いなばにあん 時々嘘つかないTOPへ

いなばろぐ「べんとーさん忘れてもかーさん忘れるな」の,雨と無知との遭遇いなばにあんいのの日記。

2008年12月31日(水)いや重け吉事
 目標にしていた数字に届かなかった。それほど良いことが続いたとは思えない1年が終わる。努力が足りなかったのだろう。
 差し引きマイナスだったような気がするけれど,理不尽なことで時の止まってしまった方々から思えば,今年も無事に終わることができるだけで奇跡のようなことなのかも知れない。人との関係性においては,大きなトラブルもなく,優しいみなさんに恵まれた1年だったし。ありがとうございました。
 紅白も第九も見る習慣がないので,夜は音楽のDVDを流している。今年最もお世話になったのは,デイビッド・ギルモアさんの『ライブ・イン・グダニスク』と,コールドプレイの『LIVE IN LONDON-Viva La Vida Tour2008』だ。過激な光線で目の疲れるグダニスクの『ECHOES』は,見る度に亡くなったリック・ライトさんを思い出す演奏である。みんな消えていくんだなあ。
 『Viva La Vida』は,車の中でも家でも,つれあいが呆れるほど何度も聴いた。フリーダ・カーロさんの作品集を見たりしながら。タイトルが,『人生万歳』だろうが『美しい生命』だろうが,美しい元気のでる曲なのだった。音楽はクスリである。さて,来年は吉事が重なって,『Viva La Vida』と叫ぶことが時々はあるだろうか。
 本年もお世話になりました。みなさまよい明日をどうぞ。

2008年12月30日(火)新月は誰も知らない
 ろぐの格納をミスってエントリーが消えていた。手作業なんです。
 ショッピング・モールで話していた中学生のことを書いていたのだが,よく思い出せない。困った。確かこんな話。
 「ついたちの意味を知ったのは中1の時だったよ」
 「お前はゲームばかりやっていたからなあ」
 「で,1日は何とよんでいたんだ?」
 「いっぴ」
 「2日はにひで,3日はさんひかよ」
 ああ,ボクはいつから読めるようになっていたのだろう。そんなことも思い出せないくらい,遠くへ来てしまったなあというような内容だったような気がする。「頑是ない歌」を思い出したのだった。
 ATOKで「いっぴ」と入力したら,1日と変換した。PCに負けないように勉強しないとね。

2008年12月29日(月)被覆電線つながりし
 年賀状作成日である。
 と思っていたのに,電気屋さんからお電話。これからお伺いしますとのこと。天気予報が外れ,朝からよく晴れている。外にいる方が暖かい。絶好のアンテナ修繕日である。
 TVを置いているのはPCのある部屋だ。知らん顔をして年賀状作りをするわけにもいかず,脚立の面倒をみたり,外から壁にドリルで穴を開けて同軸ケーブルを通す作業等をお手伝いした。条件が良ければ短時間で終わる作業だと思うのだが,何しろケーブルがボロボロになるくらいの古い建築物である。カーテンレールを外したりもしたので,結構時間がかかった。
 「お疲れさま」「いやあ,手伝っていただきすいませんでした」などと話しつつ,音楽を聴きながら無理矢理お茶とケーキの時間である。
 「こんな雑然とした部屋の方が落ち着きますねえ」って,本気で言っているんですの。女性には絶対嫌われるよ。「整頓されていますから,どこに何があるかすぐにわかるんでしょう?」「全然。何がどこにあるかわかりませんわ」というような会話をして,14000円也。お世話になりました。
 って,年賀状はどうなったのだろう。

2008年12月28日(日)マゼンタと黒のなくなる
 つれあいのPCの無線LANが反乱を起こしているらしい。OSを入れ直し,再設定である。Airstationのドライバがうまくインストールされないようだ。貴重な時間が過ぎていった。
 そんなわけで,年賀状に着手したのは夕食後である。日付が変わるころになってもほとんど進んでいないけれど。遠くのみなさまのおうちに届くのは,3日ころになりそうだ。
 というトホホな状況ではあるが,とりあえずスタートラインにたどり着いただけでちょっとうれしい。はじめがあれば,終わりがくるということである。明日も朝からPCに向かう生活になりそうだ。
 そんなこともあってか,この2日間だけで何だか体重が増えたような気がする。身体をほとんど動かさず,食べ過ぎ飲み過ぎ生活がこれから何日も続くのかと思うと,休み明けがちょっと心配である。年末年始の体重増加枠は1kg以内ということにする。

2008年12月27日(土)横長の素焼きの鉢に
 完全休養日ということにして,普段やっていなかったことを片付けた。セルフの灯油は1缶1134円だった。1か月前より200円ほど安くなっているようだ。ありがたいな。
 TV受信用ケーブルが劣化しているのか,受信できないチャンネルがいくつかある。ご近所の電気屋さんに相談して電波状況を点検してもらった。受信力はかなり弱いらしい。晴れた日に工事をしてもらうことになった。年内は天気が悪そうである。来年になるのだろうか。
 さて,玄関まわりが寂しい。ガーデン・シクラメンを補充したいところだ。が,ホームセンターの今年の価格は298円や198円のままである。毎年148円で買うことにしているのに,クリスマスが終わっても安くならない。こんなところにも,価格上昇が起こっているのだろうか。たった50円だけれど,何だか買う気が起こらない。貧乏性である。生活必需品ではない品物はこうやって削られていくんだなあと,ちょっと悲しい気分になった。
 悔しいので安いところを探してまわった。いつも豆乳を買っている農協系のお店に,生産者の名前付きで150円で売られているのを発見。直治さんがお育てだとか。花付きは良くないが,葉っぱは元気である。直治さんのあとを継いでボクが育てることにしたのだった。

2008年12月26日(金)トマトは苦手と言う人の
 不安なことをいくつか抱えているので,精神的にはもう少し余裕のない日々を送らなくてはいけないけれど,とりあえず年内の主な業務が終わった。肩コリが慢性化するほど良く働いたと思っているのは本人だけで,誰もそんなふうには言ってくれない。思い込みか思い過ごしか独り善がりなのかも知れない。他人を誉める人は多くないから,せめて自分くらいは誉めてやらないとね。
 さてそんな今日は,娘と似たような年齢の若いみなさんがランチに誘ってくれた。いつもは,ボクも周りのみなさんも自家製の弁当だ。今年の終わりが見えてきた昨日今日は少しだけ余裕があるようで,外のお店で食べる人が多い。今年最後の職場での昼食なので,若者が気を使ってくれたのだろう。食事は,一緒にいると楽しくなる人と食べた方がおいしいものだ。悪いね。口うるさいオヤジは聞き役を心がけましたよ。
 そんなわけで,Go Dutch.というわけにはいかないランチだったけれど,幸福な時間を過ごさせてもらった。みんなありがとね。

2008年12月25日(木)ウィンドウをふたりは下げて
 信号待ちをしていたら,隣の右折レーンに,証券会社勤務の高校時代の友人の車が並んだ。いやあ,久しぶり。もうかりまっか。さっぱりでんがな。というような会話を,互いの車の窓を開けて大きな声で話した。オヤジである。
 で,何か儲かりそうなのはないの?と尋ねたら,自分の左手の腕時計を指す。なんだよ,時間がないのかよー。と思ったら,電子機器製品等もおつくりの会社を勧めてくれたらしい。単位は100だとか。
 じゃあ,500ほど頼むよ。と頼んで別れ,終値を見たら,35円も上がっていた。一日で,大儲けである。
 というめでたいエントリーになれば良かったのだが,もちろん,「じゃあ,500ほど頼むよ」は,心の中でつぶやいただけである。残念。資金も決断力もない人間に,おいしい話は転がって来るはずもないのだった。

2008年12月24日(水)あれがよかったのだろうか
 恒例のイブである。かくれキリシタンなのか,若いみなさんのお帰りが早い。
 通勤路にある2軒のケーキ屋さんには,どちらも駐車場の外の道路にまでたくさんの車が停まって賑わっていた。若い人や子どもさんのいらっしゃるおうちは,お楽しみのことだろう。
 プレゼントを用意することもなくなったわが家は,サンタを廃業し,今となってはつれあいのケーキを食べるくらいしか楽しみのないイベントである。子ども達が寝静まったころに,雰囲気のある包装紙でプレゼントを包み直したことも懐かしい。そんなわけでかどうか,今シーズンは自家製クリスマスコンピCDを聴くことがほとんどないままイブになってしまったのだった。まっ,仏教徒である。
 今夜は,クリスマス・ソングの代わりに,『Things Ain't What They Used To Be』を聴くことにした。ジョニー・ホッジスさんやジャッキー・テラソンさんやロブ・スポールディングさんを聴いたあとは,スティーリー・ダンにしてみた。ちょっと笑える。たどたどしいところに親しみを感じる演奏だ。
 昔はよかったね,とつぶやくちょっと寂しいイブである。

2008年12月23日(火)玄関がふたつの家の片側に
 職場へ行ったら,ボクの席の並びのみなさんはほとんどおいでになっていた。祝日を休みたくないんだか,立ち上がりからの宴会のせいで仕事が溜まっていらっしゃるんだか,いずれにせよ働き者が多いのである。
 中には,ご家族のみなさんが起きる前にみなさんの朝食をつくり,パートナーから外出許可をもらって出てきたという男性もいらっしゃった。すごいな。
 いつものようにコーヒーを淹れてくださる方もおありだ。ほとんど普段と変わらない午前中だった。ボクはお昼には失礼させてもらったけれど,祝日なんだから,みなさん仕事はほどほどにしてお祝いするようにね。よその教祖様のお祝いばかりしていないで。
 年賀状はどなたもまだできていなくて,これからが勝負なのだとか。ボクはみなさんより遅れて週末の作成になりそうですよ。

2008年12月22日(月)わすられぬことのできたる
 週の最初から忘年会である。
 いつの頃からか,24日に忘年会をするのはひんしゅくものになったらしい。こんな地方の職場でも。そんなわけで,前倒しの忘年会である。クリスチャンが多くなったのかどうか,月曜だというのに今夜の街はそれなりに賑わっていたのだった。
 とはいえ,寒い中を自転車で帰るのはちょっとつらい。わが家の白タクの営業時間内に帰らないと悲惨なことになりそうだ。時間を気にしながら,今日のうちに帰らせてもらった。
 街は賑わっていたけれど,忘年会どころではない人もたくさんいらっしゃるのだとふと思うこともあって,資本主義の理不尽さを感じたりもした。どういうシステムにすれば良いのかボクに分かるはずもないけれど。宗教的には,ジーザスより喜捨のあるイスラームの方がこんな時代には良いのだろうか。
 そんな忘年会の出し物は,国名・都市名クイズによる備後のゲーム。「夜食酒場」とか,「六個追加」とか,「在庫保室」とか。さて,何と読むでしょう。という頭の体操も少しやった夜だった。

2008年12月21日(日)冷たい風に揺れおりし
 22日が冬至と思い込んでいたら,今日が冬至だとか。そういえば,ことしは一日多かったのを思い出した。一日分,歌がひとつ多く生まれていればよいのだが,いつもの年と何の変わりもない年の瀬である。
 そんな冬至のころのわが家の琉球朝顔。昨日と今日と明日開く予定の花やつぼみだ。大きさは,シーズン中の花の半分以下。発色も本来の色よりも薄い。というか,小さいからそう感じるのだろう。
 宿根草とはいえ寒さは好きではなさそうだ。雪でも降れば家の中に入れてやろうと思っているのだが,昼間のぬるさにずるずると玄関に置き続けているのだった。ひと株で70くらいの花をつけたのではないか。夏までにたっぷり栄養分を補給してやったのが良かったのかも知れない。まだ蕾をいくつかつけているけれど,そろそろ休ませてやった方がよさそうだ。
 ボクも,今シーズンはそろそろエネルギーが切れてきそうだし。

2008年12月20日(土)カウントダウンの好きな人ありて
 ジョアンナの外装関係主治医の若旦那が,鳥取砂丘のイルミネーションを担当されるおひとりになられたとか。ご近所で行われることなので,点灯のオープニングセレモニーにお付き合いした。
 点灯まで1時間のセレモニーだったが,夕方の砂丘は風が強い。お集まりのみなさんも寒がっていらっしゃった。来年は,30分程度のイベントにしていただきたいものだ。今日は冷たい風くらいで済んだけれど,雨や雪だったら途中で帰る人も出てきそうだ。って,そんな人は最初から行かないか。
 それにしても,想像したよりたくさんの参加者である。カウントダウンのころは700人いたように見えた。いい加減な傍観者発表なので,主催者発表が何人なのかちょっと楽しみ。アーチをくぐって砂丘に上がってみたら,アッちゃんの乗る棒は撤去されていた。冬場はお休みらしい。イルミネーションは1月3日まで。基本的に18時から22時が点灯時間である。一緒にいると寒さを感じない人とどうぞ。余計なお世話である。
 砂丘から帰る際の青信号は,時間が長く設定されていた。車は多かったけれど,渋滞もなく気持ち良く帰ることができたのだった。何でも待ち時間は短い方が良いと思うな。以上,現場からでした。

