年6月25日(水)施錠
 勤務時間を終え,昨日の団交の続きのような業務を片付けて帰宅したら,玄関に鍵がかかっている。キーホルダーに付けている合い鍵で入ったら,なんだ,いるじゃん。どうしたのかねと尋ねたら,市内で起こった先日の強盗事件の犯人はまだ捕まっていないんだから怖いでしょ,とおっしゃる。それはそれは。いてもいなくても鍵をかける時代なのである,こんな田舎も。
 88歳の女性から奪ったのは数万円だったらしいから,すぐになくなってしまうんだろうねえ。
 強盗が,もっとないんかいなどと騒いでいる間におばあさんは家から脱出したんだって,家族は3人だよなどと教えてくれる事件現場近くに住む小学生がいて,持つべきものは情報源である。って,おじょうちゃんそれはどこで仕入れた情報なの?ほんまかいな?侮れないのである,今どきの小学生は。
 まっ,わが家は現金は自宅に置かない主義だから来てもダメだよ。というか,現金がない主義なので,来ないでください。

2008年6月24日(火)PRETENDING
 久しぶりの団体交渉である。これが普段はクールで穏和な自分かと思うほど,激しい口調で闘った。と思っているが,周りにいたみなさんは手ぬるいやつだなあと思われていたかも知れない。すまぬ。力が足りないのである。次の役員改選では外していただきたい。
 まっ,車に乗っている時にも自分ではないような言葉を口にすることもあるし,夫婦でやり合う時にも口汚くなることもあったような気がする。今日の交渉は普段どおりにやっただけだったかも知れない。
 ということで,今日はことと次第によっては徹夜も覚悟してくださいねと事前に念を押していたのだが,根が優しいので,というか根性がないので,ロックアウトというようなこともなく,今日のうちに帰宅することができた。疲れたけれど。
 たまにはプリテンドが必要なこともあるんです,立場上。演技の下手なのがつらいところである。

2008年6月23日(月)WASTE OF TIME
 他産別労組のみなさまとの会合である。勤務で疲れたあとの会合なので,早く終わっていただきたいのだが,例によって話し好きな人も多い。弥生町でお酒を飲んでお友達と語らっているような気分の方もいらっしゃるようだ。この会合を楽しみにしていらっしゃるのかも知れない。あっ,もちろん素面。
 大半はボクより若そうなみなさんである。それぞれの業界での面白いネタをお持ちだ。真面目で楽しそうな若者も多いのだが,ここのところボクは余裕がない。本当にない。家でやることがあるんです。早く終われ。早く帰してください。と念じながら静かにしていたのだった。
 その甲斐もなく,20時を過ぎているのに結論はでない。何しろ主催する事業が多すぎるし,お集まりのみなさんの幅が広いので,落としどころが難しい。結局,四役がもう一度練り直して再提案ということになった。提案事項は事前によく審議しておきましょうということを学ぶ会議だったのかも知れない。
 終わって帰宅したら,今日は3時間ほどしか残っていなかった。こんなことを書いていたら,あと30分になった。嗚呼。

2008年6月22日(日)ユートピア
 25日から30日にかけ,公私の締切がかなりある。傍から見れば大した内容ではないのだけれど,四国へ行けるかどうかというようなものもあって,本人にはそれなりの負荷なのである。ここのところ休日に家にいないことが多かったので,さっぱり進んでいない。いくつか片付けておこうというのが今日の午後の目標だった。
 それなのに,ついついTVを点けてしまったのである。見るような番組はないと思うけれど念のためにとリモコンの数字を押し続けたのが間違いだった。最後に押したBS2が悪いのである。
 何とかのグランプリ作品の特集らしい。
 南日本放送制作のドミニカに移住されたみなさんのドキュメンタリーも,石炭を追って夕張やベトナムで取材された北海道文化放送の2本とも大変面白かった。とりわけ,ドミニカ移住を扱った作品は10年がかりだとか。制作者のみなさんの思いが伝わってくる。そこに住む人間のありようによって国家の歩み方が変わるということがよく分かった。例によって,国は基本的に個人には何もしてくれないということも。ひどい国もあったものだ。って,ドミニカ共和国のことではない。そんなわけで,ユートピアはどこにもない場所のことである。
 何でも関心を持つことは大事なんだよね。当たり前だが,凄腕のメディア人もいらっしゃるんだということがよく分かった。
 ということで,仕事が進まないまま食事を終えたら,「篤姫」がはじまった。テレビは,できたらバラエティ中心に制作をしてもらえないだろうか。頼むよ。あまり真面目に番組をつくらないでもらいたいな。

2008年6月21日(土)ロースト
 コーヒー豆の焙煎工場を見学させていただいた。豆の選別から,火の温度,圧力のかけ方など,コツコツと地味な作業である。フライパンで煎れば良いというものではないのだった。焙煎加減は,永遠に追い求め続けなくてはいけない領域らしい。どんな世界でも,もうこれで良いということはありえないのである。常に更新だね。
 部屋の中もよい香りがするけれど,外に出るとさらに強烈な香りが心地よい。豆は産地によってそれぞれ個性がある。ブレンドすると,それぞれが互いの良さを消し合うこともあるらしい。まとめ役としての良いリーダーが必要なのである。ブラジルは結構良いリーダーになることがあるのだとか。とりあえず,ブラジルとコロンビアとグァテマラをいただいて帰り,自家製ブレンドに挑戦してみることにした。
 ドリップの実演も見せてもらった。90度近いお湯でまず40秒蒸らしてから,ふくらんでいる中央部分を攻め続ける。万遍なく注がなくても,周辺にお湯が染み込んでいくので大丈夫らしい。白い泡はアクなので,最後まで落としきらずに切り上げるようにね。
 ということで,明日の朝はオリジナル・ブレンドで爽やかな一日がはじまる予定である。

2008年6月20日(金)健康診断
 出張と重なり2年間やっていなかった職場の健康診断を久しぶりに受けた。問診表の自覚症状項目は,「肩が凝る」くらいしかない。元気なつもりなのである,本人は。したがって,生活改善に取り組む意思があるかとか,スポーツをするかというような問いもあったけれど,すべて「いいえ」にした。
 1週間に何日酒を飲むかというしょうもない質問もある。毎日汗をかきつつ仕事をしているのに,発泡酒!くらい飲まなくて,何で待てば海路の日和やねん。って,何のこと?
 ということで,もちろん7日と書いたのだが,実はこの日に備え,この2日間発泡酒を飲んでいない。すごい。
 と思っていたのに,1カ月くらい断たないと効果ないと思いますよーと担当者に言われた。そんなもんなんですの?
 まっ,いいや。2日間飲まなかったおかげで,結果待ちの血液検査とレントゲン以外は特に問題がなかった,と思うことにした。ラッキョウとオニオンスライスとエシャロットをほぼ毎日食べているから,血液もサラサラのはずだし。
 そんなわけで,週末でもある今夜はいつも以上にたっぷり飲ませていただいたのだった。頭は何だかドロドロである。

2008年6月19日(木)HERE'S THAT RAINY DAY
 記録的大雨の九州やせき止め湖ができている東北には雨は不要だが,砂丘界隈の今朝は久しぶりの雨だった。とはいえ,仕事を熱心にやっている間に雨は上がってしまっていて,畑に置いてある樽にはあまり水が溜まっていなかった。残念。
 降れば無情で降らなくても無情。雨も大変である。
 こんな梅雨時や秋の長雨のころに聴きたくなる曲に,『HERE'S THAT RAINY DAY』という曲がある。とはいえ,ここでの雨は心に降る雨だ。そんな雨も,大概無情そうだ。
 ポール・デスモンドさんやデューク・ジョーダンさんの演奏も好きだけれど,学生のころよく聴いたのは,CHARLES McPHERSONさんの『THE QUINTET/LIVE!』のB面である。新しいことをしたミュージシャンではないと思うが,もの悲しいアルト・サックスの音が,安アパートの自作16cm密閉スピーカーのチープな音によく合っていたのだった。
 いつの間にか蕾ができていた庭のマツムシソウを眺めたあと,久しぶりにマクファーソンさんの『HERE'S THAT RAINY DAY』をくりかえし聴いている。

2008年6月18日(水)ROUND MIDNIGHT
 117に乗って福岡から帰っていらっしゃった方(すごい!)と,地元の117乗りの方と3人で,クーペ・ミッドナイト・ミーティングを行った。といっても,残念ながらボクの117はHEATランプと警告音が鳴ってトラブルが発生。屋根を開けた代車で参加させていただいたのだった。夜遊びは楽しいね。ホタルを見に来ている人も少なくて,大変気持ちが良い。日付が変わったころ,2台のクーペの後ろ姿を見せていただきながら帰路についたのだった。幸せ者である。お土産等もたくさんいただきました。117に乗っていればこそだ。ありがとうございました。
 ところで,今日は雨が降るのかと期待していたのだが,降らなかった。梅雨に入ったということだったけれど,まさに空梅雨である。過去の天気を見ると,5月10日に一度雨が降り,6月は5日に降ったきりなのだ。
 今年はジャガイモの植え付けが随分遅かったので,まだ85日ほどしか経過していない。枝も元気で,葉っぱは緑々している。7月の頭に収穫したいと考えているので,もう少し元気でいてほしいのである。
 湿気を嫌うとはいえ,あまりに水をやらないと枯れてしまう。夕方に,畑まで水を40リットルほど運ぶのだが,疲れた身体にはしんどい。そんなわけで,ちょっとだけでいいから降っていただきたいのだった。
 ジャガイモは枯れる寸前にも玉太りするのだとか。定年前の数年の掛け金が,退職金や年金支給額に大きく影響するようなものだろうか。線香花火が最後に大きく火花を散らすようなものかも知れない。
 何はともあれ,明日が雨だとボクには良い天気なのである。

2008年6月17日(火)WHEN SVENSSON HAS GONE
 びっくりした。エスビョルン・スヴェンソンさんの訃報記事である。44歳。スキューバダイビングがご趣味だったのか。今朝の新聞に掲載したのは,多分朝日新聞だけ。朝日新聞にはジャズ好きが多いのだろうか。あるいは,読者にジャズ好きが多いという想定なのか。何にせよ,ご連絡いただきどうも。
 ヨーロッパ・ジャズを聴いていて,さらにロックも好きな人には身近なミュージシャンだと思うが,一般的にはまだマイナーなピアニストかも知れない。
 新譜が出れば購入するミュージシャンのひとりなので,12枚のCDがあった。帰宅してから3枚続けて聴いてみた。ピアノの滑舌はもちろん,リズム隊のみなさんもはっきりと一音一音を発音されるので,ごりごり,がつんという演奏がボクの身体に心地よい。ゆっくり話しているかと思うと,ちょっとあそこまで走ろうぜとメンバーの誰かが走り出しちゃったりもする。へんな音もあったり美しいメロディもあったり。レディオ・ヘッドの音楽が好きと公言するくらいだから,通常のジャズ・トリオではない。まっこと,変化に富んだ豊かなピアノ・トリオなのである。
 ジャズの定型におさまろうとするのではなく,枠を拡大していこうとしたトリオなのだった。更新し続けようとしたバンドだから,ボクは強く惹かれたのだろう。まだ若かったのにもう新譜が聴けないのかと思うと,本当に悲しい。
 とりあえず今晩最後のアルバムは,最初に出会った『WHEN EVERYONE HAS GONE』を流している。輸入盤漁りをしていて良かったと思った一枚だ。怠惰に流れそうになる時は,これからもスヴェンソンさんのトリオがボクを励ましてくれることだろう。感謝。

2008年6月16日(月)小籠に摘みし
 3年前に近所から手折らせてもらい挿し木にしていた桑が,今年実をつけた。結構,大きな実である。
 庭に桑の木がほしくて,何度も挿し木にしたのが,やっと根付いてくれた。
 もともと成長の早い木なのか,施肥や剪定が効いたのか,30cmほどの挿し木が,すでに2m50cmを超えている。30個という今年の収穫量ではジャムは作れないけれど,来年はわが家分のジャムを作ることができるかも知れないと楽しみにしているのだった。
 子どもの頃は,村に蚕棚のある家がまだあった。学校に繭を持ってくる友達もいた。当然,近所に桑畑もあったから,食べ物が豊かではなかったガキんちょには,桑の実は恰好のおつまみだったのである。唇の周りや舌を紫にしながら食べた記憶を,庭でリアルに体験してみたいのだった。そんな懐古趣味に陥るというのは,歳をとったということなのだろう。とはいえ,後ろ向きもたまには気持ちの良いことがあるのだ。
 幼少時によく食べた実のなる木で,もう一本庭に根付かせたいと思っている木がある。ここのところ失敗ばかりしているけれど,成功したらいずれまた。

2008年6月15日(日)行って帰ります
 青森にも岩手にも友人がいない。本州で最も東北部の友人は栗原市の隣に住んでいる。地震のあった日に電話をしたら,棚や割れたガラスの整理をしているところだった。とりあえず,無事でなによりと喜んだのだが,またまた,突然の理不尽なできごとでお亡くなりになった方がいらっしゃって,お気の毒なことである。
 玄関を出る時,再び生きて帰ってくるのが当たり前だと思っているのだが,出たっきり生きて玄関に入れないというのは,ホントつらい。そろそろかもという自覚ができたころに,病院や自宅で眠ることができたらいいなと思うのだった。『天然コケッコー』の中の子ども達が学校へ行く時,「いってかえりまーす」と言いながら家を出るのを思い出した。出かけたら帰ってこないとね。
 ということで,今日も八東の分限者宅や若桜へ出かけたのだが,車の事故もあり得る。いつにもまして安全運転である。
 帰りは,郡家署の手前で,ねずみ取りに遭遇。残念でしたねえ。ゆっくり走っていたおかげで,後ろのみなさんも助けてあげたのだった。時々は他人様の役に立つこともあるらしい。

