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my foolish heart

7「べんとーさん忘れてもかーさん忘れるな」,雨と無知との遭遇いなばにあんいのの日記。

2010年6月30日(水)ざっくりと割ればあらわる
 半分が終わった。それなのに,当初立てた目標の三分の一ほどしか進んでいない。しかも,半年分を見直してみれば,ほとんどゴミのように見える。というか,他人様がご覧になれば,ゴミ屋敷かというようなゴミの山である。まっ,ちょっとは自分が出したゴミの分別ができるようになったというのが,この上半期の収穫らしい。まずはめでたい。
 とはいえ,基本的にゴミを大事にする質である。ゴミの中から再生可能なものはないか物色。探索。検索。家宅捜索。
 残念。ゴミはゴミだった。
 工場でレストアされるみなさんの技術の高さが想像できた。
 下半期は,新たなゴミを生産しつつ,ゴミも使い物になるように再生するチカラをつけたいものだと思ったのだった。

2010年6月29日(火)あだばえの朝顔の咲く
 ノーリアンズブラック5世が一輪だけ咲いていた。今シーズン初めて。琉球朝顔の鉢の中の「あだばえ」である。きちんと種を蒔き植え替えたノーリアンズは,元肥や液肥で現在スクスクと成長中。そんな由緒正しいノーリアンズに比べ,種を蒔いた覚えもない「あだばえ」ものは,全長わずか7cm。先端の新芽以外は,葉っぱが2枚しかない。まだ苗のような朝顔である。
 そんな小さな朝顔だから花も小さい。しかし,小さくても深いブルーが美しい。出勤前にしゃがんでしばし見とれていた。
 先日の美しい夕焼けとか今朝のノーリアンズブラックのように,「あぁーっ,きれいだなあぁぁ」と思う瞬間が時々身の回りにあることが,怒りを静めたりズレを修正することにつながっているのではないか,と思ったりもした。
 自然に限らず,いい音楽でもいい絵でもいい映画でも,あるいは真剣なスポーツの勝負を見ることでも同じような効果があるのだろう。
 それにしても,「あだばえ」というのはなんだか切ないネーミングである。ちょっと応援したくなるな。

2010年6月28日(月)コロニーを形成したる
 蒸し暑い。暑くて,扇風機では頭が回らない。今週は本当に業務が詰まっている。いよいよ追い込まれたのだった。
 そんなわけで,エアコンをオンにしてもらった。とはいえ,エアコンになったから頭が急にスマートになるというわけではない。発泡酒でも飲んでみるが,もちろん劣化してゆくばかりである。いゃあ,まいった。
 ところで,エアコンを効かせていない部屋の湿度計が60%前後を示している。カビがはびこっていそうだ。レコード盤は大丈夫だろうか。なにしろ,PCの隣でオカヒジキの発芽を促しているのである。トレイに,濡れたティッシュを敷いて。
 除湿乾燥機2台に稼動要請。「水とり名人」等にガンガン働いてもらっている。タンク容量の小さい方は,すぐに満杯になった。びしょびしょに濡れた空気の中で生活しているらしい。日付が変わるころには,とりあえず2つの部屋の湿度は40%前後まで落ちていた。
 発芽を促している隣にパンでも置いて,カビの発生観察も面白いかも知れない。などと逃避活動ばかり考えているのである。カビは頭にも生えていそうだ。

2010年6月27日(日)昨年の果実酒を
 梅雨らしいよい天気である。ムシムシと。それでも扇風機だけで過ごした。頭脳労働は無理。
 雨が途切れた夕方,畑へ行った。葉が黄色くなっていた一部のジャガイモも,もう少し生き延びることができそうだ。梅を収穫したり,枇杷を食べたり,夏野菜に肥料をやって過ごした。キュウリはすでに4本収穫。ミニトマトもそろそろ第1号を収穫できそうである。
  先日はまだ酸っぱさが勝っていた枇杷が,ほどよい甘さになっている。とはいえ,昨年に比べ今年の収穫はわずかである。生り年ではないらしい。
 子どものころ食べた小さな枇杷に比べれば,今の枇杷は巨大である。元々は果物屋さんで買ってきた枇杷。種を庭にペッと捨てて実をつけるようになるのだから,相当生命力の強い植物なのだろう。
 枇杷をブランデーの中に放り込んだのがちょうど1年前。飲んだ後に枇杷の香りが口内に残る。生命力を少し分けてもらったような気がする。

2010年6月26日(土)感嘆文を作るには
 昨夜遅くに別れた人が,今朝の最初の挨拶をかわした人だ。もちろん職場は別である。働きモンですなあ。少し疲れがでていますぜ,ダンナ。
 とりあえず,今日が終われば少しゆっくりできるらしい。いいねっ。当方は,午後から夜まで仕事ですわ。おまけに,来週も忙しくなりそうなんだよね。
 ということで,夜の業務は自分を見失わない程度に早く切り上げて帰宅することにした。
 なにしろ,みなさんサッカー・ネタ等を楽しそうにお話なのだ。時々相撲ネタを挟みながら。3時30分に目覚ましをかけていらっしゃった方も数名。ボクは上手な聞き役を目指した。
 ふーん。なるほど。すごいですねえ。それはそれは。それはどうしてですの。感嘆詞のWhatやHowを使いながら,心をこめてつぶやき続けたのだった。
 がんばれ,ニッポン。

2010年6月25日(金)警告灯を消すための
 昼間は中部へ向かい,夜は中国山地方面へ走る業務。ロングドライブのいち日である。ガソリンが足りない。
 出発前にいつものお店でガソリンを入れておこうと思っていたのだが,忘れた。朝はあれだけ意識していたのに。まっ,よくあることだ。中部で給油することにした。エアコンは消したままにしておいた方がよさそうだ。
 何とか中部市内に到着。GSを見れば,ガソリン価格がなんだか高いような気がする。140円前後の表示。東部は130円前後だったはずだ。帰りに補給することにした。貧乏性である。
 が,坂道の下りに止まると,赤い警告灯が点灯する。メーターの目盛りは一番下のラインにかかっている。「ランプが点いても10kmくらいは大丈夫」と誰かが言っていたのを支えに,GSのないバイパスに乗った。トンネルをいくつか通過しなくてはいけない。春来トンネルでクラッチ板が壊れて止まったことを思い出した。いゃあ,スリリング。
 最後の長いトンネルを脱出。京都までは229kmという表示がある。いゃあ,警告灯が点いたまま,京都まではとても走れませんぜ。浜村のGSに到着。しかし,価格表示がない。スルー。貧乏性兼心配性の小心者の割には大胆である。
 とはいえ,この先渋滞でもあると困るな。と思っていたら,宝木にセルフを発見。132円だ。2000円を投入。15リットルほど入った。これでひと安心。エアコンも入れた。
 その後のドライブは何の楽しみもなくなったのだった。

2010年6月24日(木)ソリッドのギターの音は
 帰宅のころの空がきれい。薄いブルーと夕焼けのグラデーションを楽しませてもらった。東の空には月も出ている。自宅にたどり着いてもまだ美しい。お局を外に呼び出し,しばし3丁目の夕陽を眺めていたのだった。いや,ほんまに3丁目なんですわ。
 発売日に2日遅れてやってきたのは,Derek Trucks Bandの2枚組『Roadsongs』。2枚組なのに送料が無料にならない価格である。仕方がないので,Bill Charlapさんのスタンダード満載『I'M OLD FASHIONED』と抱き合わせ。こちらも新譜なのに送料が無料になるぎりぎりの価格である。この辺の価格を新譜のスタンダードにしていただけるとうれしい。
 Derek Trucksさんは,クラプトンさんとのツアーで日本公演もやったギタリストである。日本公演は相当気分が良かったのだろう。ジャケットの中には,大相撲力士ののぼり旗のカットまで挿入されている。千代大海とか,魁皇とか,琴光喜とか。外国の人にはフォトジェニックな光景なのかも知れない。
 アルバムには,14分超の『Afro Blue』や,ジミ・ヘンドリックスさんやクラプトンさんの曲の演奏も収められている。クリアカットではなく,ちょっとくすんだというか,くぐもったようなギブソンの音がたっぷり楽しめる。ブルース好きな方はどうぞ。個人的にはブラスがなくてもよいけれど。

2010年6月23日(水)水面にはねる魚のある
 70歳の作品の翌日は18歳(録音時は17歳)のアルバムが届いていた。本日発売『NORTH BIRD』。現役の女子高生,寺久保エレナさんのデビュー・アルバムである。価格がちょっと高め。少し迷ったけれど,『MY FOOLISH HEART』が収録されているのが決め手になった。女子高生の『MY FOOLISH HEART』って,どうよ。ということで予約していたのだった。
 ウェイン・ショーターさん作の冒頭曲は,本家よりアップテンポ。スタートからのソロの長さはショーターさんにかなわないが,わき出るフレージングの豊かさはほとんど遜色がない。というか,ショーターさんがお聴きになったらビックリされるのではないか。艶やかによくのびる音色で,素直な音の寺久保さんの演奏の方がスキという人も多そうだ。
 フィル・ウッズさんが思い浮かんだりもするが,もちろん特定のだれかにそっくりというわけではなく,十分個性的。畏るべし女子高生。
 さて,4曲目が『MY FOOLISH HEART』である。メロディをしっとりと吹いた後は,つぎつぎと表情を変えたフレーズが紡ぎだされる。古今のサックス奏者の演奏をずいぶん聴きこみ,半端ではない練習を続けた結果であろう。高音もきれい。
 「後生畏るべし」とつぶやきながら,『いつか王子様が』を聴いているのだった。 

2010年6月22日(火)この歌を信じておりぬ
 ハービー・ハンコックさんは70歳におなりだ。そんなハンコックさんの新作が届いた。『IMAGINE PROJECT』
 もちろんジョン・レノンさんの『IMAGINE』である。ノー・ボーダーを目指そうぜということだろう。あるいは,世界が平和になりますようにということか。とりあえず宗教的なことはさておき。
 ハンコックさんによると,豪華な共演者は,親しんだ領域から踏み出すことにチャレンジされたらしい。近視眼的な視野をもっと開放しようというメッセージがこもってもいるようだ。
 冒頭のタイトル曲のギターはジェフ・ベックさん。ビニー・カリウタさんやタル・ウィルケンフェルドさんと一緒にやっていた時に,ハービーさんがヨーロッパへ出向き共演したのだとか。
 ジェフ・ベックさんが『イマジン』を演奏するのである。楽しみ楽しみ。と思うのだが,なかなかソロにならない。4分50秒頃にやっとジェフさんの乾いて甘いトーンが聴こえてきた。うるうるうるうる。と喜んだのもつかの間,えっえっー,たったそれだけ。わずか25秒のソロ。ガッカリ。ジェフさんとの共演はこの1曲だけである。
 とはいえ,全曲ワールド・ワイドで穏やかな演奏が多い。「世界」の多様さを感じることのできるアルバムだ。ハンコックさんのピアノはどの曲でも優しい。不安感たっぷりの『処女航海』から45年。ハンコックさんなりの平安な境地にたどり着かれたのだろう。しばらくの愛聴盤になりそうだ。 

2010年6月21日(月)コルトレーンはソプラノで
 「今号にて休刊です」と書店の方が赤ペンで書かれた紙の挟んである『スイングジャーナル』が机の上に置いてあった。
 表紙はジョン・コルトレーンさん。50年前の8月号に初登場し,お別れの7月号で最後の掲載である。この50年間のジャズ業界で,チャレンジングに枠を拡大していこうとした革新者のおひとりということなのだろう。
 『至上の愛』を聴いて,『スイングジャーナル』にお別れである。高校時代に投げ出した『至上の愛』を落ち着いて聴くまでに成長したのかと思うと感慨深い。
 コルトレーンさんのアルバムでいちばん好きだった『オレ!』も聴いてみた。インパルス・レーベルへ行く前の,アトランティック最後のアルバムだ。マッコイさんのピアノやふたりのベーシストが醸し出すエキゾチックな怪しい雰囲気がダークで気持ちよい。演奏時間18分の1曲目が終わったらリピート。かつて,A面ばかり聴いていたのだった。飽きない演奏である。ということで,さようなら『スイングジャーナル』。38年間買わせていただきましたよ。
 それにしても,ヴィーナスさんはここのところどうされたのだろう。ダン・ニマー・トリオやビル・チャーラップ・トリオの新作が特別価格の1500円である。CDが売れないからだろうが,ちょっと見直したのだった。見習ってほしいな。

2010年6月20日(日)昼光色より明け方の
 本日はラッキョウの収穫日。作付面積を減らしたから4kgにも満たない収穫量だ。って,どれだけの作付面積やねん。猫の赤ちゃんのひたいほどしか植えなかったのである。
 粒が小さい。数だけはある。茎と根を切る作業で結構汗ばんだのだった。生でもかじって,血液はさらさらのはずである。
 さて,蛍光灯と電球の取り替え。蛍光灯は,日の出2時間後のメロウ。電球は消費電力タイプで,電気代1/5,寿命6倍,発熱量1/5,点滅寿命2万回という昼光色にしてみた。朝と夜に2回ずつ8回点滅しても8年間耐える計算である。
 スイッチ・オン。
 明るい。明るすぎである。
 きたない部屋がいちだんときたなく見える。おまけに,何だか冷たい感じ。夏はよいけれど,冬は寒そう。日の出30分後くらいの白熱灯のあかりの方が落ち着く。
 温暖化のせいで白熱灯の先行きは真っ暗だが,とりあえずまだ手に入るうちは白熱灯にさせてもらうことにした。8年どころか耐用日数わずか1日。

