<有権者の政治離れについて> |
次に、有権者の政治離れについてお伺いをいたしたいと思います。 この議場におられます議員各位を初め、片山知事もそうでありますが、来年の4月には自治体統一選挙の年で、お互いが厳しい審判を受けるわけであります。しかし、近年、地方の選挙であれ、国政の選挙であれ、投票率を見てみれば極めて低い投票率の実態となっております。片山知事は、争点が明確でなかったことをその理由の一つとして、この前の一般質問の答弁で行われたところでありますが、果たしてそれだけでありましょうか。このような政治不信、政治家不信の状況をつくってきた一端の責任は私たち議員にもあろうかと思いますが、今まさに大きな社会問題として認識しなければならない緊急な課題であると私は思うとともに、政治の危機を覚えるところであります。有権者の審判を受ける立場にある片山知事は、この現状をどう認識しておられるのか、お伺いをいたします。
政治不信、政治家不信を招いてきた原因はいろいろあろうかと思いますが、現状の日本の姿を直視するとき、国民の多くがリストラや倒産で職を失い、さらには年金引き下げによる老後の不安、社会保障費の引き上げ、就職難で夢や希望が持てない若者、凶悪化する社会犯罪など、まさにクーデターや革命が起きても不思議ではないくらいの社会情勢にあるにもかかわらず、泣くことも忘れ、怒ることも忘れ、ただひたすらに汗を流しながら働き続ける国民。こうした国民をあざ笑うかのように法をつくり、一方でその法を破っていくという国民の健全な常識を失う一部の議員。何が正論で何が異論であるのかさえわからなくなってしまった今日の日本の実態に大きな危機感を覚えます。したがって、このまま政治不信、政治家不信の社会が進むと、民主主義体制が崩れ、カリスマ性のある指導者の出現の中で独裁体制の社会が来るのではないかと危惧するものであります。
こうした日本の社会をつくり、支えてきた私たち議員、そして、その一翼を担ってきたマスコミを含めて、今こそそのありようを考えなければならないと私は思います。また、地方分権の時代とは名ばかりで、国民の多くは観客民主主義に陥っているのではないかと思うところでありますが、片山知事の御所見をお伺いします。
さらに、こうした社会を脱し、真の民主主義をつくり上げるためには、片山知事として今何が、そしてどんなアクションが必要であると思われるのか、お伺いをいたします。
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●知事答弁 |
最近の一連の選挙で投票率が非常に低いということは、先般も御質問があったと思いますが、これは政治不信であったり、政治家不信であることの一つの結果ではないかということでありますが、いろんな見方があるのだと思います。一概にこれが理由だから投票率が低かったということは、私はなかなか言えないのではないかと思います。
ただ、やっぱり民主主義というのは、選挙というのが一番重要な民意を反映するプロセスでありまして、この選挙がうまく作動している、機能していることによって民主主義の正当性というのは保たれるわけであります。選挙に対して主人公である住民の皆さん、国民の皆さんが余りにも無関心になるということは、ある意味では民主主義の危機であります。我々政治に携わっている者は、やはり民主主義というものをいかにうまく機能させるかということを、真剣に考えなければいけないと思います。
私は、住民の皆さんにぜひお願いをしたいのは、この社会にはいろんな問題があると思います。それは国政でも県政でも市町村政でも。やはり自分たちの考えていることとちょっとずれているなとか、どうして自分たちの願いが行政に反映しないのだろうかとか、もっとこんなことをしてもらいたいなとか、自分たちの税金の使い方としてはこういう方がいいのだがなとか、いろんなことがあると思うのでありますが、これを日々役所とか議員の皆さんを通じて行政に訴えていく、これは当然していただいて結構でありますから、ぜひやっていただきたいと思いますが、それらの一つの総決算が、4年なら4年に一度の選挙であるわけであります。どういう代表を通じて包括的に政治、行政を任せるのが一番ふさわしいかという、そういう意味では4年に一度の総決算の機会でありますから、この機会をうまく使わない手はないわけであります。この機会をパスしておいて、そして後日、政治は何となく遠いとか、ずれていると言われるのは、政治家としては何となく寂しい気がするのであります。一番大切な選挙において、どういう人を代表として選ぶのが方向として正しいかということをぜひ真剣に考えていただきたい。細部のいろんなことは代表を通じて我々が決めていくわけだし、代表を通じて意思を反映していくということでありますから、最も大切な選挙ということを、今以上に真剣に考えていただきたいということを願いますし、政治家の方は、やはり住民の皆さんの負託、期待にこたえるだけの努力をし、また行動もしなければいけないと思います。
日本ではとかく、中央もそうですし、地方もそうかもしれませんが、選挙の前になると重要な論点を議論しないということがあるのであります。選挙が終わるまでは決められないとか、それは私は本当はおかしいと思うのです。一番いい機会でありますから、重要な論点こそ選挙で論点にする、選挙の争点にする、こういうことを政治家は心がけなければいけないと思うのであります。何かあいまいにして、とにかく重要なことは議論しないで、選挙が終わったらそそくさと決めてしまうという、これでは本当に政治不信を招くと私は思います。堂々と自分の考え方をオープンにして、そして住民の皆さんの疑問や意見に対してはきちっと説明責任を果たす。その上で信任を得るという姿勢を政治家が持つということが、私は一つ大きな課題だろうと思います。
