鳥取県東部医師会報用に準備した≪随筆≫

パリに魅せられて (11) 国鉄でロワール地方を巡る旅

 2013年10月、2年連続でパリに計14泊の日程を通じて、最も遠距離に出かけることになったのが、世界文化遺産ロワール地方の古城を巡る日帰り旅だった。
 レール・ヨーロッパに無料会員登録し、飛行機と同様、超早割の格安チケットを購入し、配達処理とした。ただし、鉄道ファンゆえのこだわりがあり、目的地とパリ間の単純な往復チケットの購入ではなかった。

ネットで超格安チケットを購入済。モンパルナス駅からTGVに乗車。トゥールで乗り換え、地域快速で
シュノンソーへ。車内で検札がなく、下車したらステキな車掌が!心惹かれつ、電車を見送った(右端)

 往路はパリ市街南西に位置するフランス国鉄(SNCF)モンパルナス駅からTGVに乗り、ロワール地方の基幹駅トゥールで下車し、地域列車に乗り換えて、シュノンソーへ。シュノンソー城と敷地内で時間を割いた後に、再び、トゥールに戻り、ロワール川沿いに東進し、アンボワーズで途中下車し、アンボワーズ城へ。再び、乗車し、ブロワで下車し、ブロワ城へ。夕刻に、ブロワからIC(Inter City 都市間特急)でオルレアンを経由し、ほぼ北上して、パリ市南側のオステルリッツ駅に戻る計画。経路が複雑なので、パリからシュノンソーへの往路と、シュノンソーからブロワまで、ブロワからパリへと3分割して購入した。数通りの買い方があったが、上記が最も格安で購入出来た。学生気分が持続する鉄道ファンにとっては、どのルートを走るか、どのように買えば安価かなど、シミュレーション自体が楽しい。
 さて、300km/h.で快走する人気のTGVは完全座席指定で、乗車券に示された車両と座席番号に座すことになる。が、同じく座席指定方式のICは日本の常識とは異なる。座席指定が保障されていることは、立ち席にはならない、席を選ばないならば必ず座れることの保障である。空いておればどの席に座しても良い方式であり、仮に、何号車何番の座席に座りたいとの意思があれば、駅窓口で(TGVや日本の指定席のように)座席を決めることになる。乗車すると、座席指定が入っている席にはランプが点くなどの方式があり、或いは、これが無い場合でも仮に誰かが座しておれば、(ウィーンからオーストリア南方の主要都市グラーツに行く際に体験したことだが、)座席指定記録を見せれば換わってくれる。今回のブロアからの帰路のICは、パリに向かう進行方向右側の窓側に座れば良いといった程度だったので、時間を割いて駅窓口に寄ることはしなかった。が、例えば、ウィーンからオーストリアアルプスの東端に位置する山岳地帯を大きなS字カーブを鈍足で走る路線の場合は、列車編成の、端の車両の山麓側席を指定することになる。つまり、大蛇のようにうねりながら走る列車を覗きつつ、裾野の景色を楽しむためである。
 さて、あなたが鉄道ファンならば、パリに向かう進行方向右側の窓側の座席を望む理由がお分かりでしょうか?(末尾に、今回購入した乗車券の価格と合わせ、回答を示します。)

川をまたぐ優美なシュノンソー城内は観光客が多い。周囲は秀逸な環境で、人が少なく、ゆっくり滞在。
国鉄駅に戻る際に、林の中、散策路沿いにシクラメンの群生を目に留め、木漏れ日を浴びて美しかった