2008年12月19日(金)生命万歳と添えられし
 今年の1首を挙げなさいというような宿題は苦手なのだが,今年の1枚を挙げろといわれれば,半年前に買ったコールドプレイの『美しい生命』というCDがすぐに思い浮かぶ。車のCDトレイに入れっぱなしだったから,家で聴いていた回数と合わせれば,この秋に食べた西条柿の数くらいは聴いたのではないか。って,何個やねん。
 ジャケットは,ドラクロアの『民衆を導く自由の女神』だが,タイトルは,フリーダ・カーロさんの最後の作品に添えられた『Viva La Vida』から取ったものらしい。
 横置きに置かれたバスドラムとティンパニーとベルを,ドラマーが力強くたたき続け,事前にメンバーが弾いた弦の音がかぶさる躍動感あふれる演奏である。ボクの想像力を遙かに越えた生き方をされたフリーダ・カーロさんの自画像や西瓜を見ながら聴くと,凄みが増すような気がしてくる音楽である。
 つれあいも結構気に入っている曲のようだが,彼女の場合は,わけあってこの曲以上に好きな曲があるらしい。まっ,その曲も今年を代表するいい曲だと思うけれど。

2008年12月18日(木)ランドセルなげる日のある
 車を置いている場所から自宅までの途中の路上に,赤いランドセルが落ちていた。中に入っていたと思われるドリルやノートや下敷きやペンケースが散らばっている。夜8時ころである。まさか事件じゃあないよね。多分,そこからいちばん近い家の女の子のものだろうと思い,拾って玄関脇に置いておいた。路面が濡れているから,教科書やノートは膨れていたのだった。
 帰宅してそんな話をしたら,あそこの女の子が車とぶつかって転んでいた時,おうちの人は近寄って抱くこともしなかったわ,というような話があったらしい。多分,おうちの人か本人が,カバンを放ったんじゃないのということになったのだが,あなたの指紋がついているから,何かあったら疑われるかもねと脅す。心配になったので,もう一度現場に行ってみたら,なくなっていた。めでたしめでたし。と思われる。
 それぞれのご家庭で物語がつづられているのだろう。大変なのはわが家だけではないのらしい。

2008年12月17日(水)薄く刷られた睡蓮の
 今年は,年賀状欠礼の喪中ハガキが10通届いている。過去最多の枚数である。そういう年回りになってきているらしい。
 わが家のハガキの中にはないけれど,世の中には,飼っていたペットの死による年賀状欠礼ご挨拶ハガキもあるのだそうだ。猫の死亡通知を出された夏目さんの例もあるから,昔も今も,家族同様に動物とお暮らしの方もいらっしゃるのだろう。
 わが家の人間以外の生きものはベタである。100円分のエサで2年くらいは暮らせそうな小食のベタは,メタボになることもなく元気に泳いでいる。近づくと喜んでいるように見えるほどはしゃぐのだが,水中で暮らすものとはなかなか心が通わない。きみが何を考えているのか,ボクにはさっぱりわからないのだよ。何かあっても,欠礼の挨拶を出して喪に服することはないような気がする。すまぬ。許してくれ。

2008年12月16日(火)弦のふるえはうぶ毛にも
 局地的に開催されたチャールズ・ミンガス・フェスティバル以来,ベーシストのアルバムを聴くことが多い。現在のフェアはブライアン・ブロンバーグさんである。強靱でよく歌うベースだ。アコースティックばかりではないのがちょっと残念。ジャコ・パストリアスさんの『A REMARK YOU MADE』は,ほとんど本家と変わるところのない演奏である。ちょっと工夫が足りないのではないだろうか。あれこれ手を出さず,アコースティック一本に絞ってもらえるとうれしいと思うのだが,ご本人は表現の可能性の拡大に取り組んでいらっしゃるのかも知れない。作り手と受け手にはギャップがあるのだった。
 というベーシスト漁りをしていたら,ポール・チェンバースさんの『BASS ON TOP』というアルバムに,『Dear Old Stockholm』と『You'd Be So Nice To Come Home To』の2曲が収録されていた。懐かしい。
 久しぶりに聴いてみた。ポール・チェンバースさんのベースではちょっと物足りない感じ。録音年を見れば,1957年。当時としては先進の歌うベースだったのだろうが,最近の音に親しんだ耳にはチェンバースさんが少し細く感じられてしまったのだった。
 それにしても,そんなころに自分も存在していたのかと思うと,はるかなところまで来たものである。

2008年12月15日(月)誤訳さる歌を聴きつつ
 『懐かしのストックホルム』が収録されているエディ・ヒギンズさんの『Standards by Request 1st day』というアルバムには,『あなたのそばに帰りたい』と訳された曲がある。
 原題は,『You'd Be So Nice To Come Home To』である。以前は,『帰ってくれればうれしいわ』と邦題をつけられていたヘレン・メリルさんのハスキーボイスで有名な曲である。つけられた邦題のニュアンスは大分違う。こちらは,大橋巨泉さん若かりし頃の誤訳だとか。
 研究社の辞書には,「come home to」が「しみじみ胸にこたえる」という成句として説明してある。しみじみ胸にこたえるほどあなたはナイスよというような歌だったりするのだろうか。簡単な単語ばかり並んでいるのに,最後のtoといい,英語力の弱いボクにはよく分からない。
 慣れもあるのだろうが,何だか誤訳の方が魅力的に感じられる。これからは全部『あなたのそばに帰りたい』になってしまうのも寂しい。あえて,誤訳と言われる方を邦題にするCD会社があるのも面白いと思うな。

2008年12月14日(日)距離感の
 『DEAR OLD STOCKHOLM』という曲は,『ワルムラント」という曲名で演奏されることもある。というか,ジョン・ルイスさんのトリオ作品に,『WARMELAND』という同じテーマの演奏があるのだった。
 元々は,ストックホルムではなくスウェーデン西部地方のトラディショナルだとか,チェコのユダヤ民族の民謡という説もあるらしい。物事はひとつではなく,多面性があるのだなと思わされる『懐かしのストックホルム』なのだ。
 まっ,それはさておき,久しぶりの趣味の会である。本当にお好きなみなさんの集まりになってきたらしく,なかなか飛び交う意見が厳しかったりして面白い。というか,これくらいは大丈夫だろうという距離感でみなさんがご発言していらっしゃるのだろう。良い関係性である。遠いところからご参集いただき,ありがとうございました。
 こんな面白い集団にもっとみなさんが集まってくれればいいのにと思うのだが,それは一面しか見ていないということなのだろうか。

2008年12月13日(土)背筋を伸ばし鍵盤を
 『DEAR OLD STOCKHOLM』という曲が収録されている作品が,今月は3枚もあった。財政厳しいおりであるが,「哀愁」という言葉が冠されることの多いこの曲のメロディはお気に入りのひとつなので,北緯60度付近のストックホルムを想起するため3枚とも購入した。この時期の日の出は何時頃なのだろう。暗い中を出勤するのはつらいだろうな。いや,戸外の寒さの方がもっとつらいのかも知れない。
 演奏者は,エディ・ヒギンズさんとジョバンニ・ミラバッシさんとハンク・ジョーンズ(GJT)さんである。いずれも演奏時間が短いのがちょっと残念。
 ところで,ハンク・ジョーンズさんは1918年のお生まれだそうだ。90歳である。タイトル曲の『BLUE MINOR』のようなテンポの速い曲でも力強いピアノである。すごいな。『懐かしのストックホルム』は,柔らかな冬の日だまりにいるようなゆっくりとしたテンポの気持ち良い演奏だ。
 指先を使っている人は,歳を重ねても表現力が落ちていかないものなのだろうか。うらやましいことである。

2008年12月12日(金)変な年の忘年会で
 10人ほどの忘年会である。街はそれなりに賑わっていた。開催決定は3週間前からだったが,この日の会場の予約はなかなか難しかったらしい。幹事のみなさん,ありがとね。
 そんな今日は,ニュースの影響もあったのだろう,今年の我が職場を漢字一文字で表すとするとあなたはどうよというのが話題のひとつである。
 「乱」とか,「罪」とか,「免」とか,「忘」とか,「悪」とか,「藤」とか。知らない人が見てもどういう意味か分からないだろうが,ご本人達にはそれぞれの理由があるのだった。
 それにしても,よくもまあマイナスの言葉ばかり浮かぶものである。
 大体,1年間を漢字一文字で表そうなどと言う話は相当無理のあることなのだろう,というのが今日の結論だったのである。

2008年12月11日(木)ゴミとなりたるものに囲まれ
 過日,ジャズのCDを沢山いただいたおうちには,本も大量におありだとか。つれあいが本棚を見せてもらいに行ったらしい。読みたい本もあったのだが,わが家には置くスペースが少ないのであきらめたようだ。
 県立図書館は,所有してない作品なら受け入れてくれるが,告げたタイトルはほとんど持っているという回答だったので,交渉不成立だったらしい。市の図書館は,市民のみなさんに無料でお配りすることもあることを了解なら,受け入れてくれるのだとか。
 ブックオフに持っていっても二束三文なのだろうが,ちょっと寂しい話である。わが家にも,ジャンクなCDや本がそれなりにあるのだ。ボクがいなくなれば,つれあいや子ども達によって邪魔者扱いされ,タダで処分されるのだろうか。初版本やサイン本も何冊かあるけれど,誰もそんなことに頓着しないで捨てるのかね。悲しい。何だかそんなものを買うのがアホらしくなってくるな。といいつつ,今日もアマゾンのカートに商品を放り込んでしまった。病気である。

2008年12月10日(水)家具を積みたるトラックの
 発泡酒専門のわが家だが,今は三重に住む友人から,伊勢角屋の「神都麥酒」という地ビールが届いた。発泡酒のことを思えば,普通のビールでも十分おいしく感じられるけれど,豊かというか深い香りがことのほかおいしい地ビールである。いつもありがとね。
 数少ない職場の同期のひとりだった。たくさんのことを学ばせてくれた大事な友人である。わけあって職場を去ることになり,引っ越す際に夫婦でお別れを言いに行ったのだが,本当に悲しいと言葉が出なくなるということを初めて体験させてくれた友人でもある。記憶力は良くないのに,あの別れの光景だけはいつでも簡単に思い出せる。
 つれあいの誕生日と彼らの結婚記念日が同じなので,忘れることもなく,毎年彼の生まれた土地の地酒やふろしき饅頭等を送っているから気を使ってくれているのだろうが,勝手に当方がやっていることなので申し訳ない気持ちになる。とはいえ,自分だけだと絶対に出会うはずのないものを楽しませてもらうのはありがたいなあとも思う。
 地ビールに限らず,遠くの方からのそんなことがいくつかあって,出会いの不思議を感じるこの頃なのだった。

2008年12月9日(火)見も知らぬ人に評価を
 以前から時々物色していたCDが,珍しく安価で出品されていた。アマゾンの中古商品では定価以上の値段で売られているCDである。久しぶりにヤフオクに参加した。競合することもなく無事落札。
 出品者の評価は37000を超えている。そのうち,非常に悪いは1件だけ。すごいな。「振り込みましたが,入金されていないらしいので取引不能ということでキャンセルします」と,非常に悪いと評価した落札者側のコメントがある。お気の毒なことに,言いがかりのようなマイナス評価である。しかも割合最近の評価だ。コツコツと良い評価を稼いできていらっしゃっただろうに,わけの分からない人によって,シミがついてしまった悔しさはいかばかりであろう。と余計な心配をした取引相手だった。事故はどこでも起こるらしい。まっ,蚊に刺されたというか,誤差の範囲なのだと思うけれど。
 ということで,本日わが家にも無事到着。幸い,事故にもあわずにここまで来たボクの評価は,まだたった320ほどである。

2008年12月8日(月)ボクは嫉妬をしてると歌う
 財政が逼迫しているらしい。今月は,慶弔関係の交際費が予算オーバーのようだ。そんなわけで,ここのところ食材を買いに行く回数が減り,家にあるものやもらいもので夕食が作られている。
 今日は,キャベツとタマネギと卵のグラタンよ。えっ,マカロニは?そんな高級なものは入っていないわよ。えぇー,マカロニは高級なの?マカロニが入っているだけで,ボクのグラタンのポイントは高いんだけどな。ホタテの貝柱を入れてもらえると,もっとうれしいし。何を子どものようなことを,おとといいらっしゃい。というような会話の夕食である。
 1941年の今日,わが家の先祖はどんな食事や会話をしていたのだろう。麦やサツマイモくらいしか食べていなかったのだろうか。マカロニがないくらいで文句を言っては,ご先祖様に申し訳ないのかも知れない。
 食後は,ジョン・レノンさんの『IMAGINE』や『JEALOUS GUY』を流している。みんな今日のために生きているんだと想像してごらんとか,ボクは嫉妬深い男と正直に歌うレノンさんをゆっくりと聴くことのできる夜のあることに感謝しておいた方がよさそうである。いつまでもこんな夜が続きますように。

