117Coupe ミニ・ヒストリー
117クーペの美しいデザインを生み出したのは、イタリアのカロッツェリア、ギア社のジョルゼット・ジウジアーロさん。
「マティス」「パンダ」「アルシオーネSVX」 「ゴルフ」「ピアッツア」「ウーノ」「フロンテ」「ムーブ」「キャリー」など、乗用車だけでなく商用車までデザインしている有名なデザイナーである。もちろん、デザインは車だけでなく時計やパスタにまで及ぶ。
117クーペのプロトタイプは、1966年3月ジュネーブ・モーターショーで公開され、「ギア・いすゞ117スポーツ(スポルト)」と命名された。
日本での市販は1968年12月。「いすゞ117クーペ」として売り出された。発売当時の価格は172万円。その頃、2ドアクラウンハードトップは120万円で買えた。スカイライン2000GTは80万円、ブルーバードは約76万円である。それらの車と比較すると、いかに高価な車だったかということがわかる。
1584CC直列4気筒DOHCエンジンは120馬力のパワーを秘め、最高速度は190キロを誇った。
1970年には1817CCモデルが追加され、翌年には1817CCシングルキャブレターエンジンの廉価版(といっても30年前の136万円はやっぱり高い)モデルが登場した。デザインに忠実なボディを造り出すため、1973年まではハンドメイドに近い形で生産が行われたが、1973年に確立した量産体制によって月産50台から一気に月産1000台体制になった。また、この年のマイナーチェンジによって1600シリーズは廃止された。
1977年のマイナーチェンジでは、丸型4灯ヘッドランプが角型へと変更され、フロントイメージがずいぶん変わった。排気量が1949CCに拡大されたり、ディーゼルエンジン搭載モデルの投入などを行いながら、「いすゞ117クーペ」は1981年まで生産が続けられたのだった。
☆117coupeのカタログ、雑誌「ノスタルジックヒーロー」、「絶版車カタログ」などを参考に作成した。