2008年6月14日(土)屋根替え
 茅葺き屋根の葺き替えをされるというので,見学させてもらった。17歳からこの仕事を続けているという,いなばでひとり残った職人さんである。76歳とは思えない身のこなしだ。すき間に次々と茅を差し込んでいく。大変,手際がよい。器用さと辛抱が大事とのこと。使用の茅1束は約1000円。このおうちの場合は250束ほど必要だ。萱葺き屋根はなかなか贅沢なことなのである。
 いなば界隈で100軒くらいは茅葺き屋根があるらしい。倉吉や岡山からも依頼があって,年に10軒くらいの仕事がくる。茅葺き屋根は減っていくだけと思われるかもしれないが,文化財として,地域に茅葺き屋根集会所等をつくるところもある。急に仕事がなくなることはなさそうだ。
 農業をやっていらっしゃるご子息が時々お手伝いされるらしいので,後を継がれることがあるのかも知れないが,進路を探している若者は茅葺き職人を目指すというのはどうだろう。貴重な存在になると思うな。
 午後は,砂丘の見える部屋での歌会に参加させていただいた。えどさんとかはなやまさんという素敵な歌人とご一緒できただけで幸福な気分でした。ありがとうございました。

2008年6月13日(金)後生畏るべし
 今日はまたまたタイトな一日だった。いや,ホント。詳しい内容を提示できないのが残念である。本格的クレーマー対応である。場の雰囲気を読めないボクより若い方おふたり。つかれるなあ。もちろん,本人はクールにいい仕事をしたと思っているのである。
 まっ,そんなくさった気分でありながら,あなたのラッキョウはどうやねん,歯ごたえはあるの?漬ける時の熱湯は結構有効ですぜ旦那,という会話もしている夜である。蛍は1500匹ほど飛んでいたらしい。
 ああ,飲んでいても頭に浮かぶ昼間のできごと。みなさん(って,誰やねん)。大人の対応ができるようになってもらえないだろうか。
 で,何だか具体がないのでわかりにくいけれど,とりあえず明日は年に一度の他流試合の日である。今日はそんな気鋭の若いみなさんにお会いできて刺激的でしたよ。いろいろと,後生恐るべしという一日であった。
 なにはともあれ,みなさんボクを育ててくれている人達であろう。ありがたいことである。

2008年6月12日(木)SUMMERTIME
 イレギュラーなことがあっていつもより家を出るのが遅くなりそうだったのに,ベランダで洗濯物を干していたつれあいが,朝顔が咲いているわよと余計なひと言。いや,ありがたいひと言。いつもの出勤時間は過ぎていたけれど,今年初めてのことである。せっかくだから,1枚だけシャッターを切っておいた。
 今年も深いブルーが美しい,ウィスコンシン産ノーリアンズブラックV世である。ツル用の手をつけている鉢ではなく,パセリのプランターにこぼれていた種から育ったようだ。
 種をいただいてから3年目であるが,江戸住まいが3代続けば江戸っ子に認定されることを思えば(固いことは抜きで),このノーリアンズブラックV世も,いつまでもよそ者扱いではなく,いなばっ子として認定してもよいのかも知れない。ノーリアンズブラック砂丘1号の誕生である。
 昨年は12月になってもつぼみをつけた。今年も朝の楽しみのひとつになってくれそうだ。明日からは,ちょっと早めに起きることにしよう。わが家のサマータイムのはじまりである

2008年6月11日(水)いゃあ映画って
 『シベ超』の水野さんがお亡くなりになられたらしい。おつかれさまでした。
 放送時間に合わせて編集され,日本語にふき替えられた洋画をテレビで見ていた時代がボクの中に確かにあった。今になって思うと,『ララミー牧場』などのアメリカ・ドラマからだけでなく,水野さんや淀川さんや小森のおばちゃま達のご紹介映画によるアメリカ文化の刷り込みが行われていたり,映画産業支援者育成にもなっていたのかも知れない。そんなみなさんが次々といらっしゃらなくなっていくんですねえ。
 水野さんといえば,『シベリア超特急』である。動かない超特急内の超棒読みセリフ。間も悪いしセットもチープ,水野さんの滑舌も良くない。B級を飛び越えた,堂々のCクラス映画であろう。お金がないからなのか,演出なのかよくわからないが,リアリティのほとんどないツッコミどころ満載映画だ。真面目な人にお勧めすると怒られるような気がする。
 とはいえ,そんな映画が結構お気に入りである。次々と現れるツッコミどころを楽しみ笑うサスペンス映画なのかも知れない。とってつけたような感もあるが,人種差別や女性差別問題もあるし,反戦も盛り込んである。映画が好きなだけでなく,伝えたいことはいろいろおありだったのだろう。
 頭の中を具体化していく過程で思い通りにいかないことは,映画に限らずよくあることだ。イメージ通りではなかったけれど意外に受けたというのは,いい観客に恵まれたということなのかも知れない。映画ってほんとうにいいですねえと言い続けられた成果のひとつであろう。
 ホント,楽しませていただきましたよ。ありがとうございました。

2008年6月10日(火)タンジェリン・ドリーム
 ここのところちょっとよく働いている。今日もそれなりにタイトな業務で疲れた。残念だが,鉄を拾いに行く暇と体力が残っていない。どこにも寄らず,まっすぐ家に帰った。
 それでも,夕食をとる暇とテレビのスィッチをオンにする体力はあった。しっかし,これがまぁみごとなくらい見たいと思う番組がない。タレントのみなさんなどが職を失わないようにと,箱の中で騒いでいらっしゃるばかりである。ありがたいね。
 そんなわけで,1980年ころの「シルクロード」をちょっとだけ見て,今日のボクのエンタメは終了。
 「シルクロード」といえば,BGMは懐かしの喜多郎さんである。今夜は,喜多郎さんが影響を受けたドイツの先進のバンド,タンジェリン・ドリームを流してみることにした。とりあえず,ポップな30年ほど前の『STRATOSFEAR』や『EXIT』。
 単調でパターン化されたリズムである。ゆっくりと広がっていく展開が,疲れた身体に結構気持ちよく聴こえた。『21ST CENTURY COMMON MAN』という曲があるのにはちょっと微笑んでしまうけれど。

2008年6月9日(月)くず鉄
 休日にいい小遣い稼ぎができましたよとおっしゃる方がいらっしゃった。「なんでなんで」「どうやってどうやって」
 くず鉄を2トン車で鉄リサイクル業者に運ばれたらしい。3万円以上の稼ぎだそうだ。錆だらけのものでも良いのだとか。そりゃあいいことをされましたなあ。で,どれくらい運んだの?
 お聞きすれば,800kg前後だとか。ヒエーッ,重たすぎである。ひとりではとても運ぶ気が起きない重さだ。
 1kgが40円ほどになる計算である。アルミや銅などに比べて価格的にはどうなのだろう。大体,何でそんなにくず鉄があるの?「いやあ,足場をそのままにして夜逃げをされた業者さんがおありなんです。資材置き場として土地を提供していたんですよ。」だとか。
 そういえば,古いマンホールのフタが大量にゴミのように放置してある場所を知っている。あれを売りさばいたら結構お金になりそうだ。って,捨ててあるように見えても,他人様の土地である。勝手に持ち帰ったら手が後ろにまわりそうな気もするけれど。
 さて,そうやって集められたくず鉄は,どこかの国のスポーツ施設建設等に使われるのだろうか。建設が終わると,価格が下がるかもしれないから今のうちか?くず鉄の処分にお困りの方はご一報いただきたい。
 って,今日は殊の外ケチなエントリーだな。先日の納税以来,とても財布が軽いんです。

2008年6月8日(日)頑張れアマチュア
 『東京島』を読み終えてニュースを見たら,秋葉原の事件である。何という理不尽なことを。格差の拡大で,こんなことの増える国になっていくのだろう。とりあえず今日も生きていた我が身を喜ばなくてはいけないのかも知れない。
 今日はあちこちのホールで音楽関係のイベントがあった。
 撮影道具を携えて市民音楽祭に出かけた。訳あって。歌い出しが揃っていなかったり,アンサンブルがずれたりしたグループもあるけれど,別にハイ・レベルの演奏を期待しているわけではない。
 何しろ,出番前に,緊張のあまり血圧が200mmHgになり,隣の病院へ運ばれた人もいたくらいである。
 どのグループも,仕事の合間や週1回程度の限られた時間の中での練習のはずだ。まだ練習が十分でなかったグループもあるのだろう。撮影されたビデオの映像を見たら,落ち込む人もいるに違いない。それでもみんな続けているのである。継続はバカぢから。そんなことが見えてくるグループほど,何だか愛おしい。素人の発表会というのは,そんな練習風景というか今日に至るプロセスも想像しながら聴くものなのかも知れない。
 そんなわけで,上手ではないグループの音楽も,意外に心優しく聴くことができたのだった。音楽を聴いていると,性格もよくなるような気がした。
 秋葉原で事件を起こした青年には,音楽との良い出あいもなかったのだろうか。

2008年6月7日(土)作歌苦
 月にいちどの短歌会である。なぜか今回は少人数の歌会だったが,少ないということは,どうしてもみなさんがなにがしか意見を言わなくてはいけないのである。ということで,いつにも増して賛意反意の飛び交う歌会だったのではないかと思われた。
 そんな中で浮かび上がってきたことのひとつは,われわれは律儀過ぎるということだった。真面目で正直者揃いなのだ。歌を立ち上げていくためには,多少のふくらまし粉やおたふくソースがあっても良いのである。実直だけではいい歌はできないらしい。
 あるいは,詠み手が酩酊してはいけないのである。節度をもって言葉を紡いでいく姿勢が必要なようだ。詠み手はしゃれた詠みをしているつもりかも知れないが,どこかに自分の思い込みや錯誤があるのかも知れない。
 さて,その錯誤を解消するにはどうすれば良いのか。とりあえず,歌会に参加することが大切なのだということが分かった歌会なのだった。

2008年6月6日(金)AUTUMN LEAF
 オレンジと黄色のマークをつけた車をよく見るようになった。今朝も,路地から大通りに出ようとされていたマーク付きの白いセダンに先をお譲りした。もみじマークというらしいが,わが家のもみじとは形が絶望的に違う。枯葉マークならわからないでもないけれど。
 1年我慢するだけの若葉マークと違い,免許証返上まで貼り続けるのかと思うと,あのセンスはちょっと嫌だ。気に入っている自分の車には貼りたくないな。もっとおしゃれにしてもらえないだろうか。責任者出てこい。というか,利益を得たところが犯人ということになると,今回の法改正はシール屋さんの陰謀である。って,こればっかり。
 一通り売れたあたりでデザインを変更し,また買い換えを狙うという作戦はどうだろう。なにしろ,これから高齢者は増える一方である。あるいは,20歳未満とか,20歳から49歳までのマーク,50歳から74歳のマークも義務化するとシール屋さんはもうかりそうだ。
 このまま枯葉マークが続くようであれば,老後用の車のボディ色はオレンジか黄色にでもするか。でも,そんなマークより,「危」とか「災」とか「恐」という文字のロゴを貼ってもいいんです,ボクは。
 危険,やけどするから近寄らない方がいいよ,ボクには。もとい,ボクの車には。
 ということで,今夜は,ダド・モロニさんとピエラヌンツイさんの2台のピアノによる結構やかましい『AUTUMN LEAVES』を流し,行く末を案じているのであった。暇だということである。

2008年6月5日(木)減る友
 高校時代の同級生に会った。県外で単身赴任中のところ,業務で丁度いなばに帰ってきたらしい。いいね,単身赴任。やってみたいな。単身赴任に縁のない人生になりそうである。
 お互いの最初の子どもが同級生だ。うちの娘は結婚したのかと尋ねるから,いやさっぱりその気配はないんだよねと答えると,「オレは11月におじいさんになるよ。」と何だかうれしそうに見えた。まっ,そんな歳だよね。
 会話が途絶え,ちょっと頭頂部の髪が少なくなっているかもと思っていたら,彼の方から,「髪がまだ多いねえ。」と話題を出してきた。何をおっしゃいます。最近よく抜けるんだよね。髪を洗った後なんかは,怖くて鏡を見ることはできませんよ。いや,ほんま。などと久しぶりにあったのにそんな間抜けな会話である。
 つれあいにその話をしたら,ちょうどテレビで髪の洗い方や手入れについてやっていたわよとのこと。頭皮は髪の畑なのできれいにしないといけないのだそうだ。洗髪時は,生え際から頭頂部にかけて指で洗い,シャンプーをきれいに洗い流すようにと言われた。ハイ,おっしゃるとおりに。
 でも,あなたは髪を乾かさないで寝るから,それが一番ダメだと思うわ。うーん,ドライヤーを使うのが面倒なんだよね。それほど長かった友人関係とも思えないが,ボクの髪はこれからも減る一方のようだ。
 次に会う時にはお互いどんなことになっているんだろうね。

2008年6月4日(水)サービス
 車が運転できない時は,代行をお願いしたりつれあいに迎えに来てもらっていたので知らなかったが,タクシーを利用すればビールやおつまみがもらえるサービスがあったらしい。頑張ってるなあ,タクシー業界さん。カスタマーの確保は大事である。霞ヶ関界隈だけでなく,いなばでもそんなサービスをやってもらえないだろうか。ボクは,ビールじゃなくてもいいんだけどね。
 しかし,官僚のみなさんというのは終電がなくなるころまで働いていらっしゃるんですねえ。国民などのために。年間150回前後もタクシー帰りをされた方もおありだとか。睡眠不足で身体を壊されたりはしないのだろうか。そこまで無理をされなくてもいいと思うのだが,ありがたいことだ。サービス業界の鑑である。
 高給なのだろうから,これからもどんどんタクシー業界にお金を落としてあげてほしいな。電車がまだ走っている時間帯は,電車も使ってあげてね。
 残業代稼ぎだったり,タクシー・チケット使用というのは,まさかないとは思うけれど。

