厳格なエフゲニー・ムラヴィンスキーの指揮 : 37年の感慨
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮でレニングラード・フィルが演奏したショスタコーヴィチ作曲の交響曲第5番の演奏をラジオで聴いたのは37年前、1973年のことだった。やがて、映像も見ている。彼の非常に厳格な指揮とダイナミックなサウンド、とくに金管楽器のうなりに度肝を抜かれ、一方で繊細な微弱音に息を呑み、畏まって聴いていた。当時、ほとんどクラシック音楽、交響曲が分かりもしない段階でのことだった。
それが、・・・〓書きかけ〓
〓 研 修 〓 ウィキペディアでの検索情報:抜粋
エフゲニー・ムラヴィンスキー(1903年-1988年1月19日)は、ロシア出身の指揮者である。20世紀におけるソ連・ロシア・東側諸国指揮界の第一人者、世界でも有数の指揮者の一人に挙げられる。

高度なアンサンブルによってレニングラード・フィルが手足の如く表現すると言う非常にレベルの高いものであり、消え入りそうなピアニッシモから雷鳴の様なフォルティッシモに至るまで一途乱れぬ演奏

初来日で天ぷらを食べたとき、箸が使えずフォークで食べ「指揮棒のようにはいきませんね。」と云われると、すかさず「だって、指揮棒は一本だよ。」と答えて爆笑を誘うなど、私生活では彼の周囲は笑いが絶えなかった。

広島の厳島神社を訪れた際、「日本は11世紀からの文化を残していて素晴らしい。ロシアは革命で古い教会や貴族の屋敷、美しいイコンを破壊してしまいました。教養のない政府の国は滅びますよ。」と悲しそうに語った。

指揮者生涯の大部分に当たる約50年間にわたって国立レニングラード・フィルハーモニーの常任指揮者の地位を務め、国家的にも重要なポストを占めたが、生涯を通じて旧ソヴィエト指導部に対して強い疑念と反感を持ち続け、遂にソヴィエト共産党員とはならなかった。

生前は、西側諸国に登場する機会が限られていたが、近年になり漸く貴重な映像や膨大な録音が発見され、資料の分析・咀嚼が進み、現在もその評価が著しく高まっている。

独裁的なリハーサルは伝説的とも言われ、徹底した厳格かつ妥協の無い完全主義を貫いたゆえに、そのリハーサルは長大な時間を費やすことも多々あった。とくに彼が重視したのは楽器ごとの練習で、レニングラード・フィルに就任後から始まった。当然、楽団員の猛烈な反発を招いたがムラヴィンスキーは決して妥協せず、必ず練習に顔を出しメンバーをしごきぬきオーケストラのレベルを向上させていった。その凄さは来日のとき関係者が「あんなうまいオケに、ここまでさせるとは・・・」と同情するほどであったという。

BBCがムラヴィンスキーの特別番組を放送した中に、旧レニングラード・フィルのヴァイオリン奏者が語った彼の仕事ぶりを示す象徴的なエピソードがある。それは、ブルックナーの交響曲第7番・・・忘れられない一日となった。最後の通しリハーサルのときはあまりにも完璧で信じられない演奏となり、そのクライマックスではまるでこの世のものではないような感覚に襲われた。しかし、最も信じ難いことは、ムラヴィンスキーがこの演奏の本番をキャンセルしてしまったことであった。その理由は『通しリハーサルのように本番はうまくいくはずがなく、あのような演奏は二度とできるはずがない』というものであった。

1973年になってリヒテルの代役としてようやく初来日が実現した。飛行機嫌いのため、シベリア鉄道と船を長期間乗り継いでの来日であった。ムラヴィンスキーは最初、遙か遠方の日本まで足を運ぶことをあまり快く思っていなかったとされているが、迎える側の献身もあり、彼は日本に対して非常に大きな好感を抱き、文化、習慣をはじめカレーライスや餃子を食べるまでに至り、ついには「はじめ、文化果てる国に行くと思ったけど、来日したら、ロシアのほうが最果てだと思いました。」とのコメントを残した。その後は1975年、1977年、1979年と、三回の来日を果たしている。

ムラヴィンスキーはショスタコーヴィチと親交を結んでおり、1937年に交響曲第5番を初演して以来、多くの曲を初演した(第6・8・9・10・12番等)。うち第8番はムラヴィンスキーに献呈されている。第二次大戦中ショスタコーヴィチが悲痛な運命を描いた第8交響曲で当局の不評を買って窮地に陥った際(第8交響曲は初演後1960年までの17年間上演禁止となる)、第5交響曲を積極的にプログラムに取り入れたムラヴィンスキーが聴衆の感動を誘い、ショスタコーヴィチの立場を救ったという逸話も残されている。