2008年12月7日(日)軋みたる蝶番
 各種課題の締め切り日である。日曜だというのにいつもの休日より早起きをし,課題の完成に取り組んだ。パジャマのままで。出来は良くないけれど,時間いっぱいなので提出するしかない。昔からこんなことのくりかえしである。ああ,なんと間に合わせの人生であることよ。
 ボクより遅く起きてきて,ゆっくり睡眠をとっていたと思われるつれあいは,昨日のイベントに悔いが残っており,満足のいく眠りではなかったらしい。どうして,昔から完璧にできないのだろうと落ち込んでいる。
 つがいというのは,似たようなものがなるらしい。欠陥を補い合わなくてはいけないのである。という,暗い日曜日を夫婦で過ごしたのだった。
 とはいえ,3歩ならぬ,3日も経てば忘れている鳥頭体質なので,水曜日辺りには元気に喧嘩でもしているのではないかと思われるのだった。

2008年12月6日(土)積もりたる夜にふたりは
 寒い一日である。車にかぶせているシートの上は雪も快適なのだろう。そこだけ溶けずに真っ白である。
 さてそんな今日は,つれあいのびいっーぐイベントが終了した。まっ,出来はさておき終わることはめでたい。今日はうまいビールで祝おうと思っていたら,カニをくださる方がいらっしゃった。ありがとうございます。せっかくなので,ビールはやめて,これももらいもののワインで祝うことにした。
 何だかもらいものの話ばかり書いているような気がするが,昨日は,ご近所の方からいただいた揚げた魚やその骨の唐揚げ,サツマイモのテンプラを食べさせてもらった。昭和時代のような話である。時間の流れがゆるやかな場所に住んでいるのかも知れない。あるいは,陸の孤島か?
 それはさておき,酔っぱらったおかげで,ボクのイベントの準備は進んでいないのだけれど。困った。

2008年12月5日(金)最初の曲で立ち上がる
 コールドプレイとジェフ・ベックさんの新譜が届いていた。コールドプレイは『美しき生命』の続きというか,アウトテイクを集めたもののようにも思える作品である。
 ジェフ・ベックさんは,例の若い女性ベーシストと組んでやった1年前のロンドンでのライブ。クロスロード・ギター・フェスティバルの海賊版DVDとほとんど同じ曲目である。
 デイブ・ギルモアさんやブラックモアさんや三大ギタリストに育ててもらったようなものだ。とりわけ,ワイルドなのになぜか地味なジャフ・ベックさんが愛らしい。ボーカル曲が少ないからメジャーになれなかったのだろう。お気の毒なことである。今が,晩年の伝説の作られつつある時期なのかも知れない。
 クラプトンさんがゲストで出演したという200人ほどのライブ会場には,ブライアン・メイさん,トニー・アイオミさん,ボン・ジョビさん,ジョー・サトリアーニさんの他に,ジミー・ペイジさんもいらっしゃったのだとか。ほんまかいな。三大ギタリストが一堂に会しているんですぜ。ベースを弾いていたタル・ウィルケンフェルドさんの緊張は如何ばかりだっただろう。
 そんなジェフ・ベックさんは,2月に来日する。ジェフ・ベックさんが愛知県にいる夜,エリック・クラプトンさんは大阪で演奏中で,コールドプレイはさいたまスーパーアリーナでライブである。フランツ・フェルディナンドもフィーダーもトラヴィスも2月の日本にいて,3月になるとロッド・スチュワートさんやオアシスが来るというのだから,日本の冬はホット・ロックなのである。円高なのにありがたいことだ。
 ひとつくらい聴きに行けるといいのだけれど..。

2008年12月4日(木)重い上着をハンガーに
 ここのところ良いことがない。とはいえ,そう悪いことがあるわけでもないので,平安な暮らしのうちなのだろうか。
 それにしても,ここのところ肩のコリが激しい。安物の重たいジャケットを着ているからか,あるいは夜が寒いので肩に力を入れて眠っているせいか。肩のコリとは縁のない生活を送っていたのだが,いよいよそういう年齢になってきたということか。
 とりあえず,今までは5分ほどだった風呂の所用時間を3倍近く延ばし,温まってみている。それでも,眠る前にPCに向かってキーボードを打っているうちに元の肩に戻ってしまっているのだった。
 キーボードに向かっている時間が長いことが一番の原因なのかも知れない。困った。

2008年12月3日(水)自転車のカゴに積まれし
 いくつか笑えるネタがあるのだが,ちょっとはばかられる内容なので書けない。残念である。考えてみれば,毎日アップしていることは,一日の瞬間を何字かに抜き出しているに過ぎない。書かれないことの方が圧倒的に多いのである。
 ということで,隣の翁のお話。
 一昨日,翁が自転車に乗っているのをお向かいの方が目撃されたのだそうな。自称98歳である。すごい。今の我が身から思うと不可能のような気がするのだが,世の中にはそんな年齢でも自転車に乗っていらっしゃる方がまだまだいらっしゃるものなのだろうか。
 75歳以上に義務化された自動車の高齢運転者標識表示を,運転者の能力に応じて猶予する検討を始めたというニュースがあったけれど,隣の翁なら今の年齢でも表示なんかしないぞとおっしゃりそうだ。
 まっ,残念ながら自動車免許をお持ちではないのだけれど。

2008年12月2日(火)ブロック塀の向こうから
 塀にはしごをかけてお隣の翁がわが家の庭に着地。何と危ない。道路から回っていらっしゃれば良いのに,面倒くさいらしい。庭のさつまいもを掘ったので,お裾分けとのこと。もう冬ですぜ,まだお掘りではなかったのかとお聞きすれば,ここのところ体調が思わしくなかったのだそうな。
 それにしても,あと2年で100歳になられる(ご本人の弁)翁である。呆れるくらいお元気だ。どうしたらあんな生き方ができるのか夕食時に夫婦で考えたのだが,「何でも記録する」とか,「下ネタがうまい」とか,「ゲートボールが好き」だとか,「好奇心が旺盛」とか,「秘密の子どもがいる」(ボクと同い年らしい。本人の思い込みかも知れない)というようなことしか思い浮かばなかった。我々が知らない内緒のトレーニングをあれこれしていらっしゃるのかも知れない。良い意味で,人のプリミティブさを隠さず生きているように思われる翁である。年齢をまねるのは無理だとは思うが,それ以外で何か真似のできることはないかと考えたのだった。
 知らない地にやってきたつれあいも,当初から可愛がってもらったらしい。廊下を走っていたヘビをつまみ出してもらったとか。100歳を超えても元気でがんばっていただきたい。ただし,塀を乗り越えては来ないようにね。
 とりあえず敬意を表し,コールドプレイの『美しき生命』を大きな音で流している。ロックビートで紡がれる弦とボーカルが切ない。翁の部屋はもう真っ暗である。いい夢をみていらっしゃるとよいな。

2008年12月1日(月)柔らかい甲羅の下の
 ご近所の方等からいただきものが続いた。庭で採れたという巨大な青梗菜。備中うどん。畑から間引いた青梗菜に大根と蕪。大江で購入されたというコクのある卵。網にかかった足の動いている蟹など。
 間引いたついでにとか,もらったけれど多いのでどうぞ等とおっしゃるので,ありがたくいただいたのだった。わが家から提供できるモノがあまりないのが申し訳ないことである。
 そんないただき物の蟹の中に,脱皮寸前のものが1枚入っていた。胴体の殻を外したら,中に柔らかい殻がもう一枚付いているのだった。そうか,こんな風に大きくなっていくのかと成長過程の一部を知ることができた。足の殻の中にもさらに柔らかい殻が付いているので,大変食べにくい。という,市場にはあまり出回りそうにないいただき物ならではの豊かな体験をさせていただいた。
 こんなありがたいことが続くと,ついつい,籾殻が余っているのでいりませんか等と声をかけてくださる方がいらっしゃるかも知れないなあと思ったりしたのだった。厚かましいことである。

2008年11月30日(日)サルバドールの太陽に
 昨日のちょっとしたお礼に博物館近くのおうちを訪問。せっかくだから,博物館で開催されている「シュルレアリスムとその周辺」という展示を見に行った。600円。
 マン・レイさんの写真や,ルネ・マグリットさん,サルバドール・ダリさんのシュールな美しい絵を眺めて,少し刺激を受けたような気がした。どんな具体となって現れるのか分からないけれど。
 展示の大半が,兵庫県立美術館と岡崎市美術博物館所蔵のものだ。神戸の美術館はさておき,八丁味噌くらいしか思い浮かばない岡崎市も結構面白そうな街のように思える収蔵品の数々である。がんばれトヨタ。
 それにしても,学芸員なのかアルバイトなのか,展示室の椅子にお座りの女性がちょっと多いと思うな。リアルすぎである。閲覧用の図録が置いてあるテーブルには椅子があるが,2脚は25cmのタイル8枚分を挟み学芸員さんと向き合って座るレイアウトである。誰が座るのかね,こんな居心地の悪そうなレイアウトで。ということで,座ってみた。座ってボクがちらっと顔を上げたら,椅子の女性と視線があった。シュールである。って,どこがやねん。
 業務中は何をお考えなのだろう。ヒューマン・ウォッチング等をお楽しみなのだろうか。短歌でも詠んでいらっしゃるのかも知れない。それにしても,どうして女性ばかりなのだろう。一度体験してみたいお仕事である。

2008年11月29日(土)被写体の
 ボクの携帯には滅多に電話をかけてこない娘から,珍しく電話があった。カメラ売り場にいるらしい。「うちにあるカメラはキャノンだったっけ,ニコンだったっけ。」
 デジタル一眼レフカメラを買う気になったようだ。それはそれは。
 あなたを写し続けたのはニコンである。35年前からボクはニコンを愛用しているのだよ。学生時代に無理してF2を買ったのがニコンの最初である。わが家の子どもはニコンを買わなくていけないのだ。ということにしておいてくれ。交換レンズも使えるしね。それにしても,わが家にカメラがあることを思い出してくれてありがたいことである。
 そんなわけで,観音様はどうなのと聞かれてもよく分からない。日本光学なんだからいいじゃないか等と,わけの分からない話をしたのだった。
 タイ製らしいよと言われるとちょっと困るけれど。

2008年11月28日(金)重い布団を物干し竿に
 ポータルサイトの今日のトピックに,敷布団の寿命はおよそ3年という衝撃の記事があった。睡眠中の汗等で綿の弾力性や吸湿性が失われ,風邪をひきやすくなるのだとか。みなさん,そんなに頻繁に打ちなおしたり交換されているんですの。
 わが家の敷き布団は,太陽に当てたから気持ちいいでしょうと尋ねられることはあっても,新しくしたから気持ちいいでしょうと言われたことはないような気がする。ということは,あれ以来新しくしていないということである。考えると怖ろしいので,深く考えないことにした。
 この1か月ずっと風邪っぽいし,毎年何回かは必ず風邪をひく。敷布団のせいだったらしい。健康維持のための新しい敷布団を買うため,もう少し無理をしてがんばらなくてはいけないようだ。鼻水をすすり上げながら。

2008年11月27日(木)チビ太の刺したコンニャクの
 とりあえず今週の難所を乗り越えた。つれあいは難所で転がっているようだが,1週間遅れの若い葡萄酒を飲ませてもらうことにした。渋みが少なくてマイルドである。
 そんなお酒と一緒に食べたのはおでんだ。ジャポニスムである。コスプレはできても,こんな食事は本場のみなさんも真似できないだろう。個人的にはコンニャクがお薦めである。
 というお馬鹿な夜を過ごしていたら,携帯電話に着信が入っていた。軽い気持ちで折り返し電話をしたところ,何だか深刻な話になり,切り終わったら47分も会話をしたことになっていたのだった。
 長くても10分程度だった携帯電話の通話記録を大幅に塗り替えた夜である。明日から,またいくつか難所を越えなくてはいけないらしい。

2008年11月26日(水)トナカイは庭に置かれて
 勤務を終えてから2カ所の住宅街を車で流す業務。2カ所とも,この時期恒例のイルミネーションで賑やかなおうちが何軒かあった。きれいである。それぞれの地域の皆さんが楽しみにされていることだろう。
 とはいえ,電飾に賛成される人ばかりでなく,地上の明かりはすべて消して空の星を眺めようぜという方もいらっしゃるかも知れない。無駄な電気を使わないようにしようと言われると,こんなエントリーも電気の無駄使いかもと思いちょっと反省する。うっ,つらい。
 そういえば,わが家界隈で毎年ヴァージョン・アップをされている電飾のおうちはまだ明かりが点いていないねえとつれあいに話したら,「あら,私が帰ってきた時には点いていたわよ。」とのこと。18時ころは賑やかだったらしい。
 ボクが通りかかった21時ころは真っ暗だった。こういうご時世なので,電気代を節約し,門限を守って帰宅する健全な皆さんだけ用のサービスなのだろうか。明日は早く帰宅することにしよう。

