遣唐使として中国にわたった吉備真備公が日本に帰る途中、暴風雨に遭い、九州沖から賀露沖まで漂流しました。波が荒れくすぐには上陸できなかったため、この小島に取りついて上がったので「取り上がり島」と名付けられました。船から跳び上がったので「跳び上がり島」との節もあります。今では「鳥ヶ島」と呼ばれ、賀露のシンボルとして親しまれています。