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しこん
●紫紺
急がないときは少し遠回りをして知らない小路を歩いてみる。
表通りとは違う生活のテンポに合わせてゆっくりと。
人柄の顕れる鉢植えに季節を感じながら、きっと二度と通る事のない道を歩く。
じょうろ
物憂げな猫。向日葵のない如雨露。子供の靴。裏返しのバケツ。
微かな醤油の匂い。忘れられた去年の張り紙。掃き清められた玄関。
道は次第に狭くなり、よそ者の私を圧迫する。
陽が傾いて行く。
追われるように足早になる。
●
いくつかの小さな商店が並ぶ通りに出た。
裸電球が眩しい。
背もたれのない丸椅子に老爺が座っている。
皺が深く刻まれた貌の奥に、閉じかかった瞼。
彼の前にはまるで樹脂で出来ているかのような果物が並んでいる。
バナナ、林檎、さくらんぼ、苺。
くすんだ古い店の中で、裸電球の鋭い光が必要以上に色を強調している。
その強烈な色彩を避けると、表面に粉を吹いた葡萄が目に入った。
白い粉の奥に深い色を湛える葡萄。
その紫に惹かれ、一房を指差す。
老爺はゆっくりとした動作で慎重に右手で葡萄を取り上げ、底に左手を
あてがった紙袋の中にそっと下ろした。
葡萄の色は目の前から姿を消し、そのかわりに意外なほどの重量感を伝えた。
果物はパリパリと音を立てる薄茶色の紙袋が似つかわしい。
袋の口から立ち昇る香りを愉しみながら家に帰る。
●
深い色の果物に合う器を選ぶのは難しい。
ガラスは鋭すぎる。
磁器も似合わない。
偽物でもいいから黒い塗りの器。
洗ったばかりの葡萄に付いた水滴が優しく輝く。
漆黒の上で紫の赤みが強くなり、陰翳が深くなる。
気安さを拒む芯の強い色。
房から一粒外して指に挟んでみると、みなぎる弾力を感じる。
溢れそうな果汁に中から押され表皮が緊張している。
撒き散らされる芳香。空気さえも一瞬にして豪華な紫に染めてしまう。
剥かれるのを拒むような、秘密を隠そうとしているかのような、神聖なる紫。
その吸い込まれそうな色の奥深さに夜の爛熟の予感。

●紫紺(しこん) Blackish
Perple 2.5P 2/2
明治30-36年に流行した、染色としては比較的新しい色。
このページで表示される色はあまり正確ではありません。
必要でしたらマンセル値をご確認下さい。
資料:「日本の傳統色」 京都書院
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