2010年6月19日(土)ファミリーは少し余って
 終日ボランティア勤務。まっ,つきそいで突っ立ってるだけじゃんという声もかかりそうだが。それでも完成まで予想外に時間がかかった。通常の勤務時間までおつきあいさせてもらったのだった。終わった時には,これからビールを飲みながら観戦ですねえ等という声があがっていた。
 そんな時間にわが家は,わけあって夜の買い物をしていた。いつもはレジに行列のできることの多い店だが,並ばなくてもすぐに精算をしてくださる。ワールドカップが毎日ゴールデンタイムに放送されれば,それぞれの場所で喜ぶ人がありそうだ。
 そんなお店の暇ぶりに比べ,その界隈のファミレスは外から見ればいずこも満席のように見えた。空席待ちの人も。そんなところでゆっくり食べていると終わってしまうよ。早く帰ったらどうかね。と思いつつ,次の24時間営業の格安スーパーに寄ったのだった。

2010年6月18日(金)猟に出かけし若者は
 業務の解散が宣言されたのが21時45分。場所はわが家から遠く離れた地。宣言後に片付けなどをおこなって,帰宅したのはもちろん22時を大きくまわっていた。昼間も会議。昨日も今日も会議の二本立て生活である。
 業務中にボクの前にお座りの若者は,趣味がリョウだとおっしゃる。
 「リョウって,サカナの漁?」
 「いやぁ,猟です。」
 「熊とかウサギとか?」
 「もっぱらイノシシです。」
 もう20頭ばかり捕まえたらしい。散弾銃を持っていらっしゃるが,オリが中心だとか。散弾銃を持っているという人というのをボクの周りではあまり聞かない。若いハンターは珍しいようだ。
 「玉なんかも市内で買うんですの?」
 「あっ,ほら片原の近くの。」
 ボクの駐車場の近くにあるお店のことらしい。そういえば,ダイナマイトとか拳銃と看板に書いてあったのを思い出した。花火も扱っているはずだ。そんなお店をご愛用の方もいらっしゃるのだった。散弾銃は5万円くらいからでも買えるのだとか。いろいろ勉強させてもらった。
 ボタン鍋の時は呼んでくださいね。

2010年6月17日(木)スペインも応援しようと
 アルゼンチンは予想の範囲内だが,無敵艦隊,FIFAランク2位のスター軍団が,堅守スイスの前に0−1で負けたのはびっくり。スペインと日本を応援しましょうと,ボクにメールをくださる方がおありだ。
 ふーん,そうなんですの。生憎,まったく試合を見ていない。返事のしようがないのだった。お好きな方には,4年に1回の大会なんだから見ているのは当たり前のことなのだろう。すいません。ベッケンバウアーのあたりで止まっているんです。
 大会といえば,この夏に宮崎へ連れて行ってもらうことになっていた。そこにこの口蹄疫問題である。実施されるのか中止なのかまだ連絡はないけれど,担当されているみなさんは頭の痛いことだろう。ボクもホテルをキャンセルしたくない。終熄を願っているのは,宮崎のみなさんだけではないのである。

2010年6月16日(水)むきだしのコードを見つつ
 寝室の蛍光灯が,スイッチをオンにした1秒後に消えるようになった。蛍光管が古くなったらしい。交換することにした。それにしても長持ちしたものだ。取り外し方を忘れ,やり方がさっぱりわからないくらいの長持ちだったのである。長持ちも,ほどほどがよいこともあるらしい。
 本体のアクリル・カバーを外すか,角型引掛シーリングを外せばよいと思うのだが,なかなか外れない。えいやっ,と引っ張ったら,本体も引掛シーリングも外れてしまった。脚立に乗って作業していたのだが,本体の落下のスピードに負けないように飛び降りたら,足の裏を痛めた。お局が笑っている。所詮,他人である。
 天井には白と黒の電線がむき出しになっている。
 なんとか,本体と引掛シーリングを取り外し,どの穴にコードを入れればよいのかを調査。「接地側」とあるホールに白のコードを差し込むらしい。安全のため,作業はブレーカーを落としてやった方がよさそうだ。夜は部屋が真っ暗になるから作業ができない。
 どっちにしても暗い夜である。

2010年6月15日(火)映画なら回想シーンを
 昨夜は興奮して3時まで起きていたという方もいらっしゃった。おめでとうございます。よろしゅうございましたなあ。幸いボクも映画を2本見て感動した。もう少し真面目に過ごそうと思ったのだった。悲しみのあるところに喜びを,理解されるよりも理解することを等と。今以上に真面目になるのは怖いと自分では思っているけれど。まっ,他人様はもっと真面目にやれよと思っていらっしゃるのかも知れない。理解されなくてもよいのである。
 過日,プロバイダから,【重要】が頭についたご連絡があった。「迷惑メールの大量送信への対策について」とある。ありがたい。毎日,数十単位でスパムがポストに入っている。処理が面倒。一応,自動的にスパムに振り分けてくれるが,時々,迷惑メールの中に行政関係からの受け取りましたという返事も入っていることがある。そんなわけで,スパムのフォルダのメールのうち英文タイトルは迷わずデリートだが,日本語タイトルのメールは0.5秒ほど超読することにしている。
 そんな迷惑メールが来なくなるというか,半分でも減ってくれるとうれしい。「OP25B」という送信制限システムを導入されたのだそうだ。指示にしたがって,メールソフトの設定変更をおこなった。わくわく。
 ...。
 しかしButあにはからんや,その後も迷惑メールの量が減ったようには思えない。相変わらず,真衣さんやみち子さんや智美さんからお誘いのメールがある。まったく心当たりがない名前はいいのだが,えっ,あの由美子さん?とか,悦っちゃん?などと懐かしい名前があるとちょっと困るのだった。とはいえ,袖にされた名前ばかりなのが残念である。

2010年6月14日(月)キャラメルコーンのピーナツを
 お嬢さんの机の上にキャラメルコーンの袋が置いてある。保険会社のお姉さんがお配りらしい。先の短いオヤジにはくれない。スナック菓子は,カルビーの「焼きモロコシ」とか「ベジたべる」くらいで,キャラメルコーンは長いこと食べていないな。
 そういえば,「今すぐにキャラメルコーン買ってきてそうじゃなければ妻と別れて」という歌はどうですか?佐藤さんの。
 すでに食べてしまったという隣の席のお嬢さんは,ちょっと考えておわかりになったようだ。「すごいですねえ」とおっしゃる。キャラメルコーンの袋のある既婚のお嬢さんは,そんな不道徳な歌には共感できないらしい。どちらもリクルート失敗。
 そんなわけで,頼まれたり命令されたわけではないが,帰りにキャラメルコーンを買ってみた。食べる?と尋ねたら,「甘すぎるからイイ」と断られた。
 買って来たキャラメルコーンをひとり食むそんなにイヤと知らなかったよ。

2010年6月13日(日)処分と決めて運ばれた
 雑木の散髪とか,ハードディスク内の番組をDVDに移動させているうちにいち日が終わった。散髪もトラ刈り。ディスクへの移動も時間がかかって,完了したのはたった4本分である。
 タマネギを保存するネットが足りない。JAへ寄った。ついでに,ご近所のセカンドハウスで中古レコードを物色。ディスプレイ用のジャケ買いである。基本的に購入するのは300円前後のロック・アルバムと決めた。ヒプノシスさんのジャケットがあるといいな。
 とはいえ,ほしいと思うものはそこそこの値段がついている。ジャケットで値段をつけてるのではないかと思うほどだ。お店に似たような趣味の方がいらっしゃるのだろうか。と思ったけれど,ジャズの棚のレッド・ノーボ・トリオなどはかなり高額。ジャケットだけでなく,きちんと市場調査をされての値段らしい。
 かつては,丁寧に情報を仕入れ1枚1枚慎重に選んで購入していたというのに,1枚150円や300円の中古LP盤をジャケットで買っている。ふざけたことである。
 そういえば,入り口にはモー娘の20枚ほどのCDセットが500円で売られていた。ファンだった人には悲しい光景だろう。わが家の外れた輸入盤はもっと悲しい運命をたどりそうだ。何年経っても価値の下がらないものを趣味にしておけばよかったと,少し後悔した。

2010年6月12日(土)まるごとを煮詰める夜の
 午前中にひと仕事。昼前にひと仕事。夕方にひと仕事。夕方の仕事はハードだった。近くの住宅の若い夫婦のみなさんが戸外でBBQをお楽しみの中の労働である。重いものを何度も運び,途中で倒れるのではないかと心配した。
 さてそんないち日のメインは,午後のひと勉強。メンバーでもないのに,よそさまの勉強会に参加させていただいた。これで4年目。省略の表現活動である。過剰感をもたせず,言いたいことを言わないで言うという,いつもの留意事項を確認させていただいた。
 たいへん勉強になるけれど,似た感じのテイストで固められていくような気もする。殻というか枠をはみ出るようなことを意識しながら,チャレンジングな姿勢を少し意識しておいた方がいいかも知れないと言い聞かせた。
 それにしても,他人様にはこうした方が良いのではなどと思いつくのに,自分はそのようにできないというのが不思議だ。他人に厳しく自分に甘い,ということがよくわかるのだった。
 アルコールを飲みながらの反省会でなく,お茶のアフターアワーズも話題がつきず,本業でのありようなども学ばせてもらった。楽しゅうございました。みなさんありがとうございました。

2010年6月11日(金)ある晴れた日にかたくなな
 食べる分だけ少しずつ抜いていたタマネギのほとんどの茎が倒れている。数日晴天が続いた日に収穫するのがよい子のお約束である。日曜は雨になるらしい。日の沈むころに,一部を収穫しておいた。茎が枯れすぎていると,抜くのがちょっと大変。手を砂の中にいれて大地から切り離した。両手のバケツに入れて三往復。
 玉の小さなものもある。なんと不揃いのことよ。10個ずつ袋に入れても,1袋100円になるかどうか。過日求めしアゴの子のごとくである。おひとり様とかおふたり様向きの大きさ。ご希望の方はおわけしますぜ。スモール・オニオン店主敬白。
 オニオンのつく音楽で思い出すのは,アル・クーパーさんとマイク・ブルームフィールドさん達のライブ『フィルモアの奇蹟』の中の『グリーン・オニオン』だ。ヘビーで激しいギターソロが堪能できる。これも1968年の録音。2枚組。1枚買うのも慎重だった学生が2枚組LPを買うというのは,とても踏ん切りが必要なことだった。えいやっ,と無理して買ったアルバムだが,一気に音楽世界を広げてくれた。ブルース・フィーリングを学んだのだった。オールマン・ブラザース・バンドの『フィルモア・イースト・ライブ』の2枚組とともに,1枚目も2枚目も繰り返し聴いたレアなアルバムである。ジャケットはノーマン・ロックウェルさん。緊急時非常持ち出しアルバム群の一枚なのだった。
 オニオン・スライスのBGMにどうかと思ったが,残念。わが家のタマネギの大半はレッド・オニオンだった。 

2010年6月10日(木)ささやかな初夏限定の
 アゴの山椒味噌焼きと刺身はすでに2回楽しませてもらった。今日は,今シーズン最初のアゴの子の煮付け。
 粒のそろったものはまだ高そうだ。本日のわが家のアゴの子は,不揃いの子ども達。かわいそうだが,たいへん安価なのだった。今日だけでは食べきれない量である。2回にわけて食べることになった。ほどほどの柔らかさで,プチプチと初夏をかみつぶした。
 昨年より10日ほど早い初アゴの子の煮付けとともに,わが家の今年の夏のはじまりである。
 そんなわけで今日のBGMは,1968年録音ブルー・チアーの『サマータイム・ブルース』だ。わが家にある音楽アルバムの中で最低レベルの音質である。なにしろ帯に「録音状態が良くないため特別価格」とあるくらい。チャーリー・パーカーさんもビックリだろう。
 Sometimes I wonder
 What I'm a gonna do
 But there ain't no cure
 For the summertime blues
 アメリカでも日本でも,夏は時々救いようのないブルースなことが起こるのである。さて,今年の夏はどんなブルースが降りかかるのだろう。

2010年6月9日(水)しおりがわりに挟みたる
 昨日から読み始めた単行本にはしおりが2本ついていた。ボクの読むスピードが遅い時,あとから手を出したつれあいと1冊の本を共有することが時々ある。1冊の本の,夜と昼の読者が違うのだ。そんな時に,しおりが2本あると便利である。
 もちろんひとりの場合も,読みながら気になったフレーズのページに挟んでおける。付箋がないときに便利。あるいは,2本重ねて挟んでおけば次に開く時にページを間違えることは絶対にない。かりに2本が目障りだという場合には,本のしおりを1本ハサミで切るという,贅沢で高度な遊びを楽しむこともできる。iPadに対抗する紙の書籍にはそんな機能も有効なのかも知れない。って,iPadがどんなものなのか知らないけれど。
 といいつつ,残念ながらライトなその本は,つれあいが手を出す前に本日読み終えてしまった。なんだか2本もあって邪魔くさいなと思いつつ,1本は一番最後のページに挟み,残りの1本だけを使っていたのだった。
 そんな今日は,語呂合わせでロックの日らしい。読書のBGMは,ジャケットの美しさで買ったザ・ナショナルの『HIGH VIOLET』にしてみた。ノイジーではあるが,角の取れたまろやかなロックである。ロックももう立派な大人に成熟しているようだ。