2008年6月3日(火)サラサラ
 久しぶりの休日だ。とはいえ,いくつかやらなくてはいけない面倒な業務がある。とりあえず半分だけ片付け,午後は植物に肥料をやったあと,ラッキョウやタマネギを抜いてみた。
 昨年の福部界隈のラッキョウは大豊作だったけれど,わが家は今年も順調に育っていた。ラッキョウだけは何とか自給できそうだ。主食でないのが残念である。
 心はサラサラ清らかという人間ではないので,せめて血液だけでもきれいにしようと,ここのところ,年間を通しラッキョウを毎日食べることができる量を漬けている。つれあいは,心や血液がきれいになることにあまり関心がないのか,あるいはすでにきれいだと思っているのか,ラッキョウに関してはほとんど何もしない。
 畑から掘って帰り,根切りをして,洗って皮を剥き,ラッキョウ酢をつくって漬けるのは,ここのところボクの担当である。これが結構きつい。腰が痛くなったり,匂いのせいか頭痛もしてくる過酷な作業である,ようにボクには感じられる。
 ラッキョウ酢は,ラッキョウ1kgに対し,水1.5カップ,米酢1.5カップ,砂糖1.5カップ,塩大さじ3杯,鷹の爪3本を入れて煮詰め,熱いうちにラッキョウにかける。来年の調理時のための備忘である。
 ということで,長時間,台所仕事をした。両手がすっかりふやけ,大変きれいなサラサラの手になった。心や血液に効果があるのかよくわからないが,手だけはラッキョウのおかげできれいになるのである。

2008年6月2日(月)文政年間
 わが家から車で3分ほどのところに,188年前に建てられたという茅葺き屋根のおうちがある。といっても広い屋敷の奥にあるので,ほとんどのみなさんはご存じないのではないか。
 もちろん現役である。次女の同級生のおうちなので,ご家族のみなさんを良く知っていて,おばあさんは,つれあいが知り合ったお年寄りの中でもダントツに楽しい人だとお気に入りである。何しろ,屋根は茅葺きで愛車は赤いスカイラインという,お茶目でオシャレなおばあさんなのである。
 そんなおうちを写真に撮らせてもらった。台所を新しくされるので内部は工事中だったけれど,欄間や天井も美しい。お宝もたくさんありそうだ。
 それにしても,1820年頃といえば文政年間である。子だくさん11代将軍家斉の時代だ。篤姫も生まれていない。よくそんなころのものが残っているものである。豊かな経済力のあった庄屋さんなればこそだ。
 家が残っていないどころか,大体,わが家の先祖がそのころ何という名前を持っていたのかボクは良く知らない。庄屋さんと小作人の違いだろうか。

2008年6月1日(日)いすゞファン
 今日で,7日連続勤務である。内容も結構ハードに過ごしているので,ちょっと疲れ気味だ。とりわけ今日は業務が重なって,終日『I Can't Keep From Crying』な気分である。昨日余計なことを書いたからかも知れない。
 そんなわけで,出勤はいつもの時間だったのだが,契約している立体駐車場に入場しようとしたら,ちょうど白い117クーペが駐車場から出て行くところだった。いや,ホント驚いた。小さなお子さんが助手席に乗っていたのが見えただけで運転している人の顔は分からなかったけれど,仲間がいらっしゃるというのはうれしい。
 駐車場は,定期契約者用と臨時のお客さん用を兼ねている。臨時のお客さんのようだ。ボクも117に乗っていれば面白かったのだが,わけあって今日は違う車で出かけなくてはいけなかった。あちらの方はボクが乗っていた車には何の関心も示されなかったことだろう。残念。
 それだけでもちょっとビックリの一日だったのに,帰りにオレンジ色のベレットとすれ違った。117クーペよりレアじゃないのかな。そんな,いすゞの旧車2台に遭遇というちょっと珍しいできごとを記録しておくことにした。
 ということで,いすゞの車のことを書いたらちょっと気分が回復した。安上がりな男である。

2008年5月31日(土)CAN'T KEEP FROM CRYING
 明日からガソリン価格が上がるらしい。仕事の帰りにいつものGSに寄って,無理矢理給油してもらうことにした。17時を過ぎた頃だったけれど,次々と車が入ってくる。満タンにしてもらった。残念ながら33リットルしか入らなかった。タイミングが悪いな。
 ガソリン・スタンドの社長によると,「そのうちリッター200円くらいになるんじゃないの。」とのこと。先日の暫定税率一時失効時は,5日で100万円損したそうで,もう踏んだり蹴ったり泣き面に蜂蜜のようだ。
 それにしても,ここのところ通勤以外に車を利用する回数が随分減ったような気がする。以前は本やCDを探すため5kmほど先の湖山界隈へよく車を走らせたのだが,燃費の悪い車なのでリッター160円や170円はきつい。サブカルチャー関係は,ネットで物色した方が出費も時間も無駄が抑えられそうだ。
 ガソリン価格高騰は,GSの売上げが減るだけでなく,地域のお店にも影響がでると思うんだけどな。まっ,地域の自転車屋さんの売り上げは伸びそうだ。例によって,泣く人も笑う人もいるのである。泣ける.
 そんな時は,TEN YEARS AFTERの『泣きたい心』がぴったり。ベリー・ブルージーである。10年後のガソリン価格はどうなっているのだろう。

2008年5月30日(金)SMOKE GETS
 ジャスコで頼んだのでもうじき出来上がるという人もいたが,ボクの周りでタスポ・カードを持っている人は少ない。で,タバコを止められたのかと尋ねると,ほとんどの人がカートン買いをされるようになったらしい。カートンを買うついでに飲み物やスナック菓子を買ったりするので,余計な出費が増えた人もいるようだ。
 近所の自販機をよく見ると,今まであった自販機に読み取り装置だけ新たに付けられたものがある。そういうスペースが空けられた状態で販売機がレンタルされたり販売をされていたというのは,タスポ・カード化は結構前から想定されていたということだ。もちろんそんな対応をしていない古い自販機は新しいものに交換しなくていけないだろうから,結局,今回のタスポ導入の犯人は自販機業界さんということである。犯人は利益を得た存在であるということで言えば。うーん,コンビニ経営のみなさんも怪しい。って,なんのこっちゃ。ミステリー伊藤の読み過ぎである。
 新しい自販機を導入できずに廃業される方もいらっしゃるようだが,何か新しいことが始まれば,儲かる人と損をする人が出てくるシステムになっているんだな,世の中は。ボクにはほとんど関係ない話である。
 というようなことを書いたので,ジョー・スタフォードさんとセロニアス・モンクさんの 『Smoke Gets In Your Eyes』を今晩それぞれ聴いたのが,タスポのかすかな影響である。といっても,この煙は恋の炎が消えた煙らしいけどね,失恋の。こっちも関係ないや。残念。

2008年5月29日(木)ボノ博士
 スーパーの野菜売り場では,砂丘ラッキョウがなかなか存在感のある香りを放っている。鮮魚コーナーには,アゴの子のパックも並んでいる。初夏を感じる食材だ。
 そんなわけで,今年もアゴの子の煮付けを食べさせてもらった。煮すぎることもなく,ちょうど良い煮付け加減である。調理担当者が張り付いて煮加減を見ていたのだろう。ありがたいことである。って,高級料亭ではなく,わが家のアゴの子の話なんです。
 パックに入れられているアゴの子の量を考えれば,ちょっとコストは高いような気もするが,とはいえ400円くらいの食材である。たまにはいなば暮らしの豊かさを味わわせてもらってもバチは当たらないだろう。
 と思ったら,来日中のボノさんのアフリカ支援活動等のニュースがあった。すいません,ボクはとても贅沢な晩ご飯でした。ボノさんほどではないと思うけれど。
 ロケンローラーはホテルの部屋を壊すばかりでもないのである。まっ,ロケンローラーなんだからたたけば埃はでるのだろうし,食事は高級レストラン専門なんじゃないのというようなツッコミをしたくなるが,ボノさんのような社会活動をするスターが少しはいてもいいのかも知れない。名誉博士の称号を与える大学はどうかと思うけれど。
 そんなわけで,23時を過ぎたころにU2の『HOW TO DISMANTLE AN ATOMIC BOMB』を流してみた。うっ,うるさい。ご近所から爆弾が飛んできそうだ。ボリュームは控えめに。称号も控えめに?

2008年5月28日(水)箱物
 職場の近所にあるわらべ館の平日の入館者が,今週は10人に足りない日があったとか。休日には団体客もあるようだが,この施設に限らず,公立の各博物館などの平日の入場者数は似たようなものだろう。
 高齢者人口が高いのだから,昼間に自由時間のある人はこれから増えるはずだ。幼児やお年寄りが毎日でも通うような施設にする工夫を考えないとね。って,民間じゃないところはそんなことには真剣にならないのだろうか。それにしても,受付などの方は時間をつぶすのが大変だと思うのだが,慣れれば楽でいいのかな。ボクは今日もちょっとハード・バップ。
 わらべ館は,コンサートが行われるホールにしか入ったことがないので,正面から入場料を払って入館したことがない。そういえば,バード・スタジアムというところにも入場したことがない。いくらかけてつくったのか知らないが,サッカーに興味がない人間も入場するようなイベントを計画して元を取っていただきたいな。
 バード・スタジアム辺りの土地は,かつての行政の長の所有地だったという話を聞いたことがある。道路のカーブは,政治家の持っている土地にひっかかるように無理に曲げるという話などとともに,結局は政治家の金儲けや票稼ぎのための施設作りだったんじゃないだろうね。
 わが家の辺りにも,箱物か高速道路をつくってもらえないだろうか。いつでも立ち退きますぜ。

2008年5月27日(火)Uターン奨励
 お友達に街で会った。「いょ,久しぶり。もうかりまっか?」
 その彼によると,関西に出て働いていた同級生2人が,最近いなばに帰ってきたとのこと。どちらもお母さんと暮らしはじめたのだそうだ。パートナーとご一緒に。えらいねえ。
 われわれの親の年代の多くは,80歳前後だ。どちらかがお亡くなりになって,ひとり暮らしをされている人も多いのだろう。自分達の生活と親の面倒をどうするかという悩ましい問題にぶつかっているんだなあ,みなさん。ボクも東京に残り続けていたら直面していた問題である。
 仕事はどうしたのかと尋ねてみたら,ふたりとも実家の田んぼで農業を始めたらしい。子育てもほぼ終わり,もう大金はいらないということなのかな。ボクと違って蓄えが豊かなのかもしれない。何はともあれ,土はいいよねえ。
 サラリーマンからの農業転身は大変だと思うけれど,頑張ってほしいな。ボクよりはるかに真面目だったふたりの作った玄米なら,喜んで買わせてもらうよ。

2008年5月26日(月)慰労回復盤
 勤務時間が終わるころ,左目の下辺りがピクピクと震えだした。食べたらおいしそうな場所である。マグロとか,カレイの場合であるが。
 隣の人と話をしていても何だか気になる。詳しい人にお聞きしたら,「眼底痙攣じゃないですか。疲れていたり,ストレスがたまるとなりますよ。1週間続くようなら病院に行った方がいいかもですねえ。でも,ストレスたまってるんですか?」とおっしゃる。
 ええ,たまってますともストレスだけは。身体も疲れているんです。見りゃ分かるでしょうと言っても,全然,他の人には疲れているように見えないらしい。どうせ遊び疲れでしょなどと言われたり。
 そういえば,ここのところパンクな音を聴いていた。イギー・ポップとかソニック・ユースとかを,年がいもなく。音楽をECM系のピアノに切り替えた方が良さそうである。と思って,単純な音の繰り返しであるNick Bartschグループ"Ronin"のアルバムを流してみた。しかし,単調なリズムの繰り返しも何だかイライラしてくる。ミニマル・ミュージックは疲れた身体には良くないようだ。
 結局,部屋を暗くして,『I Love You,Porgy』の自家製コンピ盤を聴くことにした。アルコールとともに。キースさんやエバンスさんやエリック・リードさんやニルス・ラン・ドーキーさんの演奏を集めた秘蔵の1枚である。って,秘密にしているのではなく,どこにあるかすぐに出てこない隠れた1枚なのだった。
 音楽のせいなのかアルコールのせいなのか,まぶたが下がってきて気持ちがよい。ポーギー,ボクも愛しているよ。

2008年5月25日(日)千状万態
 雨が降ってきそうな中,社会福祉協議会などが主催されたふれあいの会に,加盟している労組上部団体のみなさんと参加した。いろいろな人とふれあうというのは自分と向き合うことでもあるのだろうと思い,ここ数年毎年のように参加させてもらっている。
 もちろん,百獣の王団体のみなさんやソロプッチンプリンのようなお金に余裕のありそうなみなさんも協力していらっしゃる。余裕のありそうな方々なのに,テント横に立てかけたわれわれの幟のせいで自分達の看板が隠れてしまうと,ツンツンと抗議してこられた方があった。そんなきつい言い方をせんでもいいのになあと,労働者は顔を見合わせ少し鼻白んだ。プッチンはほどほどに。どこにもいろんな人がいるのである。
 われわれの担当部門は,お菓子釣りと餅つきだ。チケット不要のお菓子釣りは,用意した菓子袋が1時間足らずで全部釣り上げられた。呼び込みを頑張ったのである。
 餅つきは,3斗分の餅米を蒸してふたつの臼でついた。蒸籠担当のおねえさんクラブのみなさんは手際がいいね。よく働かれるし。
 さて,一方のつき手である。一番最初に杵を持った方は,ボクと似たような年代のように見えたが,こねが甘い。軽く簡単にこねてからつきはじめたものだから,臼の外に餅米が飛び出る。ギャラリーのうるさいこと。子どもさんに解説するお父さんもいたり。
 どれどれ,次の臼はオジさんに任せてご覧。ほら,こうやって,こねこねこねこね。こねこねこね。んー,ひっくり返して,こねこね。こね,こね。こね。こね。ねこ。腕が疲れるぜ。ぺったん。ぺったん。ぺたんく。あー,そこの若い衆,あっいやなに,ちょっと代わってもらえんだろうか。えー,もう交代かいって,いやホント役に立たないオヤジなのである。ごめんね。
 まっこと,いろんな人が集まっているのだった。。