 トゥールからシュノンソーまでの車内は閑散としていた。ロワール地方の女王的な古城、実際、フランスの城ではヴェルサイユに次いで観光客が多いとされるシュノンソーには、鉄道ファンがパリ方面から乗り合わせるとの読みをしていた。パリ・モンパルナス駅発が8:46、シュノンソー到着が10:24であり、日帰り旅行には最適の時間帯であるゆえに。が、何と、シュノンソー駅を降りたのは、地元の人と分かる一人とわれわれの計3人のみ。なお、シュノンソーからの帰路はわれわれ二人のみだった。予想外のことで、驚いた。
 パリ発ロワール地方への日帰り旅の各社企画を検討したが、バス利用で移動に時間がかかること、出発が早く、十分に朝食を摂る時間がないこと、かつ、古城は2.5か所的訪問で、計3時間程度に留まること、かつ、人気の地であることもあり、高価(160EUR)であることから躊躇していた。これらが動機となって、鉄道旅行の検討を開始した経緯があった。結果は大正解だった。
 シュノンソー城はフランスではヴェルサイユ宮殿に次いで観光客が多いとの紹介があるほどで、ロワール地方の古城巡りでは欠かせない地である。
 フランス国鉄シュノンソー駅の前から、木立の中で、いわば参道になっている。駅至近に観光バス等の駐車場が木々に囲まれて、何れもお土産物店を兼ねた発券窓口と、これに続く改札門があり、小さな外堀とみなせる川に架かる橋を渡れば、シュノンソー城の敷地内となる。環境に浸るようにゆっくり歩くと10分近くを要して、優美な城の入り口に着く。
 シュノンソー城は代々の城主が女性であり、戦いを意図として建てられておらず、これを特徴づけるのが階段で、(一般家庭に多々あるような)直線的な構造である。なるほどと得心したことだが、戦いを前提とした場合、この階段構造は攻め易く、攻め込まれ易い。つまり、この日最後に訪れたブロア城は螺旋階段であり、攻める側からすれば槍や弓が効果を発揮し辛い。また、シュノンソー城自体が小さく、相対的に観光客での混雑が激しい。とくに、階下にある台所等、裏方さん達の部屋や、それらへの移動は、まさしく日本的な大混雑・渋滞となる。結果、狭い場内で、時間を消費することになる。
 ところが、シュノンソー城は、実は外観の優美さこそが重要である。その主な理由はシェール川をまたぐように、つまり川岸から対岸に向けて、川の上に建てられている点であり、よって、川沿いに庭園となっているゾーンを歩き、川の上に建つ優雅な白亜の城をゆっくりと眺めること(組写真左)は、小生評価ではとくに重要である。加えて、代々の女性城主による庭園を含めて時間を確保したいわけである。さらに、家族連れを除き、観光客が稀有になる場所がある。城を現在でも守る方々などの生活区域と言えるゾーンで、多種類の大きく、個性的な樹木を説明する(読んでも分からない)案内板、動線案内の看板に導かれ、散策が出来る。女性城主を偲ばせるように、城内には生花が多いが、これらを栽培している庭園もあり、周囲は木立が多い森の様態になっている。林を抜けて“参道”に至る小路界隈に大きな木々の根元にシクラメンが群落を成して咲いている場所には、木漏れ日が照明効果をもたらし、感動した。
 一方、バスツアーでは駐車場からの往復と場内で順路に従って各部屋を周るだけで時間切れになる。幸い、我々はシュノンソーに3時間余滞在出来て、お昼も敷地内のカフェ・レストランで、足休めを兼ねて、時間を気にせず、気儘に過ごせた。鉄道ファンならずとも、お勧めの行程です。

アンボワーズ城はレオナルド・ダ・ヴィンチ終焉の地。城内の一角にある礼拝堂(左中)には
ダ・ヴィンチのお墓があり、敷地内には胸像も。アンボワーズ城はロワール川に接している

 シュノンソーを後にして、地域列車でトゥールに戻り、乗り換えて、この地方のいわば本線を東に向け、アンボワーズで途中下車した。
 途中下車が可能か否かと、全席指定が原則のICに地域列車用の乗車券で乗れるか否かを、乗車券購入前に、レイルヨーロッパに問い合わせていた。結果、途中下車が可能で、ICは空いている座席に座ることで乗車可能との返答だった。
 アンボワーズ駅前から3分位でロワール川に沿う道に至ると、対岸に優美なアンボワーズ城の全容が見える土手道に上がった。至近にロワール川に架かる橋があり、橋の上から眺めるアンボワーズ城はロワール川の流れ、木々と共にこよなく美しい。絵葉書撮影スポットである。
 城のある側が観光地ゾーンであり、カフェ・レストランや土産物店が並ぶ。写真で判るように至近に登り口があり、城内はさほど大きくないので時間は要しない。目玉は、何と言っても、レオナルド・ダ・ヴィンチが眠る礼拝堂であり、城内の庭園ゾーンには胸像もある。NHKで視聴したことだが、城からダ・ヴィンチの館まで、王が行き来する地下道もある由。今はルーブルにある“モナリザ”を生涯手元に置いていた晩年のダ・ヴィンチをイタリアから招いたフランソワ一世のおかげで(?)礼拝堂を訪ねることができた。ダ・ヴィンチは、何せ、絵画・建築ほか全能の天才であり、医学の先輩でもあるから・・・。合わせて、城から眺めるロワール川や街並も素晴らしい。
 帰路も振り返りつつ、城を眺めながら、歩いた。駅と城の間は1kmに満たず、軽く歩ける距離にあり、時間調整が容易であることもありがたい。