2010年6月8日(火)布目のつきし冷や奴
 月末に健康診断があるらしい。昨年の総合判定はとりあえず「差し支えなし」ということだったが,この2年間,LDLコレステロール値が基準より若干高い。今月はLDL値削減月間ということにした。
 そんなわけで,「テイクテン」というポール・デスモンドさんのアルバム・タイトルのような組織がご主張の,10種類の食品群を食べるというチェックシートを1週間続けてみた。
 チェック項目は,肉・魚・卵・牛乳・大豆・海草・イモ・果物・油・緑黄色野菜。全項目クリアするのは難しい。大豆とイモの摂取が少ないようだ。
 記録を続けてから,やっと本日が初めての10点満点だった。岩美直送の絹ごしのような柔らかい「木綿豆腐」をいただいたおかげで,大豆部門をクリアすることができたのだった。おいしゅうございました。木綿豆腐の冷や奴はおいしいね。
 この調子でいけば今年はさらに数値が下がるのではないかと期待したが,テイクテンのテンには,10の食品群だけでなく10分間の運動をするという意味もあるらしい。そちらは毎日0テン。

2010年6月7日(月)おばさんに任せておけば
 週末まで雨がこないのかと思っていた。勤務時間が終わるころに小雨。ありがたい。と思ったけれど,50歩数える間に粒が2滴顔に当たる程度の,お湿りにもならないような雨だ。もう少しがんばってほしいな。雨降りを念じながら帰った。
 トマトやナスなどの夏野菜用の水やりは大した量ではない。しかし,ジャガイモはわずかばかりの畝がある。白や薄紫の花をつけつつ,少し渇きを訴えているように見える。大事な時期のようだ。もう少し大きな実をつけてほしいのである。
 日の暮れるころまで待っても本格的な雨にならない。ご近所のおばさんは勝負に出て,今日の水やりは中止にされたらしい。心配性で弱気に生きるボクは,念のために水を運んだ。
 日付の替わるころに外を見れば,そこそこの雨が降っている。参りました。さすがおばさん。天気にも強い。
 リーチのかかったおばさんを警戒して安全パイを切ったつもりなのに,満貫を振り込んでハコったようなものである。

2010年6月6日(日)あなたには撮れないカット
 今週の日曜も,朝早くから遠くで花火がなっている。今日もどこかで地区運動会が開催されるのだろう。
 今日は車や自転車や徒歩であちこち出歩いた。ぶらついていたら,市内のすぐには漢字変換ができない地区ふたつが運動会をやっていらっしゃった。外にいたらとても疲れそうな一日だ。子ども達は代休だが,明日も仕事のある大人は大変だね。お疲れ様。
 午後は市民音楽祭の鑑賞。今年から発表中の撮影は禁止らしい。三脚に大きなカメラをつけたおじさんが,2階客席中央でバチバチ独占撮影をしていらっしゃる。焼き付けたDVDやプリントした写真を,高い値段で販売されるに違いない。でも,ほしいのはそのカットではないんです,実は。
 ストロボからの発光がステージ発表の邪魔になるというような理由で撮影が禁止されたのだろうか。出場者が300円のチケットを3枚買わされて発表するような音楽祭なんだから,ビデオもスチールも自由に撮らせたらどうなんだろう。一部の業者だけを儲けさせるのではなく。

2010年6月5日(土)筋道がつながらずとも
 休日のわりには早く起きてガサゴソと活動。ファミレスのバイトの賄いはお金を払って食べているんですよーとか,おばちゃんは若い男の子に甘いよねーとか,猫のような鳴き声をするヌートリアがうるさいんですよーという会話におつきあいをした。
 午後は勉強会。どうも勉強量が少ないというか,かけた時間に比して成長の度合いが少ないらしい。いつものように,論理に偏りすぎないとか,言いたいことは言い過ぎないようにしようねということを自分に言い聞かしたのだった。
 夕方からは勉強の反省会。テーマのひとつは,文芸とお金と家族。限られた時間のなかで,現実の生活をこなしながら自分の表現活動をいかに確保するかとか,いかに理解してもらうかというような話も。互いのリスペクトを忘れないような過ごし方が大事なようである。
 わが家の場合,リスペクトはあったのだろうか。聞くのが怖いような気もするのだった。

2010年6月4日(金)どこからか運ばれてきて
 わが家の畑の角地はゴミの集積場所である。狭い路地の多い地域の割には,道幅が広がっている場所だ。出勤途中に車を停めてゴミ出しをされる方も多い。今朝は,そのゴミ捨て場に3人の女性がお集まりだ。鼻息が荒い。どうされたんですの。
 「ここのところゴミの量がすごく増えたんですよ。おまけに,今日はプラゴミの日なのに,可燃物の袋もあるんです。絶対に持って行ってくれないですよ。」
 それは困った。
 「どうもこのエリアの人ではないようなんですよね。」目撃者もいらっしゃるらしい。
 「とりあえず,出した人が気づくかも知れないから,このままにしておきますね。お宅にはご迷惑でしょうが,残ったままだったら,そのうちわたしが可燃物の日に出すようにしますから。」ありがとうございます。今回に限らず,ご自分の都合でゴミ出しをされる方は常にいらっしゃるのだろうが,いつもこのゴミ集積所はきれいに整理されている。みなさんが,気遣ってくださっているのだろらしい。
 基本的に,いいお嬢さん方が多いのである。雑草だらけの畑の方が恥ずかしいくらいだ。きれいにしておくのが一番の対策とおっしゃる。週末は草取りをしておいた方がよさそうだ。

2010年6月3日(木)反論は言わずに過ごす
 外部で会合。会議予定時間は3時間。切りのよいところは何回かあったと思うのだが,休憩は一度もなしで会議は進められた。みなさんご熱心なのである。会議が2時間も続けば休憩がほしくなるというぬるい体質は,ボクくらいらしい。
 ちょっとした休憩時間にお隣の方等と世間話や情報交換をするのも会合のよいところだ。今日はそんな時間がほとんどなかった。終了後に,研修室を一緒に出た人と階段を降りながら話したくらい。
 「もうかりまっか。」
 「いゃあ,あきまへんわ。」
 「そぎゃんこつなかとでしょう。」
 などという,他の業界の方が聴かれても多分わけのわからない専門的会話が少しできた。本会議での今どれ最新情報と合わせ,本日も大変勉強させていただいたのだった。思わず親指を立てたくなるほどである。

2010年6月2日(水)つぶやいているのだろうか
 夜の散歩がご趣味のみなさんには,当地区のカエルのユニゾンは有名な話らしい。発生源は,500mは離れているだろうという田んぼや川。距離もあるし,標高30m近い畑界隈まで届くのだから,音は遠くにも上にも向かうということがよくわかった。
 さて,辞意を表明された方がいらっしゃるというのに,カエル話だけでは備忘にならない。そんな話があったことも記録しておくことにした。
 それにしても,あのような話は,理想論はさておき現実を踏まえるとどのようにコメントしてもなかなかみなさんの支持を得難いような気がする。メディアが突っ込むのは簡単なことであろう。
 結局最後は,じゃあ自分で道具を用意しないとねということになるのではないか。道具の中でいちばん効果的なのは何だっけ。自分で作らないとダメだね。憲法を変えて。ところで,それを作ってどこに置くの?真ん中辺り?一カ所で大丈夫なの?両端にも?平等にすべての県に置くの?増税や,予算の見直しというか,そちらに重きを置く事業仕分けをしないといけなくなりそうだ。大混乱。
 現実を考えながら理想に近づくための落としどころを,たとえばメディアのみなさんにもつぶやいてもらいたいものである。カエルほどでなくてもよいから。

2010年6月1日(火)産卵を促す声を
 とてもよく働いた。1年のうち1日あるかないか。こんな日が10日か2週間あれば人生は少し違ったものになったかも知れない。1年にたった1日ほどしかないところが,凡人たるゆえんである。
 夜は,9時を過ぎてから水やりにも行った。水がたっぷり入った如雨露と懐中電灯をぶら下げて。
 そんな夜の畑に立ってびっくり。どこからかカエルの大合唱である。わが家はロッド・スチュワートさんかレディ・ガガさんかという程度のうるささだ。せいぜい,オーネット・コールマンさん程度。って,それでもうるさいけれど。
 くだんのカエルは,アメリカのマーチングバンドかフル・オーケストラかというくらいの大音量である。ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインでもよいけれど。裏に田んぼがあればきっとこれくらい賑やかいんだろうなあというレベル。
 発生源はどこだろう。こんな砂地なのに。ワンブロック歩いてみた。どうも遠くの田んぼの辺りからの鳴き声のようだ。明日の夜は探検隊を結成することにした。

2010年5月31日(月)ゴーリーの絵本が好きという人の
 「うろんな客」が面白くてゴーリーにはまったという女性が,「不幸な子供」が読みたいとおっしゃる。
 不幸はいくらでも周りに転がっている。わざわざ徹底的な不幸話を読まなくてもよいのではないか。どういう時に人は「不幸な子供」を読みたくなるのだろう。といいつつ,残念なことに,わが家には絵本もその絵本にインスパイアされた音楽もある。
 絵本はさておき,「不幸な子供」を音楽化したのはマイケル・マントラーさん。おつきあいしているメンバーが多彩すぎるのか,新しいことにチャレンジングな方なのに,なんだかボクには中途半端なイメージが強い。カーラ・ブレイさんと結婚し,セシル・テイラーさんやジャック・ディジョネットさんやガトー・バルビエリさんと共演するかと思えば,ソフト・マシーンのロバート・ワイアットさんやピンク・フロイドのニック・メイソンさんとも一緒に演奏する。オープン・マインドな方なのだろうか。人とのつながり方が相当面白い。様々なジャンルの音楽をつなげようとされているのかも知れない。
 マントラーさんの「不幸な子供」は,プログレというか現代音楽というかフリーというか,一日の疲れが増幅するようなダークな演奏である。そんな演奏を繰り返し聴いている自分が少し怖かったりするのだった。

2010年5月30日(日)実際に自由な人は
 6時30分,花火が3発ほど上がった。広報車もまわってきた。1週間遅れの地区運動会が行われるようだ。
 小学校の校庭にテントが並べられているのを見つつ,休日出勤である。町内の役員のみなさん,ごめんなさい。
 そんな午後は大声をだす仕事だった。19時まで。すっかり声がかれた。明日の仕事がきちんとできるか,ちょっと心配。
 今朝は,デニス・ホッパーさんがお亡くなりになったという記事があった。ちょうど『イージー・ライダー』が上映されたころが,物心ついた時期だった。晩熟なのである。
 そのころ,イギリスのロックとアメリカのニュー・シネマを聴いたり見たりしながらスクスクと屈折して育った。ホッパーさんをしのび,『ワイルドで行こう』と『ウェイト』を聴かねばなるまい。
 <自由についてはいくらでもしゃべるが、自由な奴を見るのは怖い>とおっしゃたのはニコルソンさん。ピーター・フォンダさんが時計を外してバイクに乗っても,自由にはなかなかなれない。もちろん,ボクの日曜日もまったく自由にならない一日だった。

2010年5月29日(土)バックミラーに遠ざかる
 気持ちの良い晴天である。絶好の休日出勤日和。
 そんな本日,産業道路でヨタハチとすれ違った。トヨタのスポーツ800。総生産台数約3100。カラーはレッド。懐かしい。生産が終わった20代の頃,免許のない師匠に代わって中古車を買おうかという話のあった車だ。当時の中古車はまだ安かった。ヨタハチにカメラケースや三脚を積んで仕事に行こうという計画だったのである。結局買えなかったけれど。
 こんな晴天時に走るには格好の車だ。いなばのナンバーだったのかどうか。Uターンして追跡してみればよかった。
 ベースはパブリック・カーだ。ガッツ・パブリカ,軽さが大事。今ならヴィッツのエンジンを載せるようなものか。ヴィッツ価格でヨタハチを復刻再生産すれば,おじさん達が喜ぶんじゃないかな。そんな遊び心というか余裕はないだろうか,トヨタさん。

2010年5月28日(金)アバウトに絞りを決めて
 CFカードを使うその型番のカメラによく見られる弱点のようだが,メモリカードを挿入すると「For」というエラーメッセージが出て,カードを認識してくれない。おまけに,2004年の購入だというのに本体のラバー部分がベトつく。ハードな使用環境に置かれているかわいそうなカメラなのである。総画素数は624万画素という,ケータイにも負けそうな数字。とはいえ,一応一眼レフだ。まとめて修理を依頼することにした。
 それからほぼ十日。修理完了の連絡があった。CF基盤は3000円,グリップ,サイドカバー,カード蓋部分のラバー代金は1500円。あとは技術料。これが高い。部品代を上回る結構な値段である。まっ,自分ではどうにもできないから仕方がない。
 張り替えてもらったラバーは新品のように快適な手触り。また過酷な環境に追いやるのかと思うとちょっとかわいそうでもある。次のトラブルにはもう対応できないかも知れない。最後のおつとめになりそうだ。
 1230万画素のミラーレス小型一眼や,720ミリ相当30倍ズームのコンデジ等,なにしろカメラは次々新しくなっていくのである。