2008年5月24日(土)退院
 板金や塗装は終わってきれいになっていたのだが,ヘッドランプなどの部品がなかなか届かなかったようで,やっと今週,車検が完了したという連絡をいただいた。
 今日は,つれあいに同行してもらって,完治した117クーペを受け取りに行った。保管場所が氷ノ山の麓なので,40kmほど走って。
 エンジンはさておき,外観はきれいになっていた。とはいえ,気になるところは何カ所かある。まっ,年を重ねるというのはそういうことだと思うことにした。全体的に良い仕事をしていただきました。ありがとうございました。
 みなさんに見送られ,工場を出発。ボクが先頭を走り,後ろをつれあいがついて来た。117クーペは,殊の外後ろ姿が美しい。それを1時間ばかり眺め続けたのだから幸せ者である。と思っているのは,ボクだけらしい。
 つれあいは知るのが怖いのか,それともこんな男に何を言っても無駄だとあきらめているのか,費用のことはほとんど聴いてこない。賢明である。心臓にも良くないしね。健康第一,無口が第二。
 愛するモノの延命のためにかかったお金なんて安いもんだよね。と思っているのも,ボクだけらしい。

2008年5月23日(金)お持ち帰り
 月曜の朝が締切の業務に手をつけていない。それ以外にも,少し片付けなければいけないことがたまっている。たとえば25日の某締切分とか。焦っている。
 それなのに,今日は東部地区労働者のみなさまの集まりである。会場準備段階から出席させてもらった。総会終了後は,幹事会と懇親会もあった。結局,ずるずると夜の街に引きずり込まれたのである。こんなことになるなら,最初の総会から欠席にしておけばよかった。などと飲み込んでしまったアルコールを悔やんで泣いても元の瓶には戻せないのである。飲酒瓶に返らず。
 最初の出席予定者は20人だったのに,都合が悪くなった方もいて,懇親会はたった13人の集まりになった。料理のキャンセルは不可である。予約した人数分の料理が用意してあって,7人分の料理を余分に食べなくていけなくなったのだった。とはいえ,元々が質より量のお店なので,自分の分を食べるだけでやっとである。大量に料理が余った。
 残った食べ物がもったいない。飼い犬用に残った料理を詰めてお持ち帰り下さいということになり,ボクは無理矢理2パック持って帰らされることになった。ありがたいことである。
 だけど,わが家に犬はいないんだよね。残念。犬の代わりに,つれあいがウナギ寿司やエビ天を食べることになったのだった。
 そんなわけで,飲み過ぎて頭が痛む夜である。もう今日は頭を使った業務は無理。明日に賭けることにした。明日は明日でお楽しみがあるのだけれど。

2008年5月22日(木)キャッチ・セールス
 執務中に,いきなりパトカーのけたたましいサイレンが。続いて,おなじみの「止まりなさい。」のアナウンス。席から立ち上がって眺めたら,白のミニバンが停車させられたところだった。
 信号が赤に変わったのに,無理に右折されたらしい。融通の利かないと思われる男性が,運転席の窓に近寄って何やら話している。アメリカ映画ならちょっと緊張が走りそうな場面だ。車の屋根に手をつかせ,お尻のポケットを点検するとか。
 残念ながら,車から降りてきたのは若い女性である。抵抗されることもなく,パトカーに自ら乗り込まれた。車内で切符販売が行われるのだろう。信号無視の反則金は9000円。お気の毒様。
 15時前のことだ。午後の休息時間ということにして,コーヒーを飲みながら眺めていたら,パトカーが去った後,車は5分経っても動かない。興奮した心を落ち着かせていらっしゃるのだろうか。初めてねずみ取りに引っかかった時なんか,ホント興奮したからなあ。高速で覆面のお世話になった時も,しばらく怒りが収まらなかったものだ。そんなことに慣れていない若い女性ならなおさらであろう。担当した男性の頭の上に燕のフンでも落ちてくることを願う呪いの言葉を唱えていたのだと思うな。なかなかそんな願いは叶わないけどね。
 久しぶりに,ストーンズの『You Can't Always Get What You Want』を流し,レクイエムということにしておいた。

2008年5月21日(水)まぁとんでもない
 帽子もかぶらず半日外で働いた。職場に帰ったら,どこのビアガーデン帰りですかと言われるほど日焼けしていたらしい。ウルトラ・バイオレット光線のたたりがそのうち現れてくることだろう。
 ビア・ガーデン帰りに見えたらしいが,ボクは今年はもうビア・ガーデンには行かない予定である。
 今年初めて行ったビア・ガーデンは焼き肉だった。目の前には,シー・フードと大量のお肉が皿に盛られていた。テーブルにいる5人だけでは食べきれないかもしれないと思ったのだが,ひとくち食べたら肉はマトンである。ひえー,羊さんには申し訳ないが,マトンばかりの焼き肉というのはボクにはちょっとつらい。他のみなさんもそうだと見えて,お肉が結構残ったのだった。
 それを見た隣のテーブルのみなさんが,何でそんなに残すのかとお尋ねになる。だって,マトンなんだもんと答えたら,えーっ,わたし達の皿にはマトンなんてなかったわよとおっしゃる。串や豚肉だったらしい。何だよ,同じグループなんだから,食材は均等にお皿に盛ってほしいな。大体,マトンの焼き肉で材料費を安くあげようとしていらっしゃるのもちょっと嫌だ。
 というわけで,BBQのビア・ガーデンは今シーズンはもう行かないようにしようと思っているのだった。ごめんね。お酒を飲むところはたくさんあるんです。

2008年5月20日(火)記念日
 今日はカウンターに3が5つ並んだようだ。記念日にもうひとつ記念が重なった。いやあ,細々とここまで続いたのもみなさまのおかげです。ありがとうございました。4や5が並ぶ日が来るのかどうかちょっと自信がない。いっそ炎上でもして閉鎖するのが後腐れなくてよさそうな気もするが,とりあえずもうじき開設10年目にもなるので,もう少しだらだらと続けてみるかと思ったりもしている。
 10年といっても,最初から5〜6年は作って放置しただけだ。カウント数が伸び始めたのはここ3年ほどのことである。昨日のログのアップ時は33315くらいだったから,24時間で30ほど増えているらしい。ありがたいことである。どこのどなたか知りませんが,って一部のみなさんのご尊顔は思い浮かぶけれど。これからもたまに寄ってやってください。
 視野が狭かったり,思考に死角が多すぎる場合は,掲示板で叱っていただけるとありがたい。と言いつつ,本当にそんなことになったら,すぐに炎上するかも?

2008年5月19日(月)不発弾
 国領町の不発弾処理のニュースで,久しぶりに国領駅界隈の映像を見て驚いた。昔は鄙びた?東京の無人駅かと思うような小さな駅(ちょっと言い過ぎ)だったのに,大きなビルがたくさんできている。
 懐かしいね。つれあいがかつて住んでいた街なので,国領駅はずいぶん利用した駅だ。よく送らせてもらったのである。
 調布の中学校に通い,高校時代は染地に住み,布田とか国領にも関係があるつれあいと出会い,彼女の生活圏の地名って一体なんやねんと思ったことがあった。何しろ,大学入試の受験科目は日本史だったのである。
 みつぎ(調)ものは布で,布を染める場所があり,布はたんぼほどあって,どうもその辺りは国の領地らしいという,日本の古代の地域学習をするのにうってつけのエリアだ。おまけに,今回のことで,米爆撃機B29に体当たりした日本の戦闘機があったらしいということまで学ぶことができるようになったのである。とはいえ,当たり前だが,そこに住んでいた人が日本史好きになるとは限らないのだった。残念。
 まっ,お互いがいつまでも不発弾であることを祈っておくことにした。

2008年5月18日(日)ちよさんほいほい
 旧市内に住みながら「聖さん」の氏子ではなかったおうちの子ども達というのは,いつもこの時期は羨望のまなざしで当該地域の子ども達を眺めていたらしい。「聖さん」の屋台に乗って育った子どもが,チャキチャキのというか,チョーサー,ホイトホイトのいなばにあんなのかもしれない。「聖さん」は,祇園祭や三社祭のようなものかあ。
 ボクは,元々当該神社から大きく外れた場所に住んでいたので,「聖さん」コンプレックスはないし,酒を飲みに出た夜の屋台しか見たことがなかったのだが,今年初めて昼間の様子を見せていただいた。昨夜のお店のママも,お店で大騒ぎだった京都のお客さんも,ねじりはちまきでご参加である。
 屋台とともに町内会のみなさんが練り歩くだけかと思ったら,獅子舞や神事には国会議員もご臨席だ。その後,1.5トンの金色のみこしを担ぐたくさんのグループが紹された中に,京都神輿愛好会もあった。わざわざこのために京都からいらっしゃったんですねえ,ごくろうさま。チョーサー,ホイトホイトのライブを見せていただいたのだった。ホイトというのは,ものもらいの方言でもあるが,祇園祭ではどのようなニュアンスで使われていたのだろう。
 それはさておき,しゃんしゃん祭に「聖さん」のみこし等をリンクさせればもっとにぎやかくなりそうだ。市役所方面の方があまり乗り気でないというような話を聞いたような気がするが,本当だろうか。
 祭の後の寂しさをより強く体感するためには,祭はにぎやかな方がいいと思うな。

2008年5月17日(土)聖さん
 「聖さん」の山車などで賑やかな街を,業務上宴会参加メンバーのみなさんと見物しながら歩いた。明日御輿を担ぐためにわざわざ京都から来ている皆さんは,「ちょーさー」「ほいとほいと」と,夜のお店でハチャメチャである。祭の本場のみなさんの心意気を見せていただきましたよ。
 思えば,われわれの結婚式当日が「聖さん」の宵宮だった。遠くから集まってくれたお互いの友人達と二次会への道々見物したのがついこの間のことのようである。ちょうど成田空港の開港した日で,つれあいの母親をはじめ,遅刻者続出の結婚式だったのも懐かしい。
 以来,この日は二人で夜の街に出るのを習慣にしていたのだが,本日,つれあいはその時のご友人達と温泉旅行へ出かけた。結婚記念聖さんより,友人と温泉旅館の方が楽しいのである。思えば遠くへ来たものだ。ということで,実は久しぶりにゆっくりと週末を楽しませてもらっているのだった。街からの帰りもゆっくり自転車だったし。手で押しながら。時々,嘘つかない。
 それにしても,関東付近著名温泉街10時集合に,いなばを7時過ぎに出発しても悠々と間に合うのだから便利になったものである。
 帰りは特に定められた集合時間はない。ゆっくりと,自転車か列車の旅で帰ってくるというのはどうだろう。って,書いてみただけだけどね。

2008年5月16日(金)サービス業
 いなばの茅葺き屋根を探すのが趣味のひとつである。いやほんまですねん。わが家の近所にも茅葺き屋根にお住まいの方がいらっしゃるし,国府や八東や智頭などにもまだ残っていて,結構お邪魔したことがあるのだった。
 とはいえ,口コミや道路沿いから発見するには限界がある。今月は,納税通知書がたくさん届いている。納税者なんだから,堂々と行政にお聞きしてみることにした。
 いゃあ,実に親切に対応してくださるのである。感動的なまでに。文化財担当の方は,色々と教えてくださった後に,さらに詳しい情報を電話で知らせてくださった。景観担当の方にメールをしたら,茅葺き屋根所在地がプロットされたいなばの地図までお届けしていただいたのだった。旧気高郡には茅葺き屋根は残っていないらしい。
 それにしても,対応は早いしとても丁寧。ビックリである,と喜んでいる人間がいるのだから,サービス業としてすくすくと成長されている部署もあるのではないかと思うのだった。ありがとうございました。
 税金は,期限内に納付するようにしますだ。

2008年5月15日(木)洗う男
 ほぼ毎日私が皿を洗っているんですよという男性にお会いした。いゃあ,それは奇遇ですねえ,ボクもなんです。
 くだんの方は,ボクより5歳若いらしい。隣にはそのパートナーの方もいらっしゃる。華奢な美しい方だ。男性は,見た感じ厳つい雰囲気で,いわゆる亭主関白然としていらっしゃる。30代くらいには多いのかも知れないが,この辺り(どの辺りやねん)の年齢の方にも,そんな方が増えているのだろうか。喜ばしいことである。
 いやあ,これがこう見えて怖いんですわ。って,お隣にいらっしゃるのによくそんなことが言えますねえ。ボクなんか人前でそんなことを言えば,帰ってからボコボコですよなどと,とても初対面とは思えないような会話を続けた。
 皿洗い歴は,それほど古くはないようで,ボクの方がちょっと年季が入っている。これが働いているもんでしてねなどと,端々に,しぶしぶやっているという感じが表れている。喜びになっているボクのレベルまでにはいっていないのである。仮に主婦専業であっても食器くらい男性が洗わないとダメですよねえと話して,隣の女性の賛同をいただいた。いや,ちょっと女性を励まさなければいけないシチュエーションだったものですから。そんなわけで,何とか仲良く元気に帰っていただいたのだった。
 食器洗い機が買えないおかげで楽しい会話ができた。文明の利器がないことも,時に大事なのである。