ブロワ駅から歩いて見えた城(左)左奥に周ると正面入り口。フランソワ一世
による優美な螺旋階段は著名。城の南東部、旧市街の向こうはロワール川

 歴史に疎い小生だが、パリ市内ではモンマルトルのサクレ・クール寺院やルーブルに近い道路沿い、2012年に訪れたシャンパーニュ地方の中心都市ランスの大聖堂前に騎馬像があり、ロワール地方のブロワ、オルレアンがゆかりの地であるなど、(立場は全く異なるがウィーンのエリザベートと同様、)ジャンヌ・ダルクは今でもフランスの重要人物(ヒロイン)と理解した。
 ブロワ然りで、“1429年、オルレアンからイギリス人に向けて軍を出発させる前に、ランスの大司教から祝福を受けた場所”がブロワ城であることは、現地を訪れることに決めた後の一夜漬け的知識・・・。また、ブロワ城が13世紀から17世紀にかけて、代々のフランス王が建て増して、時代毎に特徴の異なる建物から構成されていることなども俄か勉強。アンボワーズ城でダ・ヴィンチを招いたフランソワ一世が、ブロワ城でも最も優美で著名な螺旋階段を築かせたことなども俄か覚えだった。
 ブロワ駅で下車した長い編成のIC車両を16:02に撮影した後、歩き、16:10にはブロワ城を撮影している。つまり、ここブロワも駅から城まで至近地にあるため、鉄道旅行の利点が活かせる。
 好天に恵まれたこともあり、帰路は道路を外れ、公園内を歩き、ベンチに座し、時間を見ながら駅に移動した。駅前のカフェコーナーを有するパン屋さんで時間調整的な小休憩後、駅舎に入った。
 17時54分、ブロワ駅にトゥール発のICが到着した。電気機関車に牽かれる客車タイプで、編成は長い。長くて数えることが出来ないほどに長い。2等車の進行方向右側の窓側に座した。相向かい4席を二人で対坐して、ゆったりとした列車の旅。進行方向右側の座席を選択した理由は、夕方の陽光が左から射すので、順光となり、窓からの景色が綺麗に見ることが出来て、パリに近づく頃にはセーヌ上流域の景色を見るためだった。実際、ステキな車窓に恵まれた。なお、今回の周遊に際した三つの乗車券と価格(大人1人)は以下の通り。
1) パリ⇒TGV 座席指定込 59分⇒トゥール→地域快速 自由席 18分→シュノンソー:21ユーロ
2) シュノンソー→地域快速 自由席→トゥール→[アンボワーズで途中下車]→IC→ブロワ:14ユーロ
3) ブロワ→IC 座席指定込 85分→パリ・オステルリッツ:10ユーロ
 価格を見て気づかれようが、地域列車には早割制度がなく、相対的に高い。オーストリアも同様です。

≪随筆≫ パリに魅せられて (7〜12)は、2013年[124歳/2人]
(7)日曜日 朝モンソー公園の賑わい (8)ブローニュの森〜孔雀と戯れる公園 (9)イル=ド=フランスのプロヴァンを訪ねて
(10)ジヴェルニー村〜モネの庭を訪ねて (11)国鉄でロワール地方の古城を巡る旅 (12)岸 惠子のサン・ルイ島で気儘に
≪随筆≫ パリに魅せられて (1〜6)は、2012年[122歳/2人]
(1)モンマルトルで奔放に (2)サン・マルタン運河で遊ぶ (3)彼女の思惑とプチ・トリアノン
(4)オペラ座ガルニエ宮に驚嘆 (5)天晴れプチ・パレ (6)ラパン・アジルで歌う
姉妹編 《随筆》 [ウィーンを愛して