2010年5月27日(木)古いロックを聴きながら
 アマゾンから,オリジナル・アルバム・クラシックスというボックス・セットの案内があった。コロンビアやエピックのアーチストごとの紙製アルバム5枚が紙のハード・ケースに収められているシリーズだ。2セットほど買ってみた。解説もなく,紙のケースに収められて大変コンパクト。
 ウェザー・リポートやジェフ・ベックさんやジョン・マクラフリンさんやスタンリー・クラークさんやセロニアス・モンクさん等の作品もある。到着に時間はかかるが,輸入盤だとワンセット1400円弱のものも。ウェザー・リポートのデビュー作品や『ブラック・マーケット』は1枚300円弱。ジェフ・ベックさんの『ブロウ・バイ・ブロウ』や『ワイアード』は1枚400円もしない計算だ。レコードもCDも発売間もないうちに買った身には,ちょっと寂しいものがある。
 CDはそのうち消えていくことだろう。まだ購入しそうな人のいる今のうちにスーパー・バーゲンをしておこうということか。
 iPadによって紙の書籍の売り上げも減っていきそうだ。古い歌集等も,5冊まとめて1500円くらいで買えるようになるといいな。

2010年5月26日(水)カエルの鳴かぬ間にそっと
 「寒いですねえ。」というのが今日のご挨拶だった。すでにワイシャツだけで過ごしていた人も,今日はジャケットを着ていらっしゃる。とりあえずボクはカーディガンを羽織って過ごした。
 夜も寒い。台所のヒーターはまだ片付けずにある。お局がヒーターを点けようかしらとおっしゃる。いくら何でもこの時期に暖房を使うというのは世間に顔向けできないんじゃないの?と言いつつ,別の部屋で仕事をして再び台所へ行ったら,ヒーターがオンになって部屋が暖かい。
 ...。
 こんな時期にヒーターを使ってしまいました。神様お許しください。罪を犯した記念に記録しておくことにした。
 そういえば,昨日まで絶叫していたカエルも今夜はまったく鳴かない。外も相当寒いのだろう。錯覚してこのまま冬眠してもらえるとうれしい。
 と書いてアップしたら,日付が変わったころ,あざ笑うかのように鳴き声が聞こえてきた。くそっ,明日はもっと冷え込んでもらえないだろうか。

2010年5月25日(火)もはやただ会費を払う
 勤務時間終了後に近所の会館へ。組織の1割動員というミッションがきたらしい。主催者発表は200人の決起集会だが,空席も目立つ。壇上にお立ちになった男性は初めて聞いたお名前の方だ。どこから考えても,なかなか厳しい戦いではないかと思われる。がんばっていただきたい。
 それはさておき,何人かの懐かしい方々にお会いした。それぞれの近況をお聴きしてみた。
 「ボスはどうよ。」
 「ほぼやりたい放題じゃないの。怖いもんなし。」などと。
 某国のような絶対王政かどうか知らないけれど,組合活動は低迷中らしい。つらいね。
 まっ,本物の動員になったりしないよう,軍隊用語は使わない方がよいかも知れないと思ったりした。なんと呼べばよいのだろう。1割パシリ?

2010年5月24日(月)基準に満たぬ外側は
 中古のコミックを何冊か注文した。その本屋さんからメールが届いていた。注文した商品のうち2点に対し,出荷検品工程において一部品質の不良が確認されたらしい。若干不備のある状態だが,読める範囲と判断され代金無償のサービス品として同梱するというご案内である。
 そのコミックが届いていた。どこが品質不良なのかとチェック。表紙も中も問題なし。きれいである。裏表紙の一部が少し日に焼けた感じだ。おそらくこれが品質不良箇所であろう。シリーズのすべてに同じ水準を求める人には不足があるかも知れない。けれど,ミドルネームがアバウトのボクにはまったくのーぷろぶれむ。ありがたい対応だ。
 「本来であれば、事前にお客様にご相談させていただくべきところではございますが、ご注文いただいております商品を少しでも早くお届けしたいとの思いから、このような対応をさせていただきました。何卒、ご容赦いただけます様お願い申し上げます。」って,なんだかお礼のメールでも書きたいくらいである。

2010年5月23日(日)雨の音聴いてふたたび
 今日は7時15分が集合時間である。もちろん朝の。とはいえ,外は雨だ。なんの連絡もないけれど,みなさんお楽しみの地区運動会は中止だろう。運動会終了後に,当町内の公園で開催予定だった祝勝懇親BBQ大会も。雨の音とカエルの鳴き声を聞きながら,そのまま二度寝をさせてもらった。今日は水やりをしなくてもいいな等と考えながら。ウトウト。
 気持ちの良い目覚めだった。
 本日の地区運動会は来週の日曜日に順延である。カタログを眺めているうちが楽しいように,運動会も当日になるまでが楽しいのではないか。ワクワク。みなさんの楽しみが延びてよかった。
 まったく残念なことであるが,ボクは来週の日曜日が業務である。運動会もBBQもお手伝いができない。そんなわけで,ぜひ来週は晴れてほしいものである。みなさんの分も願っておくことにした。

2010年5月22日(土)たはむれに近寄る人の
 一部の方が「自動後退」(そんな意味ではありません,念のため)とおっしゃるお店で部品の交換をお願いした。待ち時間の間に,店外で大物の販売を担当している方に話しかけられた。最近は,そんな大物もお扱いらしい。
 「今日は蒸しますねえ。何年ものですか。」
 「79年ですわ。」
 いつもと同じお答えをして,維持に困っているんですよねなどと話したら,「査定をさせてもらってもいいですか。」とおっしゃる。
 どなたか商談ができそうな方をご存じなのだろうか。
 「いゃあ,査定と言っても大した額にはならないでしょ?」
 「まっ,オークションや都会の方がいいかもですねえ。」
 相当安そうだ。あまりにも低い額だと悲しい。興味はあったけれど,ここは我慢してスルーした。自動後退。

2010年5月21日(金)購読の申込書が綴じられて
 『Swing Journal』6月号が届いていた。表紙は若かりし頃のビル・エヴァンスさん。最終ページに休刊のお知らせがある。今夜は,少し切ない『B Minor Waltz』を聴いている。
 1947年の創刊らしい。63年間。ボクが毎号欠かさず購読しはじめたのは1972年だ。あの分厚い雑誌の38年分がわが家のどこかに埋もれている。雑誌は重いということや,モノを取り出しやすいように整理するためには広いスペースが必要だということを教えてくれた雑誌である。
 女性ボーカルや日本人ミュージシャン情報が増え,価格もいつの間にか1200円になっていた。ジャズの革新性や過激さを感じることも少なくなり,そろそろ購読を止める時期が近いのではないかと思っていたところだ。
 世の中には,どちらかが先に別れたくなってもつれることも多いらしい。別れたいとほぼ同時に両思いになったレア・ケースである。さらに,ちょっとだけ早く向こう側から別れ話を切り出してくれたというのは,スイングジャーナルのみなさんには申し訳ないが,優柔不断で断るチカラの弱いボクにはありがたいことだ。実力のない男が別れ話を切り出すのは難しい。
 さて,最終号の表紙を飾るのはどなたなのだろう。切ない編集会議が続いているんだろうな。

2010年5月20日(木)冷やされし薔薇七本を
 記念日だからよろしくと頼まれた。なにをやねん。とりあえず甘いモノと薔薇を数本買ってみた。
 薔薇はケニア産が増えてきたらしいですよと教えてくださる。ドバイ経由で日本へ送られるようだ。気温変化があって暖房費のかかるところより,気温が安定している赤道付近のそこそこの高度のある場所の方が低コストなのである。18時間ほどで日本に到着するのだとか。花屋さんで花を買うことは滅多にないけれど,最近の流通はそんなことになっているのかとちょっとビックリした。いなばにも輸入薔薇が届くらしい。
 甘いモノの方は,最近江戸方面ではやっていると書かれたポップのあるものにしてみた。美味。という,目と口でお祝いした夜だった。耳が寂しいので深夜は『ジャスミン』である。
 どんな記念日なのと尋ねれば,「成田空港の開港や王さんの誕生日なんです今日は。」

2010年5月19日(水)ありったけの声で叫びし
 朝と夕方に雨が降り,昼間に晴れ間。大変よい天気だ。先日,さつまいも苗を植えたばかりなのである。というか,雨が来そうだという予報があったから植えたわけで,天気予報が当たってよかった。この天気をさらに喜んでいるのがカエル達。何匹いるのかわからないほどの厚みのある合唱である。時々ソロパートを絶叫するカエルもいて,ハード・ロッカーかねキミは。ご近所のみなさんが聖歌隊だと思ってくださればよいのだが。
 カエルにちょっと負ける音量で,レインボウの『Rising』とブラックサバスの『HEAVEN AND HELL』を聴き,ロニー・ジャイムズ・ディオさんを偲んでいる。リッチ−・ブラックモアさんのギターと,コージー・パウエルさんのドラムスに負けないディオさんのヘビーさは,70年代のハードロックの最上級のヴォーカルだと思うな。
 レインボウ好きの千葉くんが大きなボリュームで聴いていたけれど,当時の高円寺の安アパートの管理人さんはうるさかったことだろう。千葉くんもコージーさんももういない。あっちの一部もにぎやかそうだ。

2010年5月18日(火)奔放なリズムにつられ
 「練習は1日休めば自分に分かる。3日休めばカミさんが分かる。7日休めば仕事が無くなる。」そんなことをおっしゃっていたらしいハンク・ジョーンズさんがお亡くなりだった。Practice makes perfect.隣にはレインボウのロニー・ジェイムス・ディオさんの訃報も。
 とりあえず今日はハンク・ジョーンズさんをしのぶアルバムを探してみた。ヴィレッジ・ヴァンガードのライブがよさそうだ。グレイト・ジャズ・トリオである。マウンドのサウスポーが今まさにボールを投げようとしているジャケット。1977年,ハンクさん58歳。その半年ほど前に,同じ場所でローランド・カークさんの演奏を聴いていたのかと思うと懐かしい。
 ベースはロン・カーターさんで,ドラムスはトニー・ウィリアムスさん。この時40歳と32歳だ。エイト・ビート育ちのトニーさんの奔放なドラムスではじまる。若者の過激な挑発を受け,年齢の離れたハンクさんが気合いを入れて鍵盤に向かっていらっしゃるスリリングな様子が伝わってくる。
 刺激を与えてくれる若者がいるというのは幸せなことである。
 そんなトニーさんは,その時のハンクさんの年齢に達することもなくすでにお亡くなりである。ジャズはあちらのメンバーの方が刺激的にみえる。

2010年5月17日(月)ジャスミンの香る深夜に
 「スイングジャーナル」休刊というニュースのあった日に,キース・ジャレットさんの『JASMINE』が届いていた。わが家のジャスミンは花が終わり,蔓があちこちに伸び始めている。香りと音を楽しもうと思ったのだが,残念。ティーで代用するしかない。もらいものの福骭司の茉莉茶。
 ベースのチャーリー・ヘイデンさんとのデュオである。シンプルなジャケットだ。フリーハンドで描かれたふたつの四角形がふたりを象徴しているように見える。30年以上共演したことのないというふたりのステージ写真をかつて撮らせてもらうことができたというのは,今思えば奇蹟のようでもある。
 そんな新作(録音は2007年)には,3ページにわたってキースさんのノートがあった。「夜更けにあなたのパートナーを誘って一緒に聴けば,相手への思いがさらにつのるラブ・ソングなのだ(超訳)。」ほぼ全曲スローなバラッドである。おまけにいつものつぶやきが少ない。『The Melody At Night, With You』と同じように,どなたにも鑑賞しやすい,キースさんにしてはレアなアルバムである。仲の良いカップルはそれなりに,そうでない場合は出会った頃の愛がよみがえってくるかも知れない演奏というわけで,一家に一枚どうだろう。
 ところでノートには,ディテールを聴き取るために良いオーディオ装置で聴いてほしいというお願いがあった。音が悪くて関係が悪化することはないだろうか。さっきまでお局と一緒に聴いていたけれど,心配である。

2010年5月16日(日)ニセアカシアの枯れ木の棘は
 休日だというのに今朝も早起きである。町内の公園の草刈り。8時過ぎからの作業の前に,7時過ぎに畑の野菜に水をやった。通りは静か。和食の匂いが漂ってくる。朝は牛乳と果物だけのわが身には,ちょっと新鮮な朝食の香りだった。
 公園にお集まりのみなさんは,主催者発表で63名。みなさん無難なポジションから取りかかりだ。あえてチャレンジングにブッシュに向かった。最前線である。あとに続く人はいない。鎌を土に突き立てながら黙々と草抜き。枯れ枝も拾ったり。痛たっ。枝が枯れていてもトゲは元気である。ナポレオンのロシア侵攻に比べれば楽なものだと言い聞かせながら進んだ。10時前に,そろそろ終わりましょうかの声。振り返れば「けものみち」に毛の生えたような草刈り後があった。
 ご褒美は,「おーいお茶」ロングボトルと草の中にあったミニ薔薇。
 「なんですの,それは。」
 「野生化したミニ薔薇があったんですよ。」
 ロシアから無事に帰ることができただけでなく,お土産までついていた。

2010年5月15日(土)代行の車はすぐに
 5時15分起床。ひと仕事終えて帰って来た時の影が長い。早朝もフォトジェニックな時間帯らしい。あまり縁がないけれど。
 その後,今日は3本の会合があった。お昼を食べる仕事を挟んで,午前と夕方は近所の公民館,そして夜のお仕事である。3本とも濃い業務だった。オープンマインドを心がけていたせいか,それぞれ話の弾む初対面の方がいらっしゃった。お互いがビックリするようなディープな趣味の話も。良い仕事をしたような気がする。ということで,長いいち日だった本日の業務は無事終了。
 業務を終えて歩いた夜の街は,「聖さん」の祭の山車でにぎやかだった。とはいえ,見物客はそれほどでもないように見えた。土曜の夜に外で飲む人の数が減っているのだろうか。夜のお店のご祝儀も減っているのかも知れない。
 わが家の物語の第2部は,聖さんの夜に酔っぱらって歩いていたところからはじまった。遅くまで騒いでいたことを思い出した夜だった。