2008年5月14日(水)集合場所
 アルプス・ヒマラヤ造山帯と環太平洋造山帯が有名な地震地帯かと思い込んでいたから,中国の奥地で大きな地震が起こるというのは,何だか意外だったのだが,無知なだけで,プレートのぶつかり合いのある地震多発地帯だったらしい。
 さらに意外なことに,ニュースの映像が思いの外深いところまで映し出しているように見えて,何だかしのびない。世界へのアピールと言うこともあるのかも知れないけれど。軍事政権下のところのように,援助物資が途中で消えたりしないようにしていただきたいものである。って,今のところ何も協力していないけれど。
 東京で何かあった時の子ども達が集まる場所を事前に決めておいた方がいいわねとつれあいが話す。地図を眺め,子ども達の住居の中間地帯を探していたら,ちょうどつれあいがかつて働いていた京王線の仙川辺りがよさそうである。週末は,母と子ども達はそんな話をするらしい。
 話している時に何かあったら,とりあえずいなばまで帰ってきてくれ。集合場所はわが家である。

2008年5月13日(火)Someone to watch over me
 つれあいを見かけたご近所ウォッチャーの方から,「あんたー,元気だったんかいな」と言われたらしい。
 ひとりでは基本的に役に立たない男なので,わが家の畑は大体ふたりで作業することになっている。それが,先日のジャガイモの芽欠き作業において珍しくボクだけだったので,つれあいが身体を壊したか,夫婦喧嘩でもしているのではないかと思われたようだ。というか,絶対,喧嘩でもしていたと踏まれたんだと思うな。だって,干してある洗濯物が見えるのだから,つれあいは元気だと分かるはずなのである。
 残念ながら,病気でも喧嘩でもなく,たまたま急いで片付けないといけない仕事がつれあいにはあったんですわ。普段から観察力が鋭くて,時々,よく見ているなあと感心することがある方だ。ネタの少ない地域に住んでいると,そんなご近所ネタが,晴れた日のおばさま方の恰好のさかなになるらしい。
 週末からつれあいは参勤交代に出かけるので,わが家界隈から当分姿が消える。ウォッチャーは,またまたご心配されてあれこれ想像されるのかも知れないな。気にしないでください,荷物を持ってただ家を出ていくだけなんです。

2008年5月12日(月)発酵と腐敗
 アマゾンの注文金額が1500円にならないことが時々ある。1500円未満は送料が必要だ。送料を別に払うのもばかばかしいので,結局,何かを物色することになる。スーパーマーケットに行って,ついでにポテチとアイスクリームを買うようなものである。って,ちょっと違うか。
 そんな困った時に都合の良いのが,4〜500円のコミックである。わが家にコミックが転がっている理由のひとつである。ご親切にも,今まで購入した作品の関連商品等もお薦めしてくださるので,深く考えもせずクリックするのである。昨日は,なぜか『ネムルバカ』が届いていた。
 さて,そんな経緯でわが家に入りこんで来た商品に,『もやしもん』がある。その『もやしもん』が第12回手塚治虫文化賞を受賞されたそうだ。おめでとうございます。
 『もやしもん』は,もやし栽培農家のお話ではなく,種麹の話である。「菌」が見える大学生が登場する。なかなかレアな世界というか,ニッチネタの地味系コミックだと思うのだが,評価する方がいらっしゃるんですねえ。何しろ実質的主人公は「菌」である。日本酒が好きな人なら辿り着くコミックかも知れないが,ボクは日本酒はよくわからないし,菌に興味のない文化系なので,本屋さんで選ぶことはなかったと思うな。アマゾンのおかげである。
 「農家が自ら得た実りを,モチにしようが酒にしようが,それは農作業であり自由であるべきはずだ」とか,「人類が唯一成功した錬金術は酒である」等と演説をする農大の樹先生や,酒を飲む人間には,「体調はいいか,語れる仲間はいるか,心配事は片付けたか」というようなことが求められるのだとエラそうに言う,バーでバイトの宏岡さん等という脇役が次々と現れたりする。セリフの多いのが難点だが,日本酒を飲みながら読むと面白さが倍増するのだろう。人に有用なのが発酵で,それ以外は腐敗なのだということも教えてもらった。勉強になるぞ。どぶろくも自作できるようになると思うし。しないようにね。
 しかし,「菌」でコミック作品を作ろうと思う人がいるんですねえ。コミックに限らず,表現の世界では,まだ描かれていないことどもがたくさんあるのかも知れない。どうやったらそんなレアな世界を発見することができるのだろう。さすがのアマゾンも教えてくれないだろうなあ。

2008年5月11日(日)芽むしり
 よそ様のジャガイモに比べるとまだずいぶん小さな茎だと思うのだが,今日は芽欠きをした。
 芽欠きをしてイモが大きくなるより,収穫数がたくさんあった方が得をしたような気がすると思うのだが,毎年つれあいが芽欠きにうるさい。調理をする人間には,小さなジャガイモより粒の大きなジャガイモの方が都合がよいらしい。一本仕立てにしてねと言われているのである。
 しかし,せっかく茎を伸ばしてきているのにとてもそんなむごいことはできない。江戸時代に,生まれた子を間引かなくてはいけなかった農民のみなさんの辛さはいかばかりだったことだろう。
 今日はひとりで作業をしたので,二本仕立てを基本にし,すでに茎の太いものは三本仕立てや四本残しにした。間引きが苦手な,貧乏性の素人兼業農民なのである。
 その後は,油粕や化成肥料をやって土寄せも完了。そんなわけで,今日の発泡酒は殊の外うまい。よく働いたあとは,発泡酒でもおいしいということがわかったのだった。。

2008年5月10日(土)Things ain't what they used to be
 やらなくてはいけない仕事があるのだが,こんな時は締切ギリギリまで追い込み,うっちゃるのが快感である。って,うっちゃれるのかね。
 通勤車で聴く音楽もちょっと飽きたし,コンピCDでも作るかといつもの悪いクセである。ああ,定期テスト前の高校生のころの過ごし方とまったく変わらない体質なのであった。
 ということで,出勤時の音楽だ。バラードではつまらない。ビートの効いた音楽がよい。過日,38cmのJBLでメロウなオールディーズを聴かせていただいたけれど,ビートの効いたオールディーズを集めてみることにした。
 さて,1曲目は?何事も最初が肝心らしい。って,終わりよければの立場はどうなるのかね。まっ,深く考えず,『ワイルドでいこう』にするか,『あなただけを』にするか。それとも『今日を生きよう』にするか,『恋のほのお』にするか,『嵐の恋』にするか。悩むな。結局,意表をつく『雨に消えた初恋』にしてみた。懐かしいね,牛も知ってるカウシルズ。結構,軽快なのである。
 それにしても,当時の洋楽の題名は日本語タイトルが多い。原題とは離れているものもある。担当者のみなさんのご苦労がしのばれるのだった。上記6曲の原題名がすぐに分かる人は,ちょっと危ないんじゃないかな。過去は忘れて前向きに生きた方がいいと思うな。誰のことやねん。 
 『ビクトリア』も入れて,『シュガー・シュガー』もいれて,『キサナドゥーの伝説』も入れて,『ココモ』も入れてみたが,1曲の演奏時間が短いので80分にするのは大変である。『アイム・セクシー』や『見つめていたい』等の,ちょっとこっちのオールディーズを盛り込んで全20曲。
 さて,これで来週から軽快に出勤できるぞと思ったが,何しろ昔から聴き馴染んだ曲ばかりである。何だかすぐ飽きのくるラインナップのような気もしてきたのだった。

2008年5月9日(金)おしゃべりなアコギ
 昨日の朝日新聞に,「情熱のアコギ」という見出しで,『激情ギターラ』の紹介があった。メキシコからアイルランドに渡りヨーロッパでブレイクした,ロドリーゴ・イ・ガブリエーラという男女のギター・デュオだ。ロドガブ。
 曲名に,ツェッペリンの『天国への階段』とメタリカの『オライオン』があったから買ったのだが,2か月前の購入以来,刺激が欲しくなるときに時々聴いてきたアルバムである。
 アコギなのに滅茶苦茶やかましい。ふたりとも,元々スラッシュ・メタル出身のギタリストらしい。演奏の映像を見ると,女性はギターのボディを手でたたき,曲にパーカッシヴな彩りを添える。オイラ達に近づくと火傷するぜというような,闘魂のギター・デュオである。
 おしゃべりでチャレンジングでパワフル。余裕がない時には聴こうという気にはならないが,弦のふるえに切なさも感じる,たった2本のアコギでここまでできるのかという,豊かでちょっと感激のアルバムである。
 このアルバムの後に,ビセンテ・アミーゴさんの『我が心を風に解き放てば』を聴いたら,緊張していた筋肉が和らいでいくような感じがしたのだった。

2008年5月8日(木)屋根の下には
 町内から出ていくことになったという方が挨拶にいらっしゃった。少し涙ぐみながら。一緒に暮らしていたお子さん夫婦との折り合いが悪くなられたらしい。土地や建物の名義変更をしてしまうと,建てた人の方が家を出なくてはいけなくなるのか。
 この地に住み始めたのはわが家と同じような時期で,もう30年以上のお付き合いである。おうちに招かれ,お酒やお寿司をごちそうになったり,漁港に縁のある方だったので,今どれの魚もたくさんいただいたものだ。一回り以上違うその子どもさん達とも,わが家はそれなりに仲良くしてきたと思うのだが,おうちの中ではいろいろおありだったのかも知れない。
 時々,砂丘の高台から市内を見下ろすことがある。県立中央病院の明かりがついた窓々はもちろんのこと,どの屋根の下や明かりの点いている窓の中でも,悩みや苦労やため息や哀しみがたくさんあるのだろうと思うことにしているのだった。毎日,家族の笑い声が絶えない家というのがそれほどあるわけがない。と思うのだが,ボクの狭い視野による勝手な思い込みだろうか。
 とりあえず名義変更は簡単にしないぞ,って同居の子どもはいないけれど。

2008年5月7日(水)Parsley,sage,rosemary&thyme
 そういうところでも使い回しをするんだから,似たようなことをやっている店は多いんだろうな。もったいないといえば何となく許してもらえそうなイメージもあるし。
 刺身やアユの塩焼きというのはボクの想像力を超えていたけれど,そんな有名料亭に限らず,付け合わせのパセリはあちこちのお店で使い回されていそうだ。一緒にランチに行っても,残す人が多いしね。
 残念なことにボクはパセリが大好きである。よほどしなびていなければ,外食の付け合わせパセリを食べる。使い回しかもと頭をよぎるけれど,パセリを食事の最後に口にすると,口の中がリセットされるような気がして気持ちが良いのだった。自己主張の強い,愛いやつなのである。
 春や夏に種を蒔いておけば,ほぼ一年中プランターやジフィーナイン等で収穫ができる楽勝の野菜である。使い回しはやめて,自家栽培の新鮮なパセリを付け合わせにしてくれるとありがたいな。
 まっ,何だか楽しそうで怪しげな高級料亭の使い回し報道によって,パセリの使い回しをするお店が減ってくれるといいなあと思っているのだった。
 そんなわけで,今夜は『Scarborough Fair』を聴きながらパセリをかじっている。

2008年5月6日(火)予定調和
 午前中までは,ほぼ予定通りに連休が終わった。タケノコをいただいたり,ISUZUのパンをいただくという想定外の出来事もあったけれど。ありがとうございました。
 さて,明日の最初の業務用の文書を完成させなくてはいけない。使用する文書の90%は連休のはじまる前日に職場で準備していたので,とりあえず完成させておくことにした。夜をゆっくり過ごすために。インターネット・ディスクからファイルを引っぱろうとしたのが14時。が,どこにもない。あれー,職場で仕事をしたあと,インターネット・ディスクにアップしなかったのだろうか。時々アップを忘れることがあるのだ。
 職場のPCからファイルを引き出すしかない。急いで職場へ行ってみた。シャッターが降りていた。当たり前だよねえ。連休最終日の午後に職場にいる人はいないだろう。
 がっかり。
 帰宅して,最初から文書を作り直すことにした。
 連休の最初に取りかかっていれば,もっと早くトラブルに遭遇し,職場もシャッターが開いていたと思うのだが,何でもギリギリにならないと取りかからないからなあ。神様はよおく見ていらっしゃるのである。締切ギリギリの生活を改めるようにということなのかも知れない。神様には予定通りのことだったのだろう。参りました。
 連休最終日15時からの展開は,ボクにはまったくの想定外だった。こんなことを書くつもりもなかったのに。くっそー。

2008年5月5日(月)世界を変える写真
 定期購読化しつつある月刊PLAYBOY6月号の特集は,「世界を変えた50枚の写真」である。付録が,「エリオット・アーウィットの特製ポスト・カード×5枚」だ。エリオット・アーウィットさんが好きなので,買わないわけにはいけないのである。
 その6月号の表紙は,セバスチャン・サルガドさんの「油田 クウェート」で,特集ページの最初の作品は,ロバート・キャパさんの「ノルマンディー上陸,オマハビーチ」である。
 サルガドさんはブラジルの金山で働く労働者達の写真,キャパさんは有名な「崩れ落ちる兵士」と,ナチスに協力した女性が糾弾されている写真の3枚が掲載されている。真贋論争で有名な「崩れ落ちる兵士」は,最近ネガが発見されたのだそうだ。これで,やらせかどうかに決着がつくことだろう。
 どうして助けなかったのかと責められ自殺したケヴィン・カーターさんの「ハゲワシと少女」や,ベトナム戦争の「ナパーム弾」,「9・11」,「硫黄島」,「広島,原爆攻撃」など,結局,自分は安全圏側の人間だったのだと認識せざるを得ない作品が並んでいる。訴える力の強い作品ばかりだ。
 もちろん,そのような世界の変え方ではなく,優しい気分になることによって自分の世界を変化させることができそうな作品もある。うれしいことに,エリオット・アーウィットさんの「カリフォルニア」と,ユージン・スミスさんの「楽園への歩み」は同じページに掲載されている。この作品が50枚の中に選ばれているかどうかを確認する目的もあったのだった。1ページだけちぎり取っても良いといわれれば,ボクはこのページを破らせてもらいたいな。どちらの作品にも男女が写っているけれど,ふたりのありようが見る人を和ませてくれる作品だ。ボクを変えた2枚というわけである。
 さて,来月の特集は「チェ・ゲバラという生き方」らしい。よかった。定期購読は今月で終わりである。

