リウマチと暮らして49年(夫に先立たれて) 70代 女性

  

 私の発病は、昭和40年で闘病生活49年の長い道程でございます。
当時は、まだリウマチと言う病気がこれ程まで難病とは、思いもよらず、何の学も知識も
なく、ただ使い痛みくらいにしか感じておりませんでした。
                                                                             
 
最初は、[朝手がこわばったり],[手足が腫れたり],[膝が痛くなったり]を繰り返し、
不安になって総合病院で診察を受けた結果、慢性多発性リウマチと診断されてから
通院が始まりました。
 その間、針・鍼灸・指圧・温泉病院が良いと聞けば足を運び、朝鮮人参が良いと聞けば
飲み、あちこち迷い歩きました。
 薬を飲めば顔が腫れたり、むくんだりと、痛いときは痛み止めを使いながら月日は過ぎて
行くばかりで、一向に回復の兆しが無く、リウマチは徐々に進行して行きました。
                                          
 
そんな時期に家の新築工事が始まり、休養する暇もまく「主人の転勤」,「息子の受験」
次々と精神的にも、肉体的にも疲労が重なり、病は急速に悪化し、発病1年後41年には入院・
退院の繰り返しで、家族にも迷惑と心配ばかりかけるようになってしまいました。
 
 
[48年右手首固定術],[50年左膝固定術]
と、当時は人工関節置換手術が無く、リウマチ
に侵された膝の悪い部分の切り取って[上の骨と下の骨をつなぎ合わせる手術で]足が1
本の棒になり、長さも3センチほど短くなると、今の医学と比較にならない時期でした。
 
 
発病して10年の歳月が瞬く間に過ぎ、闘病生活を余儀なくされてしまいましたが、幸い
通院していた病院で漢方専門の先生にであうことができてからは、漢方薬の服用により体調
も落ち着き、痛みも薄らいでいきました。
 
或る日、先生から体調の良い時期に右膝人工関節手術を進められ[57年米子医大で右膝]
[平成元年左股関節],[7年右股関節]を受けたお蔭で、長い間苦しんだ痛みも取れて大変
楽にしていただいた諸先生方や、看護婦さん方に感謝しながら喜んでい矢先のことです。
 




 
定年退職を迎え私の介護に専念してくれていた主人が突然体調をくずし、治療の甲斐なく
私を残して旅立って逝ってしまいました。
 

頑強な体であった主人の死に目の前が真っ暗になり途方にくれ泣くしかありませんでした。
回りの方々に励まされ、慰められながら徐々に立ち直ることができました。
今は、主人を供養することが長年お世話になった私からのせめてもの恩返しと思い精一杯供
養に努めております。

 日常生活に色々と不便はありますが、家庭内の仕事、身の回りの事、通院運動をリハビリ
に体を動かし、自分で出来る限り自分で気力を振り絞って頑張っています。
けれども手の指も変形が進み思うように動きません。
★食事の時は左手でスプーンとフォークを使います。(右手首固定術のため)

★下に落ちたときは金のはさみを使い
★靴下を履く時足先まで手が届かず靴下を入れて引っ張る器具を使い
★いずれの器具も医大で作って戴き毎日感謝しながら使っています。
★椅子も低いと立つことが困難で高い椅子を使っています。

 自助具を使用しても自分で出来る喜びは心の支えになり、1日1日を大切に「流」が届く度に
楽しみに読ませていただき、大変良い勉強になっています。
 

 医学も日々進歩しており、早期発見、早期治療が第一と感ぜずにはいられません。
「障害の重い軽いは有っても心の痛みは同じです」現在私は、優しく労わってくれる息子
夫婦と孫に囲まれ幸せにな晩年を過ごしています。