母を看取って   《父との最後の思い出》   40代 男性


 母のリウマチについては、僕の小学校の頃から肘関節に痛みが有り、それ以前から症状が出
ていたと思います。
 
 旅立つ10年余り前から、▲両膝▲両股関節等の人工関節置換術 ▲肘の滑膜切除

▲手の指関節5本の筋が切れた状態をつなぐ手術 ▲後頭部及び足の指や甲に出来

た皮膚潰瘍や滑膜を取り除く手術を数回▲足の親指が紫色に変色してジクジクになり、

このままの状態では足首から切断しなければ危険と診断され、急遽親指を切断しました。

                                                                      
 この頃から母の病状が急激に悪化していったように思われます。
▲他に大腸の半分ほど切除(ガンの症状に似た状態だったため)インターフエロン投与のによる
肝炎治療・▲内臓(大腸)の出血・▲皮膚炎・▲気管支炎など、大、小様々の病気をしましたが、
その度に病気に打ち勝って、家族で北海道から沖縄まで数十回の旅をしました。

 病気に負けないように、毎年季節毎に母の希望を聞いて、それを実現し、心に残る思い出をた
くさんつくりました。
 
 
 父は平成12年3月22日に、肝臓ガンのため1ヶ月余りの入院で亡くなり、母は体力を振り絞っ
て父の看病と、父の最後を看取り、告別式・葬儀と気丈に頑張っていました。
 
 そんな父との最後の旅の想い出は、第39回リウマチ友の会・全国大会が開催された
沖縄の旅でした。
            ≪母、の日記より、沖縄の想い出≫

「日本リウマチ友の会大39回総会・大会」と書かれた大段幕の文字が痛い足を引きずって顔を
上げた時、目に飛び込んで来ました。
「アア、沖縄だね」やっぱり沖縄、海の青さ、テーブルサンゴや、魚の美しさ、ルンルン気分の沖縄、
みんな明るかったです。(原文のまま)
 
 そして「お父ちゃんもう一度沖縄に行こうね、今度は石垣島にも行こうね」、「うん、石垣島に行け
なくて残念だったな、次は必ず行こうね。」
                                                  
 父と母はとても仲がよく、父と母の面倒をよく見ていてくれました。
母は、父の後を追うように1年と2ヶ月余りで、平成13年5月30日に最後の入院1週間目にあっ
けなく苦しみも無く旅立ちました。   「亨年六十五歳でした」