1903年 - 帝政期サンクトペテルブルクにて、非常に高い地位を有する貴族で法律家の父と、歌手であり音楽に対し造詣の深い母との間に誕生。
1917年 - ロシア革命により一家は財産を没収され、アパート一室の雑居生活を強いられる。
1931年 - レニングラード音楽院を卒業。マリインスキー劇場(当時の名称はレニングラード・バレエ・アカデミー・オペラ劇場)で指揮者デビューを果たし、以後1938年までこの職にとどまる。
1934年 - レニングラード・フィルハーモニー交響楽団で定期的な客演を開始する。
1937年 - ショスタコーヴィチの第5交響曲を初演する。
1938年 - 全ソ指揮者コンクールに優勝。このときの審査員に「彼は我々の文化の中で最高の天才のひとり」と賞される。この優勝により、すぐにレニングラード・フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者に就任。以後、50年間にわたってこの地位に君臨する

「1973年5月26日東京文化会館における歴史的な名演奏」
「ムラヴィンスキー NHK ショスタコーヴィチ 5番」
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」 (CD). エフゲニー・ムラヴィンスキーは、この『革命』の世界初演指揮者です
この東京文化会館での 1973年5月26日のライブ録音は格別で、 NHKによる録音も満足できるレベル です。

♪1
2010/11/18-9 記

閉 じ る

学び・感動の備忘録 〜 クラシック音楽・ミュージカル四方山話

 「人生ミュージカル」を鳥取県医師会報に5回シリーズで書いてから10年以上経過した。その後も、劇団四季ミュージカル等での感動・研修体験を重ねた。とくに、智頭病院に異動後、いつしか看護師さんたち仲間と共に、「智頭四季の会」と呼称できる仲間と観劇実績が重なって今に至っている。
 夫婦では、2005年正月の3連休を活かして上海に出かけた際に、全くの偶然で、“上海で初めてのミュージカル・ロングラン公演”となった英国カンパニーによる「オペラ座の怪人」を、当然ですが、日本語字幕無しで(中国語字幕はあったが、分かるはずがなく)舞台に集中して、大感動し、2009年にはロンドンでも「オペラ座の怪人」と「レ・ミゼラブル」を体験し得た。これらの感動!に係る詳細は別記することにしよう。
 クラシック音楽に関しても、この10年で随分と、自身のレベルにおいてではあるが、飛躍的に視聴能力が高まった。かつ、日々の“研修”環境も、秀逸になり、ますます時間が不足するようになっている昨今です。
 とくに、オペラに関しては、現任地に異動後、随分と視聴演目と視聴水準が高まっていることを実感しています。
 クラシック音楽、ミュージカルに係る学び・感動を、旅の記録と合わせて、書いてみます。
 何故? 動機は? ・・・ 小児科外来の仲間に加わった Muhmie さんの、小生の話に呼応した感動的反応があってのことです。ステキな彼女は、自身の感性を母上様に話され、彼女のな(関東で大学生活を過ごされた)ステキ母様は関東在住のステキなお仲間に伝えられ・・・といった伝達があり、なにやら小生の存在が怪しく・妖しくなっているので、実態を晒すことの手段としての書き込みでもあります。
 さて、いかなる連載?になりますやら・・・。
) プロ、プロ並、超愛好家の方々が読まれると、「笑止千万!」、「無知・無能な輩がつまらぬことを書いている」との評をされましょうが、その評価は「是」です。
 幸い、自身、今なお発達途上にあることを自覚できており、かつ、これらを通じて、“幸せな人生”を体感しています。“幸せ”には、標準尺度はなく、プロ・アマであることとは無縁であることも承知してもいます。
追記)83歳になるわが母が、最近、孫娘の支援を得て、インターネットを見るようになったこともあります。郷里から離れ、不義理を続けている愚息の生き様を母に見てもらう(読んでもらう)ことにもなります。
閉 じ る

〓  目 次  〓
2010/11/ 3 Viva!深遠なるオペラ : 門前の小僧的小生
2010/11/ 4 Viva!バーンスタイン&ウェスト・サイド・ストーリー
2010/11/ 5 ウェスト・サイド・ストーリー:追補 シャークスの女性たちが歌う「アメリカ」とプエルト リコ
2010/11/ 5 驚愕のジーザス・クライスト=スーパースター
2010/11/ 7 書かねばならない【アイーダ】
2010/11/ 8 作品主義 vs スター主義
2010/11/ 9 The Phtantom of the Opera : オペラ座の怪人に魅せられて
2010/11/10 続)オペラ座の怪人に魅せられて
2010/11/11 小曽根 真 の生演奏が待ち遠しい
2010/11/12 フライブルク・バロックオーケストラのヴィヴァルディ『四季』
2010/11/13 Deutsche Harmonia Mundi - 50th Anniversary Special BOX
2010/11/14 ジュリアーノ・カルミニョーラ
2010/11/14 特番 Viva!BS-Classic - memorial 
2010/11/15 凄腕のネルロ・サンティ
2010/11/16 三宮正満のオーボエ
2010/11/17 庄司紗矢香と恋して
2010/11/18 厳格なエフゲニー・ムラヴィンスキーの指揮 : 37年の感慨
2010/11/X ・・・