2010年5月14日(金)たった今できたばかりの
 生ゴミから液肥を作るというバケツをお局がお友達からいただいた。ありがとうございます。生ゴミが18リットルほど入る,蓋付きのポリバケツだ。
 水を切った生ゴミをバケツに入れ,その上からEM菌ボカシという糠のような生ゴミ処理剤をふりかける。ここのところ,やっとコップ1杯くらいの発酵液が採取できた。色は,市販の液肥のブルーやグリーンではなく,少し濁ったウィスキーのようである。液肥として使用するには500〜1000倍に薄めた方がよいらしい。
 農薬は使わないけれど,化成肥料は毎年使っている。自家製なのにオーガニックではないのだった。今年は化成肥料の使用量を抑え,自家製液肥中心に栽培してみることにした。
 そういえば,かつて子どもが庭木に連日オシッコをかけていたら枯れたことがあった。鮮度がよすぎる液肥で大丈夫だろうか。

2010年5月13日(木)晴れた日に別れを言うと
 車検に行っていたジョアンナが1週間ぶりに帰ってきた。検査を通過するためには,追加整備とその整備のための部品が必要だったらしい。バッテリー用のボルテージ・レギュレーターもいかれ,リヤのブレーキパッドも摩耗していたようだ。とりあえず,部品関係だけでも記録しておくことにした。
 ブレーキオイル
 ブレーキグリース
 ブレーキクリーナー
 パスター
 フロント&リヤキャリパーシールキット
 リヤ・ディスク・パッドキット
 アイドラアームブッシュ
 ロング・ライフ・クーラント&強化剤
 ラジエーター・ストップリーク
 ボルテージ・レギュレーター
 発煙筒
 ちなみに,ディスクパッドは8495円。これに4つのパッド研磨35400円やOHの技術料が入る。
 「代金は夏のボーナスじゃダメ?釣った魚がエサをもりぱくだよ。そろそろ別れ話を切り出した方がいいかも。どなたかもらってくれる方はいらっしゃいませんかねえ。」と運んできてくれた若者に尋ねたら,「いゃあここまできたら最後までいくしかないでしょう。」とおっしゃる。そりゃあ,そちらにはいいカモなんだろうけどね。
 最後っていつのことなの。別れ話や終わり方は難しいね。

2010年5月12日(水)まだ運が残っておりぬ
 会議が2本。ひとつは7時開会である。帰宅はその2時間近くのち。つかれるぜ。
 そんな今日は,こんなにまだ運が残っていたのかとビックリするほど赤信号につかまらなかった。赤かと思えばすぐに青になるし,ぎりぎり黄色に変わったところだったり。ほとんどノンストップ。出発する前にメールを打ったからスタート時間がケータイに残っている。ナント,職場から7分で帰宅できたのだった。通勤時間とも言えないような時間だ。
 信号が点滅する交差点の増える深夜はさておき,通常の時間帯ではなかなか達成できない記録である。とりあえずこれが通勤時間の新記録として登録しておくことにした。
 とはいえ,早く帰宅できたから運がいいというものでもないような気はするけれど。

2010年5月11日(火)左目は沈黙をして
 ここのところ,キャベツやタケノコをいただいたりしている。ありがとうございます。
 今朝は,朝7時30分にワラビが届いた。ご近所のおばさんからである。どこで収穫されましたのと聞きたくなるような巨大なワラビ。八頭方面産らしい。晴れたら海へ行き,雨が降ると山へ行くという方がいらっしゃるのだそうだ。
 出勤のころにわざわざ持ってきてくださるというのはよほどのことである。すごいでしょ,ちょっと見たことないくらいの太さでしょ,という心のつぶやきが聞こえる。早朝の贈り物は自信作なのである。って,作りものではないけれど。
 ワサビマヨネーズで食べさせてもらった。太いから噛みごたえがある。ぬるぬるとおいしゅうございました。
 そんな夜は,ドイツにあるネフェルティティの胸像をエジプトが返還してもらいたがっているという話題がTVから流れていた。前傾姿勢のちょっと不自然な胸像。久しぶりに,ウェイン・ショーターさんとマイルスさんの演奏を聴くことにした。いつ聴いても不思議な演奏である。ぬるぬるワラビのBGMにもよいのではないかと思ったりした。

2010年5月10日(月)風情があると思いしは
 植え付けや追肥の後のナイスなタイミングの降雨である。晴れの続いたGWを避けて引っ張った甲斐があった。ありがたい。
 ところが,そんな慈雨を喜んでいるのはボクだけではなかった。
 庭がやかましいのである。23時を過ぎても。また今年もカエルの季節がはじまったのだった。「んがががー」とか「くえっけけけ」とか「カーラカラカラ」とか,雨を喜びまくっているように聞こえる。少なくとも鳴き声は3種類。ネズミのイヤがる超音波を発生させるグッズというのが昔あったけれど,カエル用もあるといいな。
 道路を通る人はさておき,ご近所のみなさんの安眠の妨げになっているのではないか。池に近いおうちには,いずれも高齢のみなさんがお住まいだ。21時頃には明かりが消える。鳴き声の切れ間のない時間帯である。寝付かれず,殺意が芽生えたりはしないだろうか。
 なるべく他人様に迷惑をかけないように生きたいと思っているのだが,人の恨みを買うような生活をしているのかも知れない。 

2010年5月9日(日)豊作の予感のしたる
 19時から町内の役員会である。準備のため,三役は18時30分には集合するようにと会長さんから電話があった。会議終了後に懇親会。1時間ほどで早退させてもらおうと思っていたのだが,抜けさせてもらえなかった。土曜日に開催してもらえるとうれしい。
 会合開始までは,ジャガイモの追肥や野菜苗の株元へ枯れ草を敷いた。なにしろ,ご近所のお姉さんが空き地から刈り採った雑草を沢山くださったのである。枯れ草の上に横になってみたいくらい大量。
 野菜だけでなく,ジャガイモの茎にもやったらどうかとおっしゃる。雨が降った時の泥のはね返りを防いで病害を予防するらしい。畑仕事と役員会の間にひと仕事やろうと思っていたのだが,そんな時間は消えてしまった。
 今年はジャガイモも豊作の予感がしている。 

2010年5月8日(土)ハウスの中で選びたる
 公私とも午前中からよく働いた。ような気がする。
 公はさておき,今日は夏野菜の残りの苗を植えた。
 キュウリ,トマト,ナス,とうがらしとサツマイモ苗を畑のお向かいのハウスから選ばせてもらった。全部で17ポット。大半が接いだ苗だ。高級苗である。それなのにほとんどタダ同然のお値段。うちの畑に車やバイクを時々置いているお礼らしい。すいませんね。
 掘った中に石灰と鶏糞等を入れ,土をかけてから苗をおく。化成肥料とダイアジノンやダイシストン粒剤を少し根本に置きましょうと,おかみさんが教えてくださる。アブラムシ等から守ることができるらしい。JAへ行ってみた。購入には印鑑が必要だった。劇物である。今年も害虫は箸でつまむことにした。
 苗屋のおかみさんが時々畑を点検してくださることになった。そんなわけで,毎年道路から奥まったところに植えていたのだが,今年は道路からすぐ見える場所に植えてみた。人目にさらされている方がきちんとするだろうと思ったのだ。今年は豊作である。たぶん。 

2010年5月7日(金)木香薔薇の下をくぐれば
 GWがはじまる前に蒔いた朝顔の種から,双葉が現れた。少し赤みがあって,とてもかわいい。砂丘の地に根付いたノーリアンズ・ブラック5世の誕生である。
 挿し芽・種まき用の土を敷き,水にも一晩浸してから蒔いたけれど,庭をよく見れば,落ちた種があちらこちらで芽を出している。小さな種だが,相当タフである。朝顔の発芽温度は20度以上。GW中の陽気のおかげで,一斉に種の殻をやぶっているらしい。
 たっぷりの愛情を注いでやることにしている。これからぐんぐん育ってくれることだろう。夏が楽しみである。
 そういえば今の時期は木香薔薇がきれいだ。この辺りは,ご近所同士で植物の株分けが行われることが多い。棘のない枝が重宝がられた時期があったのだろう。玄関前にアーチ状になっているおうちも何軒かある。
 「木香薔薇がきれいですね。」というのが,この辺りの今時の挨拶なのだった。 

2010年5月6日(木)どこからが病なのかと
 「4月20日受診の胃検診は,異常ありませんでした。」
 机の上に,明朝体で書かれた細長いプリントが置いてあった。ありがとね。とりあえず,胃に関しては20日の段階では大きな問題がないらしい。前日にアルコールや脂分を控えたおかげである。とはいえ,多数の身体の部品の中の胃の辺りだけの話だ。その他の部位にはいろいろと自覚症状のようなものがあったりする。すべてのパーツが順調というのは,なかなか稀有なことのように思われるのだった。胃に関しても,検査後不摂生をしている。結果が出た頃に新しい芽生えがあるかも知れない。難儀なことである。
 同年代にお聞きしたら「ボクも異常なしだったよ。」とおっしゃる。あなたが異常がないんだったらみんな異常なしだね等と笑いあえた。幸せなことだ。
 そんなめでたい休み明けは,仕事がちょっとたまっていた。立ち上がりから予定外の業務を2時間。まっ,仕事があるのはありがたいと思うことにした。
 そんなありがたいことの続いたGW明けだった。

2010年5月5日(水)深いから水際辺りで
 GW5日間の走行距離はちょうど150km。砂丘と近くの山にしか行かなかったということだ。
 とりあえず当初に予定していたことは片付いた。まっ,大した予定を立てていなかったのである。
 最終日だ。ドライブがてら深山へ行った。手ぶらで帰るのももったいない。野菜代わりになるものを探した。地面にはワラビが出ている。上にはコシアブラ。両方見ながら歩くという舌切りばあさん状態である。欲深い性格だということがよくわかった。
 高度計は600mを指している結構な深山だが,コシアブラの新芽はほとんど開いていた。この時期,氷ノ山のふもと辺りまで行かなければピュアな新芽は収穫できなくなっているようだ。とりあえず今シーズン最後のコシアブラ。
 そんなわけで,今年食べたコシアブラ料理を備忘のために。
 その1 エリンギとコシアブラのバター醤油&塩バター&味噌炒め。
      ラーメンのパターンで挑戦である。お局のお好みの順。
      ボクは味噌炒めも良かったけどな。
 その2 こしあぶらんパスタ。
      ニンニクと塩と味噌ベース。
 その3 コシアブライス。ラはRの発音で。
 いずれも,セリや春菊のような強い香りが初夏を思わせる。
 山からのお恵みをありがたく頂戴したのだった。

2010年5月4日(火)先頭は今ごろ何を
 遠出をしないGWである。外出しても,人の通らなさそうな道を選んで運転している。ちょっとくらいは渋滞を経験してみたかったような気もするが,もちろんその渦中にいれば,渋滞の先頭はどこやねん等とイラついていることだろう。
 Francfrancとヴィレヴァンが少しミックスされたようなお店で時間をつぶしたり,わざわざやってきてくれた若者とランチをしつつGWが終わっていく。価格設定が高めのインテリア雑貨のお店は,女性客が多い。面白い品揃えだ。ホームセンターと100均だけでも大概のインテリア関係の用事は済みそうだが,ちょっと良いモノが選べる場所も貴重だ。ニトリができても負けずにがんばってほしいな。座り心地の良い椅子を発見。良い仕事は良い椅子から。お金を貯めようと誓ったのだった。
 そんな雑貨屋さんで女性から声をかけられた。
 「変わらないねえ,どうしているの?」
 「もう子どもも家を出たので大人だけですよ。」
 「うちといっしょやん。」
 「15歳で家をでましたしね。」
 「そりゃあ,早いねえ。」
 「宝塚に行ったんです。」
 「ありゃ,じゃああなたの苗字は荒呉(仮名)さん?」等と会話。
 あちらこちらにがんばっているいなばっ子がいるのであった。若者に負けずにがんばるぞ,椅子を買うだけでなく。

2010年5月3日(月)ポットの苗を見比べて
 今日も晴れだ。絶好の家族サービス日和である。鳥取砂丘の手前のトンネルの坂はもちろん,R9バイパス北園合流付近も,夕方までノロノロ運転。おつかれさま。
 ボクのサービスは受けたくないという我が家は,絶好の夏野菜苗植え日和だ。畑のお向かいの苗生産農家(以下苗屋さん)から頑丈な苗を分けてもらうことにした。が,最後の追い込みでお忙しそうだ。とりあえず今日は,ホームセンターから,土や肥料や苗屋さんの扱っていないレタス苗やモロヘイヤ苗やゴーヤー苗を買った。
 「問題は土ですよ。」と苗屋さんのお姉さんが教えてくださる。しっかり畑を耕しておくようにねというご助言だと思われるが,まっ畑ばかりをかまってやるわけにはいかないんですわ。ままごとままごと。苗の周りに「花と野菜の土」をばらまいて土作りの代わりということにさせてもらった。
 日が傾いた頃から草取りをし,レタス等を植えた。苗屋さんがお仕事を終えたのが,午後7時22分。みなさん働き者である。最後は,ボクに小松菜を18束もくださった。ありがとうございます。
 憲法のおかげもあって,今日も平和な一日だった。ありがとうございました。