2008年11月25日(火)湯船で渦を作っておりぬ
 世の中には,毎月25日は給料の支払い日なので楽しみという方もたくさんいらっしゃることだろう。ボクの給料日は残念ながら25日ではない。何の楽しみもない日どころか,毎月,前日も含め不安におののく日である。もらうのではなく,提出しなくていけない日なのだ。今月は提出できるだろうか。
 ということで,帰宅後のプライオリティは,発泡酒よりも食事よりもこの作業を完了することである。と言いつつ,アルコールも食事もしっかり取るのだった。相変わらず,人に優しく自分にはもっと優しいのである。と言っているうちに何とか完了。提出期限に間に合うことができた。中身はさておき。
 その渦中にいると大変であるが,とりあえずそこを脱出して自分が居た場所を眺めてみると,結構良い景色になっていたりするのだった。楽に流れてしまうとかたちは残らないけれど,負荷のかかった時間を過ごせば,ちょっとだけそのあとに楽しいことがあるらしい。とりあえず,これで1か月は何とか過ごせそうだ。

2008年11月24日(月)ヒゲだけは剃ることにして
 片付けなくてはいけないことがいくつかたまっている。博物館等,出かけたいところが何カ所かあったのだが,今日は玄関から一歩も出ることなく自宅で過ごすことにした。どうやって乗り切るか頭の痛いことよのう,いなば屋。ああ,いなば屋は精神的に不安定で何だか落ち着かないのでございます。とりあえず気合いを入れるためにヒゲだけは剃ってみた。
 ということで,休日が始まる前に考えた以上のことはできなかったけれど,少しだけ楽になった。連休はどうでしたかと聴かれれば,まあまあでしたと答えることができそうである。いや,「まあま」くらいかも。
 ご褒美に,ちょっとだけよと映画を見て音楽を聴いてしまった。気がついたら,明日のために眠る時間になっていたのだった。なにしろ,ミンガスさんを聴いていたら,デビッド・マレイさんが聴きたくなって,マレイさんを聴いていたら,D.D.ジャクソンを聴きたくなったりしたのである。何と久しぶりの『PEACE-SONG』だったことだろう。心は全然ピースではないけれど。
 明日はピースな夜になりますように..。

2008年11月23日(日)葬儀からもどりてきみの
 ボクの同級生のパートナーがお亡くなりになって,なぜかつれあいが葬儀に参列した。お世話になったらしい。まだ中学生の子どもさんがいらっしゃるおうちだ。葬儀から帰ったら,何だかボクに優しくしてくれるような感じがした。保険金額が少ないからかも知れない。
 同級生といえば,電気店を経営している友が,今日から安売りをすると連絡をくれた。大変安い。餅つき器を買いに行くことにした。が,売り切れだった。そのまま帰るわけにもいかず,安売り品の倍の値段のものを買うハメになってしまった。クッソー。ガラスに安い料金の部屋を張って客引きをやってる不動産屋さんのような商売をしているんじゃあないだろうなと一瞬疑ったのだった。まっ,量販店ばかりになっても困るので,地域のお店の売り上げに貢献することにした。
 そんなこと以外にも,大阪からいらっしゃる方の相手をしたり,溜まっている業務を片付ける予定だったのだが,訪問予定時間に2時間遅れていらっしゃったので,当初の計画が大幅に狂った。
 それでも,フレンドリーに対応をして,最後は砂丘にご案内した。駐車場はいずこも満車状態だった。過ぎゆく秋をお楽しみの皆さんが多いのである。ああ,ボクは明日もどこへも行けそうにないのだった。

2008年11月22日(土)この子の顔が彼に似てきて
 そんなわけで,今日も勤務である。朝から夜まで。
 出勤したら,いい夫婦の日ですよとご近所の席の方が教えてくださった。そういえば,昨年もその日の夜は外で飲むのが仕事だった。今年も夜遅くまで飲む業務なので,いい夫婦を演じることができた時間はわずかである。残念。
 飲んでいたテーブルは男性ばかりで,例によって情けない男達の話になった。女性は産んだ子は自分の子と分かるけれど男は信じるしかないとか,男の子がなかなか生まれないのは水が悪かったとか食べ物のせいだとか。あとの話の理由について,ボクはもっと下品な仮説しか知らなかったので,すいません,話に加わることができません。
 世間の男性の中には,男の子がどうしても欲しい方がいらっしゃるのだった。男をやって良かったことが多かったらしい。男性のほうは,いい夫婦をやっていると思い込んでいらっしゃるようだ。ここはぜひパートナーの皆さんからもお話を聞きたいなと思ったのだった。ボクは聴くのが怖いけれど。

2008年11月21日(金)くちびる黒きクラウンの
 金曜までで十分疲れているというのに,明日もハードな業務になりそうである。業務の準備にちょっと時間がかかって疲れた。中途半端な音楽は何だか聴く気がしない。
 そんなわけで,先日いただいたCDの入った段ボールを物色してみた。チャールス・ミンガスさんのアルバムが2枚ある。若かりし頃は良く聴いていたのに,そういえばここのところほとんど聴いたことがない。久しぶりに,『THE CLOWN』とenjaのヨーロッパのライブを聴いている。
 ミンガスさんのヘビーなベースや,ドルフィーさんのバスクラが頭とお腹に響く。ブンブンと鳴っている怒ったようなベースを聴いていると,少し元気が蘇ってくる感じがする。そういえば,1曲が長いミンガスさんの演奏を聴いて若い頃も元気になっていたのを思い出した。
 何もなければ忘れたままだったと思うが,亡くなられた方のお蔭で,久しぶりにミンガスさんがスピーカーから流れているのだった。せっかくだから,わが家は,当分ミンガス・フェスティバルということにした。

2008年11月20日(木)どちらかを忘れるために
 出勤する時には帰りに買いに行くつもりでいたのに,帰る時にはすっかり忘れていた。ここのところ他人様の業務も担当しているので,ちょっと余裕がないようだ。そんなわけで,今日はワインを飲むことのできない夜だった。明日のお楽しみということにした。
 ワインを買うのは忘れていたけれど,灯油を買うことは覚えていた。とりあえず,目先の必要なことの方を優先的に思い出すもののようだ。あるいは,買って帰らないと怒られるからだったのかも知れない。
 購入は,近場のGSのセルフである。木曜と金曜は1リットル73円らしい。プリカで買ったら18リットルは1314円だった。もっと高いのかと思っていたのだが,昨シーズンより安い。ちょっと意外というかありがたい価格である。さて,ワインはどうだろう。

2008年11月19日(水)アイロンで伸びゆく皺は
 ちょっと必要があったので,ボクの席近くのみなさんに緊急アンケート。Yシャツのアイロンを誰がかけるのかという質問である。勤務時間終了後に残っていた14人の男女にお聞きしたら,ほぼ日常的に男性がかけると答えたのは,4人だった。サンプルが少ないけれど,へぇー結構やっているんだね,みなさん。ボクは,時々の特訓もむなしく,まだ自立できていない。
 仕上がりに文句をつけたら「じゃあ,あなたがやりなさいよ。」と言われ,以来自分でやっているという男性や,独身の一人暮らしでやむなく?やっている人,自分でやるのが当然という組織にいらっしゃった方等が,実践派のみなさんのご意見である。
 うちのは,自分でやるのはゴルフの準備だけというすごい方もいらっしゃった。Yシャツはむずかしいですよねえという声も。ボクもハンカチならできるんだけどな。とりあえず,Yシャツの仕上がりには文句を言わないようにしようと思った。

2008年11月18日(火)濡れたレンチでボルトを締める
 夕方から冷え込んできた。帰ろうと思ったら,霰が降っている。初雪である。冷え込みはまだ続くという予報なのだとか。
 明日も明後日も車で早くに出かけなくてはいけないというつれあいが,自分の車のタイヤを交換するようにとおっしゃる。えっ,外は雪が降っているんですぜ。ノーマルでも大丈夫だよ,四駆だし。「事故ってもいいの?自分の車は一年中スタッドレスのくせに。」とお代官様。ヒエー,お上には逆らえませぬ。21時からフード付きのコートを着てタイヤ交換作業を行った。雪起こしが鳴る中,懐中電灯でタイヤを照らしながら。ピット作業時間は37分。手際が悪いんです。
 それにしても,雪が降るのがちょっと早すぎるんじゃないの。雪による渋滞やスリップ事故の季節がもうやってきたらしい。岡山辺りに生まれたかったな。この時期になると時々そう思うことがあるのだった。

2008年11月17日(月)残されしアルバム聴いて
 帰宅したら,CDの入った段ボールがラックの前に置かれていた。100枚近い枚数である。ジャズは聴かないからと,父上の亡くなられた友人がくださったようだ。ありがとうございます。
 マイルスさんやコルトレーンさんやロリンズさん等,半分はわが家にもあるアルバムだったが,残りは持っていなかったりレコード盤しかないものだ。アルバート・アイラーさんや,エリック・ドルフィーさんや,オーネット・コールマンさんやアート・アンサンブル・オブ・シカゴ等。ジャズの枠を拡大しようとしていたフリーの時代の作品が大量にある。鑑賞するためにはちょっとエネルギーが必要と思われる作品群だ。
 録音は1960〜70年代でも,CDだから1980年代以降に発売されたものだ。今のボクより年齢が上だったのではないかと思われるような時代にフリー・ジャズを聴かれていたらしい。すでにそんな作品を聴く気力のなくなっているボクに比べると,気骨のある精神の若い方だったのだろう。
 久しぶりに,『ゴースト』と『苦悩の人々』と『ジャズ来るべきもの』を聴かせてもらった。こんなことがないともう聴かなかったかも知れない作品である。ジャズをレコードで聴き始めた東京生活を思い出すアルバムばかりだ。大事にさせていただきます。
 お礼の電話をかけたら,レコードは生前に父上がご自分で処分されたのだとか。もったいない。一枚一枚に,物語というか思い入れがおありだったことだろう。お聞きしたかったな。
 ジャズにはあまり関心のない友人だが,『サキ・コロ』や『サムシン・エルス』や『モーニン』や『バグス・グルーブ』等は,父上を偲ぶ作品として手放さない方がいいと思うな。何枚かはお返しすることにしたのだった。

2008年11月16日(日)しかけた踊りはやめられぬ
 ホテルで朝食をとっている時に降っていた雨が,遠来の客の願いもあってか,奇跡的に上がった。そんなわけで,季節はずれの阿波踊りを見せてもらうことができた。善行はしておくものである。って,いつ善いことをしたのだったか。
 高く跳ね上げる足が美しい。凜としているのに艶っぽいのである。ライブはいいね。
 女踊りの最中は手を挙げっぱなしだ。ずっとつま先立ちで前に重心をかけていらっしゃるから,足にも負荷がかかっていることだろう。顔は笑顔でも肉体的には結構大変そうだ。おつかれさま。見る阿呆だけで十分楽しませていただきました。
 そんなわけで,阿波踊りは,ボクの中では祭の殿堂入りなのである。

2008年11月15日(土)オレンジのネオンあかるい
 車で走ること4時間。讃岐でセルフのうどんを食べた。イカフライとかき揚げをつけて。その後,阿波で眉山に登ったり,徳島ラーメンも食べさせてもらった。ちょっと濃いめのスープだが,甘みも感じられておいしい。明日,たらいうどんを食べれば,さぬきとあわの麺の旅は終わりである。
 4年ぶりの徳島だ。今回は会合終了後に余裕があったので,車で眉山の頂上まで上がった。便利である。カップルもあちらこちらに。道路脇には妖しくも美しいネオンのホテルも多いのだった。何かと便利そうな山である。
 仁風閣へ行った時,米子の方が,仁風閣と博物館だけだと市民の皆さんはあまりこの辺りに来そうにないですねえとおっしゃっていたが,車で久松山に登れるようになれば,ウォーキングやジョギングが趣味の方以外も,たびたび山に上がるようになるのではないか。ホテルはさておき,公共事業にどうだろう。って,無駄な工事か?