2008年5月4日(日)食べ過ぎ注意
 山菜テンプラ・パーティ会場前にやって来た軽トラックの方が,200mほど向こうに熊の子がいたから気をつけた方がええでーと教えて下さる。今日のログのタイトルは,「熊が出てくまった」になるかも知れないと思い,恐る恐る現場に接近してみたが,もちろん遭遇しなかった。現場に接近といっても100mほどしか近づいていないのだ。根性なしである。一度も熊に遭遇しない人生で終わりそうだ。
 パーティには遅れて参加したので,山菜の採集活動に加わっていない。タラやノビルは集まっていたけれど,コシアブラはどなたも採ってきていらっしゃらないようだ。得意分野である。初夏のような陽気が続いているので,葉っぱが開いている枝が多いけれど,とりあえずみなさんが食べるくらいを採集して仲間にいれてもらった。たくさんいただきました。満腹。ごちそうさまでした。
 お集まりの方との会話の中で,ジャズ・ピアノは最近食傷気味という声があった。確かに,ヨーロッパ系も同じような雰囲気のものがあって,BGMになってしまいそうなことがある。
 そんなわけで,ボクの場合はロケンロールで時々身体を破壊する作業が必要なのだった。帰宅後は,ガンズとストーン・ローゼスで頭を掃除し,JOOP VAN DEURENの『Private』を流した。ちょうど良い。
 ジャズに少し飽きたらロックはいかがだろう。ロクに知らないなどといわずに。

2008年5月3日(土)大言壮語
 憲法記念日とはまったく関係なく,今日は短歌会だった。8年目の。みなさんお付き合いいただきありがとうございます。
 類型化や過剰感に注意というのが今日のキーワードだったような気がする。歌会終了後の反省会では,それぞれの世界はあれど,個々が,文芸活動というか芸術活動をしているという認識を持とうねというような話が出てきていた。
 で,話はエスカレートしていって,そんなローカル・メンバーが,全国的短歌大会を開催してはどうかという話になった。貧しいのに。選者をご活躍中の若手歌人に託して。ネーミングは,「砂丘漁り火短歌大会」というような。
 8年目にして,えらいところへ向かっているのだった。実現できたら,すごいことである。大言壮語に終わらないために,とりあえず記しておくことにした。締切は来年の6月末の予定である。いやあ,ほんまかいな。

2008年5月2日(金)トリオ
 忘れた頃にやってくるのが,クレジットカードの請求書とHMVの箱である。1月15日に注文したアルバムだってまだ届いていない。
 とはいえ,輸入盤を3枚買うと25%オフにしてくれて,3枚買っても2771円だったりするから,ついついお世話になってしまうのだった。
 そのHMVから届くピアノ・トリオの作品にここのところほとんどはずれがない。メルドーさんのヴァンガード・ライブなどは誰が見ても良さそうだという想像がつくけれど,ヨーロッパ系が殊の外よいのである。
 砂丘へ向かう遊歩道を横並びに歩いている3人の話がとても弾んでいるのだ。時々,ひとりが二人の前に出て後ろ向きに歩きながら,「そいでね,そいでね。」と話題を盛り上げ,「いやあ,それだったらさあ。」と今度は別のひとりが前に出て話しが続いていく。「ふたりともそれくらいならいいさ,オレなんかひどい目にあっちゃったんだぜ。」などと話しているのを,彼らに少し遅れて歩いているボクは聴かせてもらっているのである。
 誰がリーダーというでもなく,対等な関係で楽しんでいる光景というのは,とても気持ちよく聴こえるのだった。

2008年5月1日(木)May,she will stay
 講演を2本聞くというのが今日の業務の中心だった。
 業務命令で話さなければいけない場合はさておき,講演を引き受ける方というのは,ご自分のしゃべりや内容が,聞いている人が面白がってくれるに違いないというか,時間をかけて聞くだけの値打ちのある話なんですよーという認識をお持ちだからお引き受けになるんだろうな。すごいね。
 趣味も価値観も多様なみなさんに楽しんでもらえるような面白い話は,ボクにはとてもできない。
 ということで,1本はほとんど昔話だったけれど,ためになる話だった。簡単に講演なんかを引き受けるもんじゃないね,ということがよくわかったという意味において。古い話を現代に通用するように話すのは,工夫が必要である。
 閑話休題,わが家に一番近い夕方のGSには車が一台も止まっていなかった。こんな日にガソリンを入れると,きっと上得意様だ。お店の人にも大事にしてもらえるだろうなあ。と思ったが,財布のお金の方を大事にしようと思った。
 大きなお金が動く法律が1か月でコロッと変わっても政局に大きな変化が見られないというのは,与野党が密かに手を打っているからだろうか。怒って見せているだけかも知れないね,あの人達は。
 選挙で当選するのを目的に政治をやっているのだと思うが,投票したくなる人物が見あたらない。年収200万円でもいいから政治をやりたいというような人に政治家になってもらいたいな。
 「5月になれば彼女はそばにいてくれるだろう」と歌うS&Gの曲を聴きながら,5月をはじめることにした。

2008年4月30日(水)バラの名前が何と変わろうと
 連休の谷間である。授業をしても効果があまり上がらないということもあるのだろうか。コカコーラ・ウェストパーク周辺の公園には,市内の小学校が3校も遠足に来ていた。黄色い帽子を被って,みんな元気に遊んでいる。いいねえ小学生は。
 遠くから歩いて来て,遊具でさんざん遊んで,また歩いて帰るんだからすごい体力である。おじさんは,昨日の農作業で腰が痛いので,ベンチに座って眺めるだけだった。
 さて,子ども達は胸に名札をつけているのでフルネームがわかる。「ここあ」という名前のおんなの子もいた。かわいいね。家では,「ここあどこー」「ここあー」などという楽しい会話をしているのだろうか。
 その近くで遊んでいる男の子の名前を聞いた。「ここた」だそうだ。どんな字?「心に太い」。
 えっ,えっ,えー。「心太」で「ここた」。まじっすかあ。「心太」と漢字変換するのに,ボクは「ここた」とは打たなかったぞ。本人やその友人が漢字を覚えていった時に,何か問題は生じないのだろうか。ああ,ジュリエットさま。時代はずいぶん変わったのですよ。うどんくらいの太さの心の太い人になろうね。
 名前は他者と区別するための記号でもある。彼と同じ名前を付ける人は少ないだろうし,印象に残るといえば残る。効果的なネーミングのひとつなのだろうか。おじさんはちょっとビックリした。
 「心太」や「ここあ」があるくらいだから,そのうち「こおら」ちゃんも現れるのかも知れないな。コカ・コーラの入社試験の際には有利になりそうである。

2008年4月29日(火)近くへ行きたい
 後半の連休を楽しく過ごすためには,庭や畑の草取りや野菜苗の植え付けなど,片付けておかなくてはいけないことがある。車を使うこともなく,午前も午後も。
 午前中に草取りなどを片付け,夕方にニガウリや胡瓜や茄子や唐辛子やトマトやモロヘイヤの植え付けを終えた。1ポット58円の苗なので,どんなことになるのかちょっと心配である。
 ランチは,海の見えるところまで歩き,焼き肉を食べつつビールを飲もうということにした。わが家から13分で,海の見える風車の丘に到着。さてコンロで焼き肉と思ったら,あれぇガス・ボンベがない。台所のテーブルに出してあったのをボクが忘れたらしい。すまぬ。
 結局,海を見ながらおにぎりとビールということになってしまったのだった。コウボウムギや松の花やグミの花を見て,おつまみに代えた。グミは満開の枝も多い。むせかえるほどの甘い香りが辺り一面に漂っている。極楽浄土の匂いのような気がした。多分そこには行けないと思うけれど。
 砂丘で海を見ながら食事をしたというのも久しぶりだ。つれあいは,遠くまで来たわよねえと灌漑用水路で溺れていた。いや,耽っていた。飛行機だと1時間だけどね。
 そんなわけで,連休はいつやって来てもよいのである。

2008年4月28日(月)滅びるものは美しい
 兵馬俑と万里の長城である。すばらしい。もうこれでわざわざ中国へ行かなくてもよさそうだ。
 という,オープン3日目の「砂の美術館」へ,太陽が傾き観光客のみなさんが少ないだろうと思われる時間に寄ってみた。
 今年のテーマは「世界遺産・アジア編」である。8人の砂の彫刻家がお作りになった作品が展示されていて,夜21時まで(入館は30分前まで)ライトアップされているのだそうだ。
 入場券売り場のお嬢さんによると,前日は観光バスもたくさん来て,4000人くらいの入場者があったのではないかとのこと。なかなかお忙しかったようだ。
 昨年の作品は野外に置かれていたが,今年は,作者の意図で野ざらしの「万里の長城」以外は,大きなテント内に作品が置かれている。とはいえ,牛乳を使った糊で砂を固めてあるだけだから,乾燥したり水分が多すぎても壊れる。風化するのが運命の,滅びるものは美しいという一瞬のアートだ。
 この時期は,朝昼晩,噴霧器で糊を吹き付けなくてはいけないらしい。吹きつけ時にも砂がはげ落ちていたから,来年1月3日までもつのだろうかと少し心配になった。
 ということで,電柱や電線が邪魔をしている「万里の長城」の写真にしようと思ったのだけれど,自制した。入場料は300円。みなさん,早めに見に来てね。今見ておくと,冬にどれくらい風化しているかを楽しむこともできるしね。

2008年4月27日(日)芽摘み
 気持ちの良い天気である。屋根をあけてドライブしていたら,対向車線の車からクラクションが。いゃあ,珍しいこともあるもんですねえ。みなさんお元気そうで何より。いいなあ,若い家族は。
 そのまま山へ上がって食料の採集をした。コゴミはほとんど終わりのようだ。タラはすでにみなさんに採集されてしまっている。コシアブラを探した。
 どこにでもある木だが,植林された杉や檜の中に生えていることが多い。下刈りがしてあるところは,コシアブラの木が刈り取られてしまっているので,林のはずれを探す。
 車を駐めて入った場所に適度な大きさの木が結構あったけれど,まだ蕾のような芽が多い。深山のコシアブラはGWが終わる頃の方が開き具合が良さそうである。小さな芽まで採ってしまった。若い芽を摘むのはちょっと胸が痛むね。

2008年4月26日(土)代行
 月曜日との振替出勤。夕方からは,何となく飲み会つき業務だ。そんなわけで,明日からがわが家の3連休である。
 その後,二次会は某酒造の原酒を飲む会におよばれした。屋外BBQで。酒税法上どうなっているのか分からないラベルのないお酒を,一升瓶が空くまで夫婦で飲ませていただいた。まろやかな飲み口である。ごちそうさまでした。すーさんに,こばちん。
 で,明日になる直前,某代行にわが家まで送っていただくことにしたのだが,これが何だか怪しい。2回も道を間違えようとする。こいつー,である。
 つれあいの軽自動車だったし,夫婦で酔っぱらっていたから,少しくらい道をとぼけてもわかんないだろうと思ったようだ。
 なめたらいかんぜよ。浜坂見附(どこやねん)に行ってって言ったでしょ,と注意したら,いゃあこの業界に入って日が浅いモンでなどと言い訳の連続である。もう某代行には頼まないことにした。
 お客さんは減ったとのことだったが,貧しても鈍したくないなと思った夜だった。

2008年4月25日(金)初物は東から
 当たり前だが,本当にタケノコが届いていた。いやあ,江戸からはるばる。夕方に配達されたらしく,ボクが帰った時にはちょうど寸胴鍋の中で気持ちよさそうだった。2本。どちらもかわいい。わが家はこの3倍の大きさのものでも掘ってくるねえなどと言いつつ切り口を見れば,下の方が途中から割れていたりする。
 つれあいのお友達の中でも真面目な方らしいので,苦労して掘られ,収穫された中から良いモノを送っていただいたんだろうなあ。唐鍬はお持ちだったのだろうか。
 茹で終わったものを,テンプラで食べさせてもらった。今シーズン最初のタケノコは三鷹モノだった。掘ってから2日目のせいか,揚げて時間をおいたものは少しエグミがあったけれど,揚げたてはほどよい繊維の食感でおいしいタケノコである。今年もタケノコを食べることができた。しかも人生初めての江戸産。ありがとうございました。お返しにいなばのタケノコ,というわけにはいかないだろうなあ。

2008年4月24日(木)筍こわい
 ボクの周りで早退するみなさんが続いた。ここのところ,日によって暖かかったり寒くなったりである。今日は,朝方の雨が上がって晴れたのに,夕方は大変冷えた。帰宅後は,まだファンヒーターをつけているのだった。
 桜の花で気の緩んだ身体に,この気温の日較差はちょっときつい。ボクのまわりのみなさんは新年度のスタートからよく働いていたから,お疲れなのだろう。何だか申し訳ないな。お詫びに,ボクも明日は風邪でもひいているとよいのだが。って,嫌だけど。
 つれあいのお友達から,タケノコを掘ったので送ったというメールが届いたらしい。いやあ,大好きなタケノコなのでいくらでもいただきますよ,わが家はイノシシにやられているかも知れないんでね。明日は,今年初めてのタケノコの煮付けが食べられそうだ。
 で,どこにお住まいの人からかと尋ねたら,三鷹に住んでいる人らしい。みったっかー?なんで江戸にお住まいの方にタケノコを送ってもらわにゃいかんねん。山持ち?と聞けば,天文台の辺りにはえるらしいわよ。って,国立天文台じゃあないよね。いいのかあ?掘っても。なにやら,頭痛がしてきそうなタケノコを食べさせられそうである。