2010年5月2日(日)倒れた幹に新芽ののびて
 絶好の山菜テンプラパーティ日和。
 自宅から40分ほど走ってたどり着いた場所で,高度計は620mを指していた。当てにならないけれど。快晴。雑木林の中を歩いていると,上着2枚だけでも汗ばむ。とはいえ,まだ本格的な春の来ていないコシアブラが多い。ちっちゃ過ぎて,さすがに採集する気が起こらない。やせた新芽も目立つ。この辺りの収穫はGW最後の辺りがよさそうだ。
 テンプラパーティと言いながら,ボクがいちばん食べさせてもらったのは,鶴橋産と思われるキムチやカクテキである。深い甘みもあっておいしい。なんだかキムチばかり食べていたような気がする。ごちそうさまでした。
 若者はさておき,お集まりのメンバーには馴染みの方が多い。仕事を変わられた方とか。ゆっくりお話ができなかったのがちょっと残念。そういえば,このパーティも長く続いている。こちらも10年くらいにはなるのだろうか。継続のための強い意志をお持ちのみなさまのおかげである。ありがとうございます。
 行きも帰りも屋根を開けて走った。オープンが気持ちのよい季節だ。とはいえ,髪の毛が何本か飛んで逃げたような気もしたのだった。

2010年5月1日(土)言霊の幸ふ場所で
 車が汚れている。一昨日きれいにしたばかりなのに。そんな汚れた車で外出した。
 行きつけのGSの空きスペースには車が並べられている。高級車多し。黄砂をかぶった車の洗車待ちらしい。若いお嬢さんも,待合室でラップトップに向かっていらっしゃる。時間は貴重だ。洗車をしてもらう間にも,PCでなにがしかの仕事をされているのだろう。豊かな時代である。ボクは,明日自分できれいにするしかない。
 閑話休題,黄砂の恨みはさておき,祝上海万博開幕。世界のみなさんが,豊かな生活ができますように。もちろん,ボクも。
 そんな今日は,ボクたちが10周年を迎えためでたい記念日だった。10年以上続いたことは何だったっけ。幸いにも生き続けたことと,仕事が続いたことと,結婚生活くらいしか思い浮かばない。
 続けることは大切だと,しみじみ思うことのできた一日である。江戸雪さんにまでたどりつけたのだ。よきみなさんと出会えたおかげである。ありがとうございました。
 そんな今日の学習会は,フロントラインおふたりのトークのある贅沢な時間だった。たとえば,写実にするか擬人法にするかとか。久しぶりの充実の時間。続けるだけでなく,さらなるヴァージョンアップができるといいなと思いながら宴に入ったのである。

2010年4月30日(金)裸足で歩くきみのため
 カレンダー通りの勤務だが,もちろんすでに大型連休の方もいらっしゃる。ランチに誘ってくださる方もおありだ。残念,ボクは砂丘会館でシーフードカレーを食べるという仕事だった。
 お昼時の駐車場は県外からの車でいっぱいである。駐めるのに少し待つ時間が必要だった。すでにGWの方がたくさんいらっしゃるようだ。
 そんな砂丘は強い風が吹き荒れていた。時々水滴が落ちてきたり晴れたりという天候。まっ,遠来のみなさまにそれなりのインパクトのある姿をお見せできたのではないか。
 土産物売り場は,砂丘長芋や砂丘地ビールをお買い求めの方で混雑している。今夜は,地元在住者が飲んだことのないような高価格地ビールをお飲みの方もいらっしゃるらしい。うらやましい。ボクは発泡酒。砂丘地発泡酒というのも発売してもらえないだろうか。

2010年4月29日(木)太陽が当たるようにと
 木によって多少の差はあるが,ブルーベリーの白い花が満開である。今年は過去最大の収穫量になりそうだ。って,どれほどのもんやねん。多分,出荷はできない。多分ってなんやねん。
 桑も柔らかそうな葉が広がり,実の収穫も期待できそうだ。1本しかない桑の木だが,葉っぱの形がいろいろである。葉の面積の大きな卵形のものもあれば,深く切れ込みの入った備中鍬のような葉っぱもある。
 下の葉っぱに陽光がもれ当たるよう深く切れ込みが入っているというような話を昔聞いたことがある。本当だろうか。思いやりのある葉っぱらしい。そして蚕のエサにもなってやるのだから,大したものだ。上善は水だけでなく,桑の葉の如しでも良さそうである。
 そんな今日は,今掘りのタケノコを届けてくださる方があった。ありがとうございます。桑の葉のようなできごとである。

2010年4月28日(水)夜のメロディと名づけらる
 珍しいことに,疲れが顔面に集まっている。こめかみの辺りを押さえると気持ちがよい。もちろん,肩を押しても気持ちがよい。肩の凝りとつながっているらしい。
 今月は,立ち上がりからゆっくり休むことなく自給自足生活をした。食べることから洗い物から買い物や山歩きまで。好きにやって快適なような気もしたが,意外に身体にはこたえていたらしい。こんな生活を毎日続けるお局にはとても勝てるわけがないと改めて思ったのだった。
 そんな夜は,キース・ジャレットさんの『I Loves You Porgy』を聴いて過ごしている。たくさんある『I Loves You Porgy』の中でも絶品である。とりあえず,身体の内部の凝りはゆっくり溶けていくような気がする。肩の凝りまではとれないけれど。
 明日はゆっくり休ませてもらうことにした。

2010年4月27日(火)テレキャスターを弾くときの
 『アバター』が届いていた。CGを使った映画を見たいとは思わないけれど,とはいえ,これからの映画作りのスタンダードのひとつになることだろう。980円も安くしてくれるというので注文していたのだった。
 が,今日はそんな映画を見て過ごすことのできない深い事情とわけがある。いちおう優先順位を考えることもあるのだった。そんなわけで,おとなしくデスクではなく,デスクトップに向かっている。
 BGMはジェフ・ベックさん。しかも,こんな演奏はやりたくなかったんじゃないのかなと勝手に思っている作品を集めたCDを聴いている。『グリーンスリーブス』とか,『ラブ・イズ・ブルー』とか,『オーバー・ザ・レインボー』とか。とはいえ,ジェフさんのギターはすでにヴォーカルである。贅沢な子守ギター演奏と言えなくもない。
 才能のある人であっても,やりたいことばかりはできないのだろう。ちょっとは売れたいとか,エリックさんには負けないぞとか。まっ,凡人はやりたくないことをいかに楽しくやるかを考えた方がよさそうだ。
 そんな糸をひく澄んだ音色の心地よいギターのおかげで,何だか眠くなってきた。

2010年4月26日(月)人類と戦っている
 一体どちらの方だろう。
 ここのところ庭に埋めた生ゴミが毎回掘り起こされる。てっきり猫の仕業かと思っていたのだ。すまぬ。濡れ衣だった。彼が犯人である。彼女かも知れぬ。しかし,その顔はどうしたのかね。生存を賭けて同僚と戦ったのか。あるいは人類に石でも投げつけられたか。病気のようにも見える。大体,夜行性ではないのか。
 目が合っても逃げない。助けを求めているようにも見える。豚バラ肉をふた切れ投げてやった。2枚ともひと口で食べた。とはいえ,住み着かれても困る。もうしわけないが,それでおしまい。やがて消えた。裏の側溝辺りで生活しているのだろうか。
 などと思いつつ畑へ行ってびっくり。今度は苗製造農家のハウス横で目があった。行動半径は結構広いらしい。そういえば,畑のジャガイモの相当量が荒らされていたのを思い出した。くっそー,この男だったのか。おっと,女性かも知れぬ。イノシシとタヌキを養っていたらしい。

2010年4月25日(日)がむしゃらに食んでいるのだ
 深山へ行ってみた。まだ本格的な春が来ていなかった。フキノトウが元気に咲いている。深山は早春である。タラもコシアブラも先っちょに芽がつき始めた程度。天気が良ければ週末辺りに採集できそうだ。結局,コゴミを袋に詰めただけで午前中は終わった。
 タケノコはどうか。いつもお世話になっている山の入り口のおうちに,ご挨拶とバター煎餅。「午前中,若いのが掘りに行ったけれど,うちの山には一本もなかったらしいですよ。イノシシがうちの近くまで来るからテープを張っているので,跨いで上がってくださいな。」とおっしゃる。
 たどり着いてびっくり。今年もイノシシが荒らしまくりだった。タケノコの先端や皮が散乱している。45度くらいの急斜面界隈はどうか。滑ってジーンズを泥だらけにしながらチェーック。斜面も上手に掘っていた。どういう姿勢で掘っているのだろう。後ろ足の踏ん張りが利くのだろうか。残してくれていたのは小物1本だけだった。ありがとうございます,お代官さま。って,なんでやねん。結局,セリを袋に詰めて午後は終わった。
 思っているようにはことが運ばないということを,春の山からも学んだのだった。

2010年4月24日(土)ようやくの青空の中
 習慣は大したものである。昨夜は,明日は勤務だと思いながら眠ったのに,目覚めたら,「今日は土曜日だよなあ。ゆっくり眠ることができるね。」というのが一番最初に思ったことだった。しばらくしてから,「今日はお仕事じゃないの?」というささやきがあって,慌てて出勤の準備をしたのだった。あぶない,あぶない。
 本人には自覚がないけれど,実は新しい年度スタート以来の疲れがたまっているのかも知れない。多分,他のみなさんには疲れがたまっているようには見えないのだろうが。疲れが内向する損な性分なのである。
 勤務後,飛行機にお乗りだった方をお迎えに行かせてもらった。お相撲さんや修学旅行生で満席だというのに,いなば行きは108番ゲートからの搭乗だとか。遠い。ゲートは109しかないのである。バスで運んでもらえるらしいが,そんな冷たい仕打ちをする飛行機にはなるべく乗らないようにしようと改めて思った。まっ,1番ゲートになっても乗らないと思うけれど。習慣を変えるのは大変である。

2010年4月23日(金)中指で押すリセットボタン
 西へドライブ。午後から会合である。前を走る乗用車が左へ右へと蛇行している。ケータイを使っているとか,居眠りじゃないのかあという走りっぷりだ。たっぷり車間距離をあけて走った。無事到着。
 素人は,30分ほど早く集まって特別のご指導を受けなくてはいけないらしい。19名もいらっしゃった。心強い。あれっ,以前やってたんじゃないの?という人もいたけれど,5年以上前の経験者は素人らしい。お気の毒さま。
 全員集合の時間になると,いゃあお久しぶりという方が何人かいらっしゃった。西の外れが職場になった方とか。
 「何をやってんの今は?まだ帰って来ないの?」
 「なにもやってないんですよねえ。」
 通常の仕事以外は,あまり積極的に取り組んでいないらしい。若者をやる気にさせるような環境をつくってあげてほしいね,オヤジはさておき。
 さて,明日も勤務である。

2010年4月22日(木)正式な春になる日を
 寒い。よいこともないし,とうとう灯油もなくなった。身も心も凍えそうだ。ここは灯油を買って燃えるしかない。こんな時期に灯油を買うのかねと思いながら,近所のセルフへ走った。時間は7時30分。カローラ系の車にお乗りの方が先に灯油をお買い求め中だった。同じように心が凍えそうな方なのかも知れない。リッター71円である。いつの間にか価格が上昇している。
 そういえば,冷蔵庫もほとんど空だ。灯油を満タンにしたあと,スーパーに寄った。もう今シーズンの鍋は先週のキムチ鍋が最後だと決めていたのに,再び鍋を出すことにした。
 明日バリウムを飲めば大きな異物が写るのではないか,というくらいバラ肉で脂肪を吸収したのだった。気候のせいで脂ののったすてきな身体になりそうだ。楽しみである。

2010年4月21日(水)今朝なぜか笑顔の増えて
 雨に濡れた桜木の緑が美しく見える。間違えて植えられたのか,ところどころに八重桜も咲いている。白っぽかったり,濃いピンクだったり。花の時期だけでなく,緑の葉っぱも紅葉も雪をかぶった枝の姿も楽しめるありがたい通勤路である。
 駐車場で遭遇する男子中学生は,いつの間にか4人グループになっている。ここのところ女の子もひとり加わり,今朝は「ファイヤー」等と叫びながら男の子のペースに合わせて学校へ向かっていた。楽しそうだ。元気のよい女の子なのである。とはいえ,スピードは,時速4kmのボクの半分以下だ。ボクよりももっと,学校というか仕事場へ行くのがイヤなのか。それともオン・ザ・ロードこそが人生の楽しみだと思っているのだろうか。
 それはさておき,グループから消えた少年はどうしているのだろう。関係は常に流動的だ。長くつきあってくださる人がいるというのは本当にありがたいことだなあと,朝の中学生を見ながら思ったのだった。