観客民主主義に陥っているのではないかということでありますが、必ずしも観客民主主義に陥っているとは思いませんけれども、ややそういう傾向が今の世界の先進国と言われている国々の間にはあるのかもしれません。特にそれはやはり、テレビという映像メディアを通じて政治というものが従来に比べると違った形で身近になってきた。本当にそれが身近なのかどうかわかりませんけれども、少なくとも政治家というものが茶の間に入ってくるようになった。これがやはり伊藤議員のおっしゃる観客民主主義の一つの背景ではないかと思います。
でも、これは仕方がないことでありまして、お茶の間番組とかワイドショーに政治を取り上げるなというわけにいきませんから、視聴者に人気があれば報道も取り上げるのでありましょうから、それを前提に政治を考えなければいけないと思いますが、私は一番大事なのは、いろんなメディアからいろんな情報が流れてきますけれども、やはり有権者、国民の皆さんが本質を見抜く力を持つということが一番大切だろうと思います。テレビによく出ているから実力のある政治家だということではないわけでありまして、テレビに出ようと出まいと、本当に国民、住民のためにきちっとしたいい仕事をしているかどうかということを見きわめて検証する、こういう作業が国民の皆さんにとってはぜひ必要なのだと私は思います。
例えば先ほどちょっと申しましたけれども、これからの地方分権時代には三位一体の改革が必要なのだ、それによって教育も地方で本当に地域の実情に応じて自由にできるようにするのだと、こういうことは本当にいい理念だと思います。ですけれども、結果として出てきたのは退職手当を削るという結果で、これは全然違うのであります。ですから、おっしゃっていることとやっていることが同じなのかどうなのかをちゃんと検証するということも必要だろうと私は思います。それはやろうと思えば検証できることでありまして、そういう本質を見きわめる、検証するというそういう習慣をみんなで持てば、観客民主主義、ワイドショー政治にはならないのだろうと私は思います。
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<有権者の政治離れについてbQ> |
私自身も子供たちの将来を心配して、そのありようを随分考えましたが、成熟したと言われるこの社会にあって、一度失った政治の信頼と期待を回復するには、ただ大変であるかなという答えしかありませんでしたけれども、観客民主主義と言われるのを、参画民主主義といいますかそういう形にどうやって移行させて、有権者の皆さんの政治への意思表示という投票をどう行動に移していただくのか、やはりもっともっと真剣に考えていかなければならない。やはり教育の場においても政治の重要性をもっと教えるべきかなと私は思いますけれども、これについて知事の御所見をお伺いしたいと思います。 |
●知事答弁 |
教育の場で政治をもっと教えるべきではないかというのは、私も基本的に賛成であります。戦後の教育は、戦前の教育が余りにも偏っていた面があったために、その反動で政治というものとか宗教というものを少し避けていた面があるのだろうと思います。それはやはり少し是正する必要があると思います。戦前のように一定の政治教育をするとか、国家宗教を教え込むとかそういうことは決してしてはいけませんけれども、政治というのは我々にとって逃げることのできないもの、欠くべからざるものであります。政治がやはり必要なのであります。我々、日々食糧を口にしなければいけないのと同じように、この地域社会を円滑に運営するためには必ず政治が必要であります。その一番必要な政治というものを教育の現場で避けているというのは、やはり不自然だと思います。
私も、子供のころの教育を振り返ってみますと、政治の仕組みは教えてくれるわけであります。日本は三権分立になっておりまして、地方自治の仕組みがありましてということは教わるわけですけれども、実際に政治の現状がどうなっているのか、どういう課題があるのか、これから子供たちが大人になってどういう自覚をし、どういう行動をしなければいけないのか、そういう指針となるようなことは全く教えていないと言っても過言ではないと私は思います。
本当に必要な政治教育というのは、教育の現場でもぜひやっていただきたいと思いますし、何よりも自分たちの住んでいる町や地域の政治がどうなっているのか。これはだれがよくてだれが悪いとかそういう意味ではなくて、例えば市町村の議会を子供たちが傍聴に行くとか、そこでどういうことが行われているのか、議論されているのか、そういう機会をもっと持っていいと思うのであります。
政治は大切で、一人一人の住民がちゃんと参画をしなければいけない。参画することによって自分たちの地域を自分たちが決めていく、そういう能動的な主体であるということの自覚を持ってもらう、そういう意識を植えつける教育というのを私はぜひやっていただきたいと願っております。
あわせて、ぜひこれからの子供たちに、地域のことだけではなくていろんなことを自分できちんと考える、そして自分の言葉で堂々とそれを人に説得的に説明をする、こういう技術といいますか能力といいますか、こういうことをちゃんと身につけてもらう教育も必要だろうと私は思います。みずからが地域をつくっていく主体であって、そして人と合意を形成しながら、あるときは人を説得し、あるときは人に説得されながら、そうして合意を形成しながら地域をつくっていく、そのための気概、理念、さらには技術を身につける、これは教育の場でぜひやっていただきたいと私は思っております。
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私も、政治と生活という部分は切り離すことができないと思っておりますし、ぜひともやはり、これからの次の子供たちが本当に日本をつくるという部分で、政治というものに、公平な立場で教育の場で取り組んでいただきたいと思っているところであります。
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