2008年4月23日(水)完治
 ジョディだったかジョアンナだったか,名前も忘れるくらいわが家を出たきりになっていた117が完治したという連絡をいただいた。
 いやあ,待ちくたびれた。世の中にこんなことがあるのかというほどの長期入院である。実はもう復元できないほどボディがボロボロなのかも知れないと思ったりもしていたのだった。「もうあきまへんでえ」と宣告されるのが怖くて見舞いにも行かなくなっていたし。
 いつのことだったか調べてみたら,2005年9月24日が入院記念日である。ちょうど2年7か月。すごいな。
 電話の向こうで,「とてもきれいになりましたよー。」とおっしゃる。楽しみである。主治医のみなさんお世話になりました。
 入院費用がいくらなのかはまだ教えてもらっていない。3割負担ならいいのだけれど。

2008年4月22日(火)百見不如体験
 ここ2年出張と重なったため胃がん検診をサボっていたのだが,久しぶりにバリウムを飲んだ。
 目覚めた布団の中で,あぁ今朝は牛乳もリンゴもダメなんだと思うと,何だか胃の辺りが痛むような気がして,ゆううつになってくる。検査があることによって,ボクのデリケートな胃はかえって壁が傷ついているのではないだろうか。いっそ,検診を受けない方が健康な胃のままでいられるのではないかと思ったりしたのだった。
 が,時は流れて検診車。
 今年めでたくバリウム解禁となり,ボクの前にバリウムを飲んだ同僚は,宇宙遊泳を体験しているようでもう絶対バリウムは飲まないと憤慨している。経験を積んだボクは楽勝である。おかわりをしてもいいくらいだ。経験は宝の風林火山である。愚者は経験に学ぶだったかも知れない。
 とはいえ,X線を当てられているわけである。早く終わってほしいなあと思いながら,左右上下,命ぜられるまま素直に身体を動かした。何と素直に人の言うことを聞く人間に成長したのだろうと我ながら感心したのだった。上官の過酷なコマンドにひとつも反抗しなかった。左右を間違えたことが1回あったけれど。えらいと思うな。
 素直な性格だと誰も言ってくれないのが不思議である。

2008年4月21日(月)SELF-HELP
 ピークを外れた時間にスーパーへ買い物に行った。レジのお嬢さんが暇そうにしていらっしゃるのだが,人の少ないこんな時はセルフ・レジを体験する絶好のチャンスである。少々もたついても,笑う人や文句を言う人はあまりいなさそうだ。4台あるレジのひとつにカゴを運んだ。
 支払いはカードを選択。少しおまけしてくれるらしい。画面にタッチして,さてバーコードの読み取りである。スキャナーがバーコードをうまく読んでくれるのか心配だったが,ピッピッと比較的順調にいった。スキャナーにかざすスピードが速すぎたんだか袋へ入れるのが遅かったんだか,お店の人に確認してもらってくださいというようなエラーメッセージが出て,一度だけお店のお嬢さんにお世話になったけれど,後ろの人に迷惑をかけるほどではなかった。
 アルコール類は年齢確認商品ですというアナウンスがあってちょっとうるさい。バーコードには情報がたくさん詰められていることがよくわかった。
 それにしても,バーコードを読ませないで商品を通過させる人はいないのだろうか。お客様の善意で稼働しているシステムだからそこんところよろしくという,料金箱が置いてある無人野菜市のようなものか。4台のレジの担当がひとりだとすると,つるんで悪さをする人も出てくるんじゃないかな。
 もしかすると,警備室にある目の大半がセルフ・レジが写っているモニターに集中しているのだろうか。まっ,雇用が減らないようにしていただきたいものだ。
 何はともあれ,自販機やセルフの店は増える一方である。人間嫌いの方もますます過ごしやすい社会になりそうだ。『自助論』で「天は自ら助くる者を助く」と書かれたスマイルズさんが目指した自立はこういうことだったのだろうか。

2008年4月20日(日)採集経済
 日当たりが悪いところに植えているのに,庭のコシアブラがすっかり開いて葉っぱになっていた。深山はさておき,近場にある木の芽も開いているかも知れない。昼になる前に,射撃場があった辺りへ車で急いだ。
 自宅から8分で目的地に到着。途中の道路脇の枝はすでに摘まれた痕跡があった。カーブに停まっていたマーチが怪しいな。山の中のため池では若者がバス釣りをしていた。
 この道路の入り口には鉄の棒が2本立てられていて,ちょっと入りにくい。にもかかわらず,みなさん食料確保に熱心のようだ。バスを食べるのかどうか聞き忘れたけれど。
 30分ほど歩いて,とりあえず夕食2回分くらいのコシアブラを摘んだ。テンプラ続きであるが,今日もコシアブラとコゴミとフキノトウのテンプラなのである。東京のみなさんにも食べさせてあげたいね,等と話しながらツンとした苦味の大人の香りを楽しんだ。
 自然が豊かなことを誇ってもろくな経済効果はないのだろうが,わが家の食料自給率の向上と食費支出の抑制には大きな役割を果たしている,いなばの自然なのであった。

2008年4月19日(土)いっつあびっくりするでい
 YAMANEオーディオ・ラボ?のマイスターのお誘いを受け,郡家でJBLのスピーカーを聴かせていただいた。マイスターご製作の,38cmダブルに巨大なホーンが乗せられたスピーカーである。ドライブする真空管アンプも2日ほど前に完成したのだそうだ。
 通常はショー・ルームとしてお使いなのだと思うが,大変広いスペースである。音量もわが家で聴く3倍くらいの大きさなので大迫力だ。それなのに,真空管のおかげなのだろう,2時間以上聴いても聴き疲れがしない。羨ましい。
 アナログ・プレーヤーが3台あって,今日の音源はすべてレコード盤。ご主人の選曲はメロウがコンセプトのようで,It's A Beautiful Dayのファースト・プレスのオリジナル盤まで登場した。いなばには,多分こちらにしかないだろうというくらいのレア盤だ。びっくりである。
 ジャズ・ラボ仲間のトクさんもいらっしゃっていたが,トクさんは,ミッシェル・ポルナレフの『ホリデイ』がすっかり気に入られたらしい。ボクに,CDを探しておいてよと頼んで帰って行かれた。若いなあ。
 10人ほどの真面目そうな団塊世代中心のお集まりなので,ボクのようなおちゃらけのジャンクなロックやジャズ好きはちょっと肩身が狭いけれど,オーディオ・ルーム作りの参考になった。ありがとうございました。
 って,わが家のどこにそんな大きなスピーカーを置くスペースがあるんだっけ?

2008年4月18日(金)You'll be older too
 春とは思えないような寒い一日である。雨も降っているというのに夜の街はにぎやかだった。ちょっと飲み過ぎたので,老舗の喫茶店のマスターから,昔のいなばの街の様子などを聞かせてもらって酔いをさました。メイン・ストリートが死んでいったりカフェができたりで,なかなか苦しそうである。歴史を語ることのできるお店にはできるだけ頑張っていただきたいなと思ったのだった。
 ということで,PLAYBOYによるロックアルバム第1位は「サージェント・ペパーズ」である。2位は「アビイ・ロード」で,3位が「ホテル・カリフォルニア」,4位が「ホワイト・アルバム」だった。ビートルズのアルバムが,1,2,4位といずれも上位入賞である。6位にも「リボルバー」が入っている。若さの感じられないちょっとバランスの悪いランキングである。団塊のみなさんによる団塊のみなさんのための雑誌ということになると,PLAYBOYもその役割を終え,そのうち消えていく雑誌なのかも知れない。
 ということはさておき,「サージェント・ペパーズ」はロック最初の実験的コンセプト・アルバムである。ジャケットは見ていて飽きないし,『A DAY IN THE LIFE』をはじめ,A面B面関係なしの名曲揃いだ。中でもボクは『WHEN I'M SIXTY-FOUR』が好きで,何とか64歳までは生きてみたいなと思っているのである。ロック・アルバムだというのに,ほのぼのとした曲だ。
 とはいえ,ボクの場合のアルバムNO.1はちょっと違っていて,ロックということになると,5位のアルバムの方が上位にくるのだった。

2008年4月17日(木)ロックオン
 このページにいらっしゃる方で日本版PLAYBOY5月号を買ったり立ち読みされる方はいないだろうと思い,代表で買ってみた。通算400号だそうだ。総力特集が,「史上最強のアルバム・ランキング ロック・ベスト100」なのである。
 表紙が結構気合いが入っている。ちょっと感激した。ロック・アルバムのジャケット700枚以上を使ってプレイボーイのバニーマークが現れるようにレイアウトされているのである。表紙は白いバニーで,特集ページの扉は黒いバニーだ。編集のみなさんが,楽しみながらジャケットを並べたのだろう。団塊のみなさんが団塊のみなさんにお届けする,ロケンロール・プレイボーイである。
 さてさて,そのランキング発表。第1位はー..。
 の前に,コマーシャル。
 来月号のプレイボーイは,「完全保存版これだけは知っておきたい 世界を変えた50枚の写真」特別付録エリオット・アーウィットの特製ポストカード×5枚である。どうです。ちょっと見たいでしょう?って,どうして毎月ボクをその気にさせるような特集を組むんだろう。
 ということで,続きは明日。
 オイオイ。
 さて,第1位はどんなアルバムだったでしょう。

2008年4月16日(水)先見の不明
 コートなどの冬物をスーパーマーケットに入っているクリーニング屋さんへ持って行ったら,20日から3割引になるので,急がないのであれば後日お持ちくださいと言われたらしい。なかなか親切なお店である。
 あるいは,カモネギから目先の利益を取ってあとでお客さんを失うより,長期にわたってカモをキープした方がいいということかも知れない。いずれにせよ,ついつい目先の利益だけに奪われがちな普段の自分の行動を少し反省した。目先の100円より,10キロ先の300円である。
 と思ったのだが,届いていた外貨系ファンドの収支報告書を開けてみてビックリ。悲惨。何しろ,対ドルレートが119円頃の購入である。預けたのが少額で良かった。って,少額しかないのだけれど。
 ホント,先を見る目がないなと反省したのだった。

2008年4月15日(火)遠回り
 絶好のドライブ日和だった。こんな日は恰好のねずみ取り日和でもある。浜村の先にパトカーが駐まっていて,捕り物の準備をしていらっしゃるように見えた。あぶないあぶない。ゆっくり倉吉まで風を感じながら走った。ありがたいことに,倉吉までドライブするというのも業務のうちなのであった。
 ところで,市内中心部は128円とか126円と書かれた看板が多いような気がしていたのだが,白兎海岸付近のGSのレギュラー価格は123円表示が多い。いなばでは白兎界隈がガソリン激戦区なのだろうか。
 10人にひとりは都民という地域ではなく,213人にひとりが鳥取県民という消費人口の少ない場所なんだから,過激な競争はほどほどにした方がいいんじゃないかな。
 帰りは,バイパスに乗らず旧道を走ってみた。ハートマークや,何とかは永遠に不滅やでというような落書きのある覗き穴から凪いだ海を見ていると,ちょっと観光客になった気分だ。穏やかな美しい海である。時間のかかる道路の方が豊かな気持ちになることもあるのだった。
 ガソリン価格はさておき,白兎海岸よりこの展望台や浦富海岸からの眺望の方が好きだ。松島に負けないと思うな。芭蕉さんがいらっしゃらなかったのが残念である。

2008年4月14日(月)マイバッグページ
 わが家愛用のスーパー・マーケットは,マイバッグを持って行くとレジのお嬢さんが買った商品をバッグに詰めてくれる。これが結構大変な作業のようで,レジの流れが以前より悪くなった感じがする。もちろん,袋詰め台での作業がないからトータルでは買い物時間の短縮になっているのだけれど。
 お嬢さんはレジを打ちながら,大根とこんにゃくを一番下に置いて,さつま揚げと竹輪を重ね,最後に卵のパックを置こうなどと考えていらっしゃるのだろう。以前は,今晩はおでんかあ,50円引きばかりじゃんこの人などと思っていたのかも知れないが,今やそれどころではないのである。多分。
 実は,そのお店を明日辞めようと思っているという方のお話を聞いた。マイバッグは結構ストレスになっているのだそうだ。商品の詰め方に対するクレームもあるらしい。お客さんそれぞれに,袋に入れる流儀があるのだ。生もの系はひとつずつ小さな袋に入れないと怒る人もいらっしゃるのだとか。大変ですなあ。
 買った人が自分で商品をバッグに入れるお店の方が多いと思うのだけれど,このお店は県外資本スーパーのやり方に合わせていらっしゃるようだ。
 従業員のみなさんがストレスを感じるサービスはおやめになった方がいいんじゃないかな。まっ,パズル感覚のように商品をはめ込み,きれいに収まったら達成感を味わうといった楽しみを探すのも面白いかも知れないなと思ったりもした。嫌だと思っている仕事でも,楽しみを見つけようとすればひとつくらいやふたつくらいはあるものだろう。
 と自分に言い聞かすことにした。

2008年4月13日(日)タラったら
 ちょっと見ない間に,庭のタラの芽が大きくなっていた。急いで摘んで,真ん中辺りをテンプラにして食べた。フキノトウと一緒に。そんなわけで,この3日間は毎日テンプラである。春はメタボに注意なのだ。
 念のため,近所を探してみたのだけれど,最近はみなさんがタラの芽を採集されるようになり,さっぱり手に入らなかった。
 以前は,砂丘のはずれや,丸山や,湖山池の周りで大量に採集できたのに。そんな場所はもちろんのこと,結構な深山へ行っても芽のないタラの木ばかりだったりする。天然物はいい値段で売られているしね。
 ということで,ここのところ,フキノトウの後の春の山菜は,もっぱらコシアブラである。収穫期の判断のために植えている庭のコシアブラは,やっと芽が出始めたばかり。GWには食べ頃になっていそうである。それほどおいしいものでもないので,みなさん食べないようにね。