2010年4月20日(火)検診の車のなかで
 「去年はされていないんですねえ。」「いや,その前もなんです。」
 ということで,久しぶりのバリウムである。終わってから,「いゃあ,おいしくなったよねえ。」「ヨーグルトかと思いまっせ。」というのがオヤジの会話だ。なかには,バリウムではなくカメラの方を飲むことにしているんですという強者もいらっしゃる。特別な味付けのしてあるカメラなのだろうか。
 そんなわけで,昨夜は久しぶりにアルコールを摂取しなかった。アブラ系も一切とらず,さっぱりと野菜とうどんだけで済ませた。余計な異物や影が写らないよう万全の態勢で臨んだのである。病魔がはっきり写る可能性もあるけれど。
 グルグル身体を横回しするのはさておき,ほとんど脳天逆落とし状態の決め技もある。腕のチカラの弱い方は頭からずり落ちないだろうかと心配になるほどだ。終わってからお聞きしたら,肩の部分で支えられるし,年配の方も結構踏ん張られるんですよ。若い人の方が余計なチカラが入っているんじゃないですかねとおっしゃる。
 自分のチカラだけに頼るのではなく,時にもたれることも大切らしい。もたれさせてください。

2010年4月19日(月)丁寧に下刈りされし
 庭のタラはすっかりひらいている。コシアブラはどうか。おいしそうな新芽がのびていた。
 正午のサイレンを聞きながら,対向車のないワインディングな山道を走った。10分も走っていないのに,スポルディングの安物の高度計が200m近くを示している。到着。いつも停める場所にはすでに軽トラの先客があった。
 これよりさき車は禁止と鎖の張ってある場所を徒歩で歩く。砂利道から見えるコシアブラの新芽はすでに摘まれていた。採集されてまだ間がない感じ。砂丘一斉清掃をしている間に,摘まれたらしい。
 タラの採集は30年ほど前に比べ,ずいぶん難しくなった。タラはあきらめ,コシアブラに切り替えたのだが,こちらも人気が出てきているようだ。
 仕方がない。いつもは入らない奥までもぐった。植林されている杉の境界辺りの雑木林がボクの狙い目のひとつである。
 結局,山のひとつの稜線辺りまでのぼった。熊笹に埋もれそう。立派な樹が何本かあった。簡単にしなる枝だが,さすがに幹が太すぎである。ひとりではたわめることができない。これ1本についている芽を摘むことができれば,一家族分はありそうなのに。残念。
 コツコツ小ぶりの枝で採集しているうち,自分で思っている居場所と実際の場所がかなりずれていた。遭難するほどではないが,元に戻るのにずいぶん時間がかかったのだった。山は迷子になりやすいということがよくわかった。

2010年4月18日(日)砂浜の漂流物に
 絶好の一斉清掃日和である。町内の公園や自宅周辺の掃除のあと,砂丘の一斉清掃に行かなくてはならぬ。休日とは思えない時間に起床した。
 わが町内会は,会長さんも副会長も砂丘一斉清掃には参加できないらしい。暇な人は出てくれとおっしゃる。断る理由が咄嗟に思いつかなかったボクは,参加者名簿に町内会名と氏名を記入し,プラ用と可燃用ゴミ袋2種を受け取ったのだった。
 わが地域の清掃区域は,河口周辺の海岸である。午後に通りかかった砂丘の歌碑付近にも大量のゴミ袋が集まっていたけれど,砂丘の海岸より河口付近の砂浜にあるゴミは種類が豊富。ほー,こんなものが何でここにあるのかね。へー,実物は初めて見たよ等と,ゴミ拾いは社会勉強になるのである。
 ピーク時には112名まで数えたが,袋がいっぱいになったボクが帰る頃に受付でゴミ袋を受け取っている人がいた。主催者発表はもっと多いことだろう。
 良い汗をかいて,ご褒美に「おーいお茶」のショートボトルをもらった。お茶より,「おーいビール」だよなどとつぶやいていたけれど,まだ午前中の時間は残っているのだった。休日の早起きも悪くないねと,一瞬だけ思った。

2010年4月17日(土)行列は苦手なんです
 10時からの仕事の前に,JAに寄った。野菜を所望する声が江戸方面からあがったのだった。
 いつもはガラガラのことの多い駐車場が,朝早くから満車である。駐車場入り口にも車が並んでいる。JAの駐車場にこれほどの車が停めてあるのを見たのは初めてのことだ。結局,目的の店舗からもっとも遠い区切り線のないような場所に車を停めた。
 人だかりのある苗売り場を見ながら,野菜を扱っている店舗へ。びっくり。レジには,並ぶ気が起こらないほどの行列ができている。キャベツ1玉が350円とか,スイカ1玉が1300円ほど。春を飛び越してもう夏である。結局,入り口付近の商品を見ただけでお店から出た。関係の方は,土曜日の午前中は普段も結構お客さんがいるとおっしゃるけれど,ここのところの野菜価格の影響なのだろう。
 夕方,いつもの苗作り農家のおじさんに,今年は野菜苗の値段が上がって儲かるんじゃないですかと話したら,「シーズンになったら,安うなっとるっちゃ。」とつれない。
 農家にとってはせっかくのチャンスだ。野菜栽培や苗作りで,キャベツ御殿や苗パレスを建てることができないだろうか。農業にも,ビィーッグ・チャンスがもっとたくさんあってもよいと思うのである。

2010年4月16日(金)賞味期限は淡雪の朝
 アマゾンやHMVがこまめにお薦め情報を送ってくる。
 今日は,「ボブ・ディラン チロルチョコ 2枚セット"、Amazon.co.jpで取扱開始!」というお知らせである。ボブ・ディランさんが「チロル・チョコ」という2枚組アルバムを出したのかと思った。
 そうではなくて,ディランさんの来日公演にあわせてチロルチョコをお作りになったらしい。チロルチョコのパッケージに50種類のディランさんのジャケットが使われていた。ジャケットが年代順に並んでいる。
 ディランさんのアルバムは,ご本人の顔写真が使われているジャケットが多い。そんな包装紙のチョコを買い求めるのは,ライブ当日にテンションの上がっているみなさんとか,相当のディランさんファンだろう。食べるのももったいないので,お飾りだろうか。ディランさんがお好きな女性に贈れば喜ばれるような気もするが,あいにくボクの周りでディランさんの熱烈なファンというのを知らない。残念である。
 ロック名盤チロルチョコとか,ピンク・フロイド・チロルとか,ブルーノート・チロル等も発売されるのだろうか。ヒプノシス・チロルも趣味がよさそうだ。来年のバレンタインはその辺のどれかでいいです。

2010年4月15日(木)ジャケットはブラウンにする
 寒い朝である。ちょっと風邪をひきそうな気配があった。仕舞いかけていた冬用のジャケットを着て出かけることにした。昨日までは春色のジャケットを着ていたのに。
 「今朝は山に雪が積もっていて,とてもきれいな冬山の景色でしたよ」と,中国山地方面にお住まいの方が教えてくださった。江戸からも,寒い寒いというメールが入っていた。今日は冬だったらしい。
 そんなわけで,自宅でも職場でも暖房がオンである。今シーズンの灯油はもういらないだろうと思っていたので,現在ストーブの中にある分がなくなるとガスコンロで暖をとるしかない。困った。それとも,もうひと缶買っておいた方がよいのだろうか。
 明日は春になってほしいな。

2010年4月14日(水)アクがあるからおいしいと
 野菜が高いらしい。送ってもらえないだろうかという要請があった。残念ながら,JAのお店に夕方行っても鮮度のよさそうなものはあまりない。残り物から物色することにした。すまぬ。
 野菜で思い出した。江戸のスーパには,タケノコの横に「あくぬき」25gが38円で売られていた。6枚入った山椒の葉っぱは158円。いなばでは,パックに大量に詰め込んでも50円か100円くらいのものだろう。6枚で158円というような価格設定では買う人は少なそうだ。江戸なればこその,いい商売である。
 あくぬきの「ぬか」は,いなばでも手に入りにくくなったけれど,JAの野菜売り場ではタケノコの中に付録としてたっぷり同梱されていた。コイン精米機に行けばタダで手に入ることだろう。
 山椒の木はわが家には大小3本ある。今がちょうど新芽の香りのよい時期だ。6枚セットが100パックくらいは作れそう。山椒で御殿を建ててみたいものである。等と書きつつ,そういえばわが家も「もみがら」にお金を払う。農家の方からみればいいカモかも知れない。

2010年4月13日(火)湖に波の走って
 中部までお出かけ。朝方は晴れていたような気がするが,午後の東郷湖は時化の海のように荒れていた。強風の中のドライブである。せっかくカメラも積んでいたのに,ついてない。
 会議終了後,群馬や京都などでご一緒し,ボクの視点とは違う理科系のスタンスで話が合ったり合わなかったりしていた女性が寿退社されるというお知らせがあった。大阪へ行かれるのだとか。大阪にもまずいお好み焼き屋さんがありましたよ。山登りもご趣味で,平地を歩くだけで疲れるボクのような男はまったく相手にされないのである。まずは,おめでとうございました。
 16時30分頃帰路につく。途中,15km先のトンネル付近の事故で渋滞中という掲示板の案内があった。山道にしようかとも思ったが,急いで帰りたいわけでもない。渋滞覚悟で海沿いを走った。
 黒っぽい事故車が,酒ノ津を過ぎて小沢見になる辺りに放置されていた。パトカーや報道関係者も複数。お亡くなりになった方がいらっしゃるようだ。強風の影響もあったのだろうか。お気の毒なことである。伏野の辺りでも2台の車とパトカー。バイパスの橋のたもとの合流地点でも車が2台停まっていた。
 写真が撮れなくてついていないのではなく,何事もなく帰宅できただけで上出来である。

2010年4月12日(月)日常のタガは外して
 ひとけのない庭でたっぷり練習をしていたせいか,ウグイスの鳴き声がなめらかで美しい。気のせいか,音量も上がったように聞こえる。江戸で滞在していた場所は郊外だ。部屋の裏手に畑も広がっている。ウグイスの鳴き声くらい聞こえてもよいような場所だったけれど,そういえばそんな鳴き声を聞くこともなかった。
 雨が降っているというのに,ウグイスの鳴き声を聞きながら出勤準備ができるというのはありがたいことかも知れないと思った。
 今朝のTV番組がジェフ・ベックさんを取り上げていましたよと教えてくださる方があった。パートナーがロック好きらしい。先月のAC/DCのライブに有給休暇を取ってご参加されたのである。翌日が新天地への異動日だったのに。赤く光る角つきカチューシャを装着して。いなばにもロケンローラーがそこここにいるらしい。
 「いゃあ,まさにそのジェフ・ベックのライブに行ってたんですわー。」
 「番組ではトゥーランドットが流れていましたよ。あまりハードなロックではないんですねえ。」
 「いやいや怒ると怖いんでっせ。」などとライブの余韻を楽しんでいた。
 さて,我が家のウグイスはいつまで楽しませてくれるのだろう。

2010年4月11日(日)たったひとりの観客に
 シルバーシートにお座りの若い女性がエクスペリアをお使いである。ツィッターだろうか。使い終わると,バッグから携帯電話をお出しになる。iモード経由のメールもおありのようだ。カッコいいなあ。座っている席がちょっとカッコよくないと思うけれど。
 扉に挟まれた荷物の確認のため発車をもうしばらくお待ちください,というアナウンスもあった。大阪では,半分しまったドアをむりやりこじ開けて乗車されたおじさんがいて,上方の得意技かと思っていた。江戸も似たようなものらしい。ちょっとカッコわるかったね。
 大塚駅前ではギターの弾き語りの若者がいた。観客1名。新宿や渋谷へ行く準備段階なのだろうか。波のないところでサーフィンの練習をしているようなものかも知れない。ジェフ・ベックさんのギターを目指してがんばれ。
 江戸の光景は眺めているだけで楽しい。

2010年4月10日(土)アウトレットになる理由は
 大阪は粉モンだよねということで,串カツを何種類か食べた後,イカ玉&豚玉を頼んでみた。どんな粉をお使いなのだろう。まずい。キャベツも少ない。職場近くのお好み屋さんの方が断然うまい。大きいけれど,大阪にもまずいお好み焼きがあるということがわかった。
 口直しにきつねうどんを食べた。出汁がおいしい。揚げもビィーッグ。と思ったが,麺は乾麺を茹で戻したのかねというような腰のない細い麺である。いなばのその辺のうどん屋さんはどこも負けていないと思った。がんばれ大阪。
 という上方をあとにし,学生時代に親しんだ街をぶらぶらうろついた。変わっているところや変わっているところや変わっているところだらけである。西口では,重たい空気を発しているカップルもいた。こんなところでそんな真剣な話をしなくてもいいんじゃないのと思うのだが,ギャラリーが多い方がうまくいくのだろうか。「なんでやねん,理由を言えやー」というような大声を出される心配はないのだろうか。経験の少ないボクにはよくわからない。
 そんな街の電気のアウトレット店で電気製品を物色。展示品である。初期定価の1/3,ここのところの売値の半分ほど。安い理由は,ACコードのコンセント部分側がないからだとか。どうしてACコードの半分だけがなくなるのか不思議である。で,そのコード半分を物色したら10円で売られていた。さすがアウトレット。