2008年11月14日(金)さっきまで動いておりし
 「バチが当たるんじゃないの?」
 トロ箱を持ち帰って開けたら,つれあいが驚く。まことに。
 今どれ松葉蟹。
 先日のカニはすでに息絶えていた安物だったけれど,今日のは生きている。巨大である。重さを量ったら1250gだった。
 生をつついて食べたり,足の外皮をはいでしゃぶしゃぶにしたり。味噌もたっぷり詰まっている。1枚だけだが,ふたりで食べてもお腹いっぱいになった。ずっと風邪気味の体調不良だったけれど,何だか治ったような気もする。
 時々魚屋さんにもなるとさきさん,ありがとうございました。こんな幸せがいつまで続くのかと小心者の夫婦は心配になったのでしたよ。河合隼雄さんの,「ふたつよいことさてないものよ」を思い出したのだった。明日からの言動には注意をした方がよいかも知れない。
 金額が不明とのことで,代金をまだ支払っていないことが大変心配である。

2008年11月13日(木)断ち切りたるは
 事件を起こした青年をよく知っているという方がいらっしゃって,お聞きすれば,以前おうちが燃えたりしたこともあったらしい。かつてそこから遠くないところに住んでいたので,なんだか落ち着かないのである。
 被害に遭われた方はもちろんお気の毒なことだが,加害側の関係者の皆さんにもボクの想像力では足りないような生活が待っていることだろう。何しろ,狭いいなばのことだ。今日の出身地近くのみなさんは,あれこれのうわさ話や知っていることを披瀝しあっているのではないかと思ったりしているのだった。どちらにとってもつらいできごとである。
 誰でもそんなことをするわけはないが,とはいえ,そうするかしないかにそれほど大きな隔たりはないような気もする。コントロール不能になるようなことが自分の身に降りかかってこないことを祈るばかりである。

2008年11月12日(水)晴れた日の午後に撒きたる
 暖かい一日であった。今日の午後は,仁風閣や福部方面へ出かける業務である。
 ラッキョウ畑のあちらこちらで殺虫剤を散布されていた。砂地だからそんなに悪質な虫がたくさんいるとは思えないのだが,緑があれば虫は寄りつくということなのだろう。ほったらかしのわが家の狭いラッキョウ畑にどんな虫がいるのかよく知らないが,専門農家の中には3回くらい散布される方もおありなのだそうだ。観光客の皆さんが多い休日には撒きにくいのかも知れない。
 広大な畑への散布は大変である。おつかれさま。ラッキョウ一粒も結構手がかかっているのである。

2008年11月11日(火)巻き舌の少女の歌を
 トリオ・アコースティックのアルバムを1200円で発売したタパスレコードだが,2枚目のトヌ・ナイッソーさんのアルバムはなぜか発売中止になった。某商会さん等の影響があったのだろうか。
 そんなわけで,一発屋さんで終わった会社かと思っていたら,今般,RICHARD WHITEMANさんの『SLOW NIGHT』という新譜を発売された。カナダのピアニストである。CD番号は「003」。「002」は欠番のようだ。販売元はガッツプロダクションである。
 場を乱す迷惑なことよのうと思っていらっしゃる会社もおありだろうが,新譜のCD価格が古い輸入盤並みの値段というのはありがたい。録音がカナダのトロントというのも,個人的に購入意欲をそそる。発売枚数が増えてカタログが豊かになれば,もっと世間から注目されるようになるのではないか,タパスレコード。某商会さん等に負けないで頑張っていただきたい。
 ホワイトマンさんは真面目な方のようだ。姿勢正しく端正に音を紡いでいらっしゃる。そんなホワイトマンさんが,椎名林檎さんの『歌舞伎町の女王』 に取り組んでいるのも面白い。プロデュースされた方のご趣味なのだろう。巻き舌もピアノで表現されようとしていらっしゃるように聞こえるが,ちょっと妖しさが足りないような気もするな。
 という,介護の日だか,ポッキーの日だか,世界平和記念日だかの今日は,樹村さんのお誕生日である。以前,ネムキの別冊に体調が良くないと書かれていたが,お元気になられただろうか。まだまだご活躍されることを祈念しているのでした。
 身近なところにも誕生日の人がいて,贈り物が結構届いているらしい。それはそれは。生まれてきたことを喜んでくれる人がたくさんいて喜ばしいことである。人に喜んでもらって,なんぼだよね。

2008年11月10日(月)ばらばらのトリオの音が
 読み始めてしばらくするとバド・パウエルさんのピアノを聴きたくなるようなミステリーを読んでいる。しかも,世間であまり評価されない後期の演奏のものを。本の帯には,「驚愕のミステリー」などとある。
 とりあえず,パリ時代のパウエルさんと,パリからNYに帰ったパウエルさんの演奏を聴きながら読書だ。『BUD POWELL IN PARIS』と『THE RETURN OF BUD POWELL』である。
 1966年に41歳で亡くなったパウエルさんは,1960年前後,ヤク中,アル中のボロボロの身体で演奏されている。最後の録音となった『THE RETURN OF BUD POWELL』は,もたついて調子の外れるピアノに,ベースもドラムスもお付き合いしてしまう感じ。失礼ながら,クリエイティブなところのないかみ合わないトリオ演奏だ。ずれた会話。酔っぱらって昔話を調子こいて話している人に,しょうがないなあと残りのメンバーが適当にお付き合いしているようでもある。
 とはいえ,驚異的な演奏をしていた若かりし頃のパウエルさんに劣らず,ボクはこの頃の演奏が嫌いではない。というか,どちらかを選んで無人島へ持って行けと言われれば,きらめく怒濤の最盛期作品より後期のCDを持って行く予定である。
 音楽に限らず,傑作や質の高い作品を作り続ける人というのはまれである。それでも,糊口をしのがなくてはいけないこともあるだろうし,アイデアが枯れてもやらなくてはいけないこともあるだろう。いつも完璧な作品をリリースするのではなく,こんなはずではないんだがなと思いながら作品を作ったり,クリエイティブなところが薄れたなと焦りながら演奏している様子に共感を覚えたりすることもあるのだった。
 そんなわけで,読書中の音楽も「驚愕のピアノトリオ」なのである。

2008年11月9日(日)植え終えた苗にすくもを
 体調は万全ではないが,タマネギの苗を買ってあるので,植え付けを済ませた。1本6円の「猩々赤」と5円50銭の「アタック」を,とりあえず450本。
 昨年の反省から,苗の購入はホームセンターではなく,種苗専門店にした。茎も青々としっかりしているし,ヒゲ根も長い。ホームセンターで売られていたアタックは1本4円98銭だったが,ちょっと小ぶりの苗に見えた。
 霜柱が立たないよう,土をしっかり押さえ,すくも(もみ殻)を上からばらまいて終わり,と思ったら,以前農家からいただいていたすくもがなくなっていた。すくもをもらいに行くような農家が近所にないので,売ってあるのかどうか心配だったけれどホームセンターへ行ってみた。売ってあった。20リットル入りの袋がなんと398円である。15kgの鶏糞が160円なのに。野菜の土だって20リットル238円なのに。すくもは高級羽毛布団である。
 という,来年の備忘のためのままごと農業歳時記である。とりあえず,すくもは農家からもらって来ておこうと思ったのだった。

2008年11月8日(土)さっきまで探していたのは
 高校の同窓会に出かけた。東京にいる同期のメンバーと画像でやりとりするらしい。職場経由で遅れて合流したから,残っている席に着くしかない。同窓会は遅刻をしない方が良いようだ。
 それでも,仲の良かった皆さんが声をかけてくれて,席移動。普段会うことのない同級生と昔話ができた。ボクのせいで,ロックのLPを買わされた方があちこちにいらっしゃったらしい。すいませんねえ,自分の好きなものを他人様に無理矢理勧めるクセは昔からだったんだなあ。ムーディ・ブルースの『QUESTION OF BALANCE』とか,ピンク・フロイドの『ATOM HEART MOTHER』を買わされたとか,ZEPやディープ・パープルやクリムゾンなども。
 イーグルスで自分のロックは終わったと隣席のやまぐちくんは言うけれど,えっ,ボクは今でもロック月刊誌を買っているよ。1970年からほとんど進歩がないのである。それにしても,良いバンドを薦めていたものである,って自画自賛。部屋を暗くして『ATOM HEART MOTHER』を聴けば,大麻なんかやらなくてもトリップできると思うけどな。最近の若者は,1970年前後のロックでは何のイメージも湧かないのだろうか。お気の毒なことである。
 ムーディーズの『QUESTION OF BALANCE』の冒頭曲の「I'm looking for a miracle in my life.」というフレーズは,今日までのボクのテーマのひとつだったかも知れない。さて,ボクはいくつ奇跡を見つけることができたのだろう。まっ,こうして生きているのがミラクルのひとつと思うことにした。そんな音楽やみなさんとの出会いがあったから,今があるのだった。みんなありがとね。
 そういえば,今日は漁港の魚屋さんで松葉ガニを買った。新鮮なのは全部売り切れ。昨日のセリのもので,推定絶命時刻は7日午後11時の,鮮度の落ちるものがトロ箱で売られていた。たくさんはいらない。他のお客さんと共同で購入することにして,お店の人と交渉。1枚600円で3枚分けてもらった。海から遠い皆さんにはミラクルであろう。ごちそうさま。悪いね,東京で活躍の皆さんには送ることができないよ。

2008年11月7日(金)この週は何で疲れる
 今週は4日しか働いていないのに,目や歯や肩等,あちこちに疲れが蓄積している感じ。何だか,「此の秋は何で年よる雲に鳥」という芭蕉さんの句を身近に感じますわ,等と職場で話したのだった。
 ボクだけでなく,周りにもお疲れの方がいらっしゃるようだ。ボクの近所の2名の人が体調不良でお休みだった。みなさんが疲れているらしい。良く働いたからだと本人は思っているのだが,あるいはその前の連休のせいだろうか。といいつつ,今夜も日付が変わってすでに1時間が経ってしまっている。
 「雲に鳥」の句を詠んだ時,芭蕉さんは51歳。芭蕉さんが人生の秋をお感じになった年齢をすでにボクは超えているのだった。週末はのんびり過ごした方が良さそうである。

2008年11月6日(木)ドリンクバーに三たび立つ
 急遽,若者にファミレスに連れて行ってもらうことになった。暑い季節に高崎のガストを利用して以来である。
 駐車場に置かれている車は1台だけ。午後7時の夕食時だというのに,店内には3組のお客さんしかいない。ウィークデイのファミレスはどこでもそんな状況なのか,それともこのお店だけのことなのか。賑やかな店内での面白い会話を期待したのに,残念。
 オーダーに来てくれた女の子は,先日花梨を提供した方のお孫さんである。半年以上アルバイトしているのだが,ここのところ客の入りが良くないのだとか。
 期待された客だったかも知れないのに,ボクが頼んだのはドリンクバーだけ。すいませんねえ,ケチな客で。急にご飯を食べないことにすると,準備している人に申し訳ないんです。...。とうことで,食事前だというのに,コーヒーを3杯飲んで帰ったのだった。

2008年11月5日(水)自由の鐘鳴らす夢
 百年に一度だとかの経済混乱の後は,黒人系大統領(白人系でもあるのだろうが)の誕生で,結構歴史的な激動の時代に巡り合わせているようだ。世の中はこれからも流転し続けて面白そうだというのに,いつかは時間が止まってしまうかと思うと寂しいことである。
 まっ,そんなことはさておき,大統領が代わったから急にアメリカの経済状態が良くなるわけでもないだろう。そう簡単に混乱のアメリカを良くされては,共和党の皆さんの面目が丸つぶれである。ブッシュさんだって,比べられて悪い評価をされるのは嫌なはずだ。傷口をもっと広げてから辞めたりして。ねっ,誰がやっても大変でしょ,みんなボクを責めるけどさあとか。
 WASPの皆さんなら,やっぱり白人じゃないとダメだよね等と,新大統領の失敗を期待するのかも知れない。軍産複合体は,どこかで戦争をやってほしいのだろうし。そんな状況の中で大統領になるんだから,大変だなオバマさん。ご自愛でご活躍を,って小浜に住んでいるわけでもないし何の関係もないけれど。いずれにせよ,そんな大変なアメリカにいつまでも依存していてはいけないのである。
 と言いつつ,オバマさんとキングさんに敬意を表し,フリーキー・トーン満載のジャッキー・マクリーンさんの『LET FREEDOM RING』を流している。渾身の演奏である。ボクのアメリカ離れはなかなか難しそうだ。

2008年11月4日(火)カメムシを見ていたという人のある
 連休中も業務をされたみなさんが多いのだが,とはいえ,休み明けには「連休はどうでした?」というのがご挨拶のお約束である。って,誰の決めたお約束なんだか。若い人だけに尋ねるとお局様等からお叱りをうけるので,コーヒー・ブレイクにご近所に満遍なくお聞きしてみるのだった。
 遠出はせず,家や近所でぶらぶらだったという声が多い。お子さまの文化祭とか,砂丘のゆるキャラを見に行ったとか,『デトロイト・メタル・シティ』を観たとか,大山に紅葉狩りに行かれた方もおありだ。帰りは渋滞だったらしい。渋滞に遭うのが行楽の目的だよね,多分。
 「良いところへ行った」とだけ答え,具体的な行き先を教えてくれない方もいらっしゃる。普段冗談を言わない方なので,本当に良いところだったようだ。よほどボクには教えたくないらしい。そう言われると,益々聞きたくなりますなあ。さりげなく,これからもリサーチを続けることにした。
 逆に質問されたボクの場合は,「この通り」と棘で傷だらけの手を見ていただく。あら,破傷風になると大変ですねとひと言。御座なりの愛しか感じられないのが残念である。

2008年11月3日(月)手のひらに埋まりし棘の
 そろそろタマネギ苗を植える時期である。来週か再来週あたりになりそうだ。植え付けの前に,石灰や鶏糞まきをしておいた。文化は耕作からである。
 一仕事終えたら,通りがかりのおばあさんが,「あんたげは花梨がよおけなっとんさるなあ。1キロほどわけてもらえんだらあか?」とおっしゃる。本当に,今年のわが家の花梨は生り年である。1kgってこれくらいですかねえと言いながら,6個お裾分けした。花梨酒をお作りになるのだそうだ。うちは,つれあいが毎年ジャムにしていますけどね等と会話。そのお礼なのかどうか,「あんたげの隣の人が竹が敷地に侵入してくるだないかと心配しとんさったで。」と教えて下さる。「さあさあ,そうですがあ。一応,塀のところは溝を掘っているんですけどねえ。」とは言ったが,急遽竹を切り倒すことにした。
 ちょっとした竹藪なのである。おまけにナツメも一緒に生えている。竹とナツメと雑木を切り倒しまくった。その結果,手は血だらけ。いやホント,ナツメの棘は強力なのである。作業中,東隣のアパートの窓から3歳になるらしい女の子が,「おじちゃん何してるの。」と声をかけてくれた。楽しい話をしばらくさせてもらった。かわいいなあ,おさなごは。「おじちゃんの名前は何?上じゃあなくて下のほう。」とか,3歳ってこんなに賢かったっけ?
 という,まるで体育の日のような午後である。
 帰宅後,樹村みのりさんを思い出すことがあったので,ジョニ・ミッチェルさんを聴いた。その後,LARRY FULLERさんの『EASY WALKER』を聴きながら小説とコミックを読み,映画を見た。なかなか良い夜である。
 これで,短歌の女神がやって来てくれれば,今年の文化の日は思い残すことはない。早く来てくれないかな。

