nightly colors

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 しこん
紫紺 




急がないときは少し遠回りをして知らない小路を歩いてみる。

表通りとは違う生活のテンポに合わせてゆっくりと。

人柄の顕れる鉢植えに季節を感じながら、きっと二度と通る事のない道を歩く。
じょうろ 
 物憂げな猫。向日葵のない如雨露。子供の靴。裏返しのバケツ。

微かな醤油の匂い。忘れられた去年の張り紙。掃き清められた玄関。

道は次第に狭くなり、よそ者の私を圧迫する。

陽が傾いて行く。

追われるように足早になる。



いくつかの小さな商店が並ぶ通りに出た。

裸電球が眩しい。

背もたれのない丸椅子に老爺が座っている。

皺が深く刻まれた貌の奥に、閉じかかった瞼。

彼の前にはまるで樹脂で出来ているかのような果物が並んでいる。

バナナ、林檎、さくらんぼ、苺。

くすんだ古い店の中で、裸電球の鋭い光が必要以上に色を強調している。

その強烈な色彩を避けると、表面に粉を吹いた葡萄が目に入った。

白い粉の奥に深い色を湛える葡萄。

その紫に惹かれ、一房を指差す。

老爺はゆっくりとした動作で慎重に右手で葡萄を取り上げ、底に左手を

あてがった紙袋の中にそっと下ろした。

葡萄の色は目の前から姿を消し、そのかわりに意外なほどの重量感を伝えた。

果物はパリパリと音を立てる薄茶色の紙袋が似つかわしい。

袋の口から立ち昇る香りを愉しみながら家に帰る。



深い色の果物に合う器を選ぶのは難しい。

ガラスは鋭すぎる。

磁器も似合わない。

偽物でもいいから黒い塗りの器。

洗ったばかりの葡萄に付いた水滴が優しく輝く。

漆黒の上で紫の赤みが強くなり、陰翳が深くなる。

気安さを拒む芯の強い色。

房から一粒外して指に挟んでみると、みなぎる弾力を感じる。

溢れそうな果汁に中から押され表皮が緊張している。

撒き散らされる芳香。空気さえも一瞬にして豪華な紫に染めてしまう。

剥かれるのを拒むような、秘密を隠そうとしているかのような、神聖なる紫。

その吸い込まれそうな色の奥深さに夜の爛熟の予感。





grape





紫紺(しこん) Blackish Perple 2.5P 2/2
明治30-36年に流行した、染色としては比較的新しい色。

このページで表示される色はあまり正確ではありません。
必要でしたらマンセル値をご確認下さい。

資料:「日本の傳統色」 京都書院



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