2010年4月9日(金)レスポールに持ちかえて
 リハーサルが遅れているらしい。開場が少し遅れ,入場を待つ人の列が二重・三順に折れ曲がって続いている。10代風はほとんどいないようだ。年輩の方やそのカップルが多い。女性のペアやグループはちょっと少ない感じ。名古屋も大阪も聴いて来て,ジェフさんと手が触れたと話される方もいらっしゃった。そんなわけで,開演時間になっても始まらない。隣のおじさんが今何分ですかとお尋ねになるくらい,みなさんじらされていたのだった。
 開演のお知らせのベルが鳴って6分30秒後に,まずはトリオが登場。コズミック風の演奏が続く。ひっぱる。1分45秒経過。期待感が高まったころにジェフ・ベックさん登場である。カッコいい。スピード感のある演奏とバラードをほとんど交互に盛り込みながらのステージである。ちょっと歌謡曲になっていないか?ジェフさん,と思ったりする演奏もあったけれど,カップルのみなさんもよい雰囲気を楽しまれたことだろう。
 体格の良いナラダ・マイケル・ウォルデンさんのドラムスは超ヘビー。ロンダ・スミスさんのベースもファンキー。個人的には,そんなサポーターとのノリのよいハードな曲をもっと聴きたかったな。
 メンバー紹介以外のMCは,「愛してます」というサービス以外ほとんどなし。終了後に,「すごいよかったよねえ」と若い女性が連れの男性に話していた。まっこと。『ビッグ・ブロック』はさておき,『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』や『誰も寝てはならぬ』のギターは極上の美しさだったよねえ。
 ロンダさんのボーカル2曲以外は,ギターだけの勝負である。チャレンジングなジェフ・ベックさんをお手本にもう少しがんばってみようと思ったのだった。
 いつの間に記録されていたのか,MDにはこんな演奏曲が収録されていた。一応,備忘のために。
 Eternity's Breath
 Stratus
 Led Boots
 Corpus Christi Carol
 Hammerhead
 Mna Na Eireann
 Bass Solo
 People Get Ready
 Rollin And Tumblin
 Never Alone
 Big Block
 Over The Rainbow
 Blast From The East
 Angel(Footsteps)
 Dirty Mind
 Brush With The Blues
 I Want To Take You Higher
 A Day In The Life
 <Encore 1>
 How High The Moon
 Nessun Dorma
 <Encore 2>
 Cause We've Ended As Lovers

 at アルカイックホール

2010年4月8日(木)なりゆきで座りし席に
 お局様にちょいと参勤交代を命じられた。
 江戸時代と同じように,夏四月中に参勤いたすべしである。とはいえ,ちょっとだけお楽しみも含まれている。そんなわけで,しばらくアップはお休みというか,後日まとめてということで。まっ,何の支障も影響もない話である。
 これといった地域情報もなければ哲学的思考を書くこともない。ダラダラと,続けるということだけが目的化しているような気もする。このままたたんではどうかねという囁きも聞こえないでもない。
 ということで,例によって地面を走る乗り物に乗って考えてみることにした。もちろんBGMはジェフ・ベックさんである。がんばっていらっしゃるよなあ。いつまでがんばられるのだろう。負けずにがんばりたいなあという気持ちがないでもない昼下がりである。

2010年4月7日(水)意識を背中に集めつつ
 袋川沿いの歩道は,枝の桜と歩道に固まった濃いピンクの中を歩くことができる。一方通行が解除される時間まで待って,帰りも楽しませてもらった。夜は,地面の花びらより枝のふくよかな桜である。
 中学校の入学式は明日らしいが,在校生は今日が始業式のようだ。朝の駐車場に到着したら,いつものメンバーが学校へ向かっていた。とはいえ,今朝は男子中学生は3人しかいない。残り2人はどうしたのだろう。クラス分けでまた関係性も変わっていくのだろうか。
 少し遅れて,二人の女子中学生が後ろを歩いている。女子二人の歩くスピードは速い。距離が短くなっていく。後ろを向いたり振り返ったりしながら歩くのが常の男子生徒だが,今日はいつもより後ろを振り向かず足も速い。女子生徒を意識して少しおふざけを控えているように見える。そうか,振り返ったり後ろ向きに歩くのは女子生徒のことを見ていたのか。
 中学生のころから,男子は女子に育てられているのかも知れないなと思ったりもしたのだった。多分女の子の方は意識していないと思うけれど。

2010年4月6日(火)星が沈めばわたしの勝ちだ
 ジェフ・ベックさんのライブの予習をしている。とりあえず今年の海外公演のセットリストを調べ,ベストアルバム化。ジェフ・ベックさんは,ボーカル曲が少ない。演奏は聴いたことがあるけれど何という曲だったかタイトルを知らない曲が多い。立ち上がりの『Eternity's Breath』も『Stratus』も,編集のおかげで改めて曲名を意識したのだった。
 新作からは,『Over The Rainbow』も含め,5曲ほど演奏されるらしい。新作には,こんな曲を演奏してもよいのかという甘い曲もある。『Nessun Dorma』だ。どなたもご存じの曲だろう。サッカーワールドカップの際にイギリスでヒットした曲。『誰も寝てはならぬ』である。ライブの終盤に用意されているようだ。トゥーランドット姫が町に出したお触れ。寝ませんって。
 アンコールの最後は,『Cause We've Ended as Lovers』のこともあるらしい。最後も甘く余韻を持たせながら終わるのだろうか。
 甘いメロディは過激派ギタリストには危険だと思うのだが,『Over The Rainbow』や『Nessun Dorma』を,オレならこうだと予定調和に終わらない演奏で聴かせてくれるのだろう。わくわく。

2010年4月5日(月)ジミー・ペイジは延々と
 階段をのぼらない生活になって1か月が過ぎた。なにしろ,足を上げないですり足で歩くのが得意技である。大半の時間を机に向かって過ごし,平地を少し歩くだけの生活では,摂取したカロリーがほとんど消費されていないのではないか。冬場を乗り切るために脂もたっぷり摂取している。余計なところが出てきて,元々あるとも思えない身体のキレが一段と悪いような気がするのである。
 久しぶりに体重計に乗ってみた。
 意外である。大台に乗っていなかった。それほど増えていないらしい。デンジャーゾーン一歩手前で踏みとどまっている。それなのに余計なところが出ているというのは,どこかが削られているということか。ふくらはぎや太股や胸の筋肉が落ちているのかも知れない。
 次にあがるのは「天国への階段」ということにならないよう,用事がなくても時々は階段をあがることにしようと思った。

2010年4月4日(日)丸ごとが地面に落ちて
 とりあえず花見。用事で通りかかった桜が20本ほどある公園には,ぼんぼりがつけられただけでどなたもいらっしゃらない。有名どころにみなさんお集まりだ。桜とともに,人の姿を見たいものなのだろう。
 賑やかなのはきらいではないが,だれかに会うのは面倒。時々利用させてもらう桜を見に行くことにした。自宅から直接行けば車で2分だ。ちょっとつまらない。遠回りをした。砂丘のトンネルの手前の坂道を上れば,お局はいつでも観光地を走っている気分になれるらしい。安上がりである。
 そんなトンネルを抜け,砂丘を眺めてから花見へ行ったのだった。子どもの国がわの砂丘では,女の子達が「LOVE」という小さな落書きをしていた。あちらがわだとおしかりを受けるかも知れないけれど,こっちは大丈夫。いっそ,こちらは落書き自由の砂丘にしてはどうだろう。と思うのだが,観光客はいらっしゃらなくても国立公園のエリアなのだろうか。
 キャンプ場のテントは二張り。まだちょっと寒い。その近くに,形のよい結構な巨木がある。豊かに膨らんでいた。丸ごとの花も落ちている。くちばしの短い鳥が切り落としたのだろうか。人の集客力は弱いようだが,砂丘界隈のミツバチや野鳥を集めるチカラはありそうだ。がんばって花の役割を果たすようにね。

2010年4月3日(土)鮮やかに復元されし
 お局専用コンデジのメニューを操作していて,間違って「すべてのデータが消去されます」にOKを押してしまった。HDにデータをコピーしていない。SDカードの容量はたった256MB。枚数は大したことはない。が,世間のみなさまがご存じないお局さまの世界の貴重な画像が入っている。
 カメラ本体でリカバーを試みたが,どうも復活はできそうにない。やがて発覚すれば面倒なことが起こりそうだ。改易処分。お家断絶かも。
 急遽,購入して何年も経っているデータ復元ソフトを久しぶりに引っ張り出した。7〜8年前のものらしい。大丈夫か?
 えいやっ。お願いします。すごい。すぐにデータが帰ってきた。直近のデータだけでなく,ずいぶん以前のものまで帰ってきているような気がする。恐るべしデータ復元ソフト。
 抜け落ちたり支離滅裂になっている,壊れかかったボクのメモリの復元用ソフトもだれか作ってくれないだろうか。

2010年4月2日(金)普段無口なマスターが
 お昼は焼きそばだった。満腹。と思っていたら,食に飢えた見覚えのある若者達と遭遇。わけあって,近くのお好み焼きを食べにいこうという話になった。頑固なマスターのいらっしゃるお店だ。焼いている最中に追加注文をしても,「今忙しいからあとにして」と断るマスターである。われわれのあとにお客さんが入店されたが,「時間かかりますよ−。」とひと声。お客さんは帰ってしまわれた。
 そんなお店だが,お好み焼きもホルモン焼きそばも塩焼きそばもバター醤油焼きうどんもおいしい。お好み焼きはまったりこってりと甘めのソース。若者の中から,先日尾道で食べたお好み焼きよりおいしいかもーという声があがったほどだ。ほんとうかー?
 そんなオヤジさんにひっくり返すコツをお聞きした。手だけでやると肩が凝るばかりらしい。膝を落とし,腰に気合いを入れ,下半身でリズミカルにひっくり返すのである。マスターの指導の下,全員所作の練習。コツがわかった。
 「てっぱん」に向かう気持ちが一段と高まってくれただろうか。若者が,おいしいお好み焼きを完成させてくれることを期待している。

2010年4月1日(木)海はもう遠くになりて
 ホタルイカが美味しい。新年度は,ホタルイカの酢味噌和えやたまり漬けでやってきたのだった。そんな今日は,スーツで決めた街をゆく若者に対し,セーターを着て街を歩くというオヤジである。楽しみはホタルイカくらいしかないのだ。
 と思っていたところに,ジェフ・ベックさんのコンサート・チケットが届いていた。表示価格の75%の値段で手に入った。プレミアムがつくのだろうと思っていたのだが,昨年も来日していらっしゃるから入場希望者は多くないのか。不思議である。ジェフ・ベックさんですぜ。
 そんなジェフ・ベックさんは66歳。75歳で『ビッグ・ブロック』を演奏される姿も見てみたいけれど,そうはいってもこれから何度もは来日できないだろう。昨年は業務のためクラプトンさんとのセッションへ行くことができなかった。今年は万難を排してご尊顔を拝ませてもらいたいと思っているのである。
 今年は,タル・ウィルケンフェルドさんもヴィニー・カリウタさんもいらっしゃらないらしい。残念。
 ということで,新年度はホタルイカとジェフ・ベックさんではじまるのだった。

2010年3月31日(水)ほんとうのことは言えない
 年度最終日。お知り合いと外食をした。送別のランチグループがいくつかおありで,「いいわよもう明日から会えないんだから私が払うわよ。」と隣のテーブルの女性が若い男性にごちそうをしていらっしゃった。「あの課長と離れられて...」(語尾不明)「階がちがうともうほとんど会えないわよね。」などと話をされている。
 官庁街(?)のお店だ。階ということになると,県庁のみなさんだろうか。下から見上げると小さな庁舎のように見えるが,フロア違いでそんなに会えなくなるものなのか。ちょっと声をかければ一緒に食堂でランチが食べられるのではないかと思うのだが,わざわざ庁舎から外のお店に来るのだから,庁内にもそれぞれの関係性やご事情もおありなのだろう。庁舎内でくつろいでいると,県民の声に投書されるかも知れないしね。
 『勤務中に「連れタバコ」をする職員をよく見かけるが、なかなか帰ってこない。休息の範囲を超えている職員を見ると、県施設を全面禁煙にするべきだと感じる。見ていて非常に不愉快なので、職員に指導してほしい。』3月12日の県民の声である。なかなか帰ってこないって,これは内部告発ですの。
 さて,明日から新年度。のびのび楽しく仕事のできるところが理想。
 そういえば,家族的にはめずらしく吉事があった。いちおう備忘のために。おかげで,来週は忙しくなりそうである。

2010年3月30日(火)順番の通りではなく
 しばたはつみさんがお亡くなりになっていた。朝の新聞に顔写真入りだ。とはいえ,若い人はあまり知らないだろう。ボクの周りの人に尋ねても,ほとんどご存じなかった。さいわい一日終わるころには,他のネタができた。今日のログはしばたさんはスルーしようと思っていたのである。
 ところが,本日のメールをチェックしていてビックリ。数多のスパムに混じって,件名に「突然のメールすみません」という,FROMに見覚えのない名前の方からのメールがあった。しばたはつみさんの訃報から検索で辿り着いていただいたらしい。とはいえ,しばたさんのことを書いたことはない。なんと,しばたさんから連想された師匠の名前を検索されての結果なのである。しばたさんのアルバムの写真は,ちょうどボクが江戸にいたころに師匠が大量に撮影されていた。ライブも何度か行かせてもらった。豊かな声量があって情感のあるバラードもお上手な方だった。
 そんな仕事をしていた師匠のことを書いた日に登場するみなさんの消息をご存知の方からのメールだったのである。亡くなったしばたさんから師匠の名前を想起されて検索された方は,日本におひとりだけであろう。おかげで,その後のみなさんの一部の消息を知ることができた。ありがとうございました。若くしてお亡くなりの方もおありで驚いた。ひとりずついらっしゃらなくなっていくんだなあ。
 その日のログに師匠の名前を書くかどうか,実は少し悩んだ。入れておいて良かった。もういちど書いておくことにする。たった1冊の遺作集を出しただけのカメラマン,相見明さんである。
 それにしても,こんな年齢で亡くなられると困る。同世代を悲しませないでほしいな,しばたはつみさん。

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