2008年11月2日(日)秋の葉に乗りたる蝗虫
 中国山地等の雄大な紅葉を楽しむ余裕がなかったので,庭の南天の赤を見て紅葉狩りということにしておいた。枯山水紅葉狩りというか,盆栽紅葉狩りというか,お手軽行楽気分ということで。きれいな赤である。
 めっきり寒くなったけれど,寒さに強そうには見えない精霊蝗虫は,夜になっても元気に過ごせるだろうか,戸外で。螳螂も2匹いたが,動きはにぶい。琉球朝顔は,昨日の朝咲いたものが夕方までひらいていて,少し褪せた色と濃い色の2色を楽しむことができる。長く咲き続けるにはちょうど良い季節なのかも知れない。とはいえ,宿根草朝顔なので寒さ対策がそろそろ必要だ。
 器用に冬を生き抜くことのできない昆虫や植物も多いのである。つらいね。とはいえ,灯油も高そうだ。人間にも厳しい今年の冬である。さて,今年最初に買う灯油の値段はいくらか。灯油がなくても,たとえば夢や愛で寒い冬を乗り切ることができる人もいるかも知れないな。
 ボクは,とりあえず今シーズンいちばんの厚着をして過ごしたのだった。 

2008年11月1日(土)白く咲きたる辣韮の
 植え付けの時期によって花の開き加減に差があるようだが,福部のラッキョウの花が見ごろである。県外ナンバーの自家用車だけでなく,タクシー利用で観光されている方もいらっしゃった。ラッキョウの実の生育に花は邪魔なので,なんぼ折ってもええでと畑のおじさんがおっしゃる。たくさんいただいて帰り,花瓶にさした。ありがとうございました。
 年賀状の撮影に子ども達とラッキョウ畑へ行ってから,もう20年以上が経った。当時は道路も整備されておらず,人のほとんど来ない場所だった。今日は,カメラを手にしたグループや絵を描く人,写メを撮る人がたくさんいらっしゃる。ラッキョウの花の中でも撮影ができるようになっていた。すっかり観光地である。昔は良かったね。そんな昔のあったことを思い出すために,夫婦で歩いたのだった。
 ラッキョウ畑のところどころに白い花が咲いている。突然変異なのだそうだ。ラッキョウの花は赤紫ばかりでもないのである。とはいえ,見物する分には赤紫がきれい。白い花が増えすぎ,花まで「昔はよかったね」ということにならないようにしてもらいたいな。

2008年10月31日(金)一日の半分以上をこの場所で
 ハードな週であった。疲れた。一日の半分を職場で過ごす生活は送りたくないと思うのだが,ここのところ連日である。車を降りて家に帰るまでの間に,ご近所の方が「遅いですねえ」と声をかけてくださった。ありがとうございます。気にかけていただいて。職場には,遅い方がまだまだいらっしゃるんです。
 隣席の男性が教えてくれたところによると,日本男性の平均帰宅時間は20時49分なのだとか。すいませんねえ,平均帰宅時間を引き下げていましたよ。遅いと思っているのは自分だけで,世間の皆さまほどには仕事をしていないのかも知れないのだった。
 とはいえ,まぶたのピクピクに加え,肩の凝りと首筋も痛む。肩とまぶたはつながっているのだろうか。しばらくスローダウンな生活を送ることにした。まずは,夜更かし,朝寝坊というあたりから取り組んでみることにする。

2008年10月30日(木)左目の痙攣したる夕方に
 一天にわかにかき曇り,強風が吹いた。路上は,枯葉がぶっ飛んでいる。大きな音もしたので,えっナニ地震?などとおっしゃる方もいるくらいボクの周りは騒然としたのだが,いつの間にか陽が差してきて,夕方になると強い光が街路樹を照らしていた。欅の赤は先日よりさらに深まり,赤と緑のラプソディというか,コンチェルトが新鮮である,って何のこっちゃ。とりあえず,陽が差したメイン・ストリートの銀杏と欅のハーモニーである。
 そんな美しいモノを見ているのに,左目がピクピクとうるさい。ディスプレイの見過ぎだろうか。誰も心配してくれないが,働き過ぎのような気もする。今月のPCのスケジュール・ボードは,通常の業務以外のスケジュールが大量に書き込まれていて,空いているのは来月の何番目かの火曜日だけだ。と思ったら,そういえば樹村さんとつれあいの誕生日である。早く休んで,その日にそなえることにする。

2008年10月29日(水)動物の名を付けられた
 夏から秋にかけてボクを楽しませてくれる草花に,以前ご近所からいただいた「猩猩草」がある。毎年,花のあとに種を落としているようで,あちこちから勝手に芽を出す優れものである。花を楽しむというより,緑の葉の中に生まれるオレンジ色を愛でている。
 くださった方は名前をご存じなかったが,ポインセチアに似ていることからあたりをつけて検索をしたら,「猩猩草」という名前に辿り着いたのだった。ちなみにポインセチアは,「猩猩木」だとか。ふーん。勉強になるな,ウィキペディア。
 猩猩というと,毎年作っている「猩々赤」というタマネギの品種が思い浮かぶ。オニオンスライス用に作っている赤というより紫色のタマネギだ。猩猩は,酒を飲んで酔っぱらったサルの赤色だと勝手に思い込んでいたのだが,ウィキペディアによると,伝説上の動物らしい。和名では「猩猩」はオランウータンのことだとか。ふーん。何でも調べれば簡単にわかる時代であることよ。白髪防止や抜け毛防止といったボクに最も大事なことは教えてくれないのが残念である。
 ポインセチアを枯らさずに越冬させる方法というのも調べればあるのだろうが,寒くなるといつも葉っぱがポロポロ落ちるので,ポインセチアを上手に育てる自信がない。猩猩木より,猩猩草と猩々赤栽培の方がむいているようである。

2008年10月28日(火)物事は角度が大事
 1階の窓際にボクの席はある。窓際年長者だ。コーヒーメーカーなどが置かれた棚の先の窓ガラスは,横に続いている30cmほどの透過部分を残し,全面磨りガラスである。ボクの席から少し見上げるかたちになる透過部分から,銀杏の黄や欅の紅葉がきれいだ。
 16時を過ぎ,西に傾いた日が当たると,黄色や赤がひときわ輝いてことのほか美しい。朝はそれほどきれいと思わないのに。ねえねえ,今とてもきれいだから,ボクの席に座ってみなさいよ等と声をかければ,皆さんがとてもよろこんでくださる。この時期だけは,ボクの席がいちばん良い席なのかも知れない。たまには良いこともないとね。
 勤務時間は少し残っているけれど,短い昼間の中でいちばん安らぐ時間である。太陽が低くなると光は強くなるのだろうか。気のせいか。物事は角度が大事なのかも知れない,等と思ったりしたのだった。

2008年10月27日(月)種をほっする人のある
 昨年も希望された方がおありだったが,今日も希望される方があった。玄関の琉球朝顔である。今が盛りかと思うほど,大ぶりの花が朝から晩までたくさん咲いている。
 どちらの方も種を所望されたけれど,残念ながら琉球朝顔に種はできない。挿し木等の株分けで増やす朝顔だ。とりあえず挿し木で育てた苗が5鉢ある。喜んでお裾分けさせていただいた。一緒に,「砂丘の朝露〜ノーリアンズブラック」の種もつけて。
 そんな風に花の種や苗をやりとりするからだろう。他ではあまり見かけない花なのに,ご近所を歩くと同じ花があちこちに咲いている。たとえば,今の時期のお気に入りは,ウキツリボクとか,チロリアンランプとか,アブチロンとか。って,みなひとつの花のいろいろな呼び方である。小さな赤がかわいいので,ぼくは勝手に「赤ちょうちん」と呼んでいるけれど。
 他所からいただいたり,わが家の花で広がる関係というのも細々ながらあるのだった。

2008年10月26日(日)土に触れたる中指で
 「精が出ますなあ。」と,犬の散歩をされていた方が声をかけてくださる。「いゃあ,ほとんど草取りですわ。」
 作物に追肥をやろうと畑へ行ったのに,スベリヒユ等の草が大量に広がっている。食用にもなる草らしい。耐乾性があるようで砂地でも元気。草取りはちょっとした重労働だ。まっ,除草剤をまいていないということをご通行のみなさんにもご理解いただいたことだろう。
 草抜き終了後,ジャガイモの出島とラッキョウに発酵鶏糞を与えた。15kgで160円の肥料である。いつも使っている化成肥料の値段を思うと,タダのようなものだ。地下水も問題ないはずなので,この冬のジャガイモだけは生産者の分かる安心の食材である。
 そんな土いじりと食後の皿洗いのおかげで,指先はザラザラ。指先だけ見れば,働き者の手に見えそうである。

2008年10月25日(土)落とし文見つけた夜は
 枯葉の季節である。何種類もの「枯葉」があるけれど,結局,『SOMETHIN' ELSE』と『PORTRAIT IN JAZZ』と『WYNTON KELLY!』とMJQくらいしか,思い浮かばない。この季節になると,毎年同じ演奏ばかり聴いているのだった。
 ピアノ・トリオの方がチラチラハラハラのイメージを作りやすいような気がするのだが,ビル・エヴァンスさんもウィントン・ケリーさんも,ドサッと積もった焼き芋用枯葉というイメージもして,繰り返して聴くのはやっぱりマイルスさんとキャノンボール・アダレイさんのアルバムになってしまう。よくこんなイントロを思いつかれましたなあ。美しいミュートで演奏されるテーマの後の,伸び伸びとしたサックスの音が秋の夜に優しく響くのであった。
 マイルスさんといえば,以前,10枚組輸入盤が1500円ほどで売られているのを発見してビックリしたことがある。いなばでこの値段なのだから,都市部ではもっと安いのだろう。マイルスさんの演奏がCD1枚150円。もちろん,オリジナル盤10枚ではなく,それぞれ曲が少し入れ替わっているコンピ盤である。
 日頃からジャズを聴いている方は,そんなアルバムはジャンク扱いだと思うが,マイルスさんのCDをほとんど持っていない人が買われる分には,大変お買い得である。
 ただし,『枯葉』は収録されていない。残念。

2008年10月24日(金)八方美人だったときみは
 勤務している間にお世話になったたくさんのみなさんにお会いした。18年ぶりとか,10年ぶりとか,4年ぶりとか。若気の至りだった頃に助けていただいた方も多数。
 パートナーがお亡くなりになった方や,お孫さんの写真を見せてくださる方もいる。お嬢さんがハリウッドで頑張っていらっしゃったり,現在映画を撮影してもらっている方などの話も。ブランクの間のみなさんのできごとをあれこれ聴かせていただいて,いやあボクも結構長いこと働いたよなあと思った夜である。他人様の祝賀の会だったのだけれど。
 普段カラオケには滅多に付き合わないのだが,この会は二次会に参加すると何か1曲歌わないと帰してもらえない,という会員制恐怖倶楽部である。
 幸い今日の二次会はあまりにも参加者が多く,ルールが適用されなかった。ラッキーである。というか,ボクはお店のカウンターの中で働かせてもらい,マスター等と呼ばれていい気になっていたのだった。ママによると,困ったお客さんもいるんですよということだったが,今夜のボクのような客のことだったかも知れない。
 とはいえ,みなさんがお帰りになってからグラスやお皿を最後まで洗っていたのはボクなんです。皿を洗えば,八方円満。多分。

2008年10月23日(木)理不尽な朝の知らせに
 おくやみ欄に若い人の死が掲載されていた。つれあいの知人のお子さまらしい。県外で生活をしていて交通事故に遭われたのだとか。ひと月ほど前にも,同じような年齢の若い女の子が進学先の県外で亡くなられ,何と言って良いのか言葉がないよねと話したばかりである。ご家族の皆さまの悲しみの深さは想像もつかない。
 『イキガミ』というコミックがある。予防接種時に,1000人にひとりの確率で18歳から24歳の間に心臓を止めるカプセルを注入されるという,現実にはあり得ない設定のコミックだ。カプセルが体内に入った若者には,死の24時間前に「死亡予告証」が配達されるのである。「逝紙」。
 コミックの設定に怒りを覚える方もいらっしゃるだろうが,身近なところで死に相応しくない若者の理不尽な話を聞くと,誰にも突然「配達人」がやってくる可能性はあるよなあと思ったりもしてしまう。
 今まで生きてきたのは当然のことのように思っているけれど,奇跡的なことなのかも知れないなと改めて感じるのだった。紡げる言葉があれば,今日のうちに紡いでおこうと思う。