2008年4月12日(土)花びらを受けながら
 近所には開花の遅い桜があって,今が満開である。桜の枝の下に車を駐め,車の中から花見をさせてもらった。地面にも空にも桜があって,花びらが車の中に入ってくる。桜三昧。持って行ったのはお茶とつれあいの握ったおにぎりだけだが,わが家にしてはちょっと贅沢な花見である。
 隣のキャンプ場の駐車場には,姫路ナンバーの車が1台あって,3人家族がキャンプをしているだけだ。穏やかな風が木々を少しだけ揺らしているが,静かな花見である。
 自分達のことは棚に上げ,あの人は来年の桜を見ることができるのだろうか等と話していると,何だか桜の木から離れ難かったりする。陽気は良いのに,4月はメランコリーな月にも思えてきたのだった。

2008年4月11日(金)坐禅草
 今日のローカル紙の一面に掲載されていたものとほぼ同じ場所のものと思われる,座禅草である。スキー場入り口の曲がり角辺り。雪融け水が流れ,湿地状態になっているなだらかな山肌に咲いている。
 花の形が,袈裟をかぶって座禅をくんでいる僧侶の姿に似ていることからついた名前らしい。
 サトイモ科。自らの熱で雪を溶かして姿を現すのだとか。触ってみると,肉厚である。里芋の葉と茎を10センチくらいに圧縮した感じ。清らかな水の流れの中に伸びているのに,匂いはよくない。英語では,Skunk Cabbage(スカンクキャベツ)だとか。愛情の感じられない気の毒なネーミングだ。仏教を知らない人には,この花の有難味が分からないのだろうか。
 平日の昼過ぎ,長靴を履いて熱心に撮影しながら周辺を歩いている女性もいらっしゃった。道路側からは,赤紫の背中しか見えない花が多くて,群生している中に入らないと良い写真が撮れないようだ。レフ板も持っていった方が良いかも知れない。
 雪の中のフキノトウといい毎日良い光景を見せてもらった。これでイヌワシが飛んでいる姿でも見てしまっていたら,何か悪いことが起こったかも知れないというような雪山の二日間だった。。

2008年4月10日(木)ちょっと雪かきに
 今日も明日も雪の積もっている場所で雪かきをしているかも知れないような業務である。氷ノ山での雪かきの様子はのちほど。
 *****
 さて,845m付近の山の中腹の雪は,結構融けていた。融けた辺りは丁度食べ頃のフキノトウがたくさん顔を出していたので,雪かきはやめ,フキノトウの採集ということにした。雪に覆われているところはまだ多いけれど,その雪の下にはたくさんのフキノトウが芽を出そうとしているようだ。
 もちろん,フキノトウの採集は副業で,メインは,階段の上り下りのきつい,身体を使いっぱなしの業務である。夜になってもすぐに布団に入るわけにはいかないので,高齢者にはかなり厳しい業務だった。ホント,疲れた。
 ところで,高齢者に入れてもらえそうなボクは,これから長寿がつくのか短命高齢者で終わるのか。歳をとるのはつらいね。余計な形容詞はやめて,75歳以上というように呼んだらどうなのだろう。

2008年4月9日(水)夜の買い物
 週の後半は晴れて欲しかったのだが,どうも雨らしい。残念。週末の業務のための買い物が必要なことを思い出し,帰宅後にジャスコへ行った。22時前なのに買い物ができる。ありがたいことである。
 しかし,食料品ではない売り場は,店員さんの方が多いくらいだ。ボクのいた辺りはほぼ貸し切り状態である。知り合いに会う心配もなく安心して買い物ができる。売り上げより人件費の方がかかっているのではないかと少し心配だけれど。まっ,余計なお世話である。
 一緒に行ったつれあいも,店内のお知らせを見ていて,土曜日のお買い得クーポンがなくなるのね,ジャスコも大変なのかしらなどと言っている。いなばはどこも儲かっていないのだろうか。何はともあれ,ボクは遅くまでお店が開いていたおかげで助かったのだった。
 相変わらず肩こりがあって,今週は泣き言の日々である。夜の音楽は身体に優しそうなものしか聴く気が起こらない。フラメンコ・ギタリストのニーニョ・ホセロさんの『WALTZ FOR DEBBY』(原題はPAZ)を流してみているが,なかなか肩のこりは消えないのであった。

2008年4月8日(火)働く者
 昨夜の夜更かしのせいか仕事を真面目にやっているせいか,肩が凝っていてとても眠い。こう見えても,働き者の次くらいの働く者なのである。
 何しろ今日は朝からほぼノンストップの業務で,会議も主催し,気がついたらビックリの20時だった。普段から寝付き5秒と言われているのだが,今夜は布団にもぐったらすぐに泥のように眠ることができそうだ。楽しみである。
 そんなわけで,PCに向かっても,すっきり感というか頭がクリアな感じがなくて,いつも以上にボーッとしている。
 スポーツ店で買った,首を挟んで血行をよくするプラスティックのグッズで刺激を与え続けているのだが,それもなかなか効いてこない。マッサージ・チェアが欲しいねえなどとつぶやいている夜である。ああ,ボクはこのままマッサージ・チェアに縁のない人生で終わるのだろうか。ちょっと悲しい。
 まだ今日が15分ほど残っている。とりあえず,明日になる前に眠るのを今日の最後の目標にした。

2008年4月7日(月)干物
 新しく職場にいらっしゃった皆さまの熱烈歓迎会である。週がはじまったばかりの月曜日だが,新任の若者ふたりを一次会だけで帰すわけにもいかず,三次会までお付き合いをした。
 最後のお店で,ラオスから届いたという板状になったみりん干しの焼きたてを食べさせてもらった。おいしい。ラオスというのは海に面していないから,川魚ベースだろうかなどと話しながら食べたのだが,ところで,ラオスの首都ってどこだっけ?という話になった。
 うーん,わからん。首都がすぐに出てこない。ラオスのみなさんごめんなさい。
 ベトナムやカンボジアやスリランカ!の首都は出てくるのに,ラオスはさっぱり浮かんでこなかったのだった。
 そんなこんなで盛り上がり,時計を見たらすでに今日の残りは少なくなっていた。さて,そろそろみんなもう帰ろうね。
 で,帰りは,迎えに来てくれたつれあいに桜並木の道路を車で走ってもらった。車が少ないので,ヘッド・ライトをビームにして走ると夜桜は大変美しい。
 ラオスに桜はあるのだろうか?ラオスの首都ってどこだっけ?夜桜を見ながら,そんなことを考えていたのはボクだけだろう。

2008年4月6日(日)花見
 9時からポスティング業務。万里の長城(山陰線以南)の向こう側地域なので,土地勘がない。5人で手分けをして行ったのだが,結構時間がかかった。良く吠える犬がつないであるおうちはスルーした。2軒ほど。そんなに吠えるほど凶暴な男に見えたのかね,まったく。
 立派な車を磨いていらっしゃる方がいて,見ればいつもお世話になっている若者だった。あれえ,きみのうち?ということで,お知り合いのおうちを発見したのが今日の成果だった。
 午後は,あっくんとえっちゃんご夫妻と桜見物。といっても,袋川土手や久松公園の桜ではなく,個人のおうちに咲いている桜である。万里の長城の向こう側の。
 樹齢は130年だとか。立派なしだれ桜で,わが家がすっぽり入ってしまうような枝振りだった。見物客も多数いらっしゃる。そこから少し歩いた場所には,赤とピンクと白い花が1本の樹に咲いている桜もあった。
 万里の長城の向こう側には,なかなか豊かな集落があるのだった。セッティングしていただいたゆうこさん,ありがとうございました。

2008年4月5日(土)雪見
 車の屋根を開けて氷ノ山まで走った。オープン走行に丁度良い季節である。
 里は満開の桜でにぎやかだというのに,山の桜は全然花を咲かせそうには見えなかった。
 大体,スキー場はリフトがまだ稼働していたのである。大通りを最後まで上がりきり,ノーマルタイヤでワインディングの細い積雪の道をビクビクしながら下った。
 その後,持っていったおにぎりと唐揚げを雪を見ながら食べた。春のいなばの顔もそれぞれなのである。
 スキー場のお客さんは10人ほどしか数えることができなかったけれど,みなさん楽しそうである。ほぼ貸し切り状態。明日も春スキーを楽しむことができそうだ。
 ということで,短歌会に遅れてしまったのでした。ごめんなさい。出席者は少なかったけれど,その分みなさんが自由に発言できた良い会だったと思うな。
 帰りは,夜桜を見物しながら帰った。同じ場所に立っている樹であっても,桜の開き具合は少し違っているものもあった。個体の成長の差はいろんなものにあるのだった。

2008年4月4日(金)見るまで死ねまへん
 「靖国 YASUKUNI」についてのメールのお返事を書いているうちに,こっちにも少しだけ書いておくことにした。
 微妙な問題である。というか,普通に考えたら,憲法上からはっきりしていると思うのだが,力の弱い人の身に災難が降りかかりそうな時の判断をどうするかという点で微妙なのである。
 別にこんなところでアナウンスしなくてもいい話だ。賢明な人はあまりやらないんだろう。けれど,そういうことをスルーしていれば,もっと大きな力がボクの身に降りかかった場合,きっと長いものに巻かれる判断をするような気がするのである。ひとりは弱い。というか,ボクは弱い。かといって,そんなエピソードばかりの物語もちょっと嫌だなと思うのである。
 そんなわけで,何の効果があるわけもないと思うけれど,できているんだったら早く見せてよと声をあげることにした。そんな声がたくさんあれば映画館もちょっとばかり勇気が湧いてこないだろうか。大阪の「第七芸術劇場」のような判断をする映画館が増えてほしいものである。
 それにしても,メディアがエネルギーを注いで取り組む問題なんじゃないのかな。困った末にさまざまな事件を起こした弱い人間を責めるばかりではなくてさあ。

2008年4月3日(木)そろそろ咲くら
 毎朝,桜並木が続く土手沿いを車で通勤している。たった60本ほど数えた辺りで,土手沿いの道をはずれなくてはいけないのが残念である。今朝のところはまだ蕾の方が多そうだったが,枝のボリューム感がかなりでてきたように見えた。
 良い天気だったので,さらに開花が進んだのではないか。帰りも通ってみようと思ったのだが,その通勤路は,19時までは一方通行の道路である。仕方がないので,19時10分まで業務を行い,車から夜桜見物ということにしてみた。
 しかし,対向車が圧倒的に多くて,当方は高速道路の入り口を間違えたしまった逆走車のような状態である。さすがにパッシングはなかったけれど,夜桜を見物するどころではなかったのだった。
 とりあえず,今年もわくわくどきどきはらはらの桜の季節を迎えることができた。ありがたいことだ。週末がちょっと楽しみである。

2008年4月2日(水)祝い膳
 通勤車のガソリンを補給した。レギュラーは,セルフで1リットル125円。40リットルで800円ほどもうかった計算である。穴の開く財政や地方の道路問題等はとりあえずさておき,参議院選挙の結果があればこそのできごとだ。あれがなければ,改正法案はボクがまったく知らないうちにスルーだろう。知らなかったボクが悪いのだが,とりあえず選挙の結果で見えてくるものもあるということがわかったのは大きい。
 さて,昨年度末で,勤続年数がちょっとした区切りの数字になった。飽きっぽい性格なのに,よく続いたものである。
 ありがたいことに,つれあいが永年勤続のお祝いをしてくれた。
 今夜は発泡酒にかわってビールだそうだ。
 ...。
 長い間働いてきて,良かった。涙がでるぜ。
 しかも,つまみは自家製切り干し大根や椎茸の味噌煮である。健康のことを考えてくれているのだろう。ありがたいことだ。まっ,クジラのさえずりもついていたけれど。脂が乗ってコリコリとおいしゅうございましたよ。
 何だか鵜のような気がしないでもないな。まっ,獲物の捕り方が下手なので,偉そうなことは言えないのだが。ああ,また明日からは,発泡酒でも文句を言わずに働きます。
 考えてみれば,勤務してすぐに結婚したので,こちらももうじき区切りの数字になる。いや,ホント飽きっぽい性格なのに。こっちの継続の方がよっぽどすごいような気がする。ビール2缶くらいは飲ませてもらえるだろうか。クジラのベーコンで。

2008年4月1日(火)日当たり良好
 黒のリクルートスーツの若者がたくさん歩いている中,オジサンはネクタイも締めずラフなジャケットで出勤である。
 職場の座席移動があり,部屋の入り口付近にいたのが,一気に窓際になった。窓際というとマイナスなイメージをお持ちの方もいらっしゃるだろうが,ボクの中ではかなり良い席である。日当たりの良い窓際が好きなのである。とはいえ,いちばん良い席は,ボクの対面だというのが衆目の一致するところで,本当はそっちの席が良かったんだけどな。残念である。
 さて,そんな職場のご近所にある旧県民文化会館のネームプレートがここのところ白く覆われていた。お昼頃に除幕式があり,今日から「とりぎん文化会館」になったらしい。命名権販売の結果である。
 「とりぎん文化会館」だと,何だか小さな会館が思い浮かぶような気がするが,大丈夫だろうか。一応,大きい方のホールの固定席数は2000なのである,念のため。
 しかし,略したら「とりぶん」だ。ちょっと,いけてないんじゃないのかなあ。青い鳥の銀行で売ったんだから「ブルーバード」とか,「バードランド」などとしてもらうと良かったのにな。パクリはだめか。

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