2008年10月22日(水)カレーの味のちくわをちぎる
 昼間一緒に仕事をした伯耆の方が,今日も明日も鳥取泊まりなんですよねえとおっしゃる。いなばでは勤務をされたことのない方だ。一緒に飲む人もいないし,飲む場所もご存じないとのこと。そんな状況で,「じゃあ,また」とお別れすることのできない,気持ちも意志も弱い男である。
 急遽,夜の街に出かけることになった。業務多忙の週の真ん中だというのに。金曜日も,高い会費の祝賀会があるのに。風邪気味で肩が凝っているというのに。というか,先日,穴に落ちたせいで身体がだるいのかも知れない。
 会話は豆腐竹輪からはじまった。去年から豆腐竹輪にはまっているのだとか。クーラーボックスを車に積み,買い占めて?帰るご予定のようだ。米子のスーパでは,ちむらの豆腐ちくわしか手に入らないのだそうだ。ふーん,知りませんでしたよ。因幡でも伯耆でも簡単に手に入るのかと思っていたのだった。
 いなばには7種類ほどの豆腐ちくわのあることを教えてあげた。ついでに,自宅で作る豆腐のこともお話をしたのだが,電子レンジがないらしい。残念。
 という,食べ物や世間の男や女を主旋律に,話はあちこち飛びながらそれなりの対話を遅くまでしたのだった。ジャジーである。

2008年10月21日(火)いまもあしたもあさっても
 澤野さんのアルバムは,紹介しなくてもその筋のみなさんがお買い求めになるのだと思うが,トヌー・ナイソーさんの『FOR NOW AND FOREVER』はこの秋のお気に入りの一枚である。
 冒頭の「Frank Mills」という曲が,キース・ジャレットさんの「My Back Pages」を想起させるという声があるようだ。輪郭のはっきりとしたメロディなので,そういわれれば「My Back Pages」が浮かんでくるような気もする。ミディアム・テンポの,親しみやすく気持ちの良い演奏である。とはいえ,そんなことは知るはずもなく,ボクは最後に収められている「I Love You , Porgy」一曲のために買った。
 こちらも,穏やかな気持ちになれる優しい演奏だ。逡巡しながらメロディーを紡いでゆくようなナッソーさんのピアノが人恋しい秋の夜長によく合っているのである。これからもわが家で聴き続けられる貴重な一枚になったのだった。

2008年10月20日(月)まだ低い朝日に向けて
 いつもより25分早く家を出て,遠回りして出勤するというミッションが続いた。日の出とともに目が覚めるという方もいらっしゃるようだが,趣味は朝寝である。早朝の業務は苦手。できれば,帰りは本屋さんなどに寄り,遠回りして帰宅するという業務にかえてもらえないだろうか。
 とはいえ,通常とは逆の方向に走る朝なので,ヘエー,いつもこんなところに渋滞ができているのかとか,自転車で通学している中学生もいるんだねえ等と,新たな発見もあったりする。おお,ラブホから出勤?する人もいるではないか。太陽に向かって走る時間も増え,晴れているとまぶしい。こんな出勤光景が日常の人もいるんですねえ。
 そんなわけで,毎朝,出勤時に出会う人とここのところお会いしていない。明日は会えるといいな。

2008年10月19日(日)鶏肉と煮付けられたる筍は
 毎年同じことを書いているが,今年も四方竹をいただいた。秋に食べる細いタケノコである。煮付けたりマヨネーズをつけて食べる。
 金木犀を楽しんだ後は,零余子を摘んで四方竹を食べて,そういえばマコモタケもこの頃だったのではないか。今日は,むらさきじゃがいも等とともにそんな材料による夕食だった。ゴージャスな食卓ではないが,ほとんどの食材の素性がわかるというのがちょっと安心だったりする。旬を感じるものがおいしいと思うようになったというのは,歳をとったということなのだろうけれど。
 食後のデザートは,ここのところ毎日のように食べている足の早い西条柿。至福の甘さだ。食べることと夜が好きな者には,まっこと秋はありがたい季節だ。
 さて,来年もフキノトウや孟宗竹を食べることができるだろうか。春ももちろん楽しみである。
 そんな夜は,久しぶりにイタリア系のピアノ・トリオ。ピアノはGIUSEPPE FINOCCHIAROさん。悦楽のラテンなのにメロディアスで静か。高音多用のキラキラした静謐さである。抑えたエスプレッシーボというか。ECMのアイヒャーさんが録音したら面白そうだな,などと思いながら聴いているのだった。

2008年10月18日(土)上のアケビの見たものは
 わが家から車で8分走って240mの山に到着。安物の高度計による数字なので,別の高度計で測れば標高はもっと低いかも知れない。まっ,ガソリンをあまり使わないで食料を採集しようと思ったのである。
 人のあまりいそうにない場所へ行ったつもりなのに,すでに先客がおありで,山芋を掘った後の1m近い穴も複数ある。赤土の斜面なので,割合掘りやすかったようだ。
 そんなわけで,アケビはたくさんあったけれど,道路脇の零余子は採り尽くされたあとだった。手ぶらで帰るわけにはゆかぬ。今さら車に乗って移動するのも面倒。道路脇から,笹をかき分け奥へ入った。上を向きアケビや零余子のある方角を見ながら勢いよく歩いていたら,エッ,足が宙に浮いた。と思ったら,ナント大きな穴に落ちてしまった。マスに落ちたらしい。ノツボでなくて良かった。突然,前を行くボクの姿が消えたので,つれあいの驚くこと。いやあ,ふたりで大騒ぎ。上へ上がるのも大変。おかげで楽しい山の物語が増えた。ついでに,時々足元を見ることは大事だよね,と反省したのだった。
 それでも,零余子はしっかり採取して帰った。まるで,「受領は倒るるところに土をもつかめ」だ。まったく,「いなば屋おぬしも」なのである。

2008年10月17日(金)電子レンジで作りたる
 つれあいは,かつて大豆から豆腐を作っていたようだが,そんな手間のかかることをコンスタントに続けるのは難しい。最近は,豆乳を使った電子レンジ製の豆腐である。とはいえ,大豆固形分のせいなのか,にがりの加減なのか,なかなか市販のような完成度の高い豆腐にならない。
 そんな手抜き手作り豆腐を作っているわが家なのに,とてもおいしい豆腐ができたのが雨滝の豆乳である。大豆固形分は11%。近所のスーパーでは,無調整豆乳は大豆固形分8%と10%のものしか手に入らない。11%になっただけで,かなり市販の豆腐に近づいた感じ。
 500ccの豆乳に,にがりは7g。泡立たないよう丁寧にかき混ぜ,700Wの電子レンジで6分の加熱。少し蒸らしすと,緑がかった,つるんまったりのおぼろ豆腐の完成である。あたたかい半手作り豆腐があるだけで,寒くなった秋の夕食も少し豊かさを感じるのだった。容器はふた付きのセラミックを使っているが,100均の丼にラップをはっても良いような気がする。
 雨滝の豆乳は,「愛菜館」やパレットとっとり内の「さんフレッシュいなば」で手に入る。とはいえ,入荷量が1日2〜3本なので,タイミングが悪いと売り切れになっていることも多い。お店に届けられるのは15時ころ。電話で取り置きをしてもらうのがよいと思うな。

2008年10月16日(木)鶏糞を根から離して一握り置く
 職場でプチ・トマトを作っていらっしゃる方がある。これが大変お上手。日当たりが良い場所でもないのに,毎年大きな枝だ。今年も真っ赤なトマトがたくさんできている。奥まったところにあるせいか,どなたもお食べにならない。もったいない。昼食時に,ボクは大量にいただいているのだった。
 今日は,弁当の中にもプチ・トマトが入れてあった。スーパーで買ったトマトは実がたくさんつまっていて皮が薄い。職場のトマトは,実のつまり加減は市販のものに負けるが,皮がしっかりしていて噛み応えがある。もちろん甘い。
 使用肥料を尋ねたら,元肥として鶏糞を置いているだけなのだとか。インフルエンザにかかっていたりすると困るが,オーガニックである。わが家のトマトは枯れているというのに,雪さえ降らなければまだまだ楽しめそうな花のつき具合である。速効肥料ではなく,緩効肥料の方がジワジワと効いて良いのだろう。
 結果を急いで求めず,じっくり時間をかけた方が良いこともたくさんあるらしいと,プチトマトを食べながら考えたりしたのだった。

2008年10月15日(水)広げた傘に落ちたる粒を
 さつまいもを近所のおばさんからいただいた。とてもビィーッグなイモである。お上手ですなあ。今日の生協の集まりは,焼き芋を食べながらだったようだ。
 北海道の花畑牧場のキャラメルをくださる方もあった。ありがとうございます。レアものの初キャラメルは,口に入れて少し舐めているだけで溶けてしまった。柔らかい。自分の歯がなくなっても食べることのできそうなキャラメルである。
 そんな今日の晩ご飯は,「むかごごはん」。しつこくも零余子三連発なのである。味付けは,塩と酒だけだそうな。シンプルである。煮付けたものより実は少し柔らかくなっているが,零余子香る縄文の「ほくほく竪穴飯」という感じ。って,縄文期は稲がまだ本格的に栽培されていなかったのではなかったかね?まっ,そんなかたいことは抜きで,いにしえを思い浮かべながらの質素な夕食だった。
 さて,壊れた傘を持参し,本格的な採集活動をすることにしよう。

2008年10月14日(火)自らが摘みたる実なれば
 夕食でいちばんおいしかったのは,今どれ零余子の煮付けである。大粒ばかりを選んだということもあるのかも知れないが,わが家で栽培(といっても4本だけ)している山芋の零余子より歯ごたえがあって,山芋感が豊かなような気がする。元々のタネ芋が良いのか,育った土が良いのか。米にも産地や品種による違いがあるように,山芋も分析すれば細かな違いがありそうだ。砂地で育つ山芋は,だらずいもに近づいていくのだろうか。
 まっ,自分で採集してきたということが,おいしさのいちばんの理由だとは思うけれど。
 今回は,国府町産の零余子である。岩美産や河原産や鹿野産と食べ比べてみるのも面白そうだ。産地別にブランド化された零余子が売り出される日がいつか来るのかも知れない。「万葉のしずく」とか,「二上小町」とか,「鷲峯ほまれ」とか。って,来るわけないか。
 何はともあれ,すっかり零余子摘みが気に入ったつれあいは,次の週末も山へ行くと張り切っているのだった。

2008年10月13日(月)こぼれる零余子を拾いもせずに
 行楽日和である。涼しい風を感じながら,山道のドライブを楽しんだ。途中,雨滝で作りたての豆腐を食べさせてもらう。大変美味。わが家は,豆乳とにがりを混ぜて電子レンジで作っているのだが,足元にも及びませんでした。研究します。
 山かげのドライブは寒いくらい。途中,車を降りて零余子を摘んだ。採り放題である。慣れていないつれあいは,大ぶりのものをボロボロこぼす。下から受けるように摘まないとね。
 粒の大きいのがたくさんあって,採集活動の深みにはまってしまったのだった。欲深い男だとうすうす感じていたけれど,舌切り雀のおばあさんと一緒だということがよく分かった。
 その後,ほとんど車とすれ違わない山道と県道と農道を走って,砂丘に到着。ラクダの営業が終わる頃だったが,まだ観光客はたくさんいらっしゃる。これから,なにわや久留米にお帰りのようだ。ご苦労さま。
 大きな土産物屋さんでトイレを借りた。女子トイレは呆れるくらい汚かったらしい。お客さんが多くて掃除に手が回らなかったのか,元々の経営方針なのか。民間企業だから介入しにくいだろうが,落書きの心配だけでなく,各施設のトイレもきれいにするよう指導されてはどうだろう。トイレの印象の悪い方が,よっぽどイメージが落ちると思うけどな。

2008年10月12日(日)野焼きの白き煙くる朝
 洗濯物を干した後,テラスへの出口を網戸にしていたようで,朝から懐かしい匂いが入ってきた。何かを燃やしている匂いである。庭に木酢をまき散らしたかのように強烈。
 斜め裏でおうちを建てている関係者のみなさまが燃やしていらっしゃるのかと思ったのだが,車で出かける時に見たら,ご近所のおばさんの野焼きだった。抜いた大量の雑草を燃やしていらっしゃる。純白の濃い煙が大量に発生していた。
 農作業用の白い日よけをいつもかぶっている顔がよく見えない方で,普段の視野もやや狭いのではないかと心配しているのだが,田舎とはいえそれなりに住宅があるんだから,ちょっと考えないとね。畑の向かいにある新築アパートの住人の方が消防署に電話でもするんじゃないかと心配した。
 わが家は,おばさんから時々野菜をいただくことがある。今度お会いしたら柔らかく言ってみるか。と思ったけれど,その場になれば,柔らか過ぎのダラズイモ零余子状態になるかも知れない。誰か注意してあげてください。今日は,木酢の香りのバスタオルを楽しませていただいたのだった。

2008年10月11日(土)そうだむかごをとりに
 業務上の某締切が近い。大量のデジタル画像をセレクトするというような。受付場所のひとつだったので多少の融通は利いていたのだが,データの一部をネットでやりとりするようになった今年からは,そんなことができなくなった。便利になったことも多いけれど,ネットが一般的になったおかげで締切完全厳守である。
 ディスプレイを見続けていたせいかちょっとイライラ感。気分転換に,パセリの種まきや網目草の株分けや鉢物の植え替えや草取りをしてみた。長イモの零余子がそこここにできていた。触るとポロポロとこぼれる。畑に植えている山芋の零余子と一緒に煮付けてもらった。
 コリっとした山芋の零余子に比べ,長芋のそれは歯ごたえがない。さすが「ダラズイモ」である。って,どこがダラズ?。芋がダラズ?食べるとダラズになるの?
 何はともあれ,お金のかからない安上がりで小さな秋の初物だった。砂丘界隈の零余子は今がピークだが,山の零余子はこれからだろう。無事に締切を乗り切ることができたら,そうだ,零余子採りへ行こう。って,何がそうだやねん。だらずである。

2008年10月10日(金)めでたいことの多き世に
 ノーベル賞おめでとうございます。逆転優勝おめでとうございます。いゃあ,めでたい,めでたい。
 って,そんな,ボクにはどうでもよいことをメディアは大々的に取り上げていらっしゃる。
 いや,ホント,明日の,あるいは来週の相場はどうなるんだろうという方が,大方の皆さんの心配事だったのではないだろうか。経済政策をお願いしたいのだが。そんなことから少しでも目を逸らしてもらおうという,その筋の深謀遠慮が働いているのかも知れない。
 円高で日本の輸出産業が困ると,いなばの関連企業もお困りではないかと思うのだが,大丈夫なのかな。
 インフレもデフレも経験させてもらった。最後に恐慌まで経験させてもらえるのだろうか。長生きはするものである。かつて,そのあとに来たようなことだけは経験したくないけれど。
 大事なことを優先的に報道していただきたいのである。頼むね。

2008年10月9日(木)ワゴンで寝起きする夜長
 オレンジレンジのコンサートの日だったらしい。ボクが帰る頃,テキ屋のお兄さんが,職場の横の路上でワゴンから屋台を降ろし,オレンジレンジの商品展示の準備をされていた。大阪ナンバーのワゴンで運んできたようだ。新潟などからまわってきて,この後は佐賀のEXILEのコンサートに行くのだとか。EXILEの人気はかなり高く,ボロ儲けなのである。お疲れのご様子だったが,佐賀は楽しみらしい。
 商品はメンバーの写真だ。六つ切りにサインの入ったものが1500円,手札版8枚組が1000円等。本物のサインじゃないよねと聞いたら,いや本物ですよ。追っかけには,偽物だとすぐばれますからねとおっしゃる。ほんまかいな。
 そういえば,先日パトカーが来てましたよと教えてあげた。正規商品の販売の邪魔になるような場合は,事務所やプロダクションが警察に通報することがあるのだった。オレンジレンジは今までトラブったことはないとおっしゃる。ジャニーズ系の正月公演は,お年玉をもらった少女達がたくさん買ってくれるのでおいしいとも。
 ほとんど自宅に帰らない,遊牧というか遊売生活である。まだ,アメリカ金融危機の影響は感じていないようだが,さて県民所得の低い地での稼ぎはいかばかりだったのだろう。

2008年10月8日(水)保守する人のそばに取説
 ご近所のゆうちょのATMを利用しに行った。保守点検中だった。トラブルですかと尋ねたら,いや定期点検ですとのこと。取説をめくりながら床にも部品が置かれ,バラバラ状態。すぐには元の通りになりそうにない。念のためどれくらいかかるのかと聞いたら,あと2時間くらいとのこと。もちろんそんなに待てないし,一度帰ってまた来る時間を今日はもうとることができない。
 何とかなりませんかね,と窓口に行ってみた。女性職員さん同士の相談が行われ,とりあえず,用紙記入後に振り込みを行い,手数料はあとで口座に返金するということになった。どうも。
 このような保守作業は営業時間中にするものなのかどうかよく知らないけれど,相談しなくても代替の対応策がとれるようにしておいた方がいいんじゃないかな。窓口のお嬢さん方は丁寧だったけれど,時間的には随分ロスがあったぞ。と言っても,それほど分刻みの生活を送っているわけじゃないからいいんだけどね。

2008年10月7日(火)ぼくのほつするものをみな
 肩が凝るほど集中して業務に取り組んだ。よって,まだ週の前半だというのに,秋の夜長はご褒美の映画を見たりコミックを読んだりという極楽である。ここのところ,泥沼締切生活だったので,ネットでレンタルしたDVDが溜まる一方なのだった。何しろ,一度に16枚借りるのである。
 今夜の作品は,お前はいつだってボクの欲しいものを奪ってしまうんだよね,というようなお話と思われる。ROLLING STONESの,『YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT』が思い浮かぶような世界である。手に入らない人がいるかと思えば,手に入れる誰かは別にいるのだった。
 どうすれば手に入れる側に立つことができるかというようなことは,もちろん映画を見たくらいではわかるはずもないのだった。まっ,ボクの場合は失うものの方が多いと思っておいた方がよさそうである。

2008年10月6日(月)金木犀をまいて
 駐車場から職場に向かって歩き始めたら,すぐに金木犀の香りがしてきた。職場までに何本の金木犀があるか数えてみた。10軒のおうちに金木犀が植えてあった。1軒に2本の金木犀のあるおうちもある。ちょっと大邸宅だ。まだ満開ではないけれど,5分ほどの間,途切れることなく甘い香りが漂ってきたのだった。
 わが家にも金木犀があるけれど,玄関ではなく通常の生活圏から外れた場所にある。まだ香りを嗅いでいない。そういえば,よそのおうちの香りで金木犀に気づくことが多い。念のため,帰宅後にわが家の金木犀に近づいてみた。たくさん咲いていた。
 二枝手折りコップにさしたが,見ているだけではもったいない。辛口の吟醸酒のなかに小さな花びらをたくさん落とし,桂花陳酒風に日本酒を楽しんでみた。とはいえ,ワインに金木犀を3年漬けるという本家の強い香りにはとてもかなわない。
 ちょっとだけ小さな秋を楽しんだのだった。

2008年10月5日(日)ガラスに手を振りに
 飛行場へ行った。東京行き最終便見送りである。ボディ・チェックの行列がとても長い。出発時間通りに飛ぶのかと心配していたら,VIPがエスカーレーターを上がっていらっしゃった。国会議員さんである。週末の選挙対策を終え,東京へお帰りのようだ。連立を組んでいらっしゃるところが早く選挙をされたがっているようだから,11月中にはあるのだろう。まっ,選挙はさておき,ありがたい。これで,フライトの安全性が少し上がるのではないか。と思ったが,勝手な思い込みだろうか。その方が搭乗されるので,チェックが念入りだったのかな。
 そんなわけで,出発時間になっても,関係者と思われる和服軍団のお嬢様方のチェックが終わっていない。出発は少し遅れている。安全性が上がるのであれば,ちょっとくらい遅れても構わないけどね。それにしても,和服で飛行機に座るというのは快適なんだろうか。背もたれには,もたれないのかな?ごくろうさま。
 見送った者からメールが届き,出発は遅れたのに到着時間は予定通りだったらしい。安全なだけでなく,時間まで調整する力がおありのようだ。さすがである。飛行機は国会議員さんと一緒にかぎる。
 ところで,投票日はいつなんですの?

2008年10月4日(土)逡巡共感リアル
 一日の半分が歌を読んで終わるという幸せな休日である。まっ,誰かに迷惑をかけているかも知れない。というか,多分,何かの犠牲の上に成り立つ楽しみの会である。「ROMAN HOLIDAY」という言葉が思い浮かんだ。
 「ROMAN HOLIDAY」という映画の邦題は「ローマの休日」だ。しかし,ローマ人の休日というのは,「誰かの犠牲の上に成り立つ娯楽」を楽しむ日である。たとえば,コロッセウムに出かけて他人の不幸を見物するとか。
 とはいえ,ボクの休日の楽しみは,グラディエーター同士の戦いやライオンと闘う人を見物するというローマ人ほどの犠牲を誰かに強いているほどではない。と思っているのは本人だけだろうか。そういう会合に出ることがきつくなっている方もいらっしゃるらしいということを聞くにつけ,ありがたいことだと思っているのだった。
 そんな会のキー・フレーズは,逡巡することの大切さや,安易な共感を得ようとしないことや,リアリティを考えるというようなことだった。大事なことである。ただし,業界の定義を自分なりに考えてみることも大切なのではないかと考え,ちょっと,中身の薄い頭を使ってみた。進行の妨げになり,みなさんにご迷惑をおかけしたかも知れない。すいませんでした。
 何はともあれ,3時間もかけて会場にやって来てくださる方が複数いらっしゃるという,鄙にはまれな会である。これからも,よろしくお願いいたします。会員周辺の皆さんが,多少の犠牲には目をつむりご協力くださいますように。

2008年10月3日(金)改選
 若い人が頑張ろうね。若者の番だよ。頼みます,オヤジを少し休ませてください。などと発言をさせていただいた。いやあ,おかげで何とか外してもらえた。同点でもういちどやり直して落選である。ありがとうございました。若者が担当すると,夢や希望が持てるよね。
 会合の後は懇親会である。まっことおいしいビールだった。みなさんから,何年間でしたっけと聞かれたけれど,サブの時代からだと17年なんだよ。知らない人が多いと思うけれど。
 これで,朝4時にキス釣りにお付き合いしなくても良いのである。朝7時集合のソフトボールのライン引きも免除になった。倉吉や米子へ行くことも減るだろう。とはいえ,思考も体質も以前のままなので,内部での協力はさせていただきますからね。
 という,久しぶりに良いことがあった一日だった。

2008年10月2日(木)Call to you across the skies
 『ライヴ・イン・グダニスク』が届いていた。無理をして5枚組を買った。もちろん安価な輸入盤。デイビッド・ギルモアさんのライブCD&DVDである。
 データを調べていたら,なんと,ギルモアさんの同僚のリック・ライトさんが癌でお亡くなりになっていた。65歳。9月15日のことだ。記事が小さかったので見落としていたらしい。17日の朝日新聞はわずか13行である。シド・バレットさんより扱いが小さい。地味だったライトさんを象徴しているかのようだ。
 穏やかでクレバーな雰囲気のあるライトさんは,ピンク・フロイドのメンバーの中でもいちばんシャープでカッコいい存在だった。早弾きのキーボード・プレーヤーではないけれど,曲をコズミックな雰囲気にしたりフワフワ感をつける等,初期のフロイドのプログレシッブさになくてはならない人物だったのである。ロジャー・ウォーターズさんが仕切りだしてからは,流れが変わってしまったけれど。ドラッグにも溺れたり。
 『ライブ・イン・グダニスク』の『ECHOES』でも,ライトさんは派手ではないが最初から最後まで出ずっぱりである。ギルモアさんとふたりでハモってもいる。DISC3の『ECHOES』だけ何度も繰り返して見たのだった。短い人生でいちばん回数をたくさん聴いた曲は,文句なしに『ECHOES』である。今日だけで5回聴いた。いちばん哀しい『ECHOES』だった。
 ビートルズは2人だけになり,ピンク・フロイドのメンバーも3人になってしまった。奇跡的な和解があったとしても,もうオリジナル・メンバーでの演奏を見たり聴くことは叶わないのである。
 ああみんないってしまうんだね。ボクは,リック・ライトさんのような物静かな大人に憧れていたのですよ。おつかれさまでした。

2008年10月1日(水)お金がいちばん
 業務は相変わらずだが,締切の谷間なのでちょっとくつろいでいる。
 アマゾンのお薦めにつき合っているうちに,ピンク・フロイドのトリビュート盤やストリングス盤が19枚になっていた。誰にでも知られたバンドではないのに,演奏したい曲が多いのだろうか。あるいは,『狂気』のように売れたアルバムをストリングスで演奏し,おこぼれにあずかろうという皆さんもいらっしゃるのかも知れない。
 暇にまかせ,一番たくさんのアルバムに取り上げられている曲は何かと調べてみたら,『MONEY』だった。19枚中,16枚である。フロイドの代表曲ということか。お金はどこでも人気者である。
 13枚のアルバムに収録されていたのが『COMFORTABLY NUMB』で,12枚が『ANOTHER BRICK IN THE WALL』。11枚が『HEY YOU』。10枚が『US AND THEM』と『WISH YOU WERE HERE』。9枚が『TIME』。8枚が『SHINE ON YOU CRAZY DIAMOND』である。『ECHOES』だって3枚のアルバムで演奏されている。エライね。さすがに,『原子心母』はないけれど。
 で,残念なことに,いずれのアルバムとも,オリジナルの緊張感を超えるような作品には至っていないように思われるのだった。それでも,お知らせがくればこれからもついつい期待して買ってしまうのであろう。因果なことである。
 という,興味のない人にはまったく面白くない話だ。ああ,秋の夜長は楽